005 食事時、紅葉亭の人たち
食事場には二mほどの長机があるのだが、雪野は花月と並ぶようにして座った。
花月の朝ごはんはなぜか、大盛りで彼女はそれをパクパクと勢いよくたいらげていく。
こんなに食えるのかと、まじまじと花月を見ていた雪野。
その時、花月はお米を何度もおかわりしていて雪野は目を丸くしていた。
「あ……」
えー、こんなに食べるの? どんな胃袋してるんだ!
花月は食べ終わり、雪野の視線が自分に向かれている事に気づいて彼女は目をそらした。
「雪野さん、驚きましたか?」
「あ、いや、うん。少し……」
「実は私、能力のせいで人よりも大食いなんですよ」
そうなのか、そういう事もあるのか……
「そして私のおじいさまも、同じ能力で大食いなんです」
「へ~そうなんだ」
能力という者は遺伝なのかと雪野は思った。
と、そこへ、この家の家族らしき人物が集まり出した。
「おー。今わしの話ししてたんか、花月?」
そう言ってきたのは、花月の祖父だった。
草路と同様たれ目のおじいさんで草路は彼に似たんだと雪野は思った。
そんなおじいさんの名は夏川修平というらしく、彼は花月の目の前に座った。
「はい。おじいさまと私は能力が同じだから大食いなんだと話していました」
「そうかそうか」
修平の隣に今、花月の祖母である夏川喜江が座った。
長い白髪を後ろにお団子にしているのが特徴的だった。
彼女は会話に割ってはいる。
「おかげで、洗い者や食料の調達が増えて使用人たちが大変だねぇ」
「あはは、仕方ない事さ」
「少しは遠慮しなさいな」
「ああ、分かっているさ。分かっていても食欲は止まることはないんだけどな。わはははは」
豪快な笑い声が食事場に響く。
「もう人前でゲラゲラと、うるさいねぇ」
「まあ、いいじゃないかよ。ばあさん」
「ほんとに仕方ない、じいさんだよ」
そんな会話が繰り広げられる。
まるで自分の存在はそこにはないように自然な会話だった。
また、ここでも無視されているのかな?
雪野がそう思って、下を向いていると、
「ん? どうした、雪野くん」
今、名前を呼ばれた。
「え……」
「そんな下向いていると、首が曲がっちまうぞ。わしは腰が曲がっちまってるけどな。わはははは」
「なに自分で言って笑っているんですか? まったく面白くありませんよ」
「え、笑えなかった?」
と、そこへ、
「お、なんだか今日はにぎやかだね」
草路がやって来きて、雪野の隣に座る。
彼の横にはもう一人いやもう二人の人物がいた。
花月の母、夏川紫だ。
彼女の目はすっと伸びており花月の目とよく似ていた。
紫はまだ幼い赤ちゃんである春夢を抱いていた。
久しぶりに見る春夢は変わらずに片言の言葉を喋っていた。
「あー、うー、まんま、まんま」
そのまんまという母親を呼ぶ声が雪野の胸を締め付ける。
自分が春夢から母親を奪ってしまったことがひどく罪悪感に苛まれる。
その後すぐ、草路の席の前に紫は座りそして言った。
「はいはい、すぐご飯ですからねー」
「紫もすっかり、春夢ちゃんの母親だね」
「そうだね。赤ん坊を抱くのは花月たち以来でなつかしいよ」
花月たち……
その中には季流の事も入っているのだろうか?
「でも花月たちの時よりは、よっぽど手がかからなくて楽だよ。この子はいい子だね」
「紫、そのいい方だと花月が悪い子だったみたいじゃないかぁ」
「そうは言ってないだろ、草路。あの頃はよく暴れるわ、花月は赤ん坊のくせに力強くて大変だったんだよ」
「まあ、確かにそうだねぇ。僕もよく振り回されたものだよ」
それに修平は花月に向けて言う。
「花月はいいい子だぞー。わしに似てな」
「似ているのは能力だけでしょう、じいさん」
そう言って、喜江は雪野に顔を向ける。
「こんな家族だけど、これからよろしくね、雪野くん」
「あ、はい……」
やっぱりだ。
無視はされていない。
なんでなんだろう?
雪野はその疑問を投げかけた。
「あの、聞きたいことがあるんですが……」
「お、なんだね。わしの答えられることなら何でも言うといいぞ」
修平はそう言ってくる。
「えっと……皆さんは僕の事、無視したりしないんですか?」
この場にいる全員は顔を見合わせるようにしてから雪野に目を向けた。
「えっと木崎家では無視されるのが普通だったので、こっちではどうなんだろうと思いました」
雪野の言葉に答えたのは修平だった。
「いや、そのー、一応そのことについては迷ったんだけどね。季流のやつがそんな風習やめにしようって、本家に乗り込んでまで頼んだもんだから、もう別に雪野くんを無視する必要は無くなったわけだよ」
え、そんな簡単になくせたものなの?
いや、それは季流お兄さんが頑張ってくれたおかげなのか……?
「あの、今、季流お兄さんはどこに?」
草路は雪野の問いに答えた。
「本家の方で話しているか、また任務じゃないかな。あの子は普段家にあまり寄り付かないんだよ。婚約者である葉月ちゃんが亡くなって以来ね」
「そうだったんですか……」
それは、初耳だった。
季流お兄さんは、葉月お姉ちゃんの婚約者だった。
だから彼は自分に関わろうとしてくるのだろうか?
また、あの日のように彼は自分を助けてくれた。
自分が嫌なことを一つ排除してくれた。
そんな彼は何を思って僕にそういうことをしてくれるんだろうか?
僕は彼の大切な人を奪ってしまったのに……
「まあ、そう言いうわけでお前さんは今までのように無視される事はなくなった。もし、お前さんが無視されたままがいいならわしたちは無視するけど、どうする?」
え、いやいや、無視はされたくないですよ。
雪野がそう思っていると、
「お前さん、誰が無視されたい奴がいるんですか?」
「普通はされたくないよねー」
喜江と草路がそう言った。
「ああ。分かっているって、なんとなく聞いてみただけだからな」
そこで、雪野は言った。
「あ、あの、無視はされたくはないですよ、おじいちゃん」
「ほらね、親父。雪野くんは普通に接してほしいと思ってるよ。だよねー」
「はい、できれば……」
そこで修平は答える。
「なら、決まりだな。雪野くんはこの家の家族の一員として普通に接しよう。そう決まりだ」
「決まりだね」
草路がそう言った後、花月は雪野に向けて言った。
「雪野さん、良かったですね」
「うん」
その後、昼食が使用人によって運ばれてきたのだが、雪野は朝ごはんを食べたばかりで、これ以上は食べられなかった。
一方、修平と花月はむしゃむしゃと大盛りのご飯とおかずを食べていた。
花月は先ほど朝ごはんとおかわりをあんなに食べた後だと言うのに、よく食べれるなぁと雪野は呆れながらに感心していた。
「どうした、雪野くん。飯は食べないのか? そんなんじゃ大きくなれないぞ。わしみたいに」
「じいさんもそれほど大きくないでしょうが」
「あはは、言われちまったなー」
雪野はそこで理由を言った。
「えっと、もうお腹いっぱいで食べれません……」
それに草路が説明する。
「あー、雪野くんと花月は朝ご飯が遅くて、さっき食べたばかりだからね」
「お、そうだったな」
「あ、はい」
食事に集中する花月。
その後、食べ終えた花月はものほしそうに、雪野の全く手が付けられていないおかずを見ていた。
「花月、よかったらどうぞ。好きなもの全部取っていいぞ」
「いいんですか、雪野さん? ありがとうございます」
花月は、雪野のおぼんごと自分の方に持っていき、そのままパクッとおいしそうに食べていった。
「アハハ……」
本当によく食べるなぁ。
花月という女の子の印象ががらりと変わった一日だった。
その夜の事、雪野はやはり起きていた。
そして、今日あった出来事を思い出す。
自分を受け入れてくれた紅葉亭の家族たち。
雪野は嬉しいと思った。
その中に花月という女の子の事が頭に残っていた。
彼女はどんな子なのだろう。
人見知りらしい彼女はひどく無表情で、雪野ははっきり言って彼女の気持ちは読めなかった。
だけど、彼女は言葉で言ってくれた。
自分を怖がるどころか自分の力になりたいと言ってくれた。
何だろう。少しだけ胸のもやもやが晴れた気がして不思議な気分だ。
「笑顔か……」
雪野は今の気持ちを表現するように、薄く微笑んだ。
そして雪野は夜が明けるのを待った。
だが、その途中である人影が雪野の部屋へと忍び込んでくる。
襖がそっと開けられるのを見て、雪野はまさかと思った。
「また、花月……なのかな?」
雪野に近づいて来ていた人影に、彼は半眼で聞いた。
それに人影は驚いたように声を発する。
「え、雪野さん! 起きているんですか?」
その高い声はまさしく花月のものであった。
雪野は起き上がって、花月の方を見る。
襖が開けっ放しになっていることから月明かりが部屋へと届き、わずかだが花月の顔を認識できた。
「ああ、起きているよ……」
「なんでまだ寝ていないんですか? せっかくこっそり忍び込もうと思ったのに」
そんなことを言う花月に雪野は思わず、
「悪夢を見るのが嫌だから寝るに寝られないんだよ。って、なんでこっそり忍び込もうとしてるのー!?」
叫んでいた。
「雪野さん、しー。今は夜中です。静かにしましょう」
花月は口に指を当ててそう言った。
「ああ、ごめん……ってそうじゃなくて、質問に答えて! なぜ君は、昨日から僕の所にくるのかな?」
「それはお父さまが夫婦は一緒の部屋で寝るものだと……お父さまやお母さまたちのように、私も雪野さんにしてみるんだーと言われました」
「夫婦じゃねえぇええ。俺たちまだそういう関係ではないよね?」
「そういえばそうですね。でも今からでも大丈夫だとも言っていましたよ」
「大丈夫? いや、大丈夫じゃないでしょ! 何が大丈夫?」
「今のうちに親しい仲になっていれば、やがてもずっと仲良くやっていけるのだとお父さまは言っていました。とにかくお互いに慣れろ、です」
「ああ、昼もそんな事おじさん言っていたね……」
「そういうわけでお邪魔します」
花月はそう言って、雪野のそばにより布団の中に入ってこようとする。
「いやいやいや、お邪魔しなくていいからね。花月、君は今すぐ自分の寝床へ戻りなさい」
雪野はそう言い聞かせた。
「……えっと、また雪野さんが寝た時に来ればいいんでしょうか? それだといつごろ雪野さんは寝ますか?」
「なぜ、そういう事になるの!」
「お父さまが、雪野さんは最初恥ずかしがると思うから眠った時に私が彼の元に行けばいいと言っていました」
「本当にいろいろと、おじさんは何言っちゃってるんだー!」
「という事で、私は雪野さんが寝るのを見計らってきました」
「もういいよ。出て行ってくれない。俺は朝までは寝ないつもりだから」
「ん? なんで今は寝ないんですか?」
「それは……確信ではないんだけど、朝に寝ると悪夢は見ないんじゃないかと思って」
「そうなんですか?」
「ああ。今日は……って、もう昨日の話になったか。昨日は悪夢を見なかった」
「確かにうなされていませんでしたね」
「うん。だからこれから朝頃に寝てみることにするよ」
「そうですか」
その後、花月はそっと雪野のそばにより、
「それだと、忍び込み作戦は失敗ですね」
「ああ、そうだな。えっと、花月どうした?」
雪野の上にのった彼女はゆらゆらとふらついていた。
「私も、雪野さんと一緒に夜を明かしますよ。一人じゃ寂しいでしょ……」
「え、いや……」
雪野は上に乗っかられている状態にどうしていいか分からなくなる。
「大丈夫ですよ。私が雪野さんのそばにいます。これからいつまでも。だって私は雪野さんの婚約者です、から……」
花月は眠たかったのか、そのまま雪野の胸に倒れ込んだ。
「え、花月……寝たの?」
胸元の花月はすーすーと寝息を立てていた。
「たった今、一緒に夜を明かすと言っておいてこれかよ……」
雪野はそう呟き、花月をそっとどかす。
そして、自分の布団をそっとかけてあげた。
「どうせ、寝ないからいっかぁ……でも寒い……」
彼はそっと、花月の横で布団からはみ出すようにして横になった。
真冬のこの時期の夜は冷え込む。
雪野は布団から出た状態のまま、震えた。
「やっぱり……ちょっとだけ、お邪魔します」
彼はそう言って、花月に少しだけくっつくように布団の中へと入った。
こうして夜が明け、雪野は朝方には自然と眠っていた。




