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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第七章 家族ハプニング
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001 姉の髪留め

雪野は夢を見た。

いつもの悪夢とは少し違う。

だからと言っていい夢でもない昔の夢。

それは季流が言った言葉。

姉の葬式での事、そして夏川家に来てからかけられた言葉……

それは励ましの言葉なんかじゃない。

「生きてください」

それは、願いだった。

「生き続けてください」

 そしてそれは、贖罪(しょくざい)だった。

「苦しんででも生きてください」

 雪野は葉月の命と引き換えに生き返った。

 だから彼は生きなければいけない。

 生き続けなければいけない。

 たとえそれが辛いのだとしても、苦しんででも生きなければいけない。

 それが雪野にかせられた簡単のようで難しい季流との約束だった。

 自分は幸せになってはいけないと思っていた時期があった。

 それは今でも思うときがある。

 夏川家に行く前のあの悲劇を思い出すといつもそう思う。

 自分は人を殺したのだと。

人形のせいで、自分がこの手で殺したのだと。

その事実に心が打ちのめされてしまう。

だから、何度も死にたいと思った。

こんな危険な自分はもういなくなってしまえばいいと思った。

苦しかったから。

それでも、自分は死ねない。

それは季流との約束があるから。

 いや、死ぬことがもうできない呪いがかかってしまっているから。

 人形はどこまでも自分を貶める。

 もう、どうしようもなく心苦しい気持ちだった。

 それでも、自分には家族がいた。

 家族と言ってくれた人たちがいた。

 優しい人たちがいた――

「あなたはもう私たちの家族です」

「そうです。雪野さん。笑ってください」

変らぬ日常の中、幾度となく落ち込んでいる自分にいつかの彼らはそう言葉をかけた。

「だから落ち込むなとは言いませんが、私たちを頼ってくれてもいいんですよ。何でも言ってください。ため込んだ気持ちを整理するためにも、一度吹っ切れる為にも言ってください」

「私も何でも聞きますからね。雪野さん」

 そんなことを言われ雪野は、首を振った。

「その気持ちだけで、いいよ。お兄さん、花月。心配しなくても僕は死なないから。もうあんな事はしないから」

 そう言うと、眉を寄せる季流がいた。

「そうですか……?」

「はい。それに自分の気持ちを打ち明けるのは少し抵抗があると言うか……照れくさいのでいいです」

「まあそうですよね。でもなにか我慢できないことがあれば言いなさい。分かりましたか?」

「あー、はい。分かりました」

 そんな会話が続いた後、季流は何か考えるように雪野をまじまじと見る。

「あの、お兄さん? どうかしましたか?」

「雪野くん一度、髪を切りませんか?」

「へ、いきなりどうしてそんな話に?」

「ずっと気になっていたんですよ。もうずいぶん伸ばしっきりだと思うのでそろそろきった方がいいのではと。何の手入れもされないまま伸ばしきっていたら、先っぽが枝分かれしたりして痛んでいる事でしょう。せっかく、きれいな髪なんですからちゃんと手入れはしましょう」

「そうですね。この際だから切りましょうか。でも、そんな短くはしませんよ。先っぽをそろえるだけですからね」

「雪野くんは長い髪にしていますが、それには何か理由があるんですか?」

「まあ、いろいろ……それよりも、どこで誰に切ってもらうんですか? 昔は使用人さんに切ってもらっていたんですが……」

 それに季流はきっぱり言った。

「私が切ります。これでも結構得意なんですよ。たぶん……」

「たぶん? 今たぶんって意味いませんでした?」

「さあ、さあ、雪野くんはちょっとそこに座ってください。今、新聞紙とハサミを持ってきますね」

「なんか、めちゃくちゃ不安なんですけど……」

「たぶん、大丈夫ですよ。雪野さん。お兄さまを信じましょう」

「お前はお兄さんに髪切ってもらった事あるのかよ」

「……いえ、ないですね」

 記憶を手繰るように花月は言った。

 それに雪野は、こう呟いた。

「やっぱり、不安だ……」

 その後、戻ってきた季流によって雪野は髪を切られた。

「では、始めますよ」

「はい……」

「まずは、先っぽの方をざっくりと切っていきます」

「はいぃ!」

 緊張した面持ちで雪野は後方にいる季流の気配を感じていた。

 彼の手は、今雪野の長い髪の先端にふれており、その瞬間ハサミの音がザクッとなる。

 チラッと、斜め右下の方を見てみると、自分の毛が二センチほどきれていた。

 そして、真剣な表情をしている季流の姿があった。

「雪野くん、顔を動かさないでください」

「あ、すみません」

「大丈夫ですよ。ちゃんと、切りますから、ね」

 その言葉と同時にまた髪は切られた。

 その後も、あるテンポ間で斬り進められていく。

「この調子です。お兄さま」

花月の声からして、今のところ順調に進んでいる様だった。

 だが、その時、季流は言葉を漏らした。

「う~ん、右と左とで長さが違いますねー。ここをもう少し切りますかぁ」

「ん? どうかしたんですか?」

「いや、何でもありませんよ。ちょっとした長さの違いを直せばいいだけですから」

「そうですか。それならいいんですが……」

 季流は続けて、

「心配しないでください。ここを切ればいいはず……」

 切った。

 ザグリと音がする。

「あれ? 今度は左が短く……なら、ここを……って、これはおかしいですね」

「お兄さん? おかしいって……」

「雪野くん心配しないでください。今とても難しい部分を切っているので、ちょっと、手間がかかっているだけですから」

 本当に、本当に、そうなんですかぁ!?

「アハハ、仕方ない。思い切って、ここを切りますかぁ」

「ちょっと、お兄さーん! 止まって、今すぐ、ストップ!」

 季流の手を止めにかかろうと振り返ったとたん、自分の髪がバサッっと切れた音がした。

「え……」

 雪野がそっと、季流の手を見てみるとそこには十センチほどの髪が持たれていた。

 それはまさしく自分の髪だったもので、雪野は、雪野は……

「何してんですかぁあああああ、お兄さん!」

「これは、そのあれですよ。雪野くんいきなり動くからいけないんです。それまでちゃんと切れていたんですからね。ほ、本当ですからね」

「はい、嘘ですね。今嘘つきましたね。声からして何度も失敗していたでしょ。お兄さん」

「嘘なんてついていませんよ。失敗せずに順調でした!」

「じゃあ、花月に聞いてもそう言えるんですか?」

「それは……」

「ほら、やっぱり失敗しまくっていたんでしょ?」

 しばらく、口を閉ざした季流は観念したようにこう言葉を吐いた。

「そうですよ。ちょっと、手こづってしまいましたよ。失敗して何度も右左の部分を切って、そのうちに真ん中の方が長くなったのでそこを思い切って切ろうとしたら……雪野くんが動いたせいで取り返しのつかない事になってしまいましたよ! どうするんですか、雪野くん! どうも出来ないじゃないですか!」

「結局、僕のせいですか?」

「そうですよ。雪野くんが動きさえしなければ、今頃ちゃんと修正で来ていたんです」

 えー。

「本当かな……?」

「本当です!」

 季流は即答した。

 それを見ていた花月はそっと二人に話しかけた。

「お兄さま、雪野さん、まだ大丈夫ですよ、きっと。何とかできると思います。まだ、雪野さんの髪はあります」

「確かに、ハゲになるまでまだ十分に余裕が……」

「ハゲにするまで試さないでください!」

「分かっていますよ。今度はちゃんとやりますから」

「もう、お兄さんはなし。誰かほかの人にやってもらうよ」

 雪野がそう言ったところで、花月は呟いた。

「雪野さん、私は……」

「花月は一番心配だからダメ!」

 花月が言いたいことを察し、雪野はすぐに断った。

 雪野はその後、部屋に置いてある置き鏡を覗き込む。

五十センチほどあった髪は、今は半分くらいになってしまっていた。

「あーあ、こんなに短くなっちゃったよ……」

 若干、落ち込んだ雪野の姿があった。

 それを見て、季流は聞いた。

「雪野くんは、それほどまで、どうして長い髪がいいんですか?」

「それは……」

 雪野は思い出すようにして答えた。

「昔、お姉ちゃんが自分の長い髪を褒めてくれたんですよ」

 昔、姉に自分の髪の毛をといでもらっていた。

 その時に、彼女はこう呟いた。

「雪ちゃんの髪はきれいだね」

「そう?」

 雪野は姉の膝の上に座りながら、見上げて姉を見た。

「うん。雪野ちゃんの長い髪は、とってもきれいだと思うよ。私は少しテンパだから、うらやましいなぁ」

 そう言って姉は自分のふわとくるっとした髪を触って見せた。

 雪野はそんな回想をし、二人に言う。

「もともと、女の格好をさせられていた事もあって、長い髪はうっとうしいし、はっきり言ってやだぁと思っていたんですが、姉に褒められた以来、嬉しくて、寝てばっかりしかいられない僕の唯一の長所だと思ったんですよ。だから、長い髪がいいんです」

「そうだったんですね。そうとは知らず、すみません」

「いえ、もう過ぎたことは仕方ないですよ」

「そうですか」

「それよりも、このまま中途半端な髪のままいるのもダメなので、誰かに頼まないと」

「そうですね、誰に頼みましょうか?」

 そこで花月は言った。

「お父さまやお母さまに頼んでみてはいかがでしょう?」

「そうだな。それじゃあ、いったんおじさんに頼んでみようかな」

 使用人に頼むという手もあったのだが、自分に関わることを彼らはよく思わないかもしれない。

 ここは気を使って、まだお互いに信頼している季流や花月の両親に頼んだ方がいいと思った。

「それでは、私、呼んできますね」

 花月は部屋を出て行き、しばらくして草路を連れてやってきた。

「話は聞いたよ、雪野くん。僕に任せてもらえればちゃんとした髪形になるから安心して」

「はい。期待していますよ。季流お兄さんのようにしないでくださいね」

「うん。では、まずは先端を合わせる様にざっくり切っていくね~」

「はい、お願いします」

 シャキシャキとかではなくまず一声にザギリッという大きな音が聞こえた。

 予想外のそんな音に雪野は草路に聞いた。

「おじさん、ちょっと今の音……」

「父さん……」

「お父さま……」

 季流と花月がなにやら不穏な声を漏らしていた。

 それに雪野はますます不安になり、一度振り返った。

「どうなったんです、か……」

 見たところ、その手には……

「雪野くん。アハハ、大丈夫だよ。ちょっと切り過ぎちゃっただけだからね」

「ちょっと、おじさん。それちょっとどころか、お兄さん以上に切り過ぎているじゃないですか?」

「いや、中央部分が切り過ぎているから、それに合わせようとしただけなんだけどね……もう一回切れば元通りに……」

 それを聞いた雪野は慌てて言葉発をした。

「しなくていいです! おじさんは季流お兄さんよりダメなので、誰か他の人にしてください。お願いします!」

「えー」

 しょぼーんとする草路がそこにいた。

「それじゃあ……紫に頼もうか。花月の髪をいつも切っているのは彼女だからね。きっと、うまい事やってくれるはずだよ」

 こうして、雪野の部屋に紫を呼んだあと、雪野の髪は丁寧に切られていった。

 シャキシャキと細かく刻まれる切断音は絶妙な安心感があった。

 しばらく時間をかけた後、紫は手を雪野から離した。

「うん、これでよし。切り終ったよ」

「はい、ありがとうございます」

 鏡を見てみると、だいぶ短くなった自分の姿がある。

 でもそれは紫のせいではなく、季流と草路が下手に切った後に合わせて切られからだ。

 それなりに整っており、さすが母親といったところである。

「最初から、おばさんに頼んでおけばよかった……」

「なぜ、この二人に任せようと思ったんだか」

「あはは、それは流れで……」

 そこで季流はこんな適当な言葉を漏らした。

「まあまあ、ハゲにならずにすんだのでよかったじゃないですか。何事もやってみないと分からないものですよ。私、髪切るのは向いていないんですね」

「他人事のように! 髪、最終的にこんなに短くなってしまったじゃないですか?」

「それは、謝ったじゃないですか。もういいでしょ」

「よくありませんよ。せっかく今まで伸ばしてきたのに……」

 黙り込む雪野に季流は考え込むし様な顔つきになった後、口を開いた。

「雪野くん、ちょっと待っていてください。あなたに渡したいものがあります」

 部屋を出ていく季流を捉えて、何だろうと思っていると花月は彼をじっと眺めて不意に言葉をかけた。

「雪野さん、短い髪でも似合っていますよ。大丈夫です。どんな髪形でも雪野さんは雪野さんです。お姉さんはきっと、どんな雪野さんでも好きなはずですよ」

「うん。花月、ありがとう」

「はい」

「私もどんな雪野さんでも、例えハゲている雪野さんでも、大丈夫です」

「アハハ……そうか」

 と話したていたところで、季流はある物を握って部屋に戻って来た。

その手にある物、それは……

「いつか渡そうと思ってずっと預かっていたんですが、この機会に渡しておこうと思います。これは葉月の形見です」

「髪留め、ですね」

雪野は季流からそれを受け取った。

「はい。昔、葉月がしていたのを覚えていますか?」

「覚えています。お兄さんが持っていたんですね」

「もう一つも持っているんですが、それは私が持っていてもいいですか?」

「あ、別にいいですよ。お兄さんはお姉ちゃんの婚約者だったから持っていてください」

「はい、分かりました。雪野くんがまた髪が長くなった時にでもその髪留めを使うといいです。いつも縛らずにうっとうしいですよ」

「はい、それでは今は大事にしまっておきますね。また髪が伸びるまで」

 そんな事があり今では、彼はその髪留めを毎日のようにつけているのであった。

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