↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼岸回帰録~巻き戻った世界が人外魔境だった件~  作者: 瑠衣
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/59

43話 球技大会 下

 球技大会、最終日。


 四組との初戦を勝った俺たちは、その後も順調に勝ち進み、決勝まで辿り着いていた。

 相手は、紗奈たちのいる二組。

 対戦表の両端から伸びた線が、ついに中央で繋がった。


 ただ、その前に見ておきたい試合があった。


「お、まだやってる」


 浩透と健人を連れ、卓球の試合が行われている場所へ向かう。


 台の向こうでは、慧がラケットを構えていた。


 自分たちの試合の合間にも何度か見に来たが、ここまで一度も苦戦しているところを見ていない。

 決勝でも、大きく点差をつけていた。


 相手が台の端へ打ち込む。


 慧は素早く横へ動き、低い姿勢のまま打ち返した。

 相手がどうにか返した球を、今度は逆側へ叩き込む。


 乾いた音が響き、球が床へ跳ねた。


 それで、試合は終わった。


「おお、圧勝」


 健人が呟く。


 相手と挨拶を交わした慧は、俺たちに気づくと、得意げにラケットを上げた。


「どうよ!」

「いや、すごかった。お前、そこそこって言ってなかったか?」

「そこそこできてただろ?」

「そこそこって言葉、調べ直してこい」


 浩透の言葉を軽く流し、慧はラケットを肩へ担いだ。


「最後のやつ、よく返せたな。反対側にいたのに」


 俺が言うと、慧は何でもないことのように肩を竦めた。


「ああ、あれね。来るかなって思ったんだよ。直感ってやつー?」

「思ってても、あんなに動けないだろ。打った後も全然体勢崩れてなかったし」

「颯斗、めっちゃ褒めるじゃん」

「実際うまかったからな。優勝おめでとう」

「おう、ありがと!」


 慧は嬉しそうに笑い、差し出した俺の手を軽く叩いた。


「次はお前らだろ。こっちは優勝したんだから、頼むぞ」

「急に重いもん背負わせるなよ」


 健人が言う。


 俺と浩透は顔を見合わせる。


「まあ、やれるだけやってくるよ」


 ——


 決勝が行われるコートの周りには、これまでよりも多くの生徒が集まっていた。


 ほかの競技を終えたクラスメイトたちも、声を掛けてくる。


「ここまで来たら優勝しような!」

「頼んだぞ、桐生、九重!」

「俺にも言ってくれよ」


 健人が振り返ると、すぐに名前を呼ぶ声が飛んだ。


 そのやり取りに笑いながら、コートへ入る。


 向こう側では、紗奈が軽く足首を回していた。


「ちゃんと来たね、颯斗」

「そっちこそ」

「言ったでしょ。負けないって」

「それは、まだ分からないだろ」


 紗奈が楽しげに口元を上げる。


 その隣に立つ男子が、こちらを見た。

 

 七堂玲央。

 首元まで伸びた灰色の髪は、長い前髪が斜めに流れている。

 涼しげな目元には、髪と同じ灰色の瞳。

 整った顔立ちも相まって、落ち着いた印象を受けた。


「お前が桐生か。さっきの試合、少し見たよ」

「七堂だよな?」

「ああ。よろしく」

「こちらこそ」


 周りが話している間も、七堂は俺や浩透の立ち位置や動きをさりげなく確認していた。


「玲央、颯斗の球、結構速いから気をつけてね」

「そうらしいな。簡単には行かなさそうだが、優勝するのは俺たちだ」


 その声にも力みはなかった。


 こちらも位置につく。


「颯斗。最初から飛ばしすぎるなよ」

「おう」


 浩透へ頷き、腰を落とす。


 笛が鳴った。


 先にボールを持ったのは、二組だった。


 七堂から渡された球を受け取り、紗奈が前へ出る。


「いくよ!」


 腕が振り抜かれた。


 速い。


 俺は両手を出し、胸元へ抱え込むように受け止めた。


 バン、と弾けるような音が響いた。

 抱え込んだ腕が押し戻され、手のひらにじんと痺れが残る。


「おお、取った!」

「桐生、ナイス!」


 背後から声が上がる。


 だが、俺は腕の中のボールへ目を落としていた。


 思っていたより、ずっと重い。


「……相変わらず、とんでもない球投げるな」

「颯斗こそ。それ、普通に取るんだ」


 紗奈は驚いた顔をした後、すぐに身構えた。


 俺もボールを持ち直す。


 力任せに投げるつもりはない。

 狙うのは、動き出す直前の足元だ。


 一歩踏み込み、紗奈の膝下へ投げる。


 しかし、紗奈は横へ素早く跳んだ。


 避けられた球が、その後ろにいた七堂の腕へ収まる。


 紗奈が動く前から、そこへ入っていた。


 すぐに返ってきた球を躱すと、後ろで短い声が上がった。


 振り返れば、クラスメイトの足に当たったボールが床を転がっていた。


「悪い!」

「大丈夫、外から頼む!」


 浩透が声を掛ける。


 俺は正面へ向き直った。


 紗奈に避けられても、外野まで通せると思った。

 そこを七堂に拾われた。


 投げる前の狙いまで、見られていたような気がした。


 ——


 試合は、互いに人数を減らしながら進んでいった。


 紗奈の球は速く、少しでも遅れると当てられる。

 七堂は無理に強く投げず、こちらが動いた先へ正確に通してきた。


 こちらも、押されているだけではない。


「取る!」


 浩透の声に、伸ばしかけた手を引く。


 球を確保した浩透が、間を置かず俺へ渡した。


 受け取った勢いのまま前へ出る。

 紗奈がこちらへ寄ったところで、外野へパスを通した。


「そっち!」


 七堂の声が飛ぶ。


 二組が振り返る。

 その途中で外野から投げられた球が、一人の脛を捉えた。


「よし!」

「ナイスパス、桐生!」


 外野のクラスメイトへ手を上げる。


 けれど、続く攻撃は紗奈に止められた。


 俺が七堂を狙えば、紗奈が横から球を拾う。

 紗奈を動かしても、その先には七堂がいる。


 一人ずつなら、もう少し押せる。


 だが、二人の間にできたと思った隙は、投げる頃には塞がれていた。


「颯斗、ちょい前に出すぎ」


 浩透の声で、足を止める。


 気づけば、ほかの皆より随分と前にいた。


「すまん」

「一人で二人とも相手しようとすんなって」


 浩透は正面を向いたまま、声を落とした。


「紗奈が動いたら、七堂もそっちに寄る。逆側、俺が行くから」

「……分かった」


 俺も一歩下がる。


 次に回ってきた球を持ち、七堂を見る。


 右へ投げると見せかけ、左へ腕を振る。


 七堂は動かなかった。


 俺の目ではなく、肩から指先へと視線を移している。


 一瞬だけ、灰色の瞳が妙に淡く見えた。


 ——そっちまで見てるのか。


 手首を返す直前、七堂が左へ踏み出した。


 狙いを読まれている。


 俺は投げるのをやめ、横へ球を送った。


「浩透!」


 右側へ走り込んでいた浩透が受け取る。


 紗奈が素早く向き直った。

 だが、浩透はその正面を避け、さらに奥にいた男子の足元へ投げ込んだ。


 ボールが当たり、床へ落ちる。


「よっしゃ!」


 浩透と手を合わせる。


 七堂が小さく息を吐き、紗奈へ何かを言った。

 紗奈も頷いて、位置を変える。


 まだ、崩しきれてはいない。

 それでも、今の一人は浩透との連携で取れた。


 ——


「残り一分!」


 審判の声が響く。


 内野に残っているのは、こちらが俺と浩透、健人の三人。

 二組は、紗奈と七堂の二人だった。


 こちらが一人多い。


「あとちょっとだ!」

「落ち着いていけ!」


 コートの外から、慧たちの声が聞こえる。


 ボールは七堂が持っていた。


 視線が俺へ向く。

 受ける準備をした瞬間、七堂は身体の向きを変えた。


「健人!」


 浩透が叫ぶ。


 低く放たれた球を、健人は足を引いて避けようとした。


 間に合わない。


 踵に触れたボールが跳ね、外野へ転がった。


「くっそ、悪い!」

「大丈夫だ!」


 俺が返すと、健人は頷いて外へ走った。


 二対二。


 試合終了まで残り僅か。


 外野から戻された球を、浩透が俺へ渡す。


「一本、取ろうぜ」

「ああ」


 汗で滑らないよう、握り直す。


 紗奈は少し前。

 七堂は斜め後ろ。


 外野には、今出た健人がいた。


 俺は紗奈の横へ球を通した。


 紗奈が身を捻り、後ろへ抜ける。

 健人が受け取り、すぐさま投げ返した。


「いけ!」


 七堂が低く屈み、避ける。


 戻ってきた球を俺が確保した時には、紗奈の足がまだ揃っていなかった。


 今なら。


 素早く投げた球が、紗奈の足元へ向かう。


「紗奈、右」


 七堂の声。


 紗奈が床を蹴った。


 ぎりぎりで躱されたボールを、七堂が膝をつきながら受け止める。


 そこまでは、俺も見えていた。


 返球に備え、重心を落とす。


 七堂の腕が上がる。


 俺が右へ踏み出した、その瞬間。


 ボールは俺ではなく、横へ走った紗奈へ渡った。

 紗奈の口元が緩む。


 まずい。


 逆へ戻ろうとした足に、紗奈の球が届いた。


 膝の外側に衝撃が走る。


 伸ばした手が、空を切った。


 床へ落ちたボールを見た直後、長い笛の音が響いた。


「試合終了!」


 一瞬、周りの音が遠くなる。


 こちらの内野は、浩透一人。

 向こうには、二人。


「二組の勝利!」


 歓声が上がった。


 俺はその場で、天井を仰いだ。


「……まじか」


 あと、ほんの少しだった。


 最後の球を取れていれば。

 あそこで投げず、もう一度浩透へ回していれば。


 幾つも浮かぶ考えに、思わず息が漏れた。


「惜しかったな」


 浩透が隣へ来る。


「悪い。最後、俺が」

「いや、あれはうまかった。俺も七堂が投げると思ったし」


 浩透も悔しそうに、腰へ手を当てていた。


「悔しいな……」

「……ああ」


 頷いてから、俺はもう一度相手のコートを見た。


 紗奈がクラスメイトと手を叩き合っている。

 その隣で、七堂もようやく肩の力を抜いていた。


 強かった。


 速さや力だけではなく、二人とも、最後まで互いの動きを見ていた。

 一人を崩しても、もう一人がすぐにその穴を埋める。


 ——


 挨拶を終え、コートを出る。


 待っていた慧が、俺たちの肩を叩いた。


「惜しかったなぁ。あともう少しだったのに」

「あそこで紗奈の注意を下げたのがいけなかった……」

「颯斗、めっちゃ悔しそうじゃん」

「まあな」


 そう答えると、慧は何故か楽しそうに笑った。


 健人もタオルで顔を拭きながら、俺たちへ寄ってくる。


「俺が避けてれば、まだ同点だったんだけどな」

「それ言ったら、俺も最後当たってるし」

「反省会、全員分やるか?」


 浩透の言葉に、皆で笑う。


「颯斗!」


 振り返ると、紗奈と七堂がこちらへ歩いてきた。


 紗奈は俺の前で足を止め、胸を張った。


「ふふん、私たちの勝ち!」

「ああ。負けたよ」

「……あれ、結構素直じゃん」

「負けたのは本当だからな」


 俺は苦笑して、七堂を見る。


「最後のパス、全然分からなかった」

「桐生、投げる方をよく見てたからな。紗奈なら間に合うと思った」

「思ったって、あの短い間に?」

「うん」


 あっさりと頷かれる。


 読めていても、それを実行できるかは別だ。

 七堂は紗奈が動くことを疑っていなかったし、紗奈も迷わず走っていた。


「そっちの連携も、かなりきつかったよ」


 七堂が浩透へ目を向ける。


「途中から、どっちが投げるか分からなくなった」

「なら、もう少しだったな」

「本当に。次やったら分からないと思う」


 その言葉に、俺は顔を上げた。


「じゃあ、次は勝つ」


 最後に膝へ当たった感触は、まだ残っている。

 それでも、本当に楽しかった。


 球を取って、繋いで、皆で声を上げる。

 最後まで、どうすれば勝てるか、そればかり考えていた。


「颯斗、水飲もうぜ。喉からっからだわ」

「俺も」


 浩透の後へ続く。


 隣では、健人が慧へ話しかけていた。


「結局、この中だと優勝したの、お前だけか」

「そうなるな」


 慧は満足そうに顎を上げた。

 

「うわ、腹立つ顔ー」

「優勝者だからな。今日くらい許せよ」


 浩透が、歩きながら俺の顔を覗き込む。


「まだ最後のこと考えてるだろ」

「……少しだけ」

「やっぱ考えてた」


 肩を小突かれ、俺も笑う。


 きっとまた、教室でも同じ話をするのだろう。


「次やる時は、慧もドッジに来いよ」

「俺?いいけど、あんま期待すんなよ?」

「おいおい、卓球優勝者が言うことか?」


 その言葉に、皆がまた笑った。


 汗で張りついた体操服の襟元を引き、息をつく。

 あれだけ動いたのに、もう次の勝負の話をしている。


 俺も、その話に加わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。