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彼岸回帰録~巻き戻った世界が人外魔境だった件~  作者: 瑠衣
序章

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12話 空歩と連戦

 嫌な予感は的中した。


 彰さんは俺のもとまで来ると、脇腹を掴み、そのまま軽々と抱え上げた。


 次の瞬間、地面が一気に遠ざかる。


「えっ、彰さん!な、何を——」


 突き刺すような風に、思わず目を閉じた。


 暫くすると、肌を打っていた風が弱まる。


 恐る恐る目を開けると、先ほどまで視界を埋めていたコンクリートの壁は消え、茜色の夕空が広がっていた。


 眼下に立ち並ぶ建物が、まるで箱庭のように小さく見える。


 気づけば、俺は空にいた。


「うわあーっ⁉︎」

「ちょっと、近くで叫ばれるときついかな。絶対に落とさないから、安心して」


 彰さんが顔を顰めていた。


「あ、はい。すみません……」


 改めて周囲へ目を向ける。


 彰さんは空中を蹴るようにして移動していた。

 一歩踏み出すたびに、とてつもない距離を駆け抜けていく。


 目まぐるしく景色が流れ、どれほど進んだのか見当もつかない。


 やがて見慣れた街並みが消え、見知らぬ景色が広がり始めた頃、彰さんは空中で足を止めた。


「着いたよ。じゃあ、頑張ってね」


 その一言とともに、身体を支えていた手が離れた。


「え?ちょっ、彰さんーっ⁉︎」


 身体が真っ逆さまに落下する。


 地面までは、まだ何十メートルもある。


 待ってくれ。

 俺は彰さんのように、空を飛ぶ方法なんて知らない。


 このままでは、本当に死ぬ——。


 必死にもがく俺の隣へ、彰さんが降りてきた。


 だが、助ける素振りはない。


「霊力で足場を作って。鍛錬中も無意識にできていたんだ。今もできるはずだよ」


 霊力で足場を作る。


 そんなこと、鍛錬中にしていたか……⁉︎

 

 思い返してみれば、何度か地面を蹴った感覚もないのに、大きく踏み込めたことがあったかもしれない。

 あれが、そうだったのか。


 しかし、今は考えている余裕はない。


 身体を捻って足を下へ向け、霊珠を顕現させた時のように、足元へ霊力を集中させる。


 すると、足の裏に柔らかな感触が生まれた。


 直後、落下していた身体が急停止する。


「ぐっ……!」


 衝撃に膝が折れかけたが、どうにか踏み止まった。


 足元には、無色透明の足場ができていた。


「これ、できていますか?」


 恐る恐る足を動かす。


 踏むたびに頼りなく沈み込むものの、どうにか立っていられる。


「できているよ。その調子で、下まで降りてみて」

「はい」


 意識を足元へ集中させ、階段を下りるように空中を踏んでいく。


 一歩進むたびに新たな足場を作る。


 初めは不安定だったが、何度か繰り返すうちに感覚が掴めてきた。


 やがて無事に地面へ辿り着く。


 彰さんは途中から一気に飛び降り、俺よりも先に着地していた。


「今、君が使ったものは、空を歩くと書いて、空歩(くうほ)というんだ。もちろん、空へ昇る時にも使えるよ。さっき、僕がやっていたようにね」

「へぇ、そんなこともできるんですね」


 空を自由に駆けられる。


 子供の頃、一度は夢見たことだった。


 絵空事でしかないと思っていたことが、今の俺にはできる。


 その事実に、少し胸が躍った。


 もっとも、その高揚感は長く続かなかった。


「空歩にも少しは慣れただろうし……また、怨屍の討伐といこうか」


 彰さんは路地裏の方を親指で示すと、悪戯っぽく片目を閉じた。


「えっ。また、ですか……」


 鼻につく腐臭に顔を顰めながら、示された方へ目を向ける。


 何もなかった空間に亀裂が走っていた。

 裂け目が大きく開き、そこから大型の虫に似た化け物が姿を現す。


 巨大な羽を動かしながら宙を舞う怨屍が、俺達を見つけてにたりと口角を吊り上げた。


「うん、タイミングばっちりだね。ちょうど飛行型だ。空歩を使って倒してみて」

「は、はい!」


 刀を顕現させ、正面へ構える。


 相手がどのように攻撃してくるのかはわからない。

 ならば、まずは羽を斬り落とす。


 足元に作った足場を強く踏み込み、一気に距離を詰めた。


 そのまま羽へ向けて刀を振り下ろす。


 だが、その寸前。


 怨屍が両方の羽を大きく打ち振った。


 巻き起こった強風に煽られ、体勢を崩される。


「わっ⁉︎」


 風に押し流され、後方へ吹き飛ばされた。


 背後には、コンクリートの壁が迫っている。


 まずいっ!


 咄嗟に宙へ足場を作り、強く踏み込んだ。


 足場が大きく沈み込む。


 それでも、どうにか壁へ激突する前に踏み止まることができた。


 危なかった。


 今は琴葉さんもいない。

 大怪我を負っても、すぐに治してくれる人はいないんだ。


 油断はできない。


 大きく息を吐き、刀を構え直す。


 蛾のような姿。

 あの羽を使って、風を生み出している。


 ならば、羽を動かされる前に懐へ入り込めばいい。


 宙を蹴り、再び距離を詰める。


 怨屍が羽を動かそうとした瞬間、斜め前方に作った足場を蹴って側面へ回り込んだ。

 

 風が巻き起こるよりも先に、その間合いへ入り込む。


「はあっ!」


 振り抜いた刀が、片方の羽を切り裂いた。


『ギュルルルルッ‼︎』


 怨屍が甲高い悲鳴を上げる。


 残された片羽だけで、辛うじて宙に留まっていた。

 体勢を立て直そうと、怨屍がこちらへ向き直る。


 その瞬間を逃さず、一気に踏み込んだ。


 左肩から胸へ向け、刀を振り抜く。


 手に硬いものを断ち切る感触が伝わった。


 核を捉えた。


 怨屍の身体が左右に分かれ、端から砂のように崩れていく。

 地上へ落ちるよりも先に、跡形もなく消えていった。


「ナイス!相手の動きに合わせて戦えている。いいね」


 彰さんが満足そうに頷いた。


 これで二体目。


 空歩を使った戦闘にも、どうにか対応できた。

 ようやく肩の力を抜ける。


 そう思った時——。


「じゃあ、その調子でどんどん倒していこうか!」


 思わず、がっくりと肩が落ちた。


「えっ⁉︎まだ続けるんですか⁉︎」

「そりゃあ、もちろん。戦闘なんて、慣れてなんぼだからね」

「そ、そうですけど……」

「ほら、気を緩めない。此処は呪域(じゅいき)という、怨屍が現れやすい場所なんだ。それに加え、奴らは僕達の霊力にも引き寄せられて集まってくる」


 彰さんが話している間にも、空間に裂け目が走った。


 一体。

 二体。

 三体。

 四体。


 それでも、まだ終わらない。


「うわっ⁉︎」


 次々と怨屍が姿を現し、あっという間に俺を取り囲んだ。


 先ほどまで相手にしていたのは、たった一体。


 それが今度は、数えるのも億劫になるほどの数だ。


 前方には鎌状の腕を持つ怨屍。

 右手には、四足で地面を這う獣のようなもの。

 背後からは、羽音まで聞こえてくる。


 どこを向いても、逃げ道を塞ぐように怨屍が立ちはだかっていた。


「無理そうだったら助太刀するけど、とりあえず一人で頑張ってみてね」


 それだけを言い残すと、彰さんは軽く跳躍し、近くのビルの屋上へ移ってしまった。


 ちょっと待ってくれ。


 この数を、一人で相手にしろというのか……⁉︎


 正面の怨屍が、低く唸った。


 それに呼応するように、周囲の怨屍がじりじりと距離を詰めてくる。


 逃げ場はない。


 やるしかない。


 刀を握り直し、足元へ霊力を集中させる。


 俺は半ばやけくそになりながら、怨屍の群れへと駆け出した。

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