表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/56

第18話「ダブルブッキング遊園地デート」

 8月初旬。


 蝉の声が、真夏の重たい空気をいっそう際立たせていた。


 待ち合わせの駅へ来た堀田ほった桜谷さくらたには、そこで初めて、君野きみのが遊園地デートをダブルブッキングしていたと知った。


 2人は互いの顔を見合わせ、同時にため息をついた。


「マジかよ……」


 カジュアルな服装の堀田が額へ手を当てた。


「……信じられない」


 桜谷も、いつものセーラー服姿ではない。


 白いノースリーブブラウスに、ネイビーのフレアスカート。麦わら帽子とストラップサンダルを合わせた、夏らしい装いだった。


「3人で仲良く遊べないかな……」


 君野はTシャツに薄い青色の上着を羽織った、いつもどおりの気取らない格好だった。


 その可愛らしい上目遣いを前に、今さら嫌だとも言えない。


 堀田と桜谷は、互いにじとっとした目を向け合った。


「仕方ないわね。ここまで来て、戻れとも言えないし……」


「俺が戻る前提なのかよ」


 早くも一触即発になりかけたが、2人とも君野のために引き下がった。


 こうして3人は、仲良く――というには少々無理のある空気のまま、駅構内へ入った。



「うわあ、人がいっぱいだな……」


 堀田がぼやくほど、遊園地が近づくにつれ、車内は人でぎゅうぎゅうになった。


 だが、電車の窓から大きなテーマパークの建物が見えてくると、君野は窓へ手をつき、5歳児のように目を輝かせた。


 ようやく電車を降りても、改札へ向かう列は途切れない。


 堀田と桜谷は、君野を守るように両側から手をつないで歩いた。


「わあ!やっぱりテンション上がるね!今日はお母さんがお小遣いを奮発してくれたから、心置きなく遊べる!」


「はしゃいで迷子になるなよ?ただでさえそそっかしいんだから」


 堀田が父親のような口調で言い聞かせる。


 園内は歓声と甘いポップコーンの香りに包まれていた。


 カラフルな風船が風に揺れ、子どもたちの笑い声が夏空へ吸い込まれていく。


 長い列を抜けて入場した頃には、3人とも少し疲れていた。


「何乗る、何乗る!? 2人とも、ジェットコースター平気?」


「平気よ」


「……ああ」


 堀田は胃を静かに抑えた。


「あれ、堀田くんは苦手なの?」


「いいのよ。無理しなくても」


 桜谷の突き放すような言い方に、堀田はきっと彼女を睨んだ。


 ――だが。


 乗らなければ、長時間1人で待つことになる。


 その間に、君野と桜谷が2人きりになると思うと――。


「……俺も乗る!」


 堀田が叫ぶように宣言すると、君野は子どものようにぱっと目を輝かせた。


「やった! じゃあ、あれも乗りたい!」


 君野が指さしたのは、大きなバイキングだった。


 それを見上げた瞬間、堀田の胃がきしんだ。


 あれ、みぞおちが浮くやつじゃねえか……。


「何しに来たのよ」


「いや、他にもっと心臓に優しい乗り物があるだろ……」


「無理しないで。あそこのキッズスペースなら涼しいわ」


「誰がキッズだ!」


 2人はそんな会話を交わしながら、先に向かっていた君野の後を追い、最後尾へ並んだ。


 いける、いける……!


 怖くない!


 君野だって笑顔なんだぞ!そんなものを怖がるなんてアホか!


 堀田は何度もそう自分へ言い聞かせ、いざ船へ乗り込んだ。


 揺れ幅が大きくなるにつれ、乗ったことを本気で後悔し始めた。


 あ、ヤベえな、これ。


 死ぬわ。



 船が最高潮まで達し、一気に奈落へ落ちた。


 堀田の頭は真っ白になり、口から魂が吹き飛んだような気がした。


「あー、楽しかった! 次、あれがいい!」


 死にかけている堀田をよそに、君野はさらなるスリルを求め、次の絶叫系アトラクションを指さして騒いだ。


「パニックホラーだって! 行こうよ!」


「……」


「堀田くん、無理しないで。そこのベンチにでも座っていれば」


 いちいち『でも』が腹立つ!


「っ……」


 堀田の顔色はどんどん悪くなっていった。


 ダメだ、ダメだ!


 君野と桜谷を2人きりになんてできるか!


 耐えろ、俺!


 幽霊なんて、人間のほうが偉い!


 パンチの打てない相手だからって、ビビるな!


 しかし、アトラクション内に現れた顔色の悪い女の化け物を見た瞬間、堀田はきゅっと目を閉じた。


 うわっ、怖っ!


 ふと目を開けると、隣にいる桜谷と目が合った。


「何よ」


「……いや、俺、やっぱり平気かも」


 そうだ。


 こんなものより怖いものが、ずっと近くにいるじゃないか。


「なあ、お前の顔、ずっと見ていていいか」


 桜谷は目を細め、堀田を睨んだ。


 彼が何を言いたいのか、手に取るように分かったらしい。


 どうにか絶叫系のアトラクションを2つ乗り終え、堀田はようやく安全な地上で過ごせることに安堵した。


 その後も、堀田と桜谷は君野の後ろをついて回った。


 君野がうさぎ耳のカチューシャをつければ、マスコットそっちのけで撮影会が始まる。


 バニラアイスを食べて笑えば、2人ともそれだけで機嫌が直った。




「僕、トイレ行ってくるね!」


 土産物店へ入ったところで、君野は買う予定だった土産を桜谷へ預け、1人でトイレへ走っていった。


 君野を待っている間、堀田は不意に隣にいる桜谷の肩をつついた。


 桜谷が振り向いた瞬間、頭の上へリボンのついた丸い耳の可愛らしいカチューシャを載せる。


「ははっ!お前も普通の女子に見えるな!」


 いたずらが成功し、堀田は声を上げて笑った。


「何してるのよ。くだらないわね」


 しかし、桜谷は君野から預かった荷物で両手が塞がっており、カチューシャを外せない。


「写真撮ってやるよ」


 堀田は不機嫌そうな桜谷を撮影すると、画面を見てまた吹き出した。


「あはは!ほら、見てみろよ!」


 スマートフォンの画面を桜谷へ見せる。


「ふん……しょうもない趣味ね」


「お前、可愛いじゃん」


「は?」


「ほら、もっと笑えよ。もっと可愛くなるぞ」


「やめて。早く外しなさい」


「そんなに怒るなって。からかってるわけじゃないぞ」


「外して!」


 桜谷が叱るように声を上げると、堀田は渋々、彼女の頭からカチューシャを外し、棚へ戻した。


「あ、髪が乱れたな。悪い悪い」


 堀田はごく自然に、桜谷の髪を撫でるように整えた。


 その瞬間、桜谷は思わず息を止める。


 普段は君野くんに狂っている、おかしな人。


 けれど、その何気ない仕草だけで、本当はおおらかで優しい人なのだと分かってしまう。


 元カノが好きになった理由も理解できた。


 それが腹立たしかった。


「よし、綺麗になったな。……ていうか、君野遅いな。お前、荷物大丈夫か?」


「……余計なお世話よ」


 桜谷のそっけない返事に、堀田は口をへの字に曲げながら君野へ連絡を入れた。


 その間、桜谷は棚へ飾られた陶器の天使を見つめていた。


 このパークのキャラクターを模した置物らしい。


「……それ、欲しいのか?」


「欲しくないわ。ただ……こういう物を集めるような女の子になりたかったと思っただけよ」


 その言葉に、堀田は驚いたように何度か瞬きをした。


「へえ。お前もそんなこと思うんだな!今から雷でも鳴りそうだ!」


 堀田は豪快に笑った。


 桜谷はむっと頬を膨らませる。


「……今の発言は忘れて」


「お前だって似合うんじゃないか?ここのキャストのお姫様の衣装を借りたら、結構さまになると思うぞ」


「気持ち悪いこと言わないで」


「気持ち悪くはないだろ!ちょっと自分を卑下しすぎじゃないか?」


「あなたの発言が気持ち悪いって言ってるの!もういいから話しかけないで!」


「……お前、家でもそんな感じなのか?親や兄弟にちゃんと褒められてるか?」


「お母さんは、もういないわ。お父さんとも、今はあまり会話してない」


「そ、そうか……」


 堀田は、その言葉に黙り込んだ。




 すると、遠くから君野の声が聞こえてきた。


「堀田くん! 桜谷さん! どこー!?」


「ん?あいつ、どこの出口へ出たんだ。桜谷、土産はまた後で買い直さないか?」


「ええ。それでいいわ」


 店内は、すでに人、人、人。


 かき分けなければ商品も手に取れないほど混雑していた。


 桜谷も君野が迷子になることを恐れたのか、買おうとしていた商品を棚へ戻す。


 2人は、君野が大事故にでも遭ったような勢いで出口へ急いだ。




 一方、君野は店の近くで、しゃがみ込んで泣いている男の子に気づいていた。


「どうしたの? 迷子?」


「お父さん……どこ行っちゃったの……」


 君野は男の子の小さな手を取る。


「大丈夫。僕が連れていくからね」


 だが、自分も迷子だということを忘れ、堀田と桜谷の存在まで頭から抜け落ちていた。


 君野はパンフレットを広げ、迷子センターを目指して歩き出す。


「迷子センター、迷子センター……」


 だが、パークの地図と自分の現在地が分からなくなり、すぐに自分まで迷子になったことを悟った。


「お兄ちゃん、迷子なの?」


「……ごめん。そうみたい」


「じゃあ、僕がお姉さんのところに連れていってあげる!」


「え? あっ!」


 男の子は君野の手を引くと、近くにいたキャストの女性へ話しかけた。


「あのね! あのお兄ちゃん、迷子なんだって!」


 僕が、迷子!!?


 君野はその言葉に愕然とした。


 そして、5歳の男の子よりもどんくさい自分に、プライドが音を立てて崩壊した。


「あったぞ!」


 一方、堀田は男子トイレの洗面台で、君野のスマートフォンを発見した。


 置き忘れられたスマートフォンを見て、2人はそろって肩を落とす。


「はあ……」


 その時、園内へアナウンスが響いた。


「ん? これ、君野か?」


 澄んだ女性の声がパーク中へ流れる。


『君野……くんをお連れの方は……迷子センターまで……』


 雑踏に紛れ、ところどころしか聞き取れない。


「はあ……良かった。迷子センターだってさ」


 緊張の糸が切れた堀田は、土産物店の壁へ背中を預けると、そのままずるずると座り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ