010 【月花】が現れる理由
家へと着くと、季流が縁側の横の廊下で立っていた。
「お兄さま、ただいま戻りました」
「ただいま、季流お兄さん」
手をつなぐ二人の姿を見て、季流は微笑ましそうに言った。
「どうやら仲直りはできたようですね」
「はい、お兄さま」
花月は嬉しそうに返事をした。
そして、
「雪野さんが私の事を受け入れてくれました。そのことが私はとても嬉しいです」
「それはよかったですね」
「はい」
花月はそう返事をした後、こう続ける。
「それよりお兄さま。私は先ほどまで意識がなかったのですが、どういう風になっていましたか? 気づけばはだしで外に出ていたのですが……」
「また、いつもの現象ですね」
「はい。雪野さんの話によれば私はだしのまま雪の上を駆け出したそうです」
「はい。意識なくぼうっとしながら、いきなりかけていきましたよ」
話を合わせるように、季流は雪野へ目を合わせた。
「そうですか……」
花月は心配そうに言葉を吐いた。
「まあ、そのことに関してはあまり心配せず経過を見ましょう」
「はい……」
花月のあの現象は何なのだろう。
【月花】という少女はいったい何者なのだろう。
どうして花月の身に現れるのだろう。
雪野はいろいろと気になり出していた。
そこで季流は言った。
「雪野くんちょっといいですか? 話があるんですが」
「え、はい」
季流は雪野から目を外し、花月の方を見た。
「花月お前は外してくれますか?」
「えっと、雪野さんと一緒にいてはいけませんか?」
「はい。大事な話があるので、花月はその間勉強でもしていてください」
「はい、お兄さま。分かりました」
花月は少しがっかりな顔をしていたが、潔くいう事をきいた。
その場から去っていく。
それを見送ってから、季流は雪野に言う。
「では、雪野くん来てください。花月の中にいる【月花】ことについて話します」
「はい」
雪野は季流についていき、季流は草路や紫がいる部屋へと移動した。
草路は、季流から花月の事を聞き、雪野に話した。
「そうか。雪野くんもついに【月花】にあったんだね。それじゃあ約束通り教えてあげるよ。花月の秘密についてね」
草路はそう言った後、語り出した。
「花月には双子の姉がいたんだよ。それが【月花】だった」
それを聞いた雪野は一瞬にしてある結論に至った。
「もしかして、【月花】はもう……亡くなっているんですか?」
「その通りだよ。【月花】は一年前に亡くなったんだ」
「なぜ、亡くなったんですか?」
「それは敷地内の森でのことだった。花月と【月花】はいつものように森へ遊びに出かけていた。そこで事故が起こった。花月は足を崩しがけ下へと落ち、その時に【月花】は花月の事を庇ったんだ。自らの体を盾にして、地面へとたたきつけられた【月花】は亡くなった」
「……それで、【月花】はなぜ花月の体を借りて現れるようになったんですか? 花月の事を恨んで出てきているんですか?」
「違いますよ。雪野くん。【月花】があんなふうに現れる理由は花月自身にあります」
季流は言ってきた。
「花月自身?」
草路は続けて言った。
「【月花】が亡くなった時、それを自分のせいだと悔やんだ花月は、彼女に生きてほしいと強く願った。そのせいで【月花】の魂をこの世にとどめてしまった。それ以来花月の体を借りて【月花】は現れるようになったんだ」
「……花月はそのことを知らないんですよね? 【月花】が自分の事は花月には言わないようにと僕に伝えてきましたけど、花月にはなぜ本当のことを言わないんですか?」
「当時、【月花】を失った花月は【月花】の名前を出すだけで泣きだしてしまい、手に負えなかったんだ。【月花】が現れる理由は、花月の心の傷が原因だと推測し、私たちはいずれ花月の心の傷が癒されれば【月花】は消えていくだろうと思ったんだ」
「そうだったんですね」
「それと雪野くん。花月はあまり表情を表に出さないだろう?」
「あ、はい。確かに……ちょっと分かりづらいですね」
「それは出さないんじゃなくて、出せないんだよ」
「え……」
「あの時、花月の心の傷が大きくて彼女は笑えなくなった。だから今でもその時の後遺症であまり感情が外に出せないんだ。あの通り、無表情で冷たい子に思われるかも知れないけど、花月はちゃんといい子だから気にかけてやってね。雪野くん」
「はい。それは分かっていますよ。花月はいい子なのは。僕にとても優しくしてくれました。僕は彼女の事を考えていなかった。冷たくあたっても彼女は僕の事を受け入れてくれました。そのことがうれしかったです」
「そうか。それはよかった。今回の事で花月と仲良くやっていけそうだね。婚約者として」
草路は雪野に微笑みかける。
「はい。婚約者としては無理ですけど仲良くやっていけそうです」
「そうか。そうか。これも、【月花】のおかげという事かな」
「あはは、そうかもしれない、ですね」
こうして話は終わった。
後で、花月から聞かれた。
「雪野さん、お兄さまに呼ばれて何を話していたんですか?」
「それは秘密だよ」
「むむむ……気になります」
気になりますという顔つき……
変化は頬を膨らませているところ。
「とにかく、とっても大切な話でお前には言えないから」
「そうですか。分かりました」
花月はそう言って聞き分けよく下を向いた。
表情は変わらないように思えるが、彼女はがっかりしていたんだろうか。
雪野はそう思い、これから花月の表情の変化に注意しえ見ようと試みた。
「お前に一つだけ言っておくと。おじさんから花月の事をよろしくと任されたんだ。それとお前とうまくやっていけそうかと聞かれたよ」
「それで、雪野さんは何と答えたんですか?」
それに雪野は答えた。
「もちろん、お前とはうまくやっていけそうだと答えたよ」
それに花月は……
「そうだったんですね。うれしいです」
嬉しそうな顔を僅かに見せている。
雪野は何となくだが、分かった。
そして昼ご飯の時、花月の食事の光景は、
「使用人さん、おかわりください」
相変わらずの大食いだが、あたり食いはなくなり、若干爽やかに食事を楽しんでいるように感じられた。
「今日の花月は、なんだか元気そうだな」
「気分がはれたのかい?」
修平と喜江の言葉に花月は言った。
「はい、雪野さんと仲直りできましたからうれしいんです。これからも一緒にいれます」
「花月は、雪野くんの婚約者になったことが本当に嬉しいみたいだね~。これからが二人が楽しみだよー僕は」
草路はそんなことを言う。
それに草路の横に座っていた季流が言った。
「父さん、紫さんから先ほど聞いたんですが、父さんがいろいろ花月に言ったそうですね。雪野くんと一緒に寝る事やら一緒に風呂に入る事やら……はっきり言って、雪野くんと花月の婚約を私は認めていませんよ」
「なぜだい。季流? 二人はお似合いだと思うんだけどな~」
「花月にはまだ婚約なんて早い。親が勝手に決めた婚約なんて、彼らも望みませんよ」
はい、全くの同意見です、お兄さん。
雪野はそう思いながら、季流が自分たちの婚約を破棄してくれることを期待した。
「それじゃあ、花月と雪野くんが望めば季流も文句ないんだね」
「……はい」
「それじゃあ、花月に聞くけど、花月は雪野くんが婚約者でよかったよね」
「はい。私はどんなに反対されようと雪野さんの婚約者です。雪野さんとそう約束しましたから」
花月、お前ならそんな回答してくると思ったけど、婚約の約束まではしてないぞ!
「雪野くん、それはどういうことですか?」
ほらお兄さんも聞いてくる。
それに雪野は慌てて説明した。
「それはですね。自分にこれからも関わってもいいよと花月に言っただけの話で、婚約の約束はしていませんよ。花月が勝手に勘違いしているだけです」
「雪野さんは確かに、婚約の話を出してはいませんでした。しかし、ああいったじゃないですか。自分の全てを受け入れられるかって私に聞いて、それはてっきり愛の告白なのかと思いましたよ」
「ばかー、こんなところでそれ言うなよ、花月!」
「むむ、私はバカじゃないですよー、雪野さん!」
花月は頬を膨らませる。
その様子を見て、季流は言った。
「何だかわかりませんが、婚約の話は花月の勘違いだと分かりました。それと雪野くん、花月にそんなことを言っていたんですか?」
季流にそんなことを聞かれ、全員の前で雪野は恥ずかしいと思いながらも、答えた。
「あ、あれは、自分は危険だからそれでも自分と関わってくれますかっていう意味で花月に言ったんですよ」
「なるほど、そういうわけですね」
「そうです。だから花月との婚約は、僕は反対です。別に花月の事を嫌いとかという話ではなく、僕なんかが彼女の婚約者なんてなっていいのかといろいろ思うところがあるからです。それに花月にはまだ早すぎます。まだ、花月は人を好きという気持が分からないと思うんです」
それに花月は、
「そんなことありません。私は雪野さんのことちゃんと、す、好き、ですよ!」
言葉を詰まらせながら好きっという二文字を言った。
それに周りは、おお! と歓声を上げる。
「その好きは家族と同じ好きってことだろ。恋愛の好きとは違うものなんだよ」
「そんなことは、ないです。私の好きはちゃんと恋愛の好き、ですよ。雪野さんには分からないと思いますけど、私の気持ちは」
「いや、そんなことはない。お前は何も分かっていない。もし、それが恋愛の好きであったとしても、僕はお前を好きになんてならないぞ!」
「そんなのひどいです! 私はこんなに雪野さんの事を思っているのに……」
「二人とも落ち着いて……」
草路は止めに入ろうとするが、雪野は無視して、これは言っておかなければいかないと思い、花月に向けて口を開いた。
「だから、恋愛の好きはそんな簡単に芽生えたりしないものなの! 一目ぼれってものがあるけど、お前は違うだろ! 出会ったばかりのこんな僕に恋するなんかありえない」
「雪野さんは、また自分を悪く言って……」
「仕方がないだろ」
「お父さまが自分を卑下してはいけないと言っていました」
「そうだな。でも自分の事は自分がよく分かる。そのうえで、僕はそういうふうにしか自分の事を思えない。今回お前を泣かせてしまったことだって自分の弱さが原因だ。中途半端な気持ちで君を傷つけた。僕はこんなダメダメな自分が大っ嫌いだ!」
下を向いた雪野に花月はゆっくりと落ち着いて言った。
「雪野さん、雪野さんはもっと自分を好きになることが必要ですよ。私の事は後でもいいです。まずは自分を好きになってみてください。それまで、いつまでも待っています。いつか雪野さんが私を愛してくださるまで」
そんなことを言う。
まだ婚約の事は納得できなくて、花月の事を恋愛対象とは見られなくて、花月のその言葉にとまどうのだが、雪野は一応こう返事した。
「ああ……そこまで言うなら考えておく」
そこで草路は、言った。
「って事は、て事は、雪野くんは花月との婚約を考えてくれるんだね。よかった、よかった」
「え、えっと、なぜそうなるんですか!」
「別に今は君が花月を恋愛対象として好きとじゃなくてもいいんだ。君が言った通りお互いに会ったばかりの仲だからね。好きじゃないのは当たり前のことなんだよね、雪野くん」
「はあ……」
その言葉を聞いて墓穴を掘った気がした。
「というわけで、花月の婚約者候補ということはこれからも続けていってもらいますからね。覚悟していてね。雪野くん」
えぇえええええええ!
「……」
雪野は何も言えなかった。
「季流もそういうわけだから、二人の婚約のことは諦めなさい」
「まあ、花月が婚約に前向きであっても、雪野くんさえ恋に落ちなければ大丈夫ですよね。ね、雪野くん」
「あ、はい……」
脅しのように言葉をかけてくる季流に雪野は戸惑いながら返事した。
「絶対に私の大切な花月を好きにならないでくださいね」
「分かっていますよ。なりません。なりませんよ」
もしかして季流お兄さんは……シスコンなのか?
そこで草路は季流に向けて言う。
「そんなこと、言ってもね。一緒にいればどんどんお互いに好きになっていくものなんだよ。きっと二人も愛し合うようになるよ。二人の愛はもう誰にもとめられないのさぁ!」
「やめろ、言っている事がキモイ!」
草路の言葉に紫が突っ込んだ。
「もうひどいな、紫は~」
そんなことがあって、騒がしくなった昼ご飯時。
その後の花月は、
「雪野さん。一緒にいてもいいですか?」
やはり、雪野のそばについてくるのだ。
「えー」
雪野はあえてそう言ってみる。
花月の反応を見てみる。
「えーって何ですか? 雪野さんが関わっていてほしいと言ったから私はここにいるんですよ」
「えー」
「……ゆ、雪野さんが例え嫌がったとしても私はそばにいます。私は雪野さんの全てを受け入れられる覚悟がありますから」
そんなことを真剣な顔をして言ってくる。
そんな彼女に雪野は改めて言った。
「ありがとな、花月。この家にお前がいてくれてよかったと思っているよ。本当にありがとう」
「はい。私はいつでも雪野さんのそばにいます。だって私は雪野さんの婚約者ですから」
彼女はやはりそう言うのだ。
本当にバカなのだ。
こうして……雪野は紅葉亭で花月との日々を過ごした。




