第五章:結城(2025年12月28日)
北広島の市街地を抜け、街灯もまばらな林道へと車を走らせる。ワイパーが重たい雪を撥ねる音が、静まり返った車内に響いていた。
結城は、助手席に置いたあのメモを盗み見た。記されていたのは、かつて農協の倉庫として使われていたという古い建物の住所だ。十年前の事件の「証拠」がなぜ今になって、こんな場所に現れるのか。
車のライトが、雪の中に浮かび上がる錆びついたトタンの壁を照らし出した。
「ここか……」
エンジンを切り、ライトを消すと、周囲は圧倒的な闇に包まれた。結城はグローブボックスから懐中電灯を取り出し、コートのポケットに忍ばせた十年来の愛用である警察時代のホイッスルを指先でなぞった。
雪を踏みしめる音だけが、夜の静寂を乱す。
倉庫の入り口は、誰かがこじ開けたのか、数センチほど隙間が空いていた。結城は息を殺し、懐中電灯を消したまま中へと滑り込む。
鼻を突くのは、古い埃と油の匂いだ。
闇に目が慣れてくると、建物の奥の方に、微かな光の漏れている一画があることに気づいた。結城は物音を立てないよう、壁伝いにゆっくりと距離を詰めていく。
「……誰だ」
不意に、倉庫のさらに奥から、震えるような若い男の声が聞こえた。
結城は反射的に身を隠し、声のした方を見据える。そこには、大きな黒いボストンバッグを抱えた、見覚えのある顔があった。あのアパートの住人――大学生の直人だ。
直人は、足元に置かれた古い木箱の上にバッグを置くと、何かに怯えるように周囲をキョロキョロと見渡している。
その時だ。
倉庫の外で、別の車のエンジン音が止まった。雪を噛むタイヤの音、そして複数の足音。
結城は直感した。自分をここに呼び寄せた主と、直人にバッグを預けた主、そして十年前の事件の当事者たちが、この「交差点」に向かって集結しつつあることを。
ふと、背後の闇に人の気配を感じ、結城は背筋に冷たいものが走るのを覚えた。
振り返ろうとした瞬間、暗闇の中から細い腕が伸び、彼の口を塞いだ。
「静かに。……見つかりたいの?」
耳元で囁かれたのは、鋭く、しかしどこか聞き覚えのある女の声だった。微かに漂う、ススキノの夜を思わせる安っぽい香水の匂い。
レイナ。
なぜ彼女がここにいるのか。問い質す暇もなく、倉庫の正面扉が大きく開き、強烈な車のライトが内部を白く塗り潰した。
光の向こうから現れたのは、高級なコートを羽織った男――貴史。そしてその数歩後ろから、影のように付き従う女の姿があった。
香苗だ。彼女の手には、調理用とは思えないほど鋭く研ぎ澄まされた、細身のナイフが握られていた。
十年の時を経て、バラバラだったピースが、呪われた雪の夜に一つに繋がろうとしていた。
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