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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第六章 花月と月花
81/141

003 さよならと告げて、そして……

雪野は小学校の冬、蓮たちと会えなくなった後、夏川家分家、紅葉亭に引き取られていた。

 当時の雪野はひどく心がやんでいて、一日中部屋に引きこもっていた――

 雪野は朝、目覚めると毎日のように悪夢にうなされた。

「うわぁあああ! ああ、やだぁああああああ! やだぁああああああああ!」

 それは、ひどい夢だ。

 雪野を追いつめるひどい夢だ。

 雪野が見たその夢は、〈あの日〉の光景だった。

 自分が母や父、祖父、祖母を、使用人たちを殺してしまうという恐ろしい事実の夢だった。

「うがぁああああ! いやぁ、いやだ、いやだ、いやだいやだぁああああ! 誰か助けて助けてよ!」

 そんな雪野の悲痛を聞いて、季流が現れる。

 任務帰りのせいか和服を着こんでいた。

「どうしたんです、雪野くん! しっかりしなさい!」

 雪野に近寄り、季流は彼の肩をさする。

「うう……」

 雪野は意識をもうろうとしながら、目を半開きして周りの景色を映した。

 そこに花月を連れた草路もやってきて言う。

「あ、季流帰ってきていたんだね。彼はまたいつもの悪夢を見ているようだよ」

「またって、彼はいつもこんな風になるんですか?」

「人形は持ち主に悪夢を見せると言われている。雪野くんは自分が一番苦しむ何かを夢で見ているのかもしれないね」

「それは、この前の惨劇でしょうか。彼はまたあの残酷な光景を見ているというのですか?」

 雪野が紅葉亭に来てからすでに五日がたっていた。

 この前とは、五日前にあった雪野が人形のせいで木崎家の者を皆殺しにしたという事件の事だった。

「そうかもしれないね」

 そんな声が聞こえてきて、雪野の意識は次第にはっきりとしだす。

 そして、

「ここは……ここは、家じゃない……あの場所じゃ……ない……」

「やあ、雪野くん、おはよう。悪夢から覚めたかい?」

 草路が薄く笑って雪野を迎えた。

今日の彼の姿は着物を着て髪を縛っていた。

「悪夢……まただ」

「また辛い思いをしたね。どう? 気分は悪いかな?」

「大丈夫だよ、おじさん……」

「そうか、なら、朝ごはんを食べるいい。今日の元気は朝ごはんからというからね」

「は、い……」

 虚ろな雪野は力なく返事をした。

「そうだ、花月。お前が雪野くんのご飯をここに運んでくれるかい?」

「いいですけど……どうしてですか?」

 雪野はそっと前を見る。

 そこには草路というおじさんの後ろに隠れた彼の娘、花月という女の子がいた。

 肩ほどある短い髪を一部後ろに縛り、桜柄の赤い和服を着ていた。

「ずっと、彼の事を気にしていただろ? 今日なんて、雪野くんが悪夢を見ているんじゃないかと気にしていて……」

 花月は草路がそう言うと、照れくさそうに無言のまま彼の服の裾をぐいぐい引っ張っていた。

「花月、そんなに引っ張ると服が伸びちゃうよ。アハハ……」

 雪野が花月と目を合わせると、彼女は目をすぐ反らし、父親の背中に顔を隠した。

「そういうわけで、雪野くんも花月と仲良くしてやってよ。この子この通り人見知りだからあまり話せないと思うけど、そっちから話しかけてあげてね。そしたら喋ってくれるから」

「あ、はい……」

 はっきり言って、何も興味が持てなかった。

 食事もどうでもいい。

 優しい言葉をかけてくれなくていい。

 自分なんかに関わらなくていい。

 むしろその方がいい。

 雪野はそんなことを俯きながら考えていた。

 その後、草路は花月と共に部屋を出て行く。

 そして、季流がその場に残って、二人きりとなる。

「……」

 雪野は布団の上に座ったままの状態で、じっと空を眺めていた。

 季流の方もそのまましばらく黙ったままだった。

 なんだか、気まずい……

 でも、それでも何かをする気が出ない。

 なにもかも、めんどくさいとさえ思う。

 そんな雪野に季流はやっとこう言葉をかけた。

「いつまでも、そんな風にうじうじしていてはダメですよ。例え、どんなに辛いのだとしてもそれに負けてはいけません」

 雪野はその言葉を聞いて、歯を強くかみしめた。

 そんなこと言われても季流お兄さんが言うように自分はできない。

「無理だよ、そんなの……」

「雪野くん……」

「お兄さんは僕の気持ちなんて分からないでしょ。今どんなに辛いか分からないでしょ。そんな言葉入らない。何も言わないで……」

「……」

「みんな僕に関わらないで、どうか関わろうとしないで! 怖いよ。また誰か死ぬんじゃないか怖いよ! なんでこうなったの。僕のせいで全て終わった。あの夢は事実だ。もう戻れない、もう……」

 雪野は頭に渦巻くいろんな不安を言葉にして吐き出していく。

 そんな雪野の気持ちをしっかり受け止めるように、季流は雪野を抱きしめた。

「大丈夫です。大丈夫ですよ」

「何が大丈夫なの? 分からないよ、分からないよ!」

「そんなあなたでも、ちゃんと受け止めてくれる人はいます。どうかこの先の未来を信じて下さい。この先のあなたはきっと幸せになれます。心の闇がたとえ消えなくてもそれが癒される時が来ます。どうか私の言葉を信じてください。私がきっとそういう未来をつくって見せますから」

 季流はそんなことを言う。

 今の雪野にはどんな言葉も無意味だった。

 未来の事なんて何も考えられもしなかった。

 それは、昔にもあったような感覚で、そう姉が死んだ時にも似た感覚で……

 雪野はあの時とは違い、人を殺しすぎた。

 もう、この身では抱えきれない罪を背負ってしまっていた。

「……」

 その時、雪野に朝ごはんを持ってきた花月がそっと二人の様子を眺めていた。

 それに季流は気づき、立ち上がる。

「おや、花月。そんなところにいないでこっちにいらっしゃい。雪野くんにご飯を運びに来たんですね」

「はい、お兄さま」

「さあ、雪野くん、遠慮せずにいただいてください」

 そう言って、季流は出て行こうとする。

「はい……」

こうして、雪野は朝ごはんを食べた。

雪野は、襖の裏からそっとこちらの様子を伺う無表情の少女を見る。

「君は出て行かないの?」

 雪野が花月にそう聞くと、彼女は淡々とした様子で答えた。

「私は、あなたが食べ終わった食器を片付けなくてはいけないので、ここにいます」

「そうか……悪いね。すぐ食べ終わるから」

「いえ……いいんですよ」

こうして雪野が食べ終わった後、花月はその食器を持っていった。

その後、雪野は部屋にこもったまま、ぼうっとしている。

 やっと、一人になったと安堵する。

 人が怖い……

 人と関わるのが怖い……

 人にやさしくされるのが怖い……

 雪野は一人で震える。

 夢を見るのが怖い……

 もう、できれば眠りたくはなかった……

 もうこれ以上生きているのが辛かった……

 人形は雪野のそばにある。

 雪野は人形を視界に移すと、次の瞬間それを思いっきり投げ飛ばした。

「こんなものがあるから! こんなものさえなければ誰も……」

 もう泣くのも疲れた……

 なげくのもわめくのも疲れた……

「もう、死にたいよ……」

 雪野はそう呟いた。

 そして、ゆらゆらと外へと動き出した。

 雪野は台所へと一直線に向かい、途中、使用人たちとすれ違うがそれは気にしなかった。

「あの子よ、あの子。あの子が木崎家の」

「ちょっとなぜあの子が……怖いわ」

 慌てて避けようとする使用人もいた。

 みんな自分の事情を知っているのだろう。

 自分が人殺しだと……

 そう、殺したんだ自分がこの手で……

 雪野は台所で刃物を手にした。

 ちょうど台に置かれていたのだ。

 その瞬間、その様子を見ていた使用人たちは恐怖にひきつる顔をし、叫んだ。

「きゃああああ! 殺される!」

「いやぁああああ! こっちに来るわ!」

「誰か、木崎の子が、刃物を持っているわ」

「助けて、誰か!」

 雪野がひとたび動くたびに、一歩歩くたびにそんな声が響く。

 だから雪野は歩くのをやめて、ここで終わらせてしまおうと思った。

 と、そこへ、悲鳴を聞いて季流と花月が駆け付けた。

「雪野くん、何をするつもりです! バカなことはおよしなさい!」

 その瞬間、花月は雪野が持つ包丁をみて、目を見開きうずくまった。

 雪野はそんな様子を捉えてから言う。

「さようなら……」

 誰に対してさよならなんだろうと思った。

 今、この光景を見ている人に対して、それとも自分に対して……

 どちらにしても、自分があの時言えたのはそれくらいだった。

 雪野はその瞬間、自分の胸に刃を突き刺した。

 そして意識はそこで途絶えた。

 

 再び目が覚めた時、雪野はひどく残酷的な気分になった。

「死ねなかった……」

 自分の胸に今あるはずの傷はすでになかった。

 横には三人の使用人の姿があり、雪野が目覚めたとたん、

「目覚めたわ。すぐに呼んで」

「はい」

「季流さん、季流さん、雪野さまがお目覚めになられました」

 そういって出て行った。

 そしてしばらくして、すたすたすたという速足が聞こえてくる。

 そして、その足音の人物が襖を思いっきり開けた。

 雪野の目の前にいたのは季流だった。

 季流のその顔はひどく無表情で感情が全く出ていなかった。

 そんな様子に雪野は思わず、

「うっ……」

 と、おびえる。

 季流の青い瞳は雪野をしっかりととらえ、一直線に近づき、そして無言のまま彼の手が持ちあげられていくのが分かる。

 刹那、それは勢いよく振り下ろされた。

 雪野に覚悟を決める余裕などなかった。

パン!

 その勢いで、雪野の顔は右を向く。

 部屋にはキレのいい音が響き渡った。

 その時、雪野は自分に呆れながらもこう思ったのだ。

 ひどくどうでもいいことを。

 ああ……こうなることは何となく分かっていた。だからちゃんと死ねるように心臓めがけて痛いのを我慢したのに、なのに生きていたらその後が一番大変じゃん……

 何が大変かというと、まず気まずい。

 そして、とても怒られるんだろうな。

 と、雪野は季流の方を脱力したまま見た。

 季流はその後に言った。

「私との約束を忘れましたか? この……大バカ者!」

 やはりお兄さんはひどく怒っているようだ。

「う……」

 雪野はそれを怖いと感じた。

「あ、あの……」

「なんです?」

 低い声音。

 そしてこちらを睨んできている。

 その瞳で見つめられるだけで雪野はその場から硬直したように動けなくなっていた。

 なにこれ……

 何かの力が働いているように雪野はその場から動けなくなった。

 すぐにでもこの場から逃げ出したい気分になった。

「あ、の……すみません、でした」

 おそるおそる謝った。

 雪野は彼の視線に耐え切れず、目線を逸らしてしまった。

 いくら謝ったところでそう簡単にはこの人は、許してはくれないだろう。

「すみません? あなた私に何かしたんですか? 何か謝るようなことを」

 その口調は淡々と冷たかった。

 季流のそんな返しに雪野は戸惑う。

「え、いや、ええと……」

「それともなんですか? 自分で分かっているんですか? 自分がどんな愚かなことをしようとしていたのかを。その意味を本当に理解しているんですか?」

「季流お兄さん……」

 雪野はもう一度謝ろうかと考えた。

 だけど彼の言葉がすぐ続く。

「分かってないですよね。そうでなければこんなまねできませんよね。何とか言いなさい!」

 季流お兄さんがこれほど怒る理由は分かっている。

 お姉ちゃんの命の代わりに今の僕がいる。

 だから僕はその命を無駄にしないためにも生きていないとだめだった。

 でも、ぼくはそんな自分の命を捨てようとした。

 だから、彼は怒っている。

 ちゃんとそれは分かっている。

 だから雪野は言った。

「そんなこと、ないよ。ちゃんと分かっているよ……」

 季流は続けて言った。

「なら、ちゃんと私の目を見て話なさい!」

 季流の怒鳴り声が部屋に響く。

 雪野は季流の方を向こうと無理やり顔を前に向けた。

「うっ……」

 雪野のその顔は辛いのを我慢するような、もしくは泣きそうになっているのを止めようとするかのように歪んでいた。

 季流の後ろにはちょうど通りかかった花月が立ち尽くしており、こちらの様子を伺っていた。

「お兄さま?」

先ほどの季流の怒鳴り声が聞こえたのか、彼女は少し戸惑っている様子だった。

 季流は振り返った。

「ああ花月、大声をだしてすまなかったね」

 その表情は一瞬だが、穏やかなものへと変わる。

 しかし、

「いえ……それより、雪野さんの目が覚めたんですね」

「ええ、そのようです」

 季流の言葉はやはり重さを感じた。

 それに、花月もビクッと怖がっているのが分かる。

「それでは、お兄さま私はお父さまたちにそのことを伝えてきます」

「いや、いいよ。花月。それは私が伝えておきますから」

「しかし、お兄さまは今、雪野さんとお話をされているのでは……」

「うん。そうだね……」

 季流の言葉はそこで止まり、しばらく沈黙が続く。

「えっと……」

 花月はその場にとどまり、どうしたらいいか分からない様子だ。

 雪野と花月は目が合う。

 けれどそれを最初に反らしたのは雪野だった。

 こんな自分の姿は見られたくなかった。

 雪野はそこで我慢しきれなくなって、泣いた。

「うぅ、ううう、あ、ううっ……」

 そこでやっと季流は言う。

「それでは、このまま聞かせてください。あなたはなぜ死のうとしたんですか?」

 妹の前だからか季流は、今度は静かに聞いてきた。

「もうやだよ。生きているのがやだよ……」

「なんでですか?」

 なんでって、お兄さんこそ分からないの?

 お兄さんは僕の事情知っているのに、分かってくれないの?

「……だって、僕のせいでみんな……死んじゃった。また僕のせいで、僕がいなければいいんだ。よかったんだ。あの時だって……うう、だから僕なんていない方がいいんだ」

「そうですか。もっと聞かせてください。あなたが自分の気持ちを言ってくれないと私も分からないですから」

 本当にお兄さんは分かってない。

 今までだって辛かったんだ。

 一人で……辛かったんだ。

「もう苦しいよ。なんで僕は一人になるの? あの日からお姉ちゃんがいなくて一人だった。寂しいと思っても訴えてもみんな僕を見てくれない。無視された。生きることが辛かった。けど、あの時は、それでもよかったよ。みんな生きていた」

 雪野は息を吸って続けた。

「でも、もう……僕はいない方がいいんだ。そう、またこんな事になるくらいなら死んだほうがいいんだ。僕がみんな殺してしまった……」

 雪野の涙はあふれだす。

 後悔があふれ出す。

 自分にはどうすることも出来なかったあの状況が思い出されて、苦しい。

 それはずっと、これからも続くことで、それを考えるとまた苦しくなって……

「大丈夫ですよ。事はあなたが考えているより単純かもしれませんよ。前を向いてごらんなさい、雪野くん」

「簡単なんかじゃないよ。だってこんなに辛いのに、今が今で精一杯なのに夢にまであの光景が出てくるし、もう耐えられなかったんだ」

「分かっていますよ。分かっていますから、今は苦しんでも構いません」

「うう……」

「もう、過去は過ぎました。過ぎたことをいつまでも悩んでいては、いつまでも未来は開けませんよ。大丈夫です。あなたは、まだ一人じゃない。まだ、私たちがいます」

 そう言って季流は、花月の方に顔を向けた。

「ね、花月。あなたは彼の味方になってくれますか?」

「はい、お兄さま」

 花月は小声で頷いた。

 そして、

「私は雪野さんの味方になります」

 そう言った。

「花月もそう言っていますから、今はあがきなさい、雪野くん。苦しんででも生きなさい。私の願いを叶え通してください。お願いします」

 お兄さんお願いそれは、お姉ちゃんの命を無駄にしないためにも僕が生きること……

 ふとそれを思い出した。

「分かり、ました……」

 雪野はしぶしぶそう答えた。

 そう、これは人を殺してしまった自分の罰だと思えばいい。

 苦しんで生きることが、罪を背負った自分の使命なんだと思えばいい。

 そうでなければ、自分のせいで死んだ者たちに申し訳ない……

 自分は生きていてはいけない……

 同時にそう思わなければ、生きていけない。

「ううっ……」

 雪野はそこで、涙を止めようと袖口で目元をふこうとした。

 けれど一度泣いてしまったら、いろんな気持ちが溢れてきてなかなか涙は止まってくれない。

 何度も流れ出る涙をぬぐった。

するとその時、花月は動き出しそっとハンカチを渡してくる。

「あの、どうぞ……」

 そしてさっと、季流の後ろに隠れてしまう。

 雪野はそんな花月をちらりと見て言った。

「……あり、がとう」

 しばらくして、やっと落ちついてきた雪野を見て季流は言った。

「そういえば、雪野くん、傷の具合はどうですか?」

「えっと、この通りです……」

 雪野は、着物をはだけさせ、胸を見せる。

 そこには昔、総一郎とかいうおじいさんに切られた傷跡、いやそれによって人形が付けた紋様がついていた。

 見ると、総一郎が付けた札による、まだら模様の痣は消えていた。

「うむ、しっかり傷は消えているようですね」

「はい」

「これも花月のおかげですね」

「え……?」

 雪野が花月という少女を見て、そう声を漏らすと、

「実は雪野くんの胸の傷は、花月が治癒の能力によって直したんですよ」

 季流はそう説明した。

「そうだったの……?」

 すっかり、人形が治したものだと思っていた。

 彼女はそんな力を持っているのか。

 いつもの雪野ならもっと驚いていたはずだが、今はそんな気にはなれず、能力を持つものが本当にいるんだなぁと薄く思った。

 この世には【化け物】など、人形などの呪いなど、普通の人には見えない不思議な物がいたり不思議なことが起こったりするのだから何かしらの超能力を持つ人間もいても不思議ではないじゃないか……

 蓮だってそうだった。

「はい。そうでなかったら今頃、また人形によって紅葉亭の者を木崎家でのように皆殺しにしていたかもしれません」

 季流が言った言葉に雪野は耳を傾ける。

 また自分は人を殺していたかもしれない、という現状。

 それは嫌だった。

 もう二度と、あんな目にはあいたくない!

 人をこの手で殺したくない!

「これだけは言っておきますね。雪野くん。雪野くんあなたはもう死ねないんです。死んではいけないんです。もし、あなたが死ねばそのたびに周りの命が奪われかねません。そのことを肝に銘じておいてください」

「はい……」

 雪野はその時思った。

 自分のしようとしていたことは無駄だったんだと。

 むしろ周りに迷惑がかかるところだった。

 いや、もうかけている。

 花月が自分を救ってくれなかったら、危うくまた人を殺してしまうところだった。

 そう考えていると、雪野は怖くなった。

 雪野は、花月というまだ幼い自分よりも年下の女の子を見た。

 そして言う。

「ありがとうね……僕を救ってくれて本当にありがとう」

「はい、雪野さん」

 花月という女の子は薄く微笑んだ。

 それはほんのわずかな顔の変化で今の雪野はそれに気づかなかった。

 そして、その時、

「うんうん、雪野くん元気かな? 気分はどう?」

 廊下の方で声がしたので三人は驚いたように振り向いた。

 そこには、季流と花月の父親の草路が立っていた。

「父さん、雪野くんの傷は心配ないようですよ」

「それはよかった。生きていてくれてよかったよ。雪野くん」

「すみません。迷惑をかけました……」

「いや、いいんだよ。それほど辛かったんだね。気づかなくてごめんね」

 また優しい言葉をかけられる。

 ここの人たちは優しい。

 そう思う。

 自分なんかの心配をしてくれる。

 それだけに自分がした行いが申し訳ないと思う。

「いえ、自分が勝手にしたことで、本当にすみませんでした……」

 自分には謝る事しかできなかった。

「すみません、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 草路と季流はお互いの顔を見やる。

 その時、花月は雪野をじっと見つめていた。

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