10話 予算は気にしなくていい①
ーー17時頃
お父さんの車に乗ること30分ーー
僕たちは仙台駅前の大型家電量販店の駐車場へやってきた。
普段仙台駅に行っても家電量販店は行くこともないのでオープン後初めて入った。
「お父さんここで買うの?」
「パソコン本体以外の周辺機器はここだな」
「??」
僕は首を傾げる。
「パソコンって家電量販店で買うものじゃないの......?」
「高い割には性能も微妙だからおすすめはしないな」
一拍。
「その代わり、この近くにいい店がある」
「いい店?」
「パソコン専門店だ」
「専門店……」
そんなものがあることすら知らなかった。
僕にとってパソコンは、家電量販店へ行って、並んでいるものの中から選んで買うものだ。
家にあるパソコンだって、電源を入れてインターネットを見たり、動画を見たりするくらい。
中身がどうなっているかなんて考えたこともない。
「そんなに違うの?」
「ああ。特に今回みたいな用途だとな」
お父さんは車のエンジンを切りながら答える。
「配信だけならそこまで必要ないが、3Dモデルをリアルタイムで動かして、配信ソフトも動かして、ゲームまで同時にやるとなると、それなりの性能が必要になる」
「…………」
全然分からない。
僕が首を傾げていると、後部座席からお姉ちゃんが顔を覗かせた。
「要するにね、千尋」
「うん」
「すっごく強いパソコンが必要ってこと!」
「おお……!」
「真由」
「なに?」
「説明を放棄するな」
「千尋にはこっちの方が分かりやすいでしょ?」
「……分かりやすかった」
「ほら!」
なぜかお姉ちゃんが勝ち誇った。
お父さんは小さくため息をつく。
「まあいい。パソコンは後だ」
そう言って車から降りる。
「まずは配信に必要な周辺機器を揃えるぞ」
「はーい!」
僕たちも車を降り、お父さんの後を追う。
店内へ入ると――。
「わぁ……」
思わず声が漏れた。
明るい店内。
ずらりと並ぶ家電。
あちこちから聞こえてくる店内放送。
そして、上を見ればフロアごとに違う商品の案内が並んでいる。
「どこに行くの?」
「まず音響だな」
「音響?」
「マイクとオーディオインターフェース」
「おーでぃお……?」
早速知らない言葉が出てきた。
「千尋」
お姉ちゃんが僕の肩へ手を置く。
「安心して」
「お姉ちゃんは分かるの?」
「全然!」
「安心できないよ!」
そんな僕たちを無視して、お父さんは迷うことなく歩いていく。
慌てて後を追い、しばらくするとマイクが大量に並ぶ売り場へ辿り着いた。
「……こんなにあるの?」
見た目だけでも全然違う。
細長いもの。
丸っこいもの。
テレビで見たことがあるようなもの。
そして――。
何気なく値札を見る。
「…………」
もう一度見る。
「…………お父さん」
「なんだ?」
「マイクって、こんなに高いの?」
僕が指差した先。
そこには、僕が想像していた金額よりゼロが1つ多い値札が付いていた。
「物によるな」
「これだけでゲーム機買えるよ!?」
「音は入口だからな。ここをケチると後で全部に響く」
お父さんは当然のように答える。
そして、その隣に並んでいる商品へ視線を移した。
「これと……」
さらに別の商品を見る。
「これも必要だな」
「待って」
嫌な予感がする。
まだ店へ入って数分しか経っていない。
なのに――。
僕の知らない機械が、次々と購入候補になっている。
「お父さん」
「なんだ?」
「今日、いくら使うつもりなの?」
「まだ決めてない」
「それが一番怖いよ!?」
お姉ちゃんの笑い声が、マイク売り場に響いた。
――この時の僕は、まだ知らなかった。
今日の買い物が。
僕の想像していた『配信の準備』とは、桁が違うことになるなんて。
「お会計16万円になります」
「これで」
お父さんは何事もなかったようにカードを店員さんに渡し商品を受け取る。
「どうも」
「ありがとうございました」
一方の僕は、レジに表示された金額をみてフリーズする。
「......まだパソコン買ってないよね......?」
「買ってないね」
「パソコンいくらなの......?」
「ピンからキリまであるとしかいいようがないわね」
一拍。
「私のは20万円くらいだったかな?」
「20万円……」
十分高い。
僕が普段使っているノートパソコンより、ずっと高い。
「でも、お姉ちゃんのパソコンって絵を描くやつだよね?」
「そうだよ。仕事で使うから、それなりにいいやつ」
「じゃあ僕も、そのくらい?」
そう尋ねると、お姉ちゃんは少し考える。
「うーん……」
そして、お父さんを見る。
「どうなの?」
「足りないな」
「え?」
即答だった。
「足りないの!?」
「真由の用途と千尋の用途は違うからな」
お父さんは購入した商品が入った袋を持ちながら、何でもないことのように歩き始める。
僕たちも慌てて後を追った。
「千尋は3Dモデルをリアルタイムで動かすだろ?」
「う、うん」
「それに配信ソフト、トラッキング、ゲーム。場合によっては録画も同時に動かす」
「…………」
「余裕を持たせておいた方がいい」
なんとなく。
ものすごく嫌な予感がする。
「……ちなみに」
恐る恐る尋ねる。
「お父さんはいくらくらいのパソコンを買うつもりなの?」
「まだ構成を見てからだな」
「だいたいでいいから!」
「そうだな……」
お父さんは少しだけ考える。
「100万くらい見ておけば十分だろ」
「…………」
聞き間違いだろうか。
「……いくら?」
「100万」
「パソコン1台に!?」
思わず声が裏返った。
周囲にいた何人かのお客さんがこちらを見る。
慌てて口を押さえる。
「お、お父さん……!」
「なんだ?」
「100万円だよ!?」
「ああ」
「車買えるよ!?」
「物によってはな」
「そういう問題じゃないよ!」
隣を見る。
お姉ちゃんは――。
「いいなぁ……」
「なんで羨ましそうなの!?」
「だって100万円のパソコンだよ? お姉ちゃんも欲しい」
「真由の用途には必要ない」
「必要かもしれないじゃん!」
「何に使う」
「…………お絵描き?」
「20万ので十分だ」
「即答!?」
今度はお姉ちゃんが肩を落とした。
「でも……」
僕はもう一度、さっき受け取った袋を見る。
16万円。
そして、これから買うパソコンが100万円。
単純に足しただけでも――。
「116万円……」
まだ何か買うんだろうか。
「お父さん」
「なんだ?」
「これで全部だよね?」
「いや?」
「…………」
嫌な返事が聞こえた。
「まだあるの?」
「デスクと椅子は今あるものでもいいが、モニターは最低でも2枚欲しいな。あとはトラッキング用の機材と――」
指を折りながら、お父さんが必要なものを数えていく。
「防音も考えないとな」
「防音!?」
「配信するなら必要だろ」
「家を工事するの!?」
「そこまではしない」
よかった。
「部屋の状況を見て、必要なら業者を呼ぶ」
「よくなかった!」
お姉ちゃんが横でケラケラと笑っている。
僕だけがおかしいのだろうか。
配信って。
もっとこう――。
パソコンとマイクがあれば始められるものだと思っていた。
「……配信って、お金かかるんだね」
僕がぽつりと呟くと、お父さんは少しだけ笑った。
「安く始めようと思えば、いくらでも安く始められる」
「え?」
「千尋の場合は、俺が勝手に凝ってるだけだ」
「お父さんのせいだった!」
「せっかくやるんだから、中途半端にはしたくないだろ?」
「限度ってものがあるよ!」
そう言いながら僕たちは店を出る。
外へ出ると、夕方の仙台駅前にはたくさんの人が行き交っていた。
「さて」
お父さんが時計を見る。
「次に行くぞ」
「……どこ?」
「さっき話したパソコン専門店だ」
「…………」
僕は財布を持っているわけでもないのに。
なぜか急に、自分のお金が減っていくような感覚に襲われた。
「千尋」
お姉ちゃんが僕の肩を叩く。
「大丈夫」
「なにが?」
「払うのお父さんだから」
「そういう問題じゃないよ!」
僕の叫び声が、夕方の仙台駅前に虚しく響く。
「その前にちょっと寄り道してもいいか?」
「いいけど......」
「私もいいよ」
「すぐ終わるが暑いし中にはいりなさい」
そういってパソコンやスマホがいっぱい並んでいるお店の中へと入る。
「なんか独特な音楽が流れているね......」
「このお店のテーマソングよ」
「お姉ちゃんは来たことあるの?」
「スマホを買い替えるときとかに来るくらいかなーー」
そう言うとお姉ちゃんは一人の店員さに声をかける。
「深瀬さん久しぶりー!」
「おー! 真由さんどうもー!」
深瀬さんと呼ばれた店員さんは、お姉ちゃんに気づくと笑顔でこちらへやってきた。
「お久しぶりです。今日は機種変更ですか?」
「今日は違うよー。お父さんの付き添い」
「お父さん?」
深瀬さんの視線がお父さんへ向く。
すると――。
「あっ」
何かに気づいたように声を上げた。
「充さんじゃないですか。お久しぶりです!」
「久しぶり」
「今日はどうされたんです?」
「例の件でな」
「例の件?」
僕が首を傾げる。
だけど、お父さんは答えない。
代わりにスマートフォンを取り出すと、何かの画面を深瀬さんへ見せた。
「これ、まだあるか?」
「あー、これですね」
深瀬さんは画面を確認すると、すぐに頷いた。
「ありますよ。ちょっと待っててください」
そう言って、店の奥へと消えていく。
「…………」
僕には何が何だか分からない。
「お父さん」
「なんだ?」
「何買うの?」
「すぐ分かる」
「教えてくれてもいいじゃん……」
すると、お姉ちゃんが僕の隣でくすくす笑った。
「まあまあ」
「お姉ちゃん知ってるの?」
「知らない」
「じゃあなんでそんな余裕なの!?」
「だって私のお金じゃないし」
「またそれ!?」
数分もしないうちに、深瀬さんが戻ってきた。
その手には、1つの箱が抱えられている。
「お待たせしました」
ドン。
カウンターの上へ箱が置かれる。
「……なにこれ?」
見たことのない商品だった。
僕が箱を覗き込んでいる横で、お父さんは慣れた様子で型番を確認する。
「これで間違いない」
「じゃあ、お取り置きしていた分で大丈夫ですね」
「取り置き!?」
思わずお父さんを見る。
「最初から買うつもりだったの!?」
「ああ」
「じゃあ寄り道じゃないよね!?」
「パソコンを買う店とは別だから寄り道だ」
「そういう意味!?」
お姉ちゃんが隣で吹き出す。
「お父さん、そういうところあるよねー」
「で」
お父さんは僕たちのやり取りなど気にすることなく、深瀬さんを見る。
「もう1つ聞きたいんだが」
「はい」
「配信用のパソコンを新しく組もうと思ってる」
「お父さん!?」
話が急に本題へ戻った。
深瀬さんも少し驚いたように目を瞬かせる。
「配信用ですか?」
「ああ。3Dモデルをリアルタイムで動かしながらゲーム配信もする。録画も同時に走らせたい」
「なるほど……結構重いですね」
「予算は気にしなくていい」
「…………」
深瀬さんが一瞬だけ黙った。
僕も黙った。
お姉ちゃんも黙った。
そして――。
「お父さん」
「なんだ?」
「その言葉、店員さんの前で言っちゃダメなやつじゃない?」
「なんでだ?」
「なんとなくだよ!」
すると深瀬さんが苦笑する。
「いやいや、無駄に高いものを勧めたりしませんよ」
「ほら」
「でも必要なら高いものは勧めます」
「ほらぁ!!」
今日の買い物。
まだまだ終わりそうになかった。




