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[隔週更新]「女みたい」と笑われた僕ですが、美少女VTuberとして配信したら毎日が楽しくなりました。  作者: 双葉アリア


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9話 数学は敵です

挿絵(By みてみん)


ーー15時頃


お姉ちゃんとお父さんはその後お母さんの鬼の形相により強制就寝した。


僕はその間に学校から届いた課題を黙々と解き続ける。


「x=3の時yの値を答えよ……」


一拍。


二拍。


三拍。


「……わかんない」


僕はそれなりの公立校には通っている。


けどーー


数学だけは苦手だった。


「…………」


もう一度問題を見る。


教科書を見る。


ノートを見る。


そして、もう一度問題を見る。


「……やっぱり分かんない」


数字だけならまだいい。


そこへ突然『x』だの『y』だのが混ざった瞬間、僕の頭は考えることを放棄する。


「なんで数学なのにアルファベットが出てくるの……」


思わず机へ突っ伏す。


国語なら好きだ。


英語も、それほど苦手じゃない。


社会だって覚えれば何とかなる。


理科も嫌いではない。


だけど数学だけは――。


「……敵だ」


教科書の中で並ぶ数式を睨みつける。


もちろん、睨んだからといって答えが浮かんでくるわけもない。


その時ーー


「ふわぁぁぁぁ……よく寝た……」


2階からものすごく眠そうな声が聞こえてきた。


「お姉ちゃん?」


階段を見ると、真由お姉ちゃんがふらふらと降りてくる。


「千尋ーーー!!!お姉ちゃんを慰めてーーー!!」


「ふぇっぴゅ!?」


突然、真由お姉ちゃんが後ろから抱きついてきた。


ぎゅううううっ!


「お、お姉ちゃん!? 苦しい! 苦しいよ!」


「千尋ぉぉぉぉ……!」


僕の肩へ顔を埋めながら、お姉ちゃんは情けない声を上げる。


「頑張ったのにぃ……!」


「な、なにが!?」


「昨日の表紙!」


「ああ……朝までやってたって言ってたやつ?」


「そう!」


僕から離れたお姉ちゃんは、今にも泣きそうな顔で両手を握り締める。


「朝まで頑張って納品したの!」


「うん」


「そしたらさっき起きたら返信来てて!」


「う、うん」


一拍。


「『やっぱり最初の案でお願いします』って!」


「…………」


「最初のでよかったんじゃん!!」


「お、お疲れさま……」


僕にはそれ以上、何も言えなかった。


再び抱きついてきたお姉ちゃんの頭を、とりあえず撫でる。


「うぅ……千尋だけだよぉ……お姉ちゃんを癒やしてくれるのは……」


「お母さんは?」


「『仕事ってそういうものよ』って」


「……お母さんらしいね」


「もっと娘に優しくしてほしい!」


その時。


お姉ちゃんの視線が、机の上に広げられた僕のノートへ向いた。


「ところで千尋、何してたの?」


「あ、学校の課題」


「偉い!」


「でも……」


僕は数学の問題を指差す。


「ここが分かんなくて」


「どれどれ?」


さっきまで泣きついていたお姉ちゃんが、急に姉らしい顔になってノートを覗き込む。


「…………」


1秒。


2秒。


3秒。


「…………」


5秒。


「お姉ちゃん?」


「…………千尋」


「なに?」


真由お姉ちゃんは、とても真剣な表情で僕の肩へ手を置いた。


「世の中にはね」


「うん」


「知らなくても幸せに生きていけることがあるんだよ」


「分かんないんだね!?」


「私はイラストレーターだから!」


「関係ないよ!」


「数学なんて最後にやったの高校生の時だよ!?」


「お姉ちゃんまだ19歳でしょ!?」


「…………」


「あんまり昔じゃないよね!?」


お姉ちゃんは僕からそっと目を逸らした。


「……お父さーん!」


「逃げた!」


「なんだー……」


隣のお母さんとお父さんの寝室から、眠そうな声が聞こえてくる。


ガラッ!


引き戸が音を立てて開き、お父さんが頭をポリポリと掻きながらテーブルへとやってくる。


髪はぼさぼさ。


眼鏡も掛けていない。


どうやら本当に今起きたばかりらしい。


「どうした……?」


「千尋の数学の宿題!」


「数学?」


お姉ちゃんが僕のノートを差し出す。


「ここ分かる?」


「どれ……」


お父さんは眠そうな目を細めながら、問題を覗き込む。


「…………」


1秒。


2秒。


3秒。


「…………」


お父さんの眉間に、少しずつ皺が寄っていく。


「お父さん?」


「……眼鏡取ってくる」


「見えなかっただけ!?」


少しだけ希望が戻ってきた。


そうだ。


お父さんは3Dモデルだって作れる。


パソコンにも詳しい。


きっと数学だって――。


数分後。


眼鏡を掛けたお父さんが戻ってくる。


「貸してみろ」


「うん!」


再びノートを渡す。


お父さんは椅子へ座ると、今度こそ真剣な表情で問題を読み始めた。


「…………」


1秒。


2秒。


3秒。


10秒。


「…………」


「お父さん?」


さらに10秒。


そして――。


「真由」


「なに?」


「これ、学校で習ったか?」


「習ったんじゃない?」


「覚えてるか?」


「覚えてたらお父さん呼んでないよ?」


「……そうか」


「お父さんも分かんないの!?」


お父さんは静かに腕を組んだ。


「千尋」


「なに?」


「大人になるとな」


「うん」


「使わない知識は忘れる」


「言い訳だ!」


「言い訳じゃない。人間の脳の合理的な仕組みだ」


「それっぽく言って誤魔化してるだけだよね!?」


すると――。


「さっきから何を騒いでるの?」


お買い物から帰ってきたお母さんが顔を覗かせた。


「あ、お母さん!」


最後の希望。


僕はノートを持って立ち上がる。


「この問題分かる!?」


「数学?」


「うん!」


「どれどれ」


お母さんが問題を覗き込む。


「…………」


1秒。


2秒。


3秒。


「…………」


「お母さん?」


お母さんは何も言わない。


そのままエプロンのポケットへ手を入れる。


取り出したのは――。


スマートフォンだった。


「え?」


カシャッ。


問題を撮影する。


画面を何度か操作して――。


「はい、出たわよ」


差し出されたスマートフォンには、計算式から答えまで丁寧な解説が表示されていた。


「AI!?」


「便利な時代になったわね」


「お母さんも分からなかったの!?」


「分からないものを無理に考えても仕方ないでしょう?」


「開き直った!」


お母さんは僕の隣へスマートフォンを置く。


「ほら。これを写しなさい」


「それでいいの!?」


「千尋?」


お母さんが僕の肩に手をポンと置く。


「世の中ね覚えても一生使わない勉強だってあるのよ?」


「なんか凄く圧を感じるんだけど!?」


「気のせいよ」


にっこり。


絶対に気のせいじゃない。


「でも、お母さん……」


僕はスマートフォンに表示された解説を見る。


「これ、本当に写していいの?」


「いいのよ」


「即答!?」


「もちろん、提出するんだから途中式くらいはちゃんと書きなさいね?」


「そこ!?」


すると、お父さんが腕を組みながら大きく頷いた。


「まあ、百合の言うことも一理ある」


「お父さんまで!?」


「俺だって仕事で方程式を手計算することなんてないからな」


「3Dモデル作ってる人が言うと説得力あるような、ないような……」


「必要ならパソコンに計算させる」


「文明に頼りすぎじゃない!?」


すると、お姉ちゃんまで僕の肩へ反対側から手を置いた。


「千尋」


「……なに?」


「お姉ちゃんなんてね」


妙に誇らしげな顔をする。


「高校卒業してから因数分解を1回も使ってないよ!」


「なんで自慢げなの!?」


「でも絵は描ける!」


「それは知ってるけど!」


お父さん。


お姉ちゃん。


そして、お母さん。


3人とも僕を見ている。


「…………」


なんだろう。


学校では『勉強は将来のために必要です』と教わったはずなのに。


家に帰ってきたら、誰1人として同じことを言ってくれない。


「……この家、大丈夫なのかな」


「大丈夫よ」


お母さんが即答する。


「今までちゃんと生活できてるもの」


「説得力があるのが嫌だ!」


3人の笑い声がリビングに響いた。


結局。


僕はAIが出してくれた答えと途中式をノートへ書き写し、今日の課題を終わらせることになった。


……数学って、本当に将来使うのかな。


そんな疑問だけが、最後まで僕の頭から離れなかった。


そして――。


「よし、終わったな」


お父さんが時計を見る。


時刻は15時30分を少し過ぎたところ。


「それじゃあ、出掛けるか」


「出掛ける?」


僕が首を傾げると、お父さんは少しだけ口元を上げた。


「配信に必要な機材を買いにな」


「……!」


一瞬で数学のことなんてどうでもよくなった。


マイク。


ヘッドホン。


配信に使うための、いろんな機材。


それを揃えれば――。


本当に僕は、あの子と一緒に配信を始められる。


「行く!」


思わず勢いよく立ち上がる。


「私も行くー!」


「もちろん真由もだ」


「やった!」


さっきまで数学を前に頭を抱えていたことなんて、もう完全に忘れていた。


僕の頭の中にあるのは、これから始まる新しいことだけ。


こうして僕たちは――。


初配信へ向けた、本格的な準備を始めることになった。


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