30話 祖父との鍛錬
荒野へ着くと、早速刀を顕現させた。
青龍寺さんの手には、いつの間にか大きな青い槍が握られていた。
彰さんの刀とは、間合いも攻撃の軌道も大きく異なる。
「まずは、今の君に何ができるのか見せてもらうよ」
「分かりました」
刀を構え、青龍寺さんと向かい合う。
穂先を地面へ向けたまま立つ姿は、隙だらけに見える。
だが、不用意に近づけば、一瞬で倒される。
そう思わせるだけの圧があった。
「いつでもおいで」
青龍寺さんの言葉に、刀を握る手へ力を込めた。
正面から飛び込むのは危険だ。
まずは槍の間合いへ入らず、こちらから動かす。
左手を青龍寺さんへ向け、霊力を集めた。
「雹水二式・水弾!」
一度に五つの水弾を作り出す。
僅かに軌道をずらしながら飛んでいく水弾を、青龍寺さんはその場から動かず、槍で打ち払った。
青い穂先が弧を描くたびに水弾が弾け、飛び散った水が乾いた地面へ染み込んでいく。
やはり、これだけでは通じない。
「雹水三式・霧霰!」
足元から白い霧が広がり、青龍寺さんの姿を覆い隠す。
視界を奪った隙に横へ回り込み、霧の中へ左手を向けた。
「雹水一式・水塊!」
青龍寺さんがいた場所の頭上へ、大きな水塊を生み出す。
そのまま地面へ落とすと、激しい水音と共に大量の水が周囲へ飛び散った。
手応えはない。
霧の向こうに青龍寺さんの気配を捉え、すぐさま氷弾を放つ。
濡れた地面が白く凍りつき、薄い氷が一気に広がっていった。
青龍寺さんが動ける場所を狭め、氷のない場所へ狙いを定める。
刀を構えた直後、霧の中で人影が動いた。
予想していた方向へ刀を振るう。
だが、刃は何もない空間を通り過ぎた。
「えっ——」
直後、氷を突き破る音が足元から響いた。
地面へ突き立てた槍を支えに、青龍寺さんが宙へ舞い上がる。
俺の頭上を越えて背後へ着地すると、振り返るよりも早く、槍の柄を脇腹へ叩き込んできた。
「ぐっ……!」
息が詰まり、身体が横へ吹き飛ぶ。
地面を転がりながらも刀だけは手放さず、どうにか起き上がろうとする。
しかし、その時には、槍の穂先が目の前へ突きつけられていた。
「そこまでだね」
彰さんの声が耳に入る。
霧が晴れ、陽の光が戻ってきた。
少し離れた場所では、彰さんと琴葉さんが俺たちの鍛錬を見守っている。
「外した水塊で地面を濡らし、そこを凍らせて動きを制限する。考え方は悪くないよ」
青龍寺さんが槍を引き、手を差し出してくる。
その手を借り、痛む脇腹を押さえながら立ち上がった。
「でも、まったく通じませんでした」
「年季が違うからね。それよりも、術を使うたびに君の動きが止まっていたことの方が問題だ」
「動きが……?」
「ああ。水塊を落とし終えてから氷弾を作り、地面を凍らせてから刀へ意識を戻していた。そのたびに、霊力と動きの流れが途切れている」
確かに、次に何をするか考える間、僅かに手が止まっていた。
ほんの一瞬であっても、青龍寺さんを相手にすれば十分すぎる隙になる。
「水と氷を別々に考えすぎない方がいい。水で流れを作り、氷でその流れを定める。二つを繋げ、一連の攻撃として扱うんだ」
「繋げて使う……」
昨日、彰さんから教えられたことにも通じる。
術によって変化した周囲を利用するだけでなく、術と術の間に生まれる隙も減らさなければならないらしい。
「彰、颯斗君にはどこまで教えているんだい?」
「今は三式までですよ。霊力制御を覚えたばかりですから」
青龍寺さんは彰さんの言葉に頷き、俺の方を見て微笑んだ。
「それなら、今日は六式まで教えようか」
「え、一度に三つもですか?」
「今の霊力制御ができるなら、術を形にするところまでは難しくないはずだよ」
青龍寺さんの言葉通り、それからの術の習得は、これまでと比べて驚くほど早く進んだ。
霊力制御を覚えたことで、必要な量の霊力を狙った場所へ流せるようになっている。
刀身へ水や薄い氷を纏わせる、四式・水刃と氷刃。
水と氷を混在させた壁で攻撃を受け流す、五式・藍霙の創壁。
狙った場所へ鋭い水流や氷の柱を生み出す、六式・水牙と氷牙。
最初から成功したわけではない。
氷を厚くしすぎて刀が振れなくなったり、壁を作るはずの水流をまとめて凍らせ、砕いてしまったりした。
青龍寺さんから指摘を受けるたび、霊力の量と流れを調整する。
何度も失敗を重ねるうちに、新たに教わった術はいずれも不安定ながら形になっていった。
その後は、覚えた術をそれまでの術へ繋げる鍛錬を繰り返した。
藍霙の創壁で槍の軌道を逸らし、崩れた壁の水を凍らせて動きを止める。
霧霰で姿を隠し、水弾で意識を逸らした隙に、足元から氷牙を突き出す。
ほとんどは簡単に防がれたものの、最後の攻防では青龍寺さんに槍を構えさせ、一歩だけ後ろへ退かせることができた。
「本当に、六式まで覚えられた……」
実戦で自在に扱えるほどではないが、以前より遥かに早く術を形にできるようになっていた。
「霊力の扱い方を覚えたことで、術を形にするまでの無駄が減っているね」
青龍寺さんが満足そうに頷く。
「習得の速さは十分だ。あとは何度も使って、考えなくても発動できるようにすることだね」
「はい」
六式まで覚えられたのは嬉しい。
ただ、雹水の陣がここで終わるとは思えなかった。
「この先にも、まだ術はあるんですか?」
「ああ。雹水の陣は十式まで存在する。その先には奥義もあるよ」
「十式……」
まだ半分を越えたばかりらしい。
「ただ、君が雹水の陣の全てを扱うのは厳しいだろうね」
「どうしてですか?」
青龍寺さんの指先が、俺の目元を示す。
「高位の術を扱うには、青の血をより濃く受け継いでいる必要がある。君には、紫の血も流れているからね」
隊服の袖口へ目を落とす。
そこには、青と紫を混ぜた刺繍が施されている。
俺の中に流れる二つの系譜を表す色だ。
「母さんは、全て使えたんですか?」
「いや。紫織も君と同じく、青と紫の二つの性質を持っていた。そのため、使えない術もあったよ」
「そうですか」
青龍寺さんは、術の痕跡が残る荒野へ目を向けた。
「紫織は使える術を組み合わせ、自分に合った戦い方へ変えていたんだ」
「へぇ……」
「大切なのは、今ある力をどう活かすかだ。いくら霊力が多く、扱える術が多くても、それらを御しきれなければ、宝の持ち腐れでしかないからね」
昨日から今日にかけての鍛錬で、何度も教えられたことだった。
水と氷を繋ぎ、術によって変わった周囲を次の攻撃へ利用する。
そして、まだ知らない紫の術も覚えたら、彰さんがしていたようなこともできるかもしれない。
青と紫の性質を持つ俺なら、いずれは二つの陣を組み合わせた戦い方を見つけられる。
「まずは、今日覚えた術を使いこなすところからですね」
「その通りだよ。さあ、続きを始めようか」
——
青龍寺さんが槍を消した。
「今日教えられることは、これくらいかな」
「もう、こんな時間ですか」
空は茜色に染まり、荒野に長い影が伸びていた。
刀を霊珠へ戻すと、張り詰めていた力が抜け、その場へ座り込む。
「つ、疲れた……」
「朝から動きっぱなしだったからね。少し詰め込みすぎたかな」
そう話す青龍寺さんには、疲れた様子が全くない。
いつもの彰さんもそうだが、この人との鍛錬も十分に厳しかった。
ただ、彰さんと比べれば、僅かに手加減を感じられた。
「……彰さんとの鍛錬ほどではないですよ」
「はは、彰はスパルタすぎるからね。それと比べたら甘いかな」
「いえ、そんなことはないです」
即座に否定すると、青龍寺さんはおかしそうに笑った。
「颯斗君、お疲れ様」
彰さんと琴葉さんが近づいてくる。
琴葉さんは俺の隣まで来ると、すぐに治癒術を施してくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。それで、蒼介との鍛錬はどうだった?今度は私とも手合わせしてみる?」
「槍を相手にするのは初めてだったので、勉強になりました。でも、琴葉さんとの手合わせは、今のところ遠慮しておきます」
「即答だね」
「あはは……」
俺の答えが予想どおりだったのか、彰さんは小さく笑った。
「賢明な判断だね」
「何よ。私ならもっと優しく教えてあげるのに」
「琴葉さんの言う"優しく"は、あまり信用できませんから」
「酷いなぁ」
不満そうに頬を膨らませながら、琴葉さんが治癒を終えて手を離す。
「さて、そろそろ黄泉へ戻ろうかな」
青龍寺さんの言葉に顔を向ける。
「あの、また会えますか?」
母さんのことだけでなく、青龍寺さんや、ほかの人たちのことも知りたい。
それに加え、折角会えたのにもう別れるのかと思うと、少し寂しさを覚えた。
「会えるよ。次は莉沙も連れてくる。それと、今朝も言ったけど、いつでも黄泉においで。歓迎するよ」
「はい。ぜひ、行かせてください」
「うん。待ってるね」
青龍寺さんが頷く。
黄泉がどのような場所なのか。
莉沙さんや、母さんを知る人たちはどのような人なのか。
実際に訪れる日が、少し楽しみになってきた。
「それと、颯斗君。一つ頼んでもいいかな」
「何でしょうか?」
青龍寺さんは少しの間を置き、どこか遠慮がちに口を開いた。
「青龍寺さん、という呼び方は他人行儀だろう?できれば、これからは私のことを、その、おじいちゃんと呼んでもらえると嬉しい、かな」
予想していなかった頼みに、すぐには返事ができなかった。
俺にとって祖父とは、仏壇に置かれた写真の中にしかいない人だった。
俺が生まれるよりも前に亡くなったそうなので、これといって思い出があるわけでもない。
誰かを「おじいちゃん」と呼んだことも、祖父という存在を身近に感じたこともなかった。
目の前にいる青龍寺さんをそう呼ぶことに、戸惑いを覚えた。
ましてや、青龍寺さんの外見は、彰さんたちと同じで若々しく、おじいちゃんと呼ぶには少し違和感があった。
おじいちゃんというよりは、お兄さんの方が近いというか……。
青龍寺さんは俺の反応を見て、申し訳なさそうに眉を下げる。
「もちろん、紫織を育てた父君の代わりになるつもりはないよ。無理にとは言わない」
「いえ、嫌なわけではないんです。ただ、俺はじいちゃんに会ったことがないので、誰かをそう呼ぶこと自体に慣れていなくて……」
「そうだったのか」
青龍寺さんが目を伏せる。
人としての母さんを育てたじいちゃんも、死神だった頃の母さんを育てた青龍寺さんも、俺の祖父であることに変わりはない。
それなら、これ以上呼ぶことをためらう理由はなかった。
一度息を整え、青龍寺さんへ顔を向ける。
「……おじいちゃん」
青龍寺さんの青い目が大きく見開かれる。
驚いた表情は次第に和らぎ、嬉しそうな笑みへ変わっていった。
「ああ。ありがとう、颯斗君」
「よかったね、蒼介」
「思っていた以上に、嬉しいものだね」
琴葉さんに声をかけられても、青龍寺さん——おじいちゃんは笑みを隠そうとしなかった。
おじいちゃんが徐に槍を顕現させた。
「開門・青時雨」
おじいちゃんは唱え終えると、目の前の空間を縦に斬りつけた。
青い光が縦に走り、目の前の空間が左右へ開く。
裂け目の向こうには、和風の建物が立ち並ぶ、見知らぬ町が広がっていた。
あれが、黄泉なのだろう。
「では、また会おう。君が黄泉へ来る日を楽しみにしているよ」
「はい。……またね、おじいちゃん」
もう一度そう呼ぶと、おじいちゃんは満足そうに頷いた。
青い光の向こうへ足を踏み入れ、その姿が見えなくなる。
空間が閉じると、荒野には静かな風の音だけが残った。
おじいちゃん。
まだ呼び慣れず、口にすると少しくすぐったい。
次に会う時には、もう少し自然に呼べるような気がした。




