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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第六章 花月と月花
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006 付きまとう花月

 雪野は起きてすぐ、草路の部屋に出向いた。

 彼の容姿は今日、短パンにTシャツととても楽なもので髪は縛られていなかった。

 その部屋には紫の姿があり、彼女は春夢のお守りをしているところだった。

「おじさん、どういうつもりですか?」

「おや、雪野くん。起きたんだね。おはよう」

「はい、起きましたよ。おはようございます。て、それよりも花月の件で話があるんですが」

「ん? 何かな? もしかして、花月に雪野くんと一緒に寝るように言った件かな?」

「そうですよ。そのことですよ。おじさんのせいで一昨日から花月が僕の部屋に入ってきて、大変だったんですよ」

「あはは、別に婚約者だからいいじゃないか」

「よくありませんよ! 婚約者だからって、何でも許されるわけじゃないですからね。花月に変なこと言わないでくださいよ」

「別に変なことは言ってないよ。ただ夫婦は一緒に寝るものだと……」

「そう、それとか、俺たちはまだ夫婦じゃないし、婚約自体俺は認めていないんですけど」

「まあまあ、そのうち慣れるからさ。僕も紫との婚姻は最初反対していたんだよ。でも時間がたち、お互いを知ることで愛しあった。愛にはいろんな形があるのだよ、雪野くん。だよね、紫~」

 草路がそう言って、紫の方を振り返った瞬間だった。

「ちょっとさっきから聞いていたら、草路。花月に何てふしだらな事させているのかしら」

 彼女は草路の片耳を掴み、そして、

「あれ紫? 何か怒って……いたたたたたたた、ちょっと紫いきなりなにするんだよ」

 思い切りつねり引っ張った。

「あの子ちょっとあなたに似てバカなのに、その言ったことを信じたらどうすんだ!」

「心配ないよ。花月は紫に似てお利口さんだよ! そして礼儀をわきまえている! 雪野くんさえ気を付ければ変なことは起きないさ」

 草路は紫を落ち着かせようと必死の様子だった。

「そういう問題じゃないんだよ! 夫婦前、若い……というかまだ子供の男女が一緒に寝るなんて言語道断だ」

「紫は考えが堅いんだよ。もっと僕みたいにさ、軽くいきなよ」

「いや、お前は軽すぎなんだ。脳みそすっからかんなんじゃないのか、ああ?」

「ひどいな、ちゃんと脳みそは入っているよ」

「じゃあ、今その頭をたたき割れば分かるのか?」

「いや、紫いったん落ち着こう。そんな物騒なこと言わないで。春夢ちゃんの教育上よくないから」

「お前がそれを言うか!」

「ぎゃあぁあああああ、すみません! すみません!」

 なにやら夫婦げんかが始まったようなので、雪野はその場をそっと立ち去った。

「お邪魔しました……」

 雪野はとりあえずその後、自分の部屋に戻った。

 花月はちょうど、起きたところのようで、

「あれ、雪野さん。先に起きている……おはようございます」

 目をこすりながらそう言ってきた。

 昨日から夜遅くに寝ている彼女はとても眠たそうだった。

「ああ、おはよう……お前、まだ寝ぼけている?」

「ふにゃー……いえ、雪野さんの姿を見たら目覚めました。この通りです」

「この通りと言っても分からないけど、目覚めたのか?」

「雪野さん、朝ごはんはまだですか?」

「うん。まだだけど……」

「今日も一緒に食べましょうね」

 そう言って、花月に手を取られ、雪野は朝ごはんを食べにいった。

 花月は昨日と変わらずの大食いで、今日も雪野のおかずをねだった。

「雪野さん……」

 ものほしそうな目で見てくる。

「はいはい。今あげるから」

 雪野は自分のおかずを半分分けてあげた。

「ありがとうございます。雪野さんは私の王子様です」

「あはは、王子様……?」

 雪野は一瞬、この子はまだ子供なんだと思った。

 自分も子供だけど……

「はい。昔、お兄さまやお父さまたちに読み聞かせで王子様とお姫様が出てくる話をしてくれたんです。そして自分の運命の相手が王子様なんだと教わりました」

雪野はその瞬間、むせた。

「ッぐふ! ごほっ! ごほっ!」

「雪野さん大丈夫ですか? はい、お茶を飲んでください」

「あ、うん……」

 雪野はお茶を飲んで落ち着いた。

 そして考える。

 考えた先に行きついた答えは、

「花月、お前ってちょっとバカなの?」

「はい?」

「普通は俺の事なんか、放っておくし、厄介に思うところだぞ。それなのにお前は僕の事を守りたいとかそういう事を平気で言ってくるし……お前、絶対バカだろ。それならいろいろと納得できる」

「私はバカなんかじゃないですよ。それに私は本心から雪野さんのそばにいたいと思っています」

「それは、分かるんだよ。お前が嘘は言ってないことは何となく。嘘へたそうだし……」

「な、そんな事にないですよ。私だって嘘ぐらい付けます」

「本当か……?」

「はい!」

 話が脱線してきたな。

「あー、その話は置いておいて、花月。今から僕に関わるのをやめて。分かった?」

「え……?」

「分かったのか?」

「は、はい……」

 花月は落ち込む様に食事をする手が……早くなった!

「使用人さん、おかわりください!」

 そして……おかわりのご飯を使用人に頼む! もくもく食べる!

 食欲が増したぁ! なんでだぁ!

「おや、今日も一緒にご飯食べているんだね。それにしても花月どうかしたのかい?」

「おじさん……ん!?」

 雪野が草路の方に目をやった時だった。

 彼の頬は赤く腫れあがっていた。

 先ほどの夫婦喧嘩によるものだろう。

 それに花月もはしを止めて、言った。

「お父さま……また、お母さまと喧嘩でも?」

 どうやら、毎回の夫婦喧嘩では彼はこうなるらしい。

「そうなんだよ。花月に雪野くんの部屋に行くように言ったことがばれてしまってね。平手打ち百発ほどくらっちゃったよ。ほんと紫は手が先にでてだめだね」

 おばさん、強いな……

 草路は仕方ないとばかりに、へらへら笑いながら両方の手のひらを返した。

「もう千発いくか、草路?」

「ひぃいい! 紫、いつの間に……」

「お前との話はしたからな。次は花月に言い聞かせなければいけないだろう」

「そうだね。花月、お母さんが話あるって。僕は残念だけどちゃんと紫のいう事聞いてね」

「はい、お父さま……お母さま、お話とは何でしょうか?」

「花月、お父さんの言葉はもう聞いちゃいけませんからね。ろくなことは言わないんだから。雪野くんに迷惑かけるんじゃありませんよ」

「はい、それはもちろん分かっています」

「そうですか。では、こんりんざい雪野くんの部屋に夜、忍び込もうとなんてしないように。分かりましたか?」

「え、あの……」

 花月は答えられないでいた。

 紫はふいに雪野の方を向いてこう言った。

「雪野くんもそれがいいですよね?」

「はい、それは……」

 雪野の曖昧な言葉を聞くと紫はさっと、花月へと視線を戻した。

「そういうわけで雪野くんもそう言っている事だから、聞き分けなさい、花月。いいですね」

「はい……」

 花月はやはり、がっかりしたように一言返事をした。

 そしてその後、食事が終わってからすぐ起こったことだが……

 雪野は思った。

 自分は花月に行動を常に監視されていると。

一向に自分から離れてくれないと。

 移動する時も、自分の部屋にいる時も、そしてトイレにいく時も花月は一定の距離を保ちながらついてきた。

 さすがに、トイレまでついて来られるのは困る。

「お前どこまでもついてくんな!」

「あ、すみません。つい……」

「さっき言っただろ。俺に付きまとうなって」

「雪野さんはさっき付きまとうなではなく、関わるなと言っていました。だから私は雪野さんに関わらずにただ見守っていました」

 これでだけならよかった。

「はいはい、そうなの? なら、今から見守るのも禁止ね。分かった?」

「……」

 花月は人の意見に流されやすい子なんだと雪野は思った。

 だからこう言うと、絶対自分のいう事を聞いてくれるはずだと思った。

「返事は?」

「……」

 あれ……?

「あの、返事は、花月?」

「い、や、です」

「え……」

 おかしい、予想していた反応と違う。

「花月? あのお前……」

 雪野が彼女へと手を伸ばした瞬間、花月は、

「絶対にいやです!」

 そう言って彼の前から一時退散のように逃げていく。

 ええ!?

 なんで、なんで?

 その後しばらくは、花月は雪野の前に現れなかった。

 食事の時も自分に話しかけたりせず、すんなり時間が過ぎていった。

「今日の花月は食欲旺盛だな。わしも負けておられんな」

「じいさん、そうやって競わないでくださいよ」

「花月、朝からだけど、何かあったのかい?」

「なんでもないですよ……」

「そうか……あ、もしかして、紫に言われたことで気にしているんじゃないのか?」

 ぎく!

 自分が言った事が原因だよな。明らかに……

「ああ? あれは仕方ないだろ」

「紫は分かっていないな。花月は雪野くんの事を好きなんだよ。恋愛とかそういうのなしで考えてね」

 花月の変化に周りはそんな会話を展開していた。

 自分は怖がられていない事は分かっているけど、彼女に恋愛感情として好かれているとは思わない。

 ただ彼女は、親たちに婚約の事を言われているから従っているだけなんだ。

 本人はそんなこと考えず、無意識に彼女は僕の事を好きなんだと勘違いしているだけなんだ、きっと。

 彼女はそういう子なんだ。

 そして自分に関わらないようにはっきり言わないと、きっと分かってくれない。

 雪野は自分の部屋で一人呟いた。

「あの後、ずっと来なかったけど、ちゃんと分かってくれたってことでいいのかな?」

 その時、襖が開かれる。

「雪野くん、お風呂がわいたから入ってきなさい」

 草路がそこには立っていて、

「はい、おじさん」

 雪野はそう返事した。

 風呂場に向かう途中、廊下を歩きながら雪野は気になっていることを聞いた。

「あのおじさん、花月のことなんだけどどんな様子でした?」

「えー、どんな様子だといえば、いつも通り使用人たちに勉強を教わっていたけど……」

「そうなんですか……」

「でも食事中とかちょっとおかしかったね。普段よも増して食欲があったというか、あたり食いなのかな、あれは?」

「あたり食い?」

「人は苛立っている時つい物や人にあたってしまう時があるけど、花月の場合不満があると食事の時に気持ちが出てしまうんだ」

「それで、あんなものすごい勢いでおかわりしていたんですね……あはは」

「君に聞きたいんだけど、花月と何かあった?」

 そう聞かれ雪野は一瞬、ギクッとなった。

 そしてこう答える。

「いえ……何のことやら……」

「そうか。ならいいんだけど……」

 草路はその時思っていた。

(これはなにかあったんだな)

 草路は続けた。

「花月は、普段から表情が硬いでしょ。その分、感情が読み取りにくいから落ち込んでいてもあまり分からないんだ。それに気づいてあげられるのは僕たち家族だけだから、雪野くんも花月の事を気にかけてやってほしいんだ」

「はい……」

「それに、もし花月の不満がピークに達したら、雪野くんにとって慌ただしい出来事が起こると思うから、くれぐれも気を付けてね」

「え、それっていったい何ですか?」

「今は、まだ言えないよ。でもその時になったら教えてあげる」

「はあ……」

 とても気になるんですが!

 なに、いったい何ですか、慌ただしい出来事って!

 そう思いながら雪野は風呂場へと直行した。

「はあ……」

 息を吐き、じっと天井を眺める雪野。

 なんだか、ぼーっとしたい気分であった。

 気がかりなのは、やはり花月だった。

 ずっと、そのことで頭がいっぱいだ。

「やっぱり、一人がいいよね……」

雪野が湯につかって、そう呟いた時だった。

脱衣所の方からゴゾッと物音がする。

誰だろう、使用人さん……?

最初は使用人さんが何かをその場所に置きに来たのかと思った。

しかし次の瞬間、風呂場の入り口付近から声がした。

その声とは……

「雪野さん、一緒にお風呂に入ってもよろしいですか?」

 えっ……

 雪野は思わず、固まる。

 今の声は花月。

 花月は今なんて言った。

 一緒にお風呂に入る……ええ!?

 雪野が何も言わないでいる間にも花月は、

「失礼しますね」

 躊躇なく中へ入ってこようとしていた。

「え? 今度は何? 今なんて言って……」

 ガタンと音が鳴り、風呂の入り口の戸が開かれる。

「って、ちょ~~っ、まて、入ってくるな! おい! 花月……」

 雪野がそう言った時には遅かった。

「お背中お流ししますよ、あ・な・た」

「あ……」

 そう言って花月はタオルを胸から巻いた状態で雪野の前に現れた。

 縛っていた髪をほどいた姿、そして普段は着物で隠されている露出された肌、そんな彼女の姿に雪野は、

「は、入ってくるなって言ってるでしょ! あなたって何だよ、あなたって!」

 思いっきり怒鳴る。

 まだ子供とはいえ、女の子の裸を見てしまうのはまずい。

 雪野は顔を赤めるどころか、逆に顔を青ざめた。

「お父さまが男の子は女の子にそう言われると喜ぶと言っていました」

「また、お父さまが出てくるのかい! いったいおじさんは何、考えているんだ。というかそれはいいから出ていけ!」

「雪野さん、それはできません。これは私が雪野さんの婚約者として挙げられた一つのミッションです。私はそのミッションに合格しなければいけないのです」

「それは、誰に言われたんだ? またお父さまか!」

「はい、そうです」

 おじさんめ、何考えているんだ!

「さあ、雪野さん、お背中流しますから、上がってきてください」

 花月は手にタオルを持ち、こちらに近づいて来ていた。

 それに雪野は……雪野は……

「もう、誰か助けてぇええええええ!」

 叫んだ。

 すると、花月の母親である紫はその場にかけつけた。

「何の騒ぎだい!」

 雪野は風呂場に入ってきた紫を捉える。

「あ、おばさん。花月が中に入ってきて、何とかしてください!」

「ああ……まかせておきな」

 表情が唖然としていた紫は花月に聞いた。

「花月、お前は何でこんなところにいるんだ?」

 そして花月の手を取った。

「それは、雪野さんの背中を流してあげようかと思って……どうかしましたか、お母さま?」

「はあ、いいからきな、花月お前はほんと何をしてるんだ」

 そう言って紫は花月の手を引っ張り出て行こうとする。

 それに雪野は安堵しかけた。

 しかし、その間に花月は答えた。

「だから、お父さまに男の子は喜ぶものだと教えてくれたので、実行してみただけですよ」

「それ本当か。草路に言われたって……」

 紫の目がギロっと鋭くなる。

「はい。本当です!」

 花月ははっきりとそう言った。

 すると、紫はその場で怒りに震えながら、握りをぎゅっと作り叫んだ。

「草路ぃいいいいいい!」

 こうして、花月を置いてそのまま出て行く。

「え……あれ……?」

 その後と奥の方から、

「何? なになになになに、紫……ぎゃあああああ!」

草路の悲鳴らしき声が響くとほぼ同時に、

「雪野さん、さあ、お背中流しますよ。こちらに来てください!」

「い、いや、いやああああああああ!」

 雪野の今日一番の悲鳴が轟いたのであった。

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