↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼岸回帰録~巻き戻った世界が人外魔境だった件~  作者: 瑠衣
序章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/61

17話 隊服

「はい、終わりましたよ」


 数分に及ぶ採寸が終わり、広げていた両腕を下ろす。


 その間、叶惠さんは巻き尺で身体の各所を測るだけで、一度も寸法を書き留めることはなかった。


 すべて記憶しているのだろうか。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。早速仕立てようかと思いますが、意匠に何かご要望はございますか?」


 叶惠さんは何もない空間へ手を差し入れ、そこから一冊の分厚いファイルを取り出した。


「えっ……」


 思わず声が漏れる。


「お気になさらず。収納用の術ですわ」


 叶惠さんは何事もなかったかのように告げ、ファイルを開いた。

 

 ファイルには、軍服を基調とした様々な意匠が描かれていた。

 どれも格好良く見えたものの、戦闘用の服を見た目だけで選んでよいのか分からない。


「すみません。俺、こういうものには疎くて……。叶惠さんに任せてもいいですか?」

「もちろんですわ。颯斗さんに似合うものを仕立ててみせます」


 叶惠さんは満足そうに微笑むと、再び空中へ手を差し入れた。


 取り出されたのは、大きな機械だった。

 重い音を立てて畳の上へ置かれたそれは、見慣れたミシンによく似ている。


 あれで服を作るのだろうか。


 そう思った次の瞬間、何もなかった叶惠さんの手に、ふわりと黒い布地が現れた。


「あはは……。なんでもありだな」

「何か仰いましたか?」

「いえ、なんでもないです!」

「左様ですか」


 聞こえないほどの声で呟いたつもりだったが、思っていたより聞こえていたらしい。


 気をつけないと。


 叶惠さんが取り出した布へ鋏を入れる。

 迷いのない手つきで切り分けられた生地は、ミシンのような機械にセットされ、淡い光に包まれながら次々と縫い合わされていった。

 その鮮やかな手並みに目を奪われているうちに、黒い軍服が形作られていく。


 三十分ほど経った頃、叶惠さんの手が止まった。


「ふう。できましたよ」


 そう言って広げられたのは、彰さんが身に纏っているものとよく似た軍服だった。


 膝丈まで伸びた黒いコートに、細身のスラックス。

 全体の意匠は彰さんの服とほとんど同じだが、襟や袖口を縁取る細い刺繍だけは青紫色に変えられている。


「これは死神に支給される隊服と同じものですわ」

「隊服……。そんな、俺が着てもいいんですか?」


 死神になったわけではない。

 鍛錬を始めたばかりの俺が、彰さんと同じものを身につけてもいいのだろうか。


「もちろんです。怨屍と戦う以上、普段着のままでは危険ですから」


 叶惠さんは当然のことのように答えると、隊服を差し出した。


「寸法に問題がないか、試着してみてくださいませ」

「わかりました」


 隊服を受け取る。


 見た目から想像していたよりも、遥かに軽い。

 それでいて生地にはしっかりとした張りがあり、簡単に破れそうにはなかった。


「着替えてきます」


 隊服を抱え、隣の部屋へ向かおうとする。


「ここでもいいんですよ」


 背後から掛けられた言葉に、足が止まった。


「えっ?」


 振り返ると、叶惠さんは口元へ手を添え、楽しそうに笑っている。


「ふふ、冗談ですわ」

「か、からかわないでください……」


 初対面の相手に何を言い出すのか。


 熱くなった顔を隠すように背を向け、今度こそ隣の部屋へ逃げ込んだ。


 部屋へ入ると、改めて一着ずつ広げてみる。

 短い時間で仕立てられたとは思えないほど、細部まで丁寧に作られている。


 袖口に施された青紫色の刺繍は、光を受けて静かに輝いていた。


 俺は着ていた服を脱ぎ、渡された服へ腕を通す。


 袖を通すと、隊服は驚くほど軽く、まるで着慣れた服のように身体に馴染んだ。

 腕を振り、腰を捻ってみても、動きを妨げる感覚はない。


「これ、本当にさっき採寸しただけで作ったのか……」


 襟元を整え、居間へ戻る。


「着替え終わりました」


 部屋へ入ると、卓上には色鮮やかな料理が所狭しと並べられていた。

 彰さんは片手に持っていた皿を静かに置き、こちらへ振り返る。


「おや。似合っているね」


 彰さんが目を細めて微笑む。

 叶惠さんも満足そうに両手を合わせた。


「ええ。私の見立てに間違いはありませんでしたわ」

「あ、ありがとうございます」


 綺麗な二人から揃って褒められると、妙に気恥ずかしい。


「ほら、座って。冷めないうちに食べようか。叶惠さんも、是非食べていかれてください」

「あら。それでは、御相伴に預かりましょうか」


 彰さんに促され、座布団へ腰を下ろす。


 食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がり、空腹だった腹がさらに刺激された。


「いただきます」


 三人で手を合わせ、箸を取る。


 焼き魚を口へ運ぶと、香ばしい皮の下から柔らかな身がほぐれ、ほどよい塩気が広がった。


「美味しい」


 思わず声が漏れる。


「ふふ。口に合ったようで良かった」

「とても美味しいです。彰さん、料理もできるんですね」

「まあね」


 彰さんは少し照れくさそうに答え、味噌汁へ口をつけた。


 その隣で、叶惠さんが小さく微笑む。


「彰は、あの世でも指折りの料理人なんですよ」

「へー、そうなんですね!」

「ただの凝り性なだけだよ。褒めても、午後の鍛錬は優しくしないからね」

「それは残念」


 彰さんは頬を緩め、再び箸を動かした。


 しばらく食事を進めたところで、叶惠さんが俺の着ている服へ視線を向ける。


「そういえば、颯斗さん。着心地や丈の長さはいかがですか?」


 袖を軽く引き、腕を動かしてみる。

 食事をしている間も、窮屈さを感じることはなかった。


「全く問題ないです。すごく動きやすいです」

「それなら良かったですわ」


 叶惠さんは満足げに頷いた。


 彰さんは箸を置き、俺の方へ目を向けた。


「君に渡したその服は、戦うために仕立てられているんだ」

「やっぱり、普通の服とは違うんですね」


 死神に支給されると同等のものだと、叶惠さんから聞かされていた。

 だから、何かしら特別なものなのだろうと想像はしていた。

 

「うん。その隊服には、叶惠さんの力が織り込まれている。普通の服よりも遥かに丈夫で、怨屍の攻撃による被害も軽減してくれるんだ」

「これだけ軽いのに、そんなに丈夫なんですね」


 叶惠さんへ目を向けると、彼女はどこか誇らしげに微笑んだ。


「戦いの最中に服が動きを妨げては意味がありませんから。耐久性だけでなく、軽さや着心地にも拘っておりますの」


 これほど動きやすいまま身体を守れるのなら、普通の服とは比べものにならないだろう。


「もちろん、すべての攻撃を防げるわけではないけどね。それでも、普通の服で戦うよりは遥かに怪我をしにくい。それと、その青紫色の刺繍にも意味があるんだよ」


 彰さんの声色が変わったことに気づき、自然と箸を置く。


「意味、ですか?」

「うん。刺繍の色は、その者の血に宿る系譜を表している。君には青と紫、二つの系譜が流れているから、その二色を合わせた青紫になっているんだよ」


 改めて袖口へ目を落とす。


 ただの装飾だと思っていた刺繍に、そんな意味があったとは。


「では、彰さんたちの刺繍の色が違うのも、同じ理由なんですか?」

「そうだよ」


 彰さんは自身の袖口を軽く摘んだ。


「僕は灰色で、叶惠さんは黄色。それぞれ、自分の血に宿る色なんだ。……もっとも、叶惠さんは少し事情が違うけどね」

「事情?」

「ふふ。私、これでも創造を司る神をしていますの」

「……神?」


 思わず聞き返す。


 神社で祀られ、神話に登場する、あの神。

 人々から崇められ、祈りを捧げられる存在。


 それが今、俺の目の前で穏やかに微笑んでいる。


「え、あの……本当に神さまなんですか?」

「ええ」


 叶惠さんは当然のように頷き、片手を上げた。


 何もなかった手の上に光が集まり、透き通った立方体を形作る。

 立方体は宙へ浮き上がると、叶惠さんの指先に合わせて、くるくると回転した。


 やがて叶惠さんが手を握る。

 それだけで立方体は細かな光へほどけ、跡形もなく消え去った。


「……」


 返す言葉が見つからない。


 彰さんが半分神さまだという話でさえ、まだ完全には整理しきれていなかった。

 それなのに今度は、本物の神さまが目の前にいるという。


 しかも、俺のために服まで仕立ててもらってしまった。


 そう考えると、急に畏れ多く感じてくる。


「驚くのもわかるけど、気にすることないよ。ちなみに、琴葉さんはあれでも緑の神なんだ」

「……え」


 つい先日、仕事を抜け出して買い物をしていた姿を思い出す。


 何も言えずにいると、叶惠さんがくすりと笑った。


「神だからといって、皆様が思い描くような存在とは限りませんわ。食事もしますし、眠りもします。こうして服を仕立てるのも、私にとっては大切な楽しみの一つなのです」

「そう、なんですね……」


 神とは、人間から遠く離れた場所で世界を見守る存在だと思っていた。

 けれど、目の前の神は人と同じように笑い、美味しそうに料理を口へ運んでいる。

 それどころか、仕事を抜け出して買い物をしている神までいるらしい。


「ですから、あまり気を遣わなくて大丈夫ですよ」

「はい……」


 返事はしたものの、すぐに今まで通り接するのは難しそうだ。


 彰さんは戸惑う俺を見て、小さく笑った。


「そのうち慣れるよ。ほら、残りも食べな。少し休んだら、また鍛錬を始めようか」

「は、はい!」


 置いていた箸を取り、食事を再開した。


 ——


 昼食を終えると、叶惠さんから隊服と同じ意匠のブーツを渡された。


 どうやら、こちらも用意してくれていたらしい。


 縁側へ移り、早速足を通してみる。

 

 こちらも驚くほど軽く、足首を動かしても窮屈さはない。


「これも凄く動きやすいですね」


 叶惠さんは嬉しそうに目を細めた。


「気に入っていただけたようで何よりですわ」

「服に、ブーツまで……本当にありがとうございます!」

「どういたしまして」


 叶惠さんは穏やかに微笑むと、俺の傍まで歩み寄った。


「それでは、最後に隊服一式を霊珠へ刻印いたします。霊珠を出していただけますか?」

「はい、わかりました。……その、刻印をすると、どうなるんですか?」


 首から下げていたリングを外し、差し出された手へ載せる。


「武器を顕現させるのと同時に、身につけている衣服が隊服へ切り替わるようになりますの。その際、元の衣服やお持ちの荷物も一時的に収納されますので、戦いの邪魔になることはございませんわ」

「そんなことまでできるんですか?」

「怨屍が現れるたびに着替え、荷物を置いていては、間に合わないこともあるでしょう?」


 言われてみれば、その通りだ。

 その場で着替えと荷物の収納まで済むなら、突然襲われてもすぐに戦える。


「すぐに終わりますので、少々お待ちくださいませ」


 叶惠さんはリングを受け取ると、それを宙へ浮かせた。


 リングの周囲へ無数の文字が浮かび上がる。

 それらは流れるように巡り、やがてリングへ溶け込むように消えていった。


「これで完了ですわ。武器を霊珠へ戻せば、衣服や荷物も元の状態へ戻ります」

「ありがとうございます」


 返されたリングを受け取り、再び首へかける。


 そこへ、食器を片づけ終えた彰さんがやって来た。


 彰さんは、俺の姿を一通り確かめ、満足そうに頷く。


「よし。準備も整ったことだし、午後の鍛錬を始めようか」

「はい!」


 新しいブーツで地面を踏み締める。


 午前中に覚えた霊力の感覚を思い出しながら、気を引き締めて彰さんの後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。