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[隔週更新]「女みたい」と笑われた僕ですが、美少女VTuberとして配信したら毎日が楽しくなりました。  作者: 双葉アリア


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8/18

8話 命を吹き込んで

挿絵(By みてみん)


「さてーーやるか」


夕食を食べ終え、お風呂にも入り後は寝るだけーー


だが、今日は違っていた。


カチッ


ボタンを押すとファンが回り始め、聞き慣れた起動音とともにデスクトップ画面が表示される。


「待っていろよ、千尋」


そう静かに呟き、机の下にある小型の冷蔵庫からエナジードリンクを1本取り出す。


カシュッ!


プルタブを開け、一口。


「さて……まずは確認からだな」


胸ポケットから取り出したのは、真由から受け取ったUSBメモリ。


パソコンへ差し込むと、いくつかのファイルが表示された。


完成した立ち絵。


正面、側面、背面から描かれた三面図。


衣装や髪飾りなどの細かな設定資料。


どれも3Dモデルを作るために真由が用意したものだ。


その中から完成した立ち絵を開く。


画面いっぱいに、ラベンダー色の髪をした少女が表示された。


「……なるほど」


充は眼鏡を軽く押し上げる。


仕事から帰ってきた時には詳しく確認する時間がなかったが、改めて見ると娘の仕事の細かさがよく分かる。


髪の一本一本から、衣装の装飾。


雪の結晶をモチーフにした細かな模様まで丁寧に描き込まれていた。


「いい仕事するようになったな、真由も」


父親として。


そして、同じクリエイターとして。


自然と笑みが浮かんだ。


だが――。


「……これは俺も負けてられないな」


充の目つきが変わる。


3Dモデリングソフトを起動。


真っさらな作業画面が表示された。


その横には真由が描いた千尋のモデルの設定資料。


「まずは素体から――」


マウスを握る。


カチッ。


カチッ。


カチッ。


静かな部屋に、マウスとキーボードの音だけが響き始めた。


この時の充は、まだ知らなかった。


ほんの少しだけ。


せめて形になるところまで。


そんなつもりで始めた作業が――。


翌朝まで続くことになるとは。


――数時間後。


「……ここのディテールがダメだな」


そう呟くと、充はしばらく作業していた箇所を迷うことなく全て削除する。


数時間かけて作ったものが、一瞬で消えていく。


だが、その手に迷いはなかった。


「せっかく作るなら、髪も衣装もちゃんと揺れて、自由度の高いモデルにしたい」


長い髪。


胸元のリボン。


腰の大きな飾り。


何層にも重なったスカート。


そして、後ろへ伸びる透明感のあるレース。


真由が描いたデザインを眺めながら、充は一つひとつ動いた時の姿を頭の中で組み立てていく。


「ここは別パーツにして……こっちはボーンを増やすか」


カチッ。


カチカチッ。


キーボードとマウスの音だけが部屋に響く。


机の端には、いつの間にか空になったエナジードリンクの缶が何本も並んでいた。


充は小型冷蔵庫を開ける。


しかし、取り出したのはエナジードリンクではない。


「……久しぶりだな」


缶コーヒーのプルタブへ指を掛ける。


カシュッ。


「エナジードリンクだけじゃ足りなくて、コーヒーまで飲みながら作業するのは」


一口飲み、再びモニターへ向き直る。


時計はすでに午前二時を回っていた。


しかし、充に作業を止める気配はない。


むしろ――。


「……楽しくなってきたな」


口元には、わずかな笑みすら浮かんでいた。


最初は千尋のために始めた作業だった。


もちろん、それは今も変わらない。


けれど、真由が描いた一枚のイラストが、自分の手によって少しずつ立体になっていく。


正面からしか見えなかった少女に横顔が生まれ。


後ろ姿が生まれ。


髪が重力に従って流れ、衣装の細かな装飾まで形になっていく。


その工程が、純粋に楽しかった。


「よし……次は髪だな」


充はマウスを動かし、ラベンダー色の髪へ細かな調整を加えていく。


ただ形を作るだけではない。


千尋が首を傾げれば、髪もそれに合わせて流れる。


振り向けば、少し遅れて毛先がついてくる。


大きく身体を動かせば、衣装のリボンやレースも自然に揺れる。


その一つひとつを想像しながら調整していく。


「……もう少し柔らかくするか」


設定を変更する。


そして、モデルを動かす。


ふわり。


画面の中で髪が揺れた。


「違うな」


再び設定を変更する。


ふわっ。


「……これも違う」


もう一度。


何度も。


何度も。


ほんの僅かな違い。


普通に見れば、気づかない程度の差かもしれない。


それでも充は妥協しなかった。


「千尋が使うんだからな」


誰に聞かせるでもなく呟く。


せっかくなら。


自分の姿を見た時に、心から笑ってほしい。


学校で傷ついたあの子が、この姿でいる時だけでも、自分を好きでいられるように。


そのためなら、いくらでも時間を掛けられる。


カチッ。


カチカチッ。


再び作業を進めていく。


――午前四時。


「……よし」


ようやく全身の大まかな調整が終わった。


画面の中央には、真由の描いたイラストそのままの姿で白雪ゆのが立っている。


充は椅子の背もたれへ身体を預け、大きく息を吐いた。


「ふぅ……」


机の上へ手を伸ばす。


しかし――。


「……空か」


持ち上げた缶は、すでに空になっていた。


仕方なく机の下の冷蔵庫を開ける。


「…………」


エナジードリンク。


ない。


コーヒー。


ない。


残っているのは水と麦茶だけだった。


「飲みすぎたか」


そう呟きながら水のペットボトルを取り出す。


一口飲んで、何気なく時計を見る。


「四時十二分……」


そこで初めて、充の手が止まった。


「…………」


もう一度時計を見る。


午前四時十二分。


間違いない。


「……まあ、ここまで来たら同じか」


寝るという選択肢は、あっさりと捨てられた。


「あと少しだ」


充は再びマウスを握る。


モデルそのものは、ほぼ完成している。


残るのは表情。


瞬き。


口の動き。


そして、千尋の動きをモデルへ反映させるための最終調整。


「まずは表情からだな」


真由から渡された資料を開く。


笑顔。


困った顔。


驚いた顔。


少し怒った顔。


頬を膨らませた顔。


様々な表情が描かれている。


その中の一枚を見た瞬間、充の手が止まった。


頬を少し赤く染め、恥ずかしそうに笑う白雪ゆの。


「……真由め」


思わず笑みがこぼれる。


「分かってるじゃないか」


千尋がこの表情をした姿が、簡単に想像できた。


早速モデルへ反映させる。


目元。


眉。


口角。


頬。


細かな数値を一つずつ調整していく。


やがて――。


画面の中の少女が、恥ずかしそうに微笑んだ。


「……よし」


次は笑顔。


その次は驚いた顔。


一つ。


また一つ。


千尋のモデルに表情が増えていく。


気がつけば、カーテンの隙間から薄い光が差し込み始めていた。


暗かった部屋が、少しずつ青白く染まっていく。


チュン。


チュンチュン――。


窓の外から鳥の鳴き声が聞こえてくる。


「…………」


充はゆっくりと窓へ視線を向けた。


「朝か」


いつの間にか、夜が明けていた。


だが。


再びモニターへ視線を戻す。


そこには、ほぼ完成した白雪ゆのが立っている。


「なら――」


充は眼鏡を押し上げた。


「千尋が起きるまでに完成させるか」


最後の仕上げが始まった。


――朝。


「おはよー……」


僕はまだ眠い目を擦りながら椅子に座る。


「おはよう、千尋」


テーブルには、いつも通り美味しそうな朝ご飯が並んでいる。


焼きたてのパンに目玉焼き。


ベーコンにサラダ。


それに温かいスープ。


だけど――。


「……お父さんは?」


いつもなら、とっくに席に座って新聞を読んでいる時間だ。


だけど、今日はその姿がなかった。


「千尋おはよー!!」


「お姉ちゃん!?」


突然、背後からぎゅっと抱きしめられる。


振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた真由お姉ちゃんがいた。


昨日と同じように目の下には隈ができている。


それなのに、なぜかテンションだけは異様に高い。


「おはよー! 今日もいい朝だねー!」


「お、お姉ちゃん……?」


その様子を見ていたお母さんが、呆れたようにため息をつく。


「完全に深夜テンションのままね?」


「あ! バレた?」


「分かるわよ……」


一拍。


「今度は何してたの?」


「コミケ用の表紙を急ぎで注文されて」


「あら……」


「昨日の夜に連絡が来て、『どうしても朝までにお願いします!』って」


お姉ちゃんは笑顔のまま親指を立てる。


「だから、千尋の絵を完成させたあと、そのままもう一仕事!」


「寝てないの!?」


「寝てない!」


「なんでそんなに元気なの!?」


「分かんない!」


「えぇ……」


思わず言葉を失う。


お母さんはこめかみに手を当てながら、大きなため息をついた。


「まったく……親子揃って」


「親子?」


聞き慣れない言葉に首を傾げる。


すると、お姉ちゃんも何かに気づいたように動きを止めた。


「……あれ?」


リビングを見回す。


「そういえば、お父さんは?」


「まだ作業部屋よ」


お母さんは何でもないことのように答えた。


「昨日の夜から一度も出てきてないわ」


「「えっ?」」


僕とお姉ちゃんの声が重なった。


「一度も?」


「ええ」


「お父さん、今日仕事は!?」


「今日はお休み」


「あ、そっか……」


少しだけ安心する。


……いや。


そういう問題じゃない気がする。


お姉ちゃんは僕から離れると、何かを察したように作業部屋へ続く廊下を見つめた。


「まさか……」


「お姉ちゃん?」


「千尋」


突然、両肩を掴まれる。


「行くよ」


「え?」


「たぶん――」


お姉ちゃんの口元が、ゆっくりと笑みを作る。


「できてる」


その一言で、一気に眠気が吹き飛んだ。


「……っ!」


椅子から立ち上がる。


「ちょ、ちょっと待って!」


「早く早く!」


僕とお姉ちゃんは、そのまま作業部屋へ向かって走り出した。


その背中へ、お母さんの声が飛んでくる。


「二人ともー! 廊下は走らない!」


「「はーい!」」


返事だけして、速度はほとんど変わらない。


「もう……」


後ろから、お母さんの呆れた声が聞こえた。


作業部屋の前へ到着する。


僕は一度、大きく息を吸った。


昨日。


画面の中に生まれた、僕の新しい姿。


まだ一枚のイラストだった女の子。


その子が――。


もう、動くの?


ドクン。


心臓が大きく跳ねる。


お姉ちゃんが僕を見る。


「開けるよ?」


「……うん」


コンコン。


返事はない。


「お父さーん?」


やっぱり返事はない。


お姉ちゃんと顔を見合わせる。


「……入るよー?」


ゆっくりと扉を開ける。


「…………」


最初に目に入ったのは、机の上だった。


エナジードリンク。


コーヒー。


またエナジードリンク。


空になった缶が、ずらりと並んでいる。


そして、その奥。


「……お父さん?」


充は椅子へ深く腰掛けたまま、モニターを見つめていた。


髪は乱れ。


眼鏡は少しずれ。


目の下には、真由お姉ちゃん以上の濃い隈。


どう見ても、一睡もしていない。


「お、お父さん……大丈夫?」


僕の声に、ようやく気づいたらしい。


お父さんがゆっくりとこちらを振り向いた。


「……千尋か」


「う、うん」


お父さんは疲れ切った顔のまま、それでも満足そうに笑った。


そして――。


「ちょうどいいところに来たな」


マウスへ手を伸ばす。


「……できたぞ、千尋」


カチッ。


お父さんがマウスをクリックする。


すると――。


画面の中央に、昨日見た女の子が現れた。


「……っ!」


ラベンダー色の髪。


紫色の瞳。


雪をイメージした、白と水色を基調とした衣装。


間違いない。


昨日、お姉ちゃんが見せてくれた僕の新しい姿。


だけど――。


「……立体になってる」


昨日まで一枚の絵だった女の子が、そこに立っていた。


正面だけじゃない。


少し横を向けば、髪の奥まで見える。


何層にも重なったスカートも、後ろへ流れるレースも、本当にそこに存在しているみたいだった。


「すごい……」


思わずモニターへ近づく。


すると、お父さんが小さく笑った。


「驚くのはまだ早いぞ」


「え?」


「千尋。そこのカメラの前に立ってみろ」


言われるまま、モニターの上に取り付けられたカメラの前へ立つ。


「これでいい?」


「ああ」


お父さんが何かを操作する。


画面の端に小さなウィンドウが表示され、僕の顔を囲むようにいくつもの点と線が現れた。


「じゃあ、目を閉じてみろ」


「目?」


言われた通り、目を閉じる。


そして、開く。


パチッ。


「……え?」


画面の中の女の子も。


同じタイミングで、紫色の瞳を開いた。


「…………」


もう一度。


パチッ。


モニターの少女も瞬きをする。


「う、動いた……!」


思わず声が大きくなる。


「お姉ちゃん! 動いた!」


「ほんとだ!」


お姉ちゃんも僕の隣へ駆け寄る。


今度は少しだけ首を傾げてみる。


すると――。


こてん。


画面の中の女の子も首を傾げた。


その動きに合わせて、ラベンダー色の髪がふわりと揺れる。


少し遅れて、胸元のリボンも揺れた。


「すごい……」


胸の奥が、ぎゅっと熱くなった。


昨日初めてこの子を見た時も、すごく嬉しかった。


でも、今はそれ以上だった。


僕が笑えば、この子も笑う。


僕が首を傾げれば、この子も同じように首を傾げる。


まるで、画面の向こうにもう一人の僕がいるみたいだった。


「これが……僕」


小さく呟く。


学校では、ずっと嫌だった。


『女みたい』


そう言われるたびに、自分の見た目も、声も、仕草も。


全部嫌いになっていった。


だけど今。


画面の中で笑っている女の子を見ていると、不思議とそんな気持ちは湧いてこない。


むしろ――。


「……かわいい」


昨日と同じ言葉が、自然と口からこぼれた。


でも、昨日とは少しだけ意味が違う。


昨日は、お姉ちゃんが描いてくれた女の子を見て言った言葉。


今は。


僕自身の動きで笑うこの子を見て、そう思った。


お父さんは椅子にもたれながら、そんな僕を静かに見つめていた。


「どうだ?」


「……うん」


僕は画面から目を離さないまま、大きく頷いた。


「すごく好き」


「そうか」


お父さんは、それだけ言って笑った。


その表情は疲れ切っている。


だけど、どこか嬉しそうだった。


「お父さん」


「ん?」


「ありがとう」


「……ああ」


短い返事。


だけど、それだけで十分だった。


「よーし!」


突然、お姉ちゃんが両手を上げる。


「これでモデルも完成!」


「ということは――」


僕を見る。


「いよいよ配信できるね!」


「……配信」


その言葉に、心臓が大きく跳ねた。


僕が。


この子になって。


誰かの前で話す。


考えただけで緊張する。


怖くないと言えば嘘になる。


だけど――。


画面の中には、僕と同じように少し不安そうな顔をした女の子がいる。


僕はその姿を見て、小さく笑った。


するとモニターの少女も笑う。


「……やってみたい」


「え?」


「僕、この子で配信してみたい」


お姉ちゃんの表情が一気に明るくなる。


「よーし! じゃあ早速――」


「その前に」


「「「……っ!」」」


背後から聞こえた声に、僕たちは一斉に振り返った。


扉の前。


そこには――。


笑顔のお母さんが立っていた。


笑顔。


確かに笑顔なのだけれど。


なぜだろう。


ものすごく怖い。


「真由」


「は、はい!」


「昨日、寝た?」


「…………」


お姉ちゃんの視線が泳ぐ。


「充」


「……なんだ」


「あなたも寝た?」


「…………」


今度はお父さんの視線が泳いだ。


お母さんは机の上へ視線を向ける。


そこには大量の空き缶。


エナジードリンク。


コーヒー。


またエナジードリンク。


そして、もう一度二人を見る。


「二人とも」


にっこり。


「寝なさい」


「「……はい」」


数分後。


僕の目の前には、誰もいなくなった作業部屋と。


モニターの中で僕と同じように瞬きをする、一人の女の子だけが残された。


「……ふふっ」


思わず笑ってしまう。


画面の中の女の子も、同じように笑った。


こうして――。


僕の新しい姿は完成した。


そして次はいよいよ。


この子と一緒に、初めての配信へ踏み出すことになる。


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