守りたいもの④
「はい、これで手当てして。ついでにアリウムのこと寝かしつけてあげて」
カルナ様が木製の箱を持ってくる。
「寝かしつけるって、子どもじゃあるまいし……」
「膝枕してもらって、少しゆっくりすれば? って、意味なんだけど」
さらりと言われた言葉に、私とアリウムは動きを止めた。
「「────っ。膝枕!?」」
声が重なる。
「驚くことないでしょ。婚約者なんだし。その間に書類の整理しとくから、僕のことは気にしないで」
「いや、気になるだろ」
「膝枕してほしくないの?」
「それは……」
あ、してほしいんだ。
アリウムって、くっつきたがるもんなぁ……。って、そうじゃなくて!
「悩まないでください! 書類を手伝う前に会いたい人がいるので、アリウムが休んでいる間に少し席を外します」
「駄目だ」
手首を摑み、アリウムはゆるく首を横に振る。
「安全を保証できない。俺も行く」
その言葉にまた守ろうとしているのだと眉根が寄った。
「あと、これはいつ出来た傷だ? まさか、王城で?」
「家でちょっと擦っただけです。会いに行くのは知り合いなので、少しくらい問題ありません」
「……誰に会いに行く?」
「それは……」
上手くいくかわからないし、できれば言いたくない。
隠さない努力をするなんて、口にしなければ……。
「茶飲み仲間です。暫く会ってなかったので」
「なるほど。重鎮たちに会いに行くのか」
アリウムの瞳の中に、驚きで目を見開く私が見える。
「ミルベラが話していたことだろう?」
そう……だっけ? ということは、会話のなかでたまたま口にした他愛もないことを覚えていたってこと?
「記憶力、いいんですね」
「ミルベラのことに関しては、特にな」
真剣な雰囲気の中にも甘さの交じった音を感じ、視線を逸らす。すると、書類を仕分けているカルナ様が目に入る。
「────っ!!」
急激に恥ずかしさが込み上げ、顔が熱い。
「赤いな」
ふっと笑う息遣いが聞こえ、どこを見たらいいのか分からず、視線をつま先に落とす。
「嬉しいのは分かるけど、そこまでね。ミルベラちゃんは人前で口説かれるのが嬉しいタイプじゃないでしょ?」
軽やかな足音と共に、こげ茶色の革靴が視界に増える。
「まずは、手の治療。次に、殿下の寝かしつけを最優先でお願いしたいかな。それと、時間があればこの書類をよろしくね」
「あ、はい……」
カルナ様は羊皮紙に書かれている書類を十数枚と、万年筆をソファー前のローテーブルに用意してくれる。
「んじゃ、僕は父さんたちの予定を聞いてくるよ」
「え?」
「馬で来たくらいなんだし、事前に連絡してないんでしょ? なるべく早く戻るから。殿下はきちんと休むように!」
そう言い残し、カルナ様は執務室を出ていった。
「……手当てするから、座って」
「はい」
どことなくぎこちない雰囲気の中、木箱を開け、アリウムは丁寧な手つきで傷の消毒をするとガーゼをあててくれる。
「手だけ擦るなんて、そうあることじゃない。何があったんだ?」
「…………ちょっとドジしちゃっただけですよ」
「隠し事はしないって言ってただろ?」
不満げな声で言われるけれど、答えるわけにはいかない。
「隠してなんていませんよ」
「へぇ?」
不穏な空気に手から視線を上げれば、声は一段低くなったのに、口元には笑みを浮かべている。
「誰を庇っている? エリーカ嬢? それとも、ルミアスかな?」
一瞬、息が止まった気がした。
「俺はね、ミルベラが傷つけられることに対して寛容でいられるほど、人間ができていないんだ」
「アリ……ウム……」
私越しに向ける怒りに、声が震える。
「……ごめん。ミルベラに怒ってるわけじゃない。でも、今回だけは、そうだな……膝枕をしてくれたらミルベラの嘘を信じてあげるよ」
「別に嘘なんか……」
そう言っている間に、アリウムはソファーへと横になり、私の膝……というか腿の上に頭を乗せる。
「ア、アリウム!? 私、まだいいなんて──」
抗議の声をあげた瞬間、藤色の瞳は柔らかに細まった。
あまりにも幸せそうな色で、続くはずだった言葉は音にならなかった。
「──早く寝てください。その顔色は、心配になります」
「そうさせてもらうよ。ありがとう」
くすくすと笑う振動が足から伝わってくる。
落ち着かなくて、カルナ様が置いていった書類に手を伸ばそうと上体をわずかに前へと倒した瞬間、私の頬にほんの少し冷たい指先が触れた。
「ミルベラ。あなたのためなら、俺は何者にでもなるよ」
ただ事実だけを伝えた声の温度に、一拍遅れてアリウムへと視線を戻す。
すると、藤色の瞳は既に瞼で見えなくなっていた。
「……おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
アリウムは、ころりと私のお腹の方へと体の向きを変えると、数分もしない間に呼吸が深くなる。
「お願い、早く本当の愛を見つけて……」
私のために変わるという言葉と、アリウムを巻き込んでいるという事実に、書類を持った手が震えた。
聖女と出会えば、アリウムの気持ちも変わるはず。
「私のために、変わろうとしないで……」
涙は出ていないのに、自分の声がどこか泣いているように聞こえた。




