第18話「ダブルブッキング遊園地デート」
8月初旬。
蝉の声が、真夏の重たい空気をいっそう際立たせていた。
待ち合わせの駅へ来た堀田と桜谷は、そこで初めて、君野が遊園地デートをダブルブッキングしていたと知った。
2人は互いの顔を見合わせ、同時にため息をついた。
「マジかよ……」
カジュアルな服装の堀田が額へ手を当てた。
「……信じられない」
桜谷も、いつものセーラー服姿ではない。
白いノースリーブブラウスに、ネイビーのフレアスカート。麦わら帽子とストラップサンダルを合わせた、夏らしい装いだった。
「3人で仲良く遊べないかな……」
君野はTシャツに薄い青色の上着を羽織った、いつもどおりの気取らない格好だった。
その可愛らしい上目遣いを前に、今さら嫌だとも言えない。
堀田と桜谷は、互いにじとっとした目を向け合った。
「仕方ないわね。ここまで来て、戻れとも言えないし……」
「俺が戻る前提なのかよ」
早くも一触即発になりかけたが、2人とも君野のために引き下がった。
こうして3人は、仲良く――というには少々無理のある空気のまま、駅構内へ入った。
「うわあ、人がいっぱいだな……」
堀田がぼやくほど、遊園地が近づくにつれ、車内は人でぎゅうぎゅうになった。
だが、電車の窓から大きなテーマパークの建物が見えてくると、君野は窓へ手をつき、5歳児のように目を輝かせた。
ようやく電車を降りても、改札へ向かう列は途切れない。
堀田と桜谷は、君野を守るように両側から手をつないで歩いた。
「わあ!やっぱりテンション上がるね!今日はお母さんがお小遣いを奮発してくれたから、心置きなく遊べる!」
「はしゃいで迷子になるなよ?ただでさえそそっかしいんだから」
堀田が父親のような口調で言い聞かせる。
園内は歓声と甘いポップコーンの香りに包まれていた。
カラフルな風船が風に揺れ、子どもたちの笑い声が夏空へ吸い込まれていく。
長い列を抜けて入場した頃には、3人とも少し疲れていた。
「何乗る、何乗る!? 2人とも、ジェットコースター平気?」
「平気よ」
「……ああ」
堀田は胃を静かに抑えた。
「あれ、堀田くんは苦手なの?」
「いいのよ。無理しなくても」
桜谷の突き放すような言い方に、堀田はきっと彼女を睨んだ。
――だが。
乗らなければ、長時間1人で待つことになる。
その間に、君野と桜谷が2人きりになると思うと――。
「……俺も乗る!」
堀田が叫ぶように宣言すると、君野は子どものようにぱっと目を輝かせた。
「やった! じゃあ、あれも乗りたい!」
君野が指さしたのは、大きなバイキングだった。
それを見上げた瞬間、堀田の胃がきしんだ。
あれ、みぞおちが浮くやつじゃねえか……。
「何しに来たのよ」
「いや、他にもっと心臓に優しい乗り物があるだろ……」
「無理しないで。あそこのキッズスペースなら涼しいわ」
「誰がキッズだ!」
2人はそんな会話を交わしながら、先に向かっていた君野の後を追い、最後尾へ並んだ。
いける、いける……!
怖くない!
君野だって笑顔なんだぞ!そんなものを怖がるなんてアホか!
堀田は何度もそう自分へ言い聞かせ、いざ船へ乗り込んだ。
揺れ幅が大きくなるにつれ、乗ったことを本気で後悔し始めた。
あ、ヤベえな、これ。
死ぬわ。
船が最高潮まで達し、一気に奈落へ落ちた。
堀田の頭は真っ白になり、口から魂が吹き飛んだような気がした。
「あー、楽しかった! 次、あれがいい!」
死にかけている堀田をよそに、君野はさらなるスリルを求め、次の絶叫系アトラクションを指さして騒いだ。
「パニックホラーだって! 行こうよ!」
「……」
「堀田くん、無理しないで。そこのベンチにでも座っていれば」
いちいち『でも』が腹立つ!
「っ……」
堀田の顔色はどんどん悪くなっていった。
ダメだ、ダメだ!
君野と桜谷を2人きりになんてできるか!
耐えろ、俺!
幽霊なんて、人間のほうが偉い!
パンチの打てない相手だからって、ビビるな!
しかし、アトラクション内に現れた顔色の悪い女の化け物を見た瞬間、堀田はきゅっと目を閉じた。
うわっ、怖っ!
ふと目を開けると、隣にいる桜谷と目が合った。
「何よ」
「……いや、俺、やっぱり平気かも」
そうだ。
こんなものより怖いものが、ずっと近くにいるじゃないか。
「なあ、お前の顔、ずっと見ていていいか」
桜谷は目を細め、堀田を睨んだ。
彼が何を言いたいのか、手に取るように分かったらしい。
どうにか絶叫系のアトラクションを2つ乗り終え、堀田はようやく安全な地上で過ごせることに安堵した。
その後も、堀田と桜谷は君野の後ろをついて回った。
君野がうさぎ耳のカチューシャをつければ、マスコットそっちのけで撮影会が始まる。
バニラアイスを食べて笑えば、2人ともそれだけで機嫌が直った。
「僕、トイレ行ってくるね!」
土産物店へ入ったところで、君野は買う予定だった土産を桜谷へ預け、1人でトイレへ走っていった。
君野を待っている間、堀田は不意に隣にいる桜谷の肩をつついた。
桜谷が振り向いた瞬間、頭の上へリボンのついた丸い耳の可愛らしいカチューシャを載せる。
「ははっ!お前も普通の女子に見えるな!」
いたずらが成功し、堀田は声を上げて笑った。
「何してるのよ。くだらないわね」
しかし、桜谷は君野から預かった荷物で両手が塞がっており、カチューシャを外せない。
「写真撮ってやるよ」
堀田は不機嫌そうな桜谷を撮影すると、画面を見てまた吹き出した。
「あはは!ほら、見てみろよ!」
スマートフォンの画面を桜谷へ見せる。
「ふん……しょうもない趣味ね」
「お前、可愛いじゃん」
「は?」
「ほら、もっと笑えよ。もっと可愛くなるぞ」
「やめて。早く外しなさい」
「そんなに怒るなって。からかってるわけじゃないぞ」
「外して!」
桜谷が叱るように声を上げると、堀田は渋々、彼女の頭からカチューシャを外し、棚へ戻した。
「あ、髪が乱れたな。悪い悪い」
堀田はごく自然に、桜谷の髪を撫でるように整えた。
その瞬間、桜谷は思わず息を止める。
普段は君野くんに狂っている、おかしな人。
けれど、その何気ない仕草だけで、本当はおおらかで優しい人なのだと分かってしまう。
元カノが好きになった理由も理解できた。
それが腹立たしかった。
「よし、綺麗になったな。……ていうか、君野遅いな。お前、荷物大丈夫か?」
「……余計なお世話よ」
桜谷のそっけない返事に、堀田は口をへの字に曲げながら君野へ連絡を入れた。
その間、桜谷は棚へ飾られた陶器の天使を見つめていた。
このパークのキャラクターを模した置物らしい。
「……それ、欲しいのか?」
「欲しくないわ。ただ……こういう物を集めるような女の子になりたかったと思っただけよ」
その言葉に、堀田は驚いたように何度か瞬きをした。
「へえ。お前もそんなこと思うんだな!今から雷でも鳴りそうだ!」
堀田は豪快に笑った。
桜谷はむっと頬を膨らませる。
「……今の発言は忘れて」
「お前だって似合うんじゃないか?ここのキャストのお姫様の衣装を借りたら、結構さまになると思うぞ」
「気持ち悪いこと言わないで」
「気持ち悪くはないだろ!ちょっと自分を卑下しすぎじゃないか?」
「あなたの発言が気持ち悪いって言ってるの!もういいから話しかけないで!」
「……お前、家でもそんな感じなのか?親や兄弟にちゃんと褒められてるか?」
「お母さんは、もういないわ。お父さんとも、今はあまり会話してない」
「そ、そうか……」
堀田は、その言葉に黙り込んだ。
すると、遠くから君野の声が聞こえてきた。
「堀田くん! 桜谷さん! どこー!?」
「ん?あいつ、どこの出口へ出たんだ。桜谷、土産はまた後で買い直さないか?」
「ええ。それでいいわ」
店内は、すでに人、人、人。
かき分けなければ商品も手に取れないほど混雑していた。
桜谷も君野が迷子になることを恐れたのか、買おうとしていた商品を棚へ戻す。
2人は、君野が大事故にでも遭ったような勢いで出口へ急いだ。
一方、君野は店の近くで、しゃがみ込んで泣いている男の子に気づいていた。
「どうしたの? 迷子?」
「お父さん……どこ行っちゃったの……」
君野は男の子の小さな手を取る。
「大丈夫。僕が連れていくからね」
だが、自分も迷子だということを忘れ、堀田と桜谷の存在まで頭から抜け落ちていた。
君野はパンフレットを広げ、迷子センターを目指して歩き出す。
「迷子センター、迷子センター……」
だが、パークの地図と自分の現在地が分からなくなり、すぐに自分まで迷子になったことを悟った。
「お兄ちゃん、迷子なの?」
「……ごめん。そうみたい」
「じゃあ、僕がお姉さんのところに連れていってあげる!」
「え? あっ!」
男の子は君野の手を引くと、近くにいたキャストの女性へ話しかけた。
「あのね! あのお兄ちゃん、迷子なんだって!」
僕が、迷子!!?
君野はその言葉に愕然とした。
そして、5歳の男の子よりもどんくさい自分に、プライドが音を立てて崩壊した。
「あったぞ!」
一方、堀田は男子トイレの洗面台で、君野のスマートフォンを発見した。
置き忘れられたスマートフォンを見て、2人はそろって肩を落とす。
「はあ……」
その時、園内へアナウンスが響いた。
「ん? これ、君野か?」
澄んだ女性の声がパーク中へ流れる。
『君野……くんをお連れの方は……迷子センターまで……』
雑踏に紛れ、ところどころしか聞き取れない。
「はあ……良かった。迷子センターだってさ」
緊張の糸が切れた堀田は、土産物店の壁へ背中を預けると、そのままずるずると座り込んだ。




