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第二章:レイナ(2025年12月25日)

氷点下の風が、ススキノの路地裏を容赦なく吹き抜けていく。煌びやかなネオンの光が、雪の混じった水溜まりに溶け、汚れた虹色を描いていた。


レイナは、高級ブランドのコートの襟をきつく合わせ、足早に「クラブ・クリスタル」の通用口へと向かった。昨夜のクリスマスイブは、指名客の相手とシャンパンの波に溺れ、気がつけば昼過ぎまで記憶がなかった。


「……寒い」


小さく溢れた言葉は、誰に届くこともなく白い霧となって消えた。


彼女の本名は、佐々木恵美という。かつて、道東の小さな漁師町で、潮の香りと貧しさに囲まれて育った。酒に溺れる父と、それを見て見ぬふりをする母。彼女にとっての家は、安らぎの場ではなく、いつ壊れるかわからない薄氷の上のような場所だった。


十八歳の春、彼女はわずかな貯金と着替えだけをバッグに詰め、始発の列車に飛び乗った。名前を捨て、過去を捨て、辿り着いたのがこの札幌の歓楽街だった。


「レイナさん、おはようございます! 今日も一番乗りですね」


更衣室に入ると、若い黒服の男が愛想よく声をかけてくる。


「おはよう」


彼女は短く答え、鏡の前に座った。


仕事用の仮面を作る時間は、彼女にとって神聖な儀式だ。厚くファンデーションを塗り重ね、鋭いアイラインを引き、真っ赤なリップで唇を縁取る。鏡の中に「恵美」の面影が消え、冷酷で美しい「レイナ」が完成する。この顔でいる限り、あの寂れた町の記憶に追いかけられることはない。


だが、最近、その確信が揺らぎ始めている。


数日前から、店の入り口付近に、見慣れない男が立っている。派手な格好をしているわけでもなく、ただ静かに、レイナが店に入るのを遠くから眺めているのだ。


今日、通用口に入る直前にも、その視線を感じた。


「……まさか、あいつじゃないわよね」


脳裏に、かつて自分を追い詰めた男の歪んだ笑顔がよぎる。


レイナは震える手で化粧ポーチの奥を指先でなぞった。そこには、護身用の小さなナイフが隠されている。この街で生き残るために、彼女は誰も信じないことを誓った。たとえ客が愛を囁こうとも、同僚が笑顔で近づこうとも、その裏にある打算と欲望を彼女は見逃さない。


「レイナさん、三番テーブルの田中様がお待ちです。今日も例の高額ボトル、入れる気満々ですよ」


インカムから流れる声に、彼女は艶やかな笑みを浮かべた。


「すぐ行くわ。今夜もしっかり稼がせてもらいましょう」


更衣室を出る際、彼女は一度だけ振り返り、鏡の中の自分を冷めた目で見つめた。


豪華なドレスに身を包んだ自分は、まるで誰かの身代わりに用意された操り人形のようだった。明日にはこの雪と一緒に消えてしまうような、実体のない存在。


それでも、彼女は歩き出す。


暗い過去に飲み込まれないためには、この光の渦の中で踊り続けるしかないことを、彼女は痛いほど知っていた。

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