016 次こそは、花月だけは……
季流が月花の元にたどり着いた時には、彼女はすでに亡くなっていた。
花月は泣き叫び、そのうちに意識なく倒れた。
それを受け止め、季流は呟く。
「すみません。私が約束を守れていればこんなことにはなりませんでしたよね。花月、すみません」
こうして数日後、月花の葬式は行われた。
その後、花月がいる前で父は言った。
「お前に見せておきたいものがあるんだ。月花がなくなる前、二人がお前に向けて書いた手紙が」
「手紙、ですか?」
「ああ。花月、それを持ってきてくれるかい?」
泣きじゃくって赤い目になっている花月は、虚ろな表情のままそっと頷く。
そして、ふらつく足取りで自分の部屋へと向かう。
そこには月花の思い出があったからだろうか、花月は机の引き出しから紙を取り出すと、そのまま座り込みまた泣き始めていた。
「花月……」
季流はそう呟いた。
それ以外、何も声をかけられなかった。
手を伸ばしかけた腕はひどく頼りなかった。
これは、花月のせいなんかじゃない。
自分のせいでもあるのだ。
季流はそう思いながら、戸惑いを露にしていた。
「花月、それを季流に渡してくれるかな?」
父はそっと笑いかけて、花月に誘導させた。
花月はそっと手に掴んだ手紙を季流にわたす。
それを受け取った季流はその中身を開いた。
まずは、花月の気持ちだった。
それを季流はその場で読んだ。
お兄さまへ。お兄さまはある時を境にして、あまり家に来なくなりました。それが私たちは悲しいです。寂しいです。お兄さまにはお仕事がたくさんあるのかもしれません。でも、たまには休んで私たちに会いに来てください。あまり無理しないでください。笑顔のお兄さまが私は大好きです。どうかもっと笑ってください、お兄さま。 花月より。
そこには、花月らしい自分を心配した文があった。
怪力のせいかお世辞にもうまい字とはよべないが、そこには彼女の気持ちが込められていた。
「花月、読みました。ありがとうございます。笑ってほしいですか? なら、いくらでも笑いますよ。あなたのためにいくらでも。だから、あなたも笑ってくださいね。早く笑えるようになってくださいね」
季流は笑顔を作りながら、花月に話しかけた。
花月の表情は僅かに動き、何かを言おうと口を動かすが、その声はかすれてしまってよく分からない。
「お、に……わか……た」
だが、季流は、
「そうですか、そうですか……」
花月の声を聞く姿勢で、頷いて見せる。
そして、
「今度は月花の文も読んで見せますね。いったい、どんな文句が書かれているでしょうね」
冗談めかして言った。
そこにはこう書かれていた。
兄さんへ。兄さんのバカ! 約束破ったら針千本のまなければいけないんだからね。鬼ごっこの件でなにかいうことはありますか? って、こんな話は紙に入りきらないから置いておいて、兄さんは二年前の葬式以来、変だよね。何か大切なことを私たちに隠していると私は思うんだけど、あっていますか? 仕事で忙しいだけじゃないよね。それだけで私たちを手放したりしないよね。嫌いになってはいないよね……それを聞くのは無粋だと思います。兄さんは仕事を理由に何かから逃げているんじゃないの? それが何かは私には分からないけど、今は言わなくていいけどちゃんと辛いときは私たちに頼ってよね。私たちは家族だ! 以上! 長い分になりましたね。それでは文句等の気持ちは全部書きました。
月花より
「だそうです。ほんと月花らしいですね。二人には見透かされていますね。月花と花月が抱いた私の違和感は分かりました。月花が言うように私にはある秘密があるかもしれませんね。でも今は、それは話せません。それは勘弁という事で、あなた方を嫌いかそうじゃないかだったら、もちろん好きに決まっています。大好きです。二人とも私の本当に大切な存在です、花月」
季流は、花月を抱き寄せた。
そして続ける。
「今は辛いかもしれません。私も誰かの、大切な人の死を経験しています。だから花月が今辛い気持ちは少しは分かります。心が痛いですね。もっと、ああしていればよかった、こうしていればよかったと後悔が生まれてきますね」
花月は、その言葉につられるようにして泣き声をあげた。
「うぅ、ああ……」
「でも、いつまでもそうしていてはダメです。立ち直らなければいけない日がいつか来なければいけないんです。そうでないと、悲しんでいるあなたを見た私たちも辛い気持ちになります。月花だって、あなたが悲しんでいる姿なんて望むはずがないでしょ」
「あっ、あぁあああ……」
「だから、いつか笑えるように……私たちにまたかわいいあなたの笑顔を見せてください。
その日を私たちはいつまでも待っていますよ」
季流はそう言うと、
「それでは、また少し私は仕事がありますので……出かけます。また、今度会いましょう、花月。今度来た時は今日よりも元気な姿を見せてくださいね」
静かに呟き、花月から踵返し廊下へと出た。
すると、父から強く呼び止められる。
「季流、待ちなさい!」
振り返ると、こんな状況であっても任務へと行く自分への当てつけなのか、それとも葉月の事を話した自分への配慮なのか、父は悲しそうな顔をしていた。
「父さん……」
思えば、今までどれだけ別れを経験してきただろう。
生きている時間がまだ二十年ほどの自分は、ひび出会いの少ない環境にいた自分は、まだそんなに分かれを経験していないんだろう。
でも身近な人との別れは三度目だ。
母と分かれ、葉月に死なれ、月花を亡くした。
自分にとって大切だった者たちがこの短い時間の間の中で
自分にとって大切だった者たちをこの短い時間の中で三人も失くしている。
季流はその事実に自分の人生を憎んだ。
そして、その三つの別れは自分の不甲斐なさが招いたことだと思ったのだ。
だから季流は願った。
もう二度と大切な存在を失くしたくないと。
次こそは、次こそは……
「次は失敗しません。花月だけは私の手で守って見せます」
季流はまっすぐその青い瞳を父の方へと向けた。
父は心配そうな表情を見せて静かに下を向いた。
「そうか……」
そして次に、自分が意気込んで見せると決まっていう言葉を父は放った。
「季流、がんばりすぎないようにね」
「はい。分かっていますよ」
季流はその後、紅葉亭を後にした。




