13話 白雪ゆの、始動
僕の部屋に工事が入ってから数日が経過し、ようやく中に入れるようになった。
その間、僕の部屋にあった家具や荷物は処分したり、レンタルロッカーに預けたりして、僕自身はお姉ちゃんの部屋で寝ていた。
「ふわぁぁぁぁぁぁ……」
「ここ最近、千尋眠そうだけど大丈夫?」
「……お姉ちゃんが僕のこと抱き枕にしているからだよ」
「えー?」
お姉ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「昔からじゃん」
「昔と今では違うよ!」
「何が?」
「大きさ!」
昔はまだ小さかったからよかった。
でも今は違う。
寝返りを打とうとするたびに、お姉ちゃんの腕が僕のお腹に回ってくる。
離れようとすると。
ぎゅっ。
さらに強くなる。
「しかも離してって言っても離してくれないし……」
「寝てるから聞こえないもん」
「それが困ってるの!」
「でも千尋あったかいんだよねー」
「僕は湯たんぽじゃないよ!?」
「抱き心地もいいよ?」
「褒められてる気がしない!」
そんな僕たちのやり取りを聞きながら、お母さんが廊下の奥へ歩いていく。
「はいはい。今日から自分の部屋で寝られるんだから、それくらいにしなさい」
「はーい」
「やっと解放される……」
「えー」
「なんで残念そうなの!?」
「だって久しぶりに千尋と一緒に寝られて楽しかったし」
「僕は寝不足だよ!」
お姉ちゃんは不満そうだけど。
僕にとっては待ちに待った日だった。
ようやく。
防音工事が終わった僕の部屋に戻れる。
「それじゃあ千尋」
お母さんが僕の部屋の前で立ち止まる。
「入ってみる?」
「うん!」
僕はドアノブに手をかける。
数日ぶりに開ける、自分の部屋。
だけど――。
ガチャ。
「…………」
扉を開けた瞬間。
僕は固まった。
「……ここ」
一拍。
「本当に僕の部屋?」
「そうよ?」
「場所は千尋の部屋だね」
「なんか……僕の知ってる部屋じゃない……」
目の前には、白を基調とした壁紙に間接照明。
床は明るめの木目調のフロアタイルになっていた。
「かわいいじゃん!」
「ちょっと奮発しちゃった」
……嫌な予感しかない。
「大体150万円くらいかかったのよ!」
「お父さんと張り合ってどうするの!!」
「張り合ってないわよ?」
一拍。
「対抗しただけよ!」
「それを張り合っているって言うんだよ!?」
僕のツッコミが炸裂する。
「だって悔しいじゃない!?」
「なにが!?」
「お父さんだけ千尋のために136万円も使って!」
「そこ!?」
「真由はイラスト描いて、お父さんはモデル作ってパソコンまで用意して!」
お母さんはビシッと自分を指差す。
「私だけ何もしてないじゃない!」
「だからって150万円使う!?」
「使うわよ!」
「即答!?」
「それに必要な工事なんだからいいでしょ?」
「それはそうだけど……!」
防音が必要なのは分かる。
これから配信をするなら、夜に大きな声を出すことだってあるかもしれない。
ご近所さんに迷惑をかけないためにも、やっておいた方がいい。
そこまでは分かる。
でも。
「間接照明は防音に関係ないよね!?」
「可愛いでしょ?」
「可愛いけど!」
「床は?」
「こっちの方が可愛いでしょ?」
「可愛いけど!!」
「壁紙は?」
「可愛い!」
「ほら」
「なんで僕が負けたみたいになってるの!?」
隣でお姉ちゃんがケラケラ笑っている。
「千尋、お母さんに言いくるめられてるー」
「お姉ちゃんも助けてよ!」
「でも実際かわいいし」
「お姉ちゃんまで!?」
味方がいない。
僕は諦めて、もう1度部屋を見渡した。
……でも。
悔しいけど。
本当に可愛い。
白を基調にした壁に、明るい木目の床。
柔らかく照らす間接照明。
ここに白と水色に光るパソコンや、白いモニターが並ぶところを想像すると――。
「……ゆのに合いそう」
思わず、そんな言葉が口からこぼれた。
「でしょ?」
お母さんが満足そうに笑う。
「せっかくなら、千尋の部屋だけじゃなくて――」
一拍。
「白雪ゆのの部屋にもしてあげようと思って」
「…………」
ずるい。
そんなことを言われたら。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
結局。
僕は150万円について、それ以上何も言えなくなってしまった。
「ちなみに午後に新しい家具が届くから、手伝ってね」
「うん……」
一拍。
「それ、150万円の中に入ってるよね……?」
「それは聞かないお約束!」
「…………」
……あ、別なんだね。
もう聞かない。
聞いたらきっと、また知らなくていい金額を知ることになる。
こうして。
僕の部屋は数日ぶりに戻ってきた。
いや。
僕と白雪ゆのの、新しい部屋が完成したのだった。
ーー1週間後
「すごく緊張する……」
「千尋なら大丈夫さ」
「私のキラキラッターの告知、すっごく反響あったよ!」
「余計に緊張するよ!!」
お姉ちゃんが『白雪ゆの』のイラストを担当したこと。
そして、1週間前から今日の初配信を告知していたこともあって、投稿には毎日のようにたくさんのいいねが押されていた。
一時はトレンドにまで入ったらしい。
お姉ちゃんのイラストが有名なのは知っていた。
だけど今回は、お姉ちゃんが初めてVTuberのイラストを担当したこと。
さらに、今回担当したVTuberが家族だと明かしたことで、予想以上に話題になってしまった。
その結果――。
「……お姉ちゃん」
「なに?」
「これ、壊れてない?」
「どれ?」
僕は配信の待機画面を指差す。
待機中 1,013人
「1000人超えてるんだけど……」
「超えてるねー」
「まだ始まってないよ!?」
「初配信だからね!」
「初配信って普通、こんなに人来るの!?」
「普通ではないかも?」
「やっぱり!?」
さっきから数字が少しずつ増えている。
1015人。
1034人。
1051人。
見るたびに増える。
「…………」
「千尋?」
「お腹痛くなってきた……」
「まだ始まってないよ!?」
「だからだよ!!」
僕は隣のモニターに表示されているコメント欄に目を向ける。
『花園百合花先生のイラストが既にかわいい!』
『やっぱ百合花先生だわ!!』
『百合花先生のことだからロリキャラだろーなー』
『ロリだろ、俺は詳しいんだ』
『いや百合花先生なら男の娘の可能性もある』
『家族らしいし妹説』
『百合花先生が妹をロリ化した説』
『姉妹てぇてぇ期待していいですか?』
『↑まだ妹と決まってないぞ』
『でもこの絵柄で兄とか弟だったら笑う』
「お姉ちゃん?」
「さーてなんのことかなー」
「誤魔化された!?」
僕は慌ててキラキラッターを開く。
お姉ちゃんが投稿した告知を、もう1度確認する。
そこには白雪ゆののイラストと、今日の配信時間。
そして――。
『初めてVTuberのイラストを担当しました!』
『しかも今回は家族です!』
「…………」
「ほら、家族としか書いてないでしょ?」
「それはそうだけど……」
コメント欄では勝手に妹だと思われている。
まあ。
お姉ちゃんが19歳だから、家族でこの見た目のVTuberなら妹だと思うのも分からなくはない。
問題はそこじゃない。
「ロリキャラってなに?」
「…………」
「お姉ちゃん?」
「ゆのちゃん、かわいいよね!」
「お姉ちゃん!?」
絶対に何かある。
そう思っている間にも、コメントはどんどん流れていく。
『声楽しみ』
『どんな子なんだろ』
『初配信待機!』
『緊張してそう』
『百合花先生の家族なら絶対面白い』
「……ハードル上がってない?」
「大丈夫大丈夫!」
「何を根拠に!?」
「千尋かわいいし」
「配信の面白さと関係ないよね!?」
「かわいければなんとかなる!」
「ならないよ!」
そのとき。
「あと5分だぞ」
お父さんの声に、僕の身体がピタリと止まった。
「…………」
5分。
たった5分後。
僕は1000人以上の人の前で話す。
そう考えた瞬間。
「やっぱり無理かも……」
「大丈夫よ」
今度はお母さんが僕の後ろから声をかけてきた。
「別に上手にやる必要なんてないんだから」
「でも……1000人もいるよ?」
「1000人いるから何?」
「え?」
「千尋がやりたいって言ったから始めるんでしょ?」
「……うん」
「だったら、最初くらい好きにやりなさい」
お母さんはそう言って、僕の頭を軽く撫でる。
「失敗したって、それも初配信の思い出になるわよ」
「……お母さん」
「それに」
お母さんがニッコリ笑う。
「機材と部屋だけで300万円近くかかってるんだから、簡単には逃がさないわよ?」
「台無しだよ!!」
せっかくちょっと感動したのに!
「あははは!」
「母さん……」
「冗談よ」
本当に冗談なのかな。
ちょっとだけ怪しい。
だけど。
不思議とさっきより肩の力は抜けていた。
「時間だ」
「いつものように振る舞えば大丈夫よ!」
「……わかった」
僕は大きく息を吸う。
そして、待機画面を解除した。
画面には白雪ゆのの姿。
僕が動けば、ゆのも動く。
僕が笑えば、ゆのも笑う。
コメント欄が一気に流れ始めた。
『きた!!』
『かわいい!』
『初配信きちゃ!』
『ゆのちゃん!』
『声かわいい!!』
「…………」
一瞬だけ、言葉が詰まる。
でも。
僕は画面の向こうで待ってくれていたみんなに向かって、笑った。
「みんなー! 初めましてー! 白雪ゆのです!!」
その瞬間。
『白雪ゆの』としての僕のVTuber活動が――。
始まった。




