27話 霊力操作
学校での出来事から三日が経った土曜日。
今日は、彰さんとの鍛錬の日だ。
朝、いつもの時間に彰さんと合流し、空間の裂け目を抜けて異界へ踏み入れる。
見渡す限り広がる荒野は、今日も物音一つなく静まり返っていた。
「今日は、何から始めますか?」
尋ねると、先を歩いていた彰さんが足を止めて振り返った。
「その前に、何か話があるんじゃない?」
どうやら顔に出ていたらしい。
「そうですね」
彰さんは近くにある岩へ腰を下ろした。
俺もその前へ座り、彰さんを見上げる。
篠原さんから受けた忠告のこと。
先日、学校で起きた事件と、その際に保健医の三条先生に助けてもらったことを順番に話していく。
彰さんは途中で口を挟まず、最後まで静かに聞いていた。
「なるほどね。二人とも無事で良かったよ」
「はい。それで、篠原さんから、霊力を制御した方が良いと言われたんです」
霊力制御という言葉に、彰さんが目を細める。
「へえ。それで?」
「俺の霊力が周囲へ漏れているせいで、怨屍を引き寄せているんじゃないかって。それが原因で、篠原さんまで異界に巻き込まれたのかもしれないと」
「ふぅん。その子、よく見てるね。その通りだよ」
予想はしていた。
それでも、はっきりと肯定されると胸が重くなる。
「やっぱり、俺のせいで……」
「でも、そんなに気にする必要はないよ。君がいなくても、学校に現れた霊が怨屍に変わるのは、時間の問題だったんだから」
確かに、あの霊はすでに怨屍へ変わる寸前だった。
俺の霊力に引き寄せられたことで、異界へ取り込まれる時期が早まった可能性はある。
けれど、俺があの場にいなかったとしても、いずれ怨屍となり、誰かを襲っていたかもしれない。
俺の存在が引き金になったとしても、原因そのものではない。
彰さんはそう言いたいのだろう。
「まあ、周りを巻き込むのも良くないし、そろそろ霊力制御の仕方を教えておこうか」
話を切り替えるように、彰さんは岩から立ち上がった。
俺も少し遅れて腰を上げる。
「あの、これまで霊力制御を教えてくれなかったのは、何か理由があるんですか?」
「もちろん」
その答えを聞いた直後、視界の端で鋭い光が閃いた。
「っ!」
迫り来る刃に反応し、咄嗟に身体を逸らす。
刀が鼻先を掠めるように通り過ぎ、風圧が頬を打った。
後一瞬反応が遅れていれば、まともに斬られていた。
「なっ、急に何ですか⁉︎」
「うん、良い反応だね」
彰さんは俺の動きに満足そうに頷くと、刀を霊珠へ戻した。
「霊力制御より先に、自分の身を守る術を身につける方が大事だったからなんだ」
「ああ、そういう……」
今の一撃は、不意打ちにも反応できるようになったか確かめるためのものだったらしい。
そうだったとしても、先に一言くらい欲しかった。
「霊力を抑えられれば、怨屍に襲われる可能性は下げられる。でも、それは下位の怨屍の場合だけだ。上位の怨屍となれば、どれだけ隠しても勘付かれ、狙われる」
参禍になりたての怨屍でさえ、一人では倒せなかった。
そんな俺が霊力制御だけを身につけても、上位の怨屍に見つかれば何もできない。
「だから、まずは剣術と陣を扱えるようにすることを優先した。最低限、自分の身くらい守れるようにね」
先ほどの攻撃を避けられたことが、次の段階へ進めるようになった証なのだろう。
「じゃあ、俺から言わなくても——」
「そろそろ教える予定だったよ。ちょうど良い機会だし、今日は霊力制御から覚えようか」
「お願いします」
彰さんは俺から数歩離れ、正面へ向き直った。
「まずは、自分の霊力を感じ取ることから始めようか」
「術の時とは違うんですか……?」
雹水の陣を発動する時にも、身体の中を巡る霊力へ意識を向けている。
それとは何か違うのだろうか。
「術を使うときに感じているのは、身体の中から術へ回している一部の霊力だけだよ。今度は身体全体と、その外へ漏れている部分まで感じ取ってみて」
「外へ漏れている分……」
「目を閉じて、身体の内側から少しずつ意識を広げてみて」
言われたとおり、目を閉じる。
乾いた空気をゆっくりと吸い込み、身体の内側へ意識を向けた。
術を使う時と同じように、全身を巡る霊力を探っていく。
間もなく、何度も触れてきた流れを捉えた。
ここまでは、いつもと変わらない。
もっと広く。
身体の中だけではなく、その外へ。
意識する範囲を少しずつ広げていくと、今まで気にも留めていなかった感覚が鮮明になってきた。
身体の内側だけではない。
皮膚の表面から外へ流れ出し、自分の周囲を覆っている何かがある。
目を閉じているはずなのに、薄い膜に包まれているような、不思議な感覚だった。
「これが……」
「うん、いいね。もう、目を開けても視えるんじゃないかな」
言われるまま、ゆっくりと目を開く。
「……え?」
思わず声が漏れた。
先ほどまでは何もなかったはずの空間に、薄い靄のようなものが漂っている。
靄は俺の動きに合わせて揺らめきながら、身体の至るところから絶えず流れ出ていた。
少しでも意識を逸らせば、すぐに視界から消えてしまう。
だが、一度感覚を掴んだ今なら、意識を向け直すだけですぐに捉えられた。
「これ、もしかして全部、俺の霊力ですか?」
「そう。今まで視えていなかっただけで、ずっとそれだけの霊力を垂れ流していたんだよ」
彰さんへ目を向ける。
しかし、彰さんの身体からは、俺を覆っているような靄は全く見えなかった。
霊力を制御し、身体の内側へ留めているからだろう。
なるほど。
これだけ霊力を撒き散らしていれば、離れた場所からでも俺の居場所が分かるはずだ。
家の場所を教えていないのに、彰さんが迷わず訪ねてきたことにも納得がいく。
「これで分かっただろうけど、そんな状態だから、どこにいても君の居場所はすぐに分かったんだ。常に存在を主張しているようなものだね」
「あはは……」
苦笑するしかない。
これは、尚更霊力制御を身につけないといけない。
怨屍を引き寄せ、周囲の人を巻き込まないためにも。
「これを抑えるんですよね」
「そういうこと。まずは外へ漏れている霊力を身体の内側に留めてみようか」
再び、自分を取り巻く霊力へ意識を向ける。
感じ取ることはできた。
問題は、これをどうするのかだ。
術を使う時には、身体を巡る霊力を外へ放出している。
なら、その逆をすればいい。
外へ流れ出そうとする霊力を押し留め、身体の内側へ収める。
全身から霊力が漏れ出ないよう、意識を集中させた。
すると、周囲を漂う霊力が僅かに揺らいだ。
——今の感覚だ。
逃さないよう、さらに深く集中する。
呼吸をするだけでも意識が乱れそうになり、自然と肩へ力が入った。
次々と外へ流れ出そうとする霊力を押し留め、すでに漏れ出ているものを少しずつ内側へ引き戻していく。
焦らず、ゆっくりと。
やがて、周囲に広がっていた霊力の感覚が薄れていった。
「できている……?」
慎重に目を開ける。
先ほどまで身体の周りを漂っていた靄は、ほとんど見えなくなっていた。
「あっ」
できた。
そう思った瞬間、集中が途切れた。
押し留めていたものが一気に解き放たれたように、霊力が全身から溢れ出す。
足元の砂が、僅かに外側へ吹き飛んだ。
「ふふっ。そう簡単なものではないから、落胆しなくていいよ」
彰さんは楽しそうに笑っている。
そう言われても、生死に関わることだ。
簡単でなくても、できるだけ早く身につけないといけない。
「コツさえ掴めば、意識せずともできるようになるさ」
「頑張ります……」
再び目を閉じ、身体の中を巡る霊力へ意識を向ける。
一度抑えられても、呼吸をしたり、僅かに身体を動かしたりするだけで、すぐに外へ漏れ出してしまう。
その度に流れを探り、内側へ戻す。
一度、また一度と失敗を重ねながら、俺は霊力を身体の内側へ留める練習をひたすら繰り返した。




