守りたいもの⑤
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「お久しぶりです」
そう言いながら、頭を下げる。
目の前には、父の仕事仲間であり、私の茶飲み仲間でもある国の重鎮三人が座っている。
私の横にはアリウムが腰掛け、その後ろにはカルナ様が立つ。
「久しいな」
「元気だったかの?」
「公爵は変わらずかな?」
以前と同じ優しい笑みに、肩の力が抜ける。
「はい。私も父も元気にしています。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「ミルベラ嬢の頼みだからな」
「事前に分かっていれば、スイーツを用意したのだが。何もなくて、すまないね」
三人は目尻のシワを深くさせながら話す。
「さて、用事というのは何かな? お茶会なら、手紙をくれれば良いだろう?」
けれど、その一言で雰囲気は重くなる。
眼差しからは温かさが消え、室内の温度が下がった気がした。冷たくなった指先を握り込む。
「お察しかと思いますが、飢饉対策について殿下にお話したのは私です」
「ミルベラ」
咎めるようなアリウムの声に小さく首を横に振る。
「もうとっくに私がしていることを調べられているはずですから。いくら可愛がってくれていようと、私情を挟む方々ではありません」
「自ら話すのと、調べられたのでは、事実の重みが違う」
「そうでしょうか。出る答えは同じなのですから、そこの重さは変わりませんよ。変わるとしたら、私への印象くらいなものです」
あとは、覚悟を決めやすいことくらい。
「皆様のお力をお借りできないでしょうか。お願いいたします」
頭を下げれば、部屋に沈黙が落ちた。
目の前の三人から向けられる視線が突き刺さる。
「ミルベラ嬢、顔を上げなさい。まず結論から言うが、今の状況で我々が力を貸すことはない」
「……それは、絶対ですか?」
「そうだ」
まぁ、そうだよね。
三人は、飢饉が起こるなんて思っていないだろうし。起こるとしても、遠い未来だと考えているだろう。
けれど、ここで諦めるわけにはいかない。
「飢饉は、いつかは必ず起きます。天災や疫病、害虫……、過去の記述を少し探しただけでも、すぐに出てきました。それなのに、対策は不十分なままです」
「国の施策を問題視するのかな?」
──っ。心臓が縮むかと思った。
感情を見せない三人の視線から逃げたいけれど、逸らしたら話を聞いてもらえなくなる。そんな気がしてならない。
「違います。できることは、今からでも始めるべきではないでしょうか」
「ほぅ。それが今回の飢饉対策というわけかの」
「はい」
「案は良かった。だが、備蓄をするには人も金も場所も必要だ。品質保持一つとっても容易ではない。無駄にすれば、国庫への損失は莫大となる」
「加えて、成果が見えなければ、殿下の失政と見なされるでしょうな」
わかってる。
飢饉が来なければ、それは成功ではなく、無駄遣いと批判されるだろう。
けれど、来る可能性が高いのだ。
「とにかく性急すぎる。それが分からない殿下とミルベラ嬢ではないよな?」
「……はい」
「ならば、もう少し手順を踏みなさい」
悔しさに唇を噛む。
何か、何か説得する強い理由さえあれば……。
「急いだことに関して、ミルベラは関係ないよ」
…………え?
驚いてアリウムを見れば、涼しい顔で言葉を重ねている。
「案を出したのは、たしかにミルベラだ。けれど、押し進めたのは俺の独断だからね」
「何を言って……」
「だから、この全責任は俺が負う。それで何も問題はないだろう?」
なん……で…………。
さっき謝ってくれたばかりなのに。
それなのに、もう自分を盾にして私を守ろうとするの?
ギュッと握りしめた自分のこぶしが目に入る。
真っ白で、強く握り込んだことで小さく震えている。
「私が、アリウムに無理を言いました」
「ミルベラ!?」
強く肩を摑まれ、アリウムの方を見れば、驚きに見開かれた藤色の瞳が私を捉えていた。
不安げに揺れるそれに、口の端を上げる私が映っている。
「責任の所在が必要なら、私がもらいます。これでもいちおう、悪女なので」
もう評判は落ちている。
どのみち上手く行かなければ、私を悪としたがる人が増え、それが世論となるのだ。
ならば、最初からすべて受け取ってしまえばいい。
「誓約書、守ってくださいね」
私の行いは家に責任を問わず、私個人の問題として扱う。
あの約束があるから、何があっても、公爵家に罪は向かわない。
誓約書のおかげで腹をくくれる。
「……守らない。ラットゥース公爵家に責任は問わないが、ミルベラの問題としても扱わない」
「話が違います」
「そんなことはない。これは、俺が国家として主導していることだ」
アリウムが言い終わる前に、私は重鎮たちへと視線を戻す。
国としての損失だけじゃない。
急な備蓄は他国とのバランスを崩す可能性だってある。そこに責任が発生するのは当然だ。
「……私の命で全責任を取ることは難しいですか?」
三人が渋い顔をする。
「結論から言えば、ミルベラ嬢の首一つでは足りんな」
「そもそも、公爵令嬢一人に責任を取らせることが無理だしのう」
「責任を取ると言うのであれば、ラットゥース公爵家か、殿下とだろう」
『ラットゥース公爵家は、処刑された』
小説の一文が、頭をよぎる。
選べばいい。
迷う必要もない。
最初から家族だけは絶対に守ると決めていたのだから。
あぁ、息がうまく吸えない。
吸っているはずなのに、苦しい。
「わ、私は──」
早く、言わないと。
公爵家は関係ないことだって。
アリウムと背負うと──。
「だから、俺一人で責任を取ると言っているだろ。俺なら、命をかける必要もない」
温かい手が背中に触れ、息ができた。
アリウムが触れているところから体温が広がっていく。
「ですが、殿下は信用を完全に失います。王位継承から外れる可能性も少なくありません」
「問題ない。俺が自分で選んだことだ」
迷いなく、アリウムは言い切った。
アリウム、ごめんね。
何であなたが一人で背負おうとしてくれるのか、やっと分かったよ。
「待ってください」
ほんの少し声が震えた。
守ろうとしてくれるのに、私はあなたを選べない。
ごめん……。ごめんなさい。
だけど、あなたを一人にはしない。
「私も一緒に背負います。アリウムと二人で」
アリウムは、王族としての立ち場を賭けてくれた。
なら、私は命を賭ける。
私とアリウムの命の重みは違う。
私の命より、アリウムの王族としての立ち場の方が重い。
比重なんて取れないけど、それでも私に出せる一番大きいものが命だから。




