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第三章:直人(2025年12月26日)

六畳一間のアパートの空気は、吐き出す息が白く濁るほど冷え切っていた。直人は、安物の電気毛布にくるまりながら、コンビニで半額になっていた売れ残りの惣菜パンをかじった。


クリスマスの華やかさが嘘のように、街は一気に年末の慌ただしさへと色を変えている。


半年前、道北の小さな町から期待と不安を抱いて札幌へ出てきた。大学の講義と、深夜まで及ぶ居酒屋のバイト。思い描いていた華やかなキャンパスライフとは程遠い、ただ生きるためだけに時間を削る日々だ。


「……帰りたいな」


ぼそりと漏れた独り言は、薄い壁に吸い込まれて消えた。


このアパートは壁が薄く、隣の部屋の話し声や足音が筒抜けになる。右隣の部屋には、昼間から酒を飲んでいるような中年男性が住んでおり、左隣は半年経っても一度も姿を見たことがない。


直人がここを選んだのは、ただ家賃が安かったからだ。だが、その安さには理由がある。この一帯は、夜になると出所不明の車が頻繁に行き交い、路地裏には消えない緊張感が漂っている。


不意に、玄関のドアを叩く音がした。時計の針は午後十時を回っている。


「……はい、どなたですか」


直人は電気毛布を剥ぎ取り、恐る恐るドア越しに声をかけた。


「隣の者だ。少し、開けてくれんか」


しわがれた、しかし威圧感のある声だった。左隣の、あの正体不明の住人だろうか。直人はチェーンをかけたまま、数センチだけドアを開けた。


そこに立っていたのは、深い帽子を目深に被り、脂ぎった顔をした初老の男だった。男の手には、ずっしりと重そうな黒いボストンバッグが握られている。


「これを、三日間だけ預かっておいてほしい。報酬はこれでどうだ」


男は隙間から、クシャクシャになった一万円札を三枚、ねじ込むように差し出してきた。


「え、でも……中身は何ですか?」


「気にするな。ただの着替えと、大事な書類だ。三日後の夜にまた取りに来る」


男は直人の返事も待たず、強引にバッグを足元に置くと、そのまま足早に階段を駆け下りていった。


残されたのは、三枚の一万円札と、見た目以上に重量のある黒いバッグだけだった。


直人は震える手でバッグを室内に運び込み、鍵を閉めた。生活費が底を突きかけていた彼にとって、三万円という大金はあまりにも魅力的だった。だが、それ以上に得体の知れない恐怖が胸を締め付ける。


「……何だよ、これ」


バッグを持ち上げようとした時だ。中から、規則的な、小さな金属音が聞こえてきた。


チッ、チッ、チッ。


それは、静まり返った部屋の中で、死神の足音のように響いていた。


好奇心よりも恐怖が勝り、直人はバッグを開けることができなかった。彼はそれを部屋の隅に追いやり、再び電気毛布の中に潜り込んだ。


彼には知る由もなかった。この重苦しいバッグが、かつて正義を追い求めた探偵や、過去を消そうとするキャバ嬢の運命を、根底から覆す引き金になることを。

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