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彼岸回帰録~巻き戻った世界が人外魔境だった件~  作者: 瑠衣
1章

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37話 襲来の後

 瞼を開くと、真っ白な天井が目に入った。


 薬草に似た香りの中、ぼんやりとした意識のまま身体を起こそうとする。

 その直後、全身に鈍い痛みが走った。


「っ……」


 両腕から力が抜ける。


 背中が寝台へ戻りそうになったところを、誰かの手が支えた。

 そのまま背後へ枕を挟み、ゆっくりと身体を起こしてくれる。


「無理しない方がいいよ」


 すぐ近くから、彰さんの声がした。

 顔を向けると、寝台の傍らに置かれた椅子へ彰さんが腰掛けていた。


「彰さん……」

「気分はどうだい?」


 視線を下へ向ける。


 あの怨屍に斬られた傷は、一つも残っていない。

 影の刃に貫かれた両腕と両足にも、多少の違和感があるだけだった。

 

 左手を持ち上げ、指を曲げ伸ばししてみる。


 痛みはない。


「身体が、少し重いです」


 傷は治っているはずなのに、力が入らない。

 長い間眠っていたような気怠さも残っている。


「それだけで済んでいるなら、まだましな方さ」


 彰さんはそう答えたものの、その顔にも僅かな疲労が滲んでいた。


「そう、ですか……。あの、ここは?」

「黄泉にある癒悦隊(ゆえつたい)の治療所だよ。君を此処へ運び込んでから、一日経っている」

「一日も!?」


 思わず身を乗り出す。


 その瞬間、全身に痛みが走り、顔が歪んだ。


「だから、無理に動かない方がいいと言っただろう?」

「でも、一日って……」

「終禍の攻撃を、あれだけ受けていたんだ。一日で目を覚ましただけでも、十分に回復が早い。琴葉さんの治癒があったとはいえ、穢れの浄化にはそれなりの時間がかかるんだよ」


 終禍。


 怨屍の中でも、最上位に位置する存在。


 そんなものと相対していたのだと思うと、今になって背筋が冷えた。


「……琴葉さんが治してくれたんですか?」

「ああ。君を此処へ運び込んでから、すぐにね」


 改めて、自分の身体を確かめる。

 何度も斬られたはずなのに、傷痕すら残っていない。


「琴葉さんは?」

「他の負傷者の治癒を終えて、今は休んでいる。さすがのあの人も、あれだけの治癒で少し疲れたようでね」

「そう、ですか……。あ、伊鶴さんたちは無事ですか?」

「ああ。伊鶴も珠代さんも無事だよ。それと、他の隊員たちもね」

「よかった……」


 胸を撫で下ろしかけたところで、意識を失う前の光景が脳裏に蘇った。


 砕けた道路。

 崩れ落ちた建物。

 街中を埋め尽くしていた怨屍たち。


「街は、どうなったんですか?」

「そちらも心配しなくていい。もう復旧を終えている」

「もう終わったんですか!?」

「ああ。黄賀の者たちが、復旧に尽力してくれたからね」


 黄賀。


 その名を聞き、先日会った叶惠さんを思い出す。


 確か、叶惠さんは自らを創造の神だと言っていた。

 その神様の家系なら、壊れた建物を元通りにすることもできるのかもしれない。


「壊された建物も、全部ですか?」

「そうだよ。道路も建物も、そこに置かれていた物も、襲撃前と同じ状態に再現されている。現世の人が見ても、怨屍に襲われた痕跡は分からないだろうね」

「すごいですね……」

「そうしなければ、現世に混乱が生じてしまうからね」


 彰さんの言う通りだ。


 街並みが元へ戻ったのなら、そこに住む人たちも、これまでと変わらない生活へ戻れるだろう。


「街の人たちは?」

「負傷者は、すでに治療を終えている。怨屍そのものは視えていなかっただろうけど、今回の襲撃に関する記憶も消してあるよ」

「そうなんですね」


 俺のせいで巻き込まれた人たちが、元の生活へ戻れる。


 そのことに安堵しかけた時、道路の先に倒れていた人の姿が脳裏をよぎった。


「あの、亡くなった人はいるんですか?」


 尋ねた途端、彰さんの眉が僅かに動いた。


「そうだね。このことは、きちんと言っておいた方がいいか」


 彰さんは俺の目をまっすぐに見つめた。


「今回の件で、命を落とした者も複数名いる。その者たちについては、状況が状況だったこともあり、特別措置を取ることになった」

「それは——」

「肉体から離れた魂を、元の身体へ戻した」

「つまり、生き返らせた、ということですか?」

「そうなるね」


 彰さんを見つめたまま、言葉を失う。


 一度死んだ人間を生き返らせる。

 時間の操作と同じくらい、あり得ない話に思えた。


「そんなこともできるんですか?」

「うん。でも、誰にでもできるわけではないよ」


 彰さんが小さく首を振る。


「蘇生できるのは、緑の神くらいだ。中でも琴葉さんは、魂を扱うことに最も長けている」

「……」

「あの人は、あんなでも神の一柱で、生命を冠する神だからね」

「あんなって……」


 思わず苦笑が漏れた。


 琴葉さんは、初めて会った時から神とは思えない言動をする人だった。

 今の彰さんの言い方も、神に対するものとは思えない。


 彰さんは人差し指を口元へ当て、悪戯っぽく笑った。


「本人の前では言わないでね」

「あはは、言いませんよ……」


 張り詰めていた空気が、僅かに和らぐ。


 しかし、彰さんの笑みはすぐに消えた。


「ただ、一人だけ戻せなかった者がいる」


 胸の奥がざわつく。


「……どういうことですか?」

「彼の魂は、怨屍の攻撃によって完全に壊されていた。琴葉さんが駆けつけた時には、もう元へ戻せる状態ではなかったんだ」


 息が止まった。


 銀髪の肆禍に、身体を両断された男性の姿が脳裏に浮かぶ。

 巨大な水刃が刀ごと胴を断ち、その身体は力なく地面へ崩れ落ちた。


 俺に、肆禍を倒せるほどの力があれば。

 そうすれば、あの人を助けることができたかもしれない。


 悔しさが胸を締めつける。


「僕がもっと早く救援に向かえていたら、結果は変わっていたかもしれない」


 彰さんはそう言って、目を伏せた。


 いつもは穏やかなその横顔が、今は険しく見える。


「あの時、彰さんの声が聞こえた後、爆発音のようなものがしていましたけど……何かあったんですか?」

「まあ、ちょっと三体の肆禍と相対していたんだ。そこで手間取ってしまってね」

「肆禍が三体も!?」

「奴らは相当、僕に邪魔されたくなかったんだろうね。それで各方面への連絡も遅れてしまった」


 彰さんは静かに言葉を続ける。


「言い訳をするつもりはないよ。結果として、君を危険に巻き込み、隊員を死なせてしまった」

「違います」


 考えるより先に、言葉が出た。


「彰さんたちのせいではないです。あの怨屍たちが狙っていたのは、俺です。俺がもっと強ければ……」

「颯斗君」


 穏やかでありながら、強い声だった。


「彼を殺したのは怨屍だ。君ではない」

「でも、俺のせいで巻き込まれたことに変わりありません」


 拳を握り締める。


 何もできないまま、目の前で人を殺された。

 俺自身も、彰さんたちに助けられてばかりだった。

 力が足りない。

 もっと強ければ、少なくとも、あの人が襲われる前に助けられたかもしれない。


「もっと強くならないと……」


 同じことを、二度と繰り返さないために。

 誰かが傷つくのを、ただ見ているだけにならないために。


 彰さんは何も言わず、俺を見つめていた。


「その気持ちを持つことは悪くない。ただ、自分を追い詰める必要はないよ」

「はい……」

「強くなりたいのなら、何を守るために強くなるのかを忘れないことだ」


 小さく頷く。


 失われた命が戻らないという事実は、どれだけ考えても消えてはくれない。


 重い沈黙の中、彰さんが静かに口を開いた。


「それから、君を襲った男についても話しておこう」


 その言葉に、身体が強張る。


「さっき君が言ったように、あの終禍は君だけを狙っていた」

「はい」


 終禍は、一直線に俺のもとへ来た。


 逃すつもりも、見失うつもりもないように、何度も俺へ攻撃を繰り返していた。


「……どうして俺が狙われたのでしょうか」

「それは、まだ分からない。ただ、以前現れた参禍も君を探していた。今回の襲撃と全くの無関係ではないだろうね」

「やっぱり、そうですよね……」


 以前の参禍が口にしていた『彼の方』。


 あの言葉は、今回現れた終禍を指していたのだろうか。


 考えているうちに、意識を失う直前に聞いた言葉が脳裏をよぎった。


「そういえば、あの怨屍……俺を見て、『兄者』とか、『霊力を奪った』とか言っていました」

「ああ。遠くではあったけど、僕も聞いていたよ」


 彰さんの表情が僅かに険しくなる。


「それに、君の様子が変わった後、あの終禍は明らかに君の中にいた何者かを兄だと認識していた」

「俺の中に……?」

「可能性は高いだろうね」


 自分の中に、あの男が兄と呼ぶ何者かがいる。

 

 そう言われても、すぐには実感が湧かなかった。

 

 これまで誰かの気配を感じたこともなければ、声を聞いたこともない。

 

「その前に確認させて。意識を失う直前のことは、どこまで覚えているかい?」


 記憶を辿る。


 終禍の影から伸びた刃が、俺の胸元へ迫っていた。

 避けることも、刀で防ぐこともできなかった。

 その直後、右耳に焼けるような熱を感じた。


「胸を貫かれそうになって、右耳が急に熱くなったところまでです。その後のことは、何も……」

「やっぱり、あの時から意識はなかったんだね」

「……何かあったんですか?」


 彰さんはすぐには答えず、俺の右耳へ視線を向けた。


「颯斗君。その耳飾りが霊珠だということは、知っていたかい?」

「これが、霊珠……?」


 右耳へ手を伸ばす。

 指先に触れたのは、気づけばいつの間にか耳に嵌まっていたピアスだった。


「知りませんでした。これ、気づいた時にはついていて……」

「そうか。僕も前々から霊珠に似ているとは思っていたけれど、これまで君が使う様子もなかったから放置していた。でも、今回の件でようやく確信が持てたよ」


 首元のリングへ視線を落とす。


「ということは、俺は霊珠を二つ持っていたんですか?」

「ああ。あの時、君の右耳にある霊珠が強い光を放った。そして、そこから黒い刀が顕現した」

「黒い刀……」

「それだけじゃない。君の目も変わっていた」

「目が?」

「瞳の色も、表情も、今までの君とはまるで違っていた。纏っていた霊力まで変わっていたんだ」


 自分の身体に起きたことなのに、何一つ覚えていない。


「君は左手で終禍の刃を掴み、そのまま砕いた。終禍を蹴り飛ばし、一瞬で距離を詰めたんだ」

「俺が、終禍を……?」

「うん。終禍でさえ反応できないほどの速さだった。そのまま黒い刀を、相手の首元へ突きつけていたよ」


 到底、自分にできるとは思えない。


 肆禍を相手にすることさえ難しい俺が、終禍を圧倒していた。


「それ、本当に俺だったんですか?」

「身体は君のものだった。けれど、動かしていたのは君ではないだろうね」

「では、誰が……」

「分からない」


 彰さんはそう答えた後、考え込むように俺を見つめた。


「ただ、あの時に感じた霊力は、君自身のものとは明らかに違っていた」

「違う霊力……」


 彰さんの視線が、再び右耳へ向けられる。


「終禍は、その力が現れた途端、君を『兄者』と呼んだ。そして、君が霊力を奪ったとも言っていた」

「はい……」

「言葉通りに受け取るなら、終禍は君の中に、自分の兄の霊力があると考えたのかもしれないね」

「俺が、あの怨屍の兄の霊力を?」

「あるいは、右耳の霊珠そのものに宿っているのかもしれない。誰が、どうやって君へ渡したのかは分からないけれどね」


 気づいた時には、右耳に嵌まっていたピアス。


 どうして現れたのかも、誰のものなのかも分からない。


 その中に、終禍が兄と呼ぶ何者かの霊力が宿っているのだろうか。


「その後、あの終禍はどうなったんですか?」

「君に刀を突きつけられたまま、あの終禍は暫く動かなかった。やがて君から距離を取ると、肆禍たちに撤退を命じたよ」

「それで、退いたんですか?」

「ああ。それまでの執着が嘘のようにね」


 彰さんは目を細める。


「あの何者かを警戒したのか、それとも兄だと分かって攻撃できなくなったのか。それは分からない」

「じゃあ、俺を動かしていたのは……」

「終禍の兄だったのかもしれない」


 右耳に触れていた手が止まる。


「ただし、これも終禍の言葉を基にした推測だ。あの怨屍が何を見て、誰を兄と呼んだのかは分かっていない」


 彰さんはそこで一度言葉を切った。


「それと、君を守った者は、少し気になることも口にしていた」

「気になること?」

「ああ。ただ、今の段階では意味を判断できない。憶測で君を混乱させたくないから、確かなことが分かってから話すよ」

「……分かりました」


 俺の身体を動かし、終禍すら圧倒した何者か。


 その正体は、彰さんにも分からないらしい。


「この霊珠は、外した方がいいんでしょうか」

「いや。今は、そのままにしておいた方がいい」

「そのままで、ですか?」

「どうやって君と結びついているのか分からないからね。無理に外せば、どのような影響が出るか予測できない」


 右耳から、ゆっくりと手を離す。


「その霊珠も使って構わないよ。機能自体は、僕らの持つものと変わらない。それに、霊珠そのものは危険なものではないからね」

「あ、使っていいんですね」

「うん。あるものは何でも使った方がいいよ」

「そうですね」


 彰さんは頷くと、椅子の横に置かれていた携帯電話のようなものを手に取り、俺へ差し出した。


「暫くの間、君は一人で行動しない方がいい。現世へ戻った後も、何かあればすぐに連絡してくれ」

「分かりました」


 掌に収まる、薄い長方形の物体。


 受け取ってみると、見た目に反して軽い。

 画面を点けると、現世の携帯電話と同じように時刻が表示された。


「これは?」

「通信機器だよ。今回の件で、連絡手段は持っておくべきだと思ってね。僕と琴葉さんの連絡先を登録してある。いつでもかけてくれて構わないよ」

「ありがとうございます」

「使い方は、現世の携帯とほとんど変わらない。黄泉と現世の、どちらにいても繋がるようになっているよ」


 画面を指でなぞると、見慣れた配置のボタンが並んでいた。


 これなら、扱いに悩むこともなさそうだ。


 連絡先を開く。


 そこには彰さんと琴葉さん、それからおじいちゃんの名前が登録されていた。


 これがあれば、格上の怨屍と遭遇した時にも、すぐ助けを求められる。

 今回のように、連絡する手段もないまま戦うことは避けられるかもしれない。


「これ、異界の中からでも連絡できるんですか?」

「できるよ。それが壊れさえしなければね。特別な術を施してあるから、大抵のことでは壊れない」

「へえ、すごいですね」

「それも霊珠に登録しておこうか。ちょっと貸してくれるかい」

「はい」


 通信機器を彰さんへ手渡す。

 彰さんはそれを片手に載せ、俺の首元にあるリングへ近づけた。


「すぐに終わるから」


 彰さんの指先から、淡い光が広がる。

 光に包まれた通信機器の表面に、細かな紋様が浮かび上がった。


 次の瞬間、その輪郭が崩れる。

 無数の光の粒へ変わった通信機器は、首元の霊珠へ吸い込まれていった。


 以前、叶惠さんが隊服を霊珠へ刻印した時と同じだ。


「終わったよ」

「もうですか?」

「うん。試しに出してみようか。通信機器を思い浮かべながら、霊珠へ霊力を流してみて」


 首元のリングへ、僅かに霊力を流す。


 霊珠が淡く光り、そこから溢れた光が右手へ集まっていく。

 光は瞬く間に形を変え、先ほどの通信機器が掌に収まった。


「出てきた……」

「問題ないようだね。戻す時は、術を消す時と同じようにすればいいよ」


 霊珠へ戻す意識を向ける。

 すると、手にしていた通信機器が光の粒へ変わり、首元の霊珠へ戻っていった。


「これなら、落とす心配もありませんね」

「そういうこと。必要な時だけ取り出せばいいよ」

「霊珠って、便利ですね」

「まあ、一つであれこれできる方が、荷物にもならないしね」


 首元のリングへ触れる。


 見た目は何も変わっていないのに、その中には刀や隊服だけでなく、先ほどの通信機器まで収められている。


 改めてその便利さに感心していると、不意に欠伸が漏れた。


「さて、話しておきたかったことは、これくらいかな」


 彰さんは俺の顔を見て、穏やかに微笑んだ。


「まだ聞きたいことはあるだろうけど、今はもう休んだ方がいい。随分と眠そうな顔をしているよ」

「そう、見えますか?」

「ああ。身体が休息を求めているんだろうね」


 言われてみれば、先ほどから瞼が重い。

 話している間は気にならなかったものの、身体の奥に残る気怠さも次第に強くなっていた。


「現世へ戻れるのは、いつ頃になりますか?」

「明日、琴葉さんに診てもらってからだね。問題がなければ、そのまま送り届けるよ」

「分かりました」

「それまでは、ゆっくり休みな」


 彰さんが背中へ手を添え、寝台へ横になるのを手伝ってくれる。

 

 枕へ頭を預けた途端、身体から力が抜けた。


「何かあれば、近くにいる隊員を呼んで。僕も暫くは此処にいるから」

「はい。ありがとうございました」

「どういたしまして。それじゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 彰さんは椅子から立ち上がると、静かに部屋を出ていった。


 扉が閉じられ、室内に静けさが戻る。


 瞼を閉じる。


 すぐに眠れると思っていたのに、今日聞かされたことが次々と脳裏に浮かんできた。


 魂を壊され、二度と戻れなくなった隊員。

 目の前にいながら、助けることのできなかった悔しさ。

 そして、俺の身体を使って終禍を圧倒した、正体の分からない何者か。


『兄者』


 終禍が口にした言葉を思い出す。


 右耳へ手を伸ばし、霊珠に触れた。


 今は熱を帯びておらず、指先に硬く冷たい感触が伝わってくるだけだ。


 この中に、終禍が兄と呼んだ者の霊力が宿っているのだろうか。

 なぜ、それが俺のもとにあるのか。


 考えても、答えは一つも見つからない。


 ただ、終禍の刃が胸元へ迫ったあの時、何者かが俺を救ってくれた。

 それだけは確かだった。


 やがて、思考に薄い靄がかかり始める。


 守られるだけだった悔しさも、右耳に宿る何者かへの疑問も、消えてはくれない。

 それでも、今は身体を休めなければならない。


 もっと強くなるために。

 次は、誰かが傷つくのを見ているだけにならないために。


 俺は再び眠りへ落ちていった。

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