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彼岸回帰録~巻き戻った世界が人外魔境だった件~  作者: 瑠衣
1章

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28話 術を交えた鍛錬と

 あれから数時間。

 霊力制御の感覚をある程度掴んだ後は、雹水の陣の三式・霧霰(きりあられ)を習得した。


 そして今は——


 眼前へ迫る刀を弾き、後ろへ飛び退く。

 靴底が乾いた地面を擦り、細かな砂が舞い上がった。


 間髪入れず、彰さんが距離を詰めてくる。


「っ!」


 横薙ぎに振るわれた刀を受け止める。

 甲高い音が響き、腕に重い衝撃が走った。


 このままでは埒が明かない。


 刀を滑らせるように受け流し、その勢いのまま横へ跳ぶ。

 すぐさま彰さんへ左手を向けた。


「雹水一式・水塊!」


 大きな水の塊が、彰さんの頭上に浮かび上がる。


 俺が手を振り下ろすより早く、彰さんは後ろへ跳んだ。


 外した。


 水塊は地面へ叩きつけられる。

 腹に響くほどの水音とともに飛沫が弾け、冷たい水滴が頬まで届いた。

 乾いた地面が瞬く間に濡れ、辺りにいくつもの水溜りができる。


「狙いが素直すぎるよ」

「分かってます、よ!」


 着地した彰さんを追い、地面を蹴る。


 距離を詰めた。


 そう思った瞬間——


「霹靂(へきれき)一式・稲光(いなびかり)」


 水溜りを踏んだ足元から、眩い電光が弾けた。


「ぐっ……!」


 鋭い痛みとともに、全身を電流が駆け抜ける。


 身体が硬直し、足に力が入らない。


 その隙を彰さんが見逃すはずもなかった。

 次の瞬間には、刀の切っ先が喉元へ突きつけられていた。


「はい、ここまで」


 力を失い、膝から地面へ崩れ落ちる。


 鼻の奥に、僅かに焦げたような臭いが残っている。

 雷撃による痺れも、まだ取れていなかった。

 

「……そんなの、ありですか」


 彰さんはきょとんとした顔をした後、楽しそうに笑った。

 

「敵からすれば、誰の術だろうが関係ないよ。使えるものは使わないと」

「それは、そうですけど……」


 正論だけに、言い返す言葉も出ない。


 刀を下ろした彰さんが、水浸しになった地面へ視線を落とす。


「それに、今の水塊だって無駄になったわけではない」

「……?」

「当てることだけが術の使い道ではないってことさ」


 彰さんは刀を霊珠へ戻すと、俺の足元に広がる水を指差した。


「例えば今みたいに、わざと水塊を弾けさせて周囲を濡らす。そこへ稲光を使えば、感電させて動きを止めることもできる」

「ああ、なるほど」


 痺れの残る身体へ目を落とす。

 

 つい先ほど、身をもって実感したばかりだ。


「雹水の陣でも同じだよ。濡れた地面に氷弾を撃ち込めば、足場を凍らせて相手の動きを制限できる」


 彰さんが、俺の理解を確かめるように視線を向けてくる。

 

 水塊で相手を捕らえ、氷塊へ変質させて閉じ込める。

 

 これまでも、複数の術を続けて使うことはあった。

 だが、発動した術が残した水や、変化した周囲の状況まで意識したことはない。


「術そのものを少しずつ扱えるようになっている。でも、戦闘では発動させた後まで見ないと行けない」


 言われて、改めて今の攻防を思い返す。


 俺にとっては、ただ外しただけの水塊だった。

 しかし、彰さんはそこに残った水を利用し、次の攻撃へ繋げた。


「術を使ったことで、周囲がどう変わったのか。その変化を次にどう利用するのか。そこまで考えられるようになれば、もっと戦い方の幅は広がるよ」

「周囲の変化、ですか」

「そう。それに、自分が利用できるものは、相手にとっても同じだ。今のようにね」

「……嫌というほど分かりました」


 痺れの残る足へ力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。


「それじゃあ、もう一度やってみようか」

「はい」


 刀を顕現させ、構え直す。


 今度は彰さんだけを見ていてはいけない。


 足元に広がる水。

 互いの立ち位置。

 自分が放った術が、そこへ何を残すのか。


 意識を周囲へ広げながら、彰さんの動きを窺う。


「いくよ」


 彰さんが地面を蹴った。


 再び、刀と刀が激しくぶつかり合った。


 ——


 それからも、剣術に術を交えながら、何度も彰さんとの攻防を繰り返した。

 

 水塊で動きを制限し、水弾や氷弾で進路を絞る。

 新しく覚えた霧霰で視界を奪い、死角から斬り込むことも試した。

 初めは術へ意識を向けるたびに剣への反応が遅れたが、繰り返すうちに、周囲の状況まで少しずつ見られるようになっていった。


 数時間後。


「今日はここまでにしようか」

「はっ、はい……」


 彰さんの言葉を聞いた途端、全身から力が抜けた。


 刀を霊珠へ戻し、その場へ腰を下ろす。


 呼吸は乱れ、額から流れた汗が顎を伝って地面へ落ちた。


 疲れた。

 身体もそうだが、それ以上に頭が重い。


 相手の動きを見ながら刀を振るい、使う術を選び、その後の状況まで考える。

 慣れないことへ意識を向け続けた成果、思考まで擦り減ったような感覚だった。


「お疲れ、颯斗君」


 聞きなれた声に顔を上げる。


 少し離れたところで俺たちの鍛錬を眺めていた琴葉さんが、こちらへ歩いてきていた。

 そばまで来ると俺の前へ屈み、すぐに治癒の術を施してくれる。


「琴葉さん、ありがとうございます」

「今日はいつもに増して、疲れてるね」

「あはは、そうですね……」


 俺の姿を見て、琴葉さんは苦笑した。


 淡い光が全身を包み、温かな感覚が身体の内側へ染み込んでくる。

 痛みが引くのと同時に、強張っていた筋肉が少しずつ解かれていった。


「まだ、一月と経ってないのに、彰との鍛錬でここまでできるなんて思わなかったよ」


 そう言って、琴葉さんは俺の頭を優しく撫でた。


 子供扱いされているようで、少し気恥ずかしい。


「そうですかね。俺なんて、まだまだ……」

「謙遜することはないよ。君は確実に腕を上げている」

「そうそう。彰がここまで言うんだから、自信持っていいと思うよ」

 

 二人にそう言われると、少しだけ自信が湧いてくる。

 

 未だに一撃すらまともに入れられない。

 それでも、初めて鍛錬をした頃に比べれば、できることは確実に増えていた。


「ありがとうございます」

「よし、これでもう大丈夫じゃないかな」


 琴葉さんの手が離れ、同時に治癒の光も消える。


「はい。とても楽になりました」


 立ち上がり、軽く身体を動かしてみる。

 先ほどまでの痛みは、全く残っていない。


「では、今日はもう終わりですかね?」

「うん。また明日迎えにいくよ」


 その言葉を聞き、二人へ頭を下げようとする。

 

 しかし、琴葉さんは手を引いた後も、何故か俺の顔を見つめていた。

 やがて、何かを思い出したように口を開く。


「そういえばだけどさ、颯斗君」

「何でしょう?」

「前から少し気になってたんだけど、ご両親ってどんな人なの?」

「両親、ですか?」


 思いもよらない質問に、首を傾げる。


「うん。何度も会っているのに、そういう話をしてなかったなと思って」

「そうですね……」


 両親のことを聞かれても、俺が話せることはあまりない。


「父親のことは、何も知らないんです」

「知らない?」

「はい。会ったこともないですし、祖母も知らないらしくて」


 物心ついた頃から、祖母と二人で暮らしてきた。


 父親の名前も、顔も知らない。

 今、どこで何をしているのかも分からない。


「そうなんだ……。じゃあ、お母さんは?」

「母は、俺が三歳の頃に亡くなってます」


 琴葉さんの表情が僅かに曇った。


「……ごめんね。嫌なこと聞いちゃったかな」

「いえ、気になさらないでください。小さい頃のことですし、俺もそんなに覚えてないですから」


 母さんとの記憶は、ほとんど残っていない。


 写真で顔は知っている。

 けれど、どんな声だったのか。

 どんな話をしたのか。

 今となっては、それすら思い出せなかった。


「そっか……」


 琴葉さんは少し寂しそうに目を伏せた。


「お母さんの名前って、聞いてもいい?」

「母の名は、紫織ですよ」


 何気なく答えた。

 

 その瞬間、琴葉さんの目が大きく見開かれた。


「……え?」

「どうかしましたか?」


 先ほどまでとは、明らかに様子が違う。


 問いかけても、琴葉さんは俺を見つめたまま答えない。


 何だ?


 不思議に思っていると、琴葉さんの隣にいた彰さんまで驚いたように俺を見ていることに気づいた。


「彰さんも……どうしたんですか?」


 二人が一瞬だけ視線を交わす。

 そして、どちらからともなく僅かに表情を曇らせた。


 驚いている。

 けれど、それだけではない。


 どこか懐かしむような、それでいて物寂しそうな表情だった。


「もしかして……母さんのこと、知っているんですか?」

 

 琴葉さんが静かに頷く。


「うん。知ってるよ。あの子のこと」

「本当ですか⁉︎」


 思わず身を乗り出す。


 ばあちゃん以外で、母さんのことを知っている人に会ったのは初めてだった。


「どんな人だったんですか?琴葉さんたちとは、その、どういう関係だったんですか?」


 知りたいことが次々と浮かび、立て続けに尋ねる。

 だが、琴葉さんはすぐには答えなかった。

 彰さんへ視線を向けると、彰さんも何かを考えるように顎に手を添えている。


 短い沈黙の後、琴葉さんが俺へ向き直った。


「紫織のことは、今度ちゃんと話してあげるよ」

「今度、ですか?」

「うん」


 琴葉さんはいつもとは違う、穏やかな笑みを浮かべた。

 ただ、その表情にはまだ寂しさが残っていた。


 今すぐ聞きたい。

 

 そんな気持ちも強いけれど、二人の様子を見る限り、簡単に話せることではないのだろう。


「……分かりました」


 気になる気持ちを抑え、頷く。


「それじゃあ、また明日ね」

「はい。ありがとうございました」


 二人に頭を下げ、その日の鍛錬を終える。


 彰さんの宙へ書いた“離界”の二字が、淡い光を放った。

 直後、視界が白く染まり、身体を包んでいた異界の乾いた空気が消える。

 光が収まると、目の前には夕暮れに染まった見慣れた屋敷が広がっていた。


 母さんのことを知っている。


 それも、二人のあの反応を見る限り、ただの知り合いというわけではなさそうだ。

 母さんと二人は、どこで出会い、どのような時間を過ごしたのだろう。


 消えない疑問を抱えたまま、俺は夕暮れの空の下、我が家へ帰った。

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