守りたいもの③
ノックと共に返事が聞こえる。
「アリウム、入るよ」
そう言いながら開かれた扉の先で、アリウムは山のような書類を確認しながら万年筆を走らせていた。
「悪い。少しだけ待っててくれないか」
書類から視線を外すことなく言い、また何かを書き込んでいる。
「僕はいいけど、ミルベラちゃんもいるよ」
「…………は?」
一拍の間が空き、アリウムは不可解そうな顔でこっちを見た。
濃い隈が浮かび、疲労が滲む姿に息を呑む。
「ミルベラ……」
「お、お久しぶりです」
私の言葉に返事はなく、時計の秒針の音がやけに大きく感じる。しばし、藤色の瞳と視線が交わったまま、私は動けずにいた。
「──ミルベラっ!?」
勢いよく立ち上がった反動で、椅子がゴトリと倒れる。
その椅子を気にかけることもなく、アリウムは私の方へと足早に向かってきた。
「何でここにいる!?」
両肩をつかまれ、やや早口に言われる。
間近で見たアリウムは髪も服装も整っているけれど、顔色は青白く、恐ろしいほどにアンバランスだ。
「…………寝れて……ますか?」
「え、あぁ、問題ない」
そうアリウムは答えるけれど、机に積み上がっている書類の量は以前来たときの倍はある。
書きかけの書類のなかに『備蓄の管理について』という言葉が見えた。
「忙しくなったのって……」
私のせい? と聞きそうになり、口を閉じる。
それを聞くのは、卑怯だ。
「少し休んでください」
「キリが良くなったら、休むよ」
「そのキリは、いつ良くなるんですか?」
「大丈夫だよ。まだ余裕だ」
眉を下げ、困ったようにアリウムは笑う。
「心配してくれて、ありがとう」
「──っ」
何で? 何でなの?
向けられる眼差しの優しさに、あたたかさに、胸が苦しい。
「嘘つき……」
耐えられなかった。
視線を逸らせば、アリウムが息を呑む気配がした。
「共に背負うって言ったのに。アリウム一人で背負ってる」
「そんなことはないよ」
この部屋と顔色を見て、信じられるわけがない。
「まずは寝てください。今すぐに」
「……え?」
「カルナ様。アリウムをベッドに連行してください」
私が言えば、カルナ様は鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌に動き出す。
「オッケー。殿下、ミルベラちゃんに嫌われたくなかったら、言うこと聞いてよね」
「いや、まだやるべきことが──」
「私が見てはならない書類はありますか?」
「あ、僕がそれチェックするよ」
カルナ様はぐいぐいとアリウムを引っ張る。
「ほら、抵抗しないでよ」
「だから、休まないって言ってるだろ!」
強い声と共にカルナ様の腕が振り払われる。
「カルナはミルベラを公爵家まで送ってきてくれ。…………これは、命令だ」
弾かれた。──ここでも私は外側だ。
噛んだ唇から、口の中に血の味が広がっていく。
「そんなに私が邪魔ですか」
漏れた感情は空気と混じり、小さく吐き出された。
アリウムの腕を取り、ソファーへと引っ張っていく。
「ミルベラ?」
「あなたも勝手をするなら、私の行動を咎める資格はありません。私も好きにさせていただきます」
手を振りほどかれることなく、呆気ないほど簡単にソファー前まで移動し、アリウムの方を振り返る。
「押し倒されるか、自分で横になるか選んでください」
「……俺が悪かったから、泣くな」
「──っ。泣くわけないでしょ! 馬鹿にしないでっ!!」
睨みつけているのに、アリウムの視線は優しい。
そのことが余計に私の心を波立てる。
「守ってなんて、頼んでない。アリウムの言う共に背負うって、こういうことだったの!?」
「……王城はもうミルベラにとって安全とは言えない。状況が変わったんだ」
だから何?
こんなこと、私は望んでない。
「アリウム一人に背負わせて、守られてるお姫様になんか、なりたくない。そもそも、これは私が始めたことです」
それをアリウムが独断で国家事業にしたんでしょ?
という言葉は、すんでのところで胸にしまう。
「だが、今の状況は俺の焦りが招いたことだ。もっと根回しをするべきだった。それをミルベラに背負わせるわけにはいかない」
アリウムは痛みを飲み込んだような目で、淡々と話す。
「もともとは、私の抱えていた問題のはずです」
「俺も背負うと決めた」
「なら、情報は共有してください。あとから実は……って、聞かされる気持ち、アリウムに分かりますか?」
情けなくて、ちっぽけで、不必要だと言われる気持ちが。
「私も隠さない……努力をします」
「……正直だな」
「誰でも、話せないことはありますから。でも、今回は違いますよね。私を守ろうとしたから……でしょう?」
ふらりと藤色の瞳が彷徨った。
「アリウム」
そして、私へと戻ってきた藤色は、不安を宿している。
「心配なんだ……」
「うん」
「本当は一緒に進むべきだと分かっていた。それでも、俺の気持ちを優先した。すまない……」
「うん、その気持ちだけ受け取っておきます」
逸らすことなく真っ直ぐに伝えれば、アリウムは私の両手を、大きな手のひらで優しく包み込む。
そこで私の手の傷に気付いたようで、眉を寄せる。
「痛むか?」
「いえ、すぐに治ります」
そう答えれば、するりと長く骨ばった指が傷の上を通り、痛みで小さく肩が揺れる。
「ミルベラが弱かったら良かったのに」
「それは、私じゃありませんから」
「……そうだな。でも、手当はしよう」
泣きそうな顔で笑うアリウムの手はあたたかくて、まるで私がこの世で一番大切なものなのだと錯覚してしまいそうだった。
久々のラブパートです。
途中からカルナは息を潜めてます。




