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第一章:結城(2025年12月24日)

雪は、公平だ。

華やかな大通りを歩く者にも、暗い路地裏で息を潜める者にも、同じように冷たく、等しく降り注ぐ。

それはあらゆる色彩を奪い、すべての音を吸い込み、世界の輪郭をぼかしていく。

美しく整えられた庭も、打ち捨てられたゴミの山も、雪の下にあればどれも同じ白い塊に過ぎない。

だが、見えないということは、消えたということではない・・・。

窓の外では、湿り気を帯びた雪が街灯の光を鈍く反射しながら落ちていた。札幌駅近くの雑居ビル、その三階にある「結城調査事務所」の室内は、古い石油ストーブが発する微かな燃焼音だけが支配している。


結城雅春は、ひび割れた革の椅子に深く腰掛け、デスクに広げた一枚のセピア色の写真を見つめていた。それは十年前、彼がまだ北海道警の捜査一課に身を置いていた頃、最後に手掛けた事件の現場写真だ。


警察官の家に生まれ、正義感という言葉を疑わずに育った。父の背中を追って刑事になった結城は、法の番人であることに誇りを持っていた。だが、その誇りは十年前の雪の夜、ある「事故」によって粉々に砕け散った。


「……結局、俺は何も変えられなかった」


独り言が、冷えた室内に頼りなく溶けていく。


十年前のひき逃げ事件。被害者は当時まだ幼かった少女だった。有力な証拠が揃い、容疑者の目星もついていた。しかし、捜査は突然の「上からの圧力」によって打ち切られた。犯人と目された男が、道政に強い影響力を持つ有力者の息子だったからだ。


結城は組織に抗った。だが、待っていたのは称賛ではなく、閑職への左遷と、執拗な内部調査だった。結局、彼は自ら警察手帳を返上した。正義を守れない場所にしがみつく意味を見出せなくなったのだ。


以来、彼はこの小さな事務所で、浮気調査や素行調査といった「誰かの泥を払う仕事」で食い繋いできた。


そんな彼の元に、一週間前、差出人不明の封筒が届いた。中には、当時紛失したはずの「被害者の少女が持っていた青いリボン」の断片と、北広島市にある古い倉庫のアドレスが記されたメモが入っていた。


「今さら、何のつもりだ」


結城は立ち上がり、ハンガーに掛けていた使い古しのコートを羽織った。


誰かの罠かもしれない。あるいは、過去の亡霊が自分を嘲笑っているだけなのかもしれない。それでも、止まったままの時計の針を動かせる可能性があるのなら、行かないという選択肢はなかった。


彼はストーブの火を消し、鍵をかけて事務所を後にした。


廊下を歩く彼の足音は、硬く、重い。それは彼が背負ってきた挫折と、捨てきれない未練の重さそのものだった。


クリスマスイブ。浮かれる街の喧騒を避けるように、結城は地下駐車場の愛車へと向かった。彼がこれから向かう先に、他の誰かの人生が交差していることなど、この時の彼はまだ知る由もなかった。

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