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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第五章 血染めの華
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010 解放された二人

もう、僕は自我を保つだけで誠意杯だ……もう、エミリーに触れられない。この目に移す事も出来ない。私は今度こそ、彼女を殺してしまう。それが分かる。例え彼女に嫌われようと、僕はもう彼女に会いたくない。どうか分かってほしいエミリー。どうかこの自分の気持ちさえ知らずどこかで生きてくれ。僕は、どうしようもなく君に会いたい。君に触れたい。まるで子供のように何も知らないエミリー、私はこんなに苦しい程に君を愛していたんだよ。本当は僕の事を知っておいてほしかった。でも知らないままでいい。君はどこにいたって美しくいれる。だから――


 この後の文は途切れていた。

「これで終わりだよ……」

 きっと、ここまでが彼が彼であった証で、エミリーが生きていられた時間で、この後、彼はのみ込まれてしまったのだろう。

「何てこと……私は彼の気持ちに気づかなかった。彼のいう事を聞かずもう一度はなそうと彼に会いに行ったのが間違いだった。そこで私は……首を絞められてそのまま亡くなったの。一番、残酷な形で聖十郎さまを苦しめてしまった……」

「エミリーさん、しっかり自分を保って。頑張ってください」

「ええ……」

 今、必死に胸を押さえ胸の内から湧き出る黒い霧の様なものに彼女はあらがっていた。

「きっと……彼もこんな苦しみの中で私を思って消えてしまったのね……最後まで私の事を考えてくれたのに、私はあの時、彼を責めて……しまった……」

 エミリーは胸を押さえつけて雪野へと訴えた。

「だから、の、次は何? 気になってしまう。彼の気持ちがもっと知りたい。最後まで知りたかった。もっと理解してあげたかった!」

 ふと、エミリーは自分の死体を見つめ呟いた。

「あれは……」

 雪野達もそっとエミリーの視線の方へと顔を向けた。

 すると彼女は何かに気づいた様子で一瞬の安らかな表情を見せた。

「ああ……彼は意識を奪われてしまってもなお、最後まで私の事を思ってくれたの? きっと、そうなのね。だってこの死体には埃一つなく綺麗なまま……ずっと、私を自分の近くに置いていてくれたんですもの……」

 彼女のいう通り、まだ生きているかのようにつやのある透き通った金髪、色のある白い肌、そんな彼女に似合うまるでウエディングドレス白いワンピース――エミリーの死体には、光がまとっていた。

「確かに、そうですね……あの人形さえ手にしなければ、こんな結末にはならなかったのかもしれません。また、人形がなければ二人は出会っていなかったのかもしれません……」

「それなら、これは私たちの運命だったのでしょう。仕方ない事です。いつも私はこんな結末を終えるのかしら……救われれば、その幸せはすぐ奪われてしまう……」

「エミリーさん……」

「もう終わったの。全て、だから私は消えないといけないのよね?」

「はい。でも、その前に元凶となったガラス人形を探しましょう」

「そういえば、その人形は今どこにあるのかしら? ガラス細工が置かれていた一階の部屋にあるのかしら?」

 その時、雪野達から目をずらし、エミリーの死体を見つめ考え込んでいる蓮の姿が映り込んでいた。

「もしかしてだけど……ちょっと、確認してもいいかな?」

「どうしたんだ、蓮?」

「これは本当に剥製とかミイラ、そう言ったものかな? それをするには技術も必要で一般の人が見様見真似でするには難しいと思うんだけど……それに、少し違和感があるよね……」

「違和感?」

「それって……?」

 紀菜と雪野の呟きの後、蓮は続けてこう述べた。

「日記の中の彼は器用な人ではなさそうだったからきっと、何らかの霊的作用によってこの肉体は保たれていると思う。それで試したい事があるんだ」

 蓮は視線をずらし雪野たちの横にいるエミリーへと顔を向けた。

「エミリーさん、君の心臓あたりを探ってみていいかな? きっとそこにアレが隠されているかもしれないから」

「ええ、いいわよ」

「では、失礼します」

 蓮は目を閉じ合掌をした後、彼女の死体の首から胸の方へと手を伸ばし、ある物を抜き取った。

「やっぱりあったよ」

「それは、あのガラス人形……なんで私の体に……」

「俺には、見えない物が皆とは違う形で見えているんだけど、先ほどから少しだけ青い光が帯びているように見えていたんだ。だけどそれはエミリーさんがまだ霊体として残っているから、その作用だと思っていた。だけどあなたの霊質とこの死体に漂う霊質がどうやら違うようだったんだ」

「それでこれのありかが分かったのね……」

「はい。心臓の部分だけ青い光や圧力を強く感じました」

 蓮は自分手に持つ青色のガラスでできた少女の人形をそっと机に置いた。

「この人形は危険な物だと思います。とりあえず誰かの願いに作用するのなら、距離を置いておきましょう。触らない方が良さそうだ……」

「あの、この人形は本当に願いを叶えてくれるんですよね?」

「はい、おそらくは。しかし……最終的にはその得た願いは奪われてしまう」

「皆さん……私は確かにいつも一人取り残される運命にあるのかと思います。それでも!」

 エミリーはその時、机に置いたガラス人形へと手を伸ばし自分の胸の中にうずめた。

「最後には救いがあったの。お母さんに出会えた事も彼と出会えたこともそうだった。だから、これは最後に私に与えられたチャンス。私は彼にもう一度会いたい。そして伝えたい事があるの。だからごめんなさい。迷惑かけるかもしれない……」

「エミリーさん、まさか!」

 雪野がそう言葉をかけた時には、彼女は口を開いていた。

「私の願いはただ一つ。どうかお願い。彼にもう一度会わせて、話させて!」

 その瞬間、エミリーの胸から目が眩むほどの青白い光が溢れかえり、そっと目を開くとそこには短い黒髪に少し鼻が高いのが特徴の若い男性が悲しそうな顔をしてエミリーを見つつめていた。

それは、エミリーの愛した彼だった。

「聖十郎さま……」

「久しぶりだね。エミリー。長い間、遠い場所で黒い闇に閉じ込められた気分だった。そんな中で君の事を見ていた。ずっと会いたかった……」

 手を取り合う二人の姿が青白い霧のように浮かんでいた。

 雪野たちは言葉をかけずそっと彼らを見守る事にした。

 例え、その後に絶望が待っていたとしても……

「私もよ。私は、あなたとこんな形でもっと長い時を分かち合いたかった。だけど信じる事ができなかった。私はあなたを恨みながら今までこの屋敷に漂ってきた……」

「うん、知っているよ……」

「本当にごめんなさい。聖十郎さま。私、信じる事ができなくて……」

「謝るのは僕の方だ! 僕のせいだ、全て……願ってしまったから。僕は君の事を守り切れなかった……本当にごめん。ごめんエミリー。君の全てを台無しにしてしまって、すまない」

「いいのよ。私は今、とても嬉しいの? 悲しいけど辛いけど嬉しいの? 会えなかった分だけ愛おしいの、切ないの。もっと一緒にいたい。そう願ってしまいそうになる。あなたへの愛は今も変わらないの? だからいいの……」

「エミリー」

「私が今あなたに会ったのは奇跡だと思っている。そしてそれが私の運命だと持っている。私は聞きたいの。あなたが日記に残した最後の想いを知りたいの。そして消えたい。あなたと消えてしまいたい。こんな悲しみを終わらせたい。だから聞かせて、聖十郎さま」

「エミリー、僕は君を愛していたよ」

「はい。私も愛していました。あの時、一緒にいてくれるって誓いあった事私は忘れません」

「あの時、僕たちはもう一緒にいられないと悟って、君を突きはなそうとした。君に何も告げず僕は自分を消そうと考えていた。だからあれは僕だけしか知らない気持ちでしかないんだ。本来君に知られるはずがなかったんだ。でも。確かに願っていた。君に直接伝えたかった。どうか僕がいなくてもまた幸せに生きていてほしいと、そう願ったんだ」

「そうだったの……そうだったのね。ありがとう。それを聞けて私は今、あなたの言葉通り幸せよ。今の私は、今しかないの。この終わりの時に、愛するあなたの気持ちを知る事ができて私はもう思い残す事はないわ」

「エミリー」

「だから一緒に消えてゆきましょう。私はあなたと最後まで一緒にいたい」

 エミリーの真剣な瞳を見つめて彼はやがて決心したように頷いた。

「うん、そうしよう。一緒に……」

 お互いに抱きしめ合う二人。だが突如、男の影が揺らめきだす。

「あぁ……エミ……リ……」

「聖十郎さま!」

「ぼ、く……は……」

 エミリーは必死に悲しみが訪れる瞬間まで彼を強く抱きしめ続けた。

そして霧がはじけるように彼は消えていったのだ。

 彼はその一瞬、雪野たちの方に悲しそうだが、ほんの少し希望を持ったような笑みを浮かべていた。それはまるで彼女に大丈夫だと伝えてほしいと訴えているようでもあった。

「エミリーさん、彼は穏やかに微笑んで消えていきました。きっと満足したんです」

「あの人が……あの人がいない。私をおいてまた……」

 おどろおどろしくなるエミリーの表情に比例したように、彼女の体を追おう黒い霧は吹きだす勢いで闇を濃くしていた。

「あなたも彼の後に続いてください。きっといけます。待っています」

「うわあああぁァアアアア、ウァゥゥウウウウ! アァァアアアッ!」

 次第に歪な声音でうなり出すエミリーは、ひどく苦しそうで頭をかきむしるようにもがいていた。

「どうしましょう。エミリーさん苦しそうです」

「これはやばそうだよ……」

「このままでは悪霊化してしまうわ」

 三人の言葉に雪野は、自分に何化できないか考えた。

「一体、どうすれば。エミリーさん、俺の声が聞こえますか? エミリーさん!」

 応える事も出来ない彼女の手からこぼれた青い光の玉を捉え、床に落ちていったそのガラス人形を雪野は掴み取った。

「雪野、それ……」

「うん。もしかしたら、何とかなるかもしれない」

 言葉の後、雪野は短刀を手にし、机に乗せたガラス人形へと向けて振り下ろした。

 ガリッという音を立てつつも多少のひびが入っただけで、その人形は崩れ落ちる事はなかった。

「だめだ! 刺さらない」

その直後、少女の型をまとったそれはにこりと不気味に微笑み、エミリーへとこう告げた。

「ウフフフ、無駄、無駄だよ~。エミリー、このお兄さんたちを殺しなさい。さあ~」

「アァ、ァアアアアアアアア! 殺ス、コロス……コロス!」

「皆さん! 下がってください!」

 向かってくるエミリーに花月が前に立ち結界を張った。

 その後にも何度も叩きつけるように刃を突き立てるが、何らかの力が働いているのか頑丈だった。

「ああ、くそ!」

「クスクス、だから無駄だって~、お兄さんたち~」

「それじゃあ……これはどうだ! 同じ呪いの人形ならどちらの呪いが強いか試してみようか?」

「そ、それは……」

 人形をかかげる雪野に明らかに動揺を見せるガラスの人形。

「覚悟しろ。エミリーさんや聖十郎さんの人生を奪った報いを受けるんだ」

「ギャギャァアアアアア」

 人形を近づけるとその人形から黒い気が出るようにして雪野の和人形へと移っていく光景が見えていた。

 やがてその叫び声も途絶え、甲高い音が響き人形は粉々に砕けた。

同時に雪野達を襲おうと結界にはりついていたエミリーの動きもピタリと止まった。

「これでおさまったのか?」

「そうみたいだね」

「花月ちゃん、大丈夫?」

「はい、紀菜さん。これくらいは問題ありません。ただエミリーさんは大丈夫でしょうか?」

 皆の視線が一斉にその場に座り込むエミリーへと向けられた。

「皆さん、こんな事になるとは思いませんでした。すみません」

「いえ、ただ……エミリーさん。あなたはこれからどうするつもりですか?」

「え……」

「我々は悪霊化しかけたあなたをこのまま放置していくわけにはいきません。あなたを祓う必要があります。つまり雪野が聞いているのは、あなたは成仏する事ができるかどうかと、そう言う事です」

「うん、大丈夫。もう私は満足している。もう彼に謝る事はできたから、もう一度会えて知って、抱きしめる事ができて……だから未練はないの」

 一瞬俯く彼女の姿はやはりどこか悲しそうで、それはあの聖十郎という男の表情と同じで……雪野は彼女の言葉続きを最後まで聞いた。

「ただやっぱり寂しいだけよ。こんな彼のいない世界で私はいつまでもいたくない。だから私はもう消えてしまいたい。彼の待つ世界へと溶けていきたい」

「そうですか。では、あなたが消えるまで俺たちはあなたを見守っています」

 こちらへと視線を向ける蓮に反応し雪野もエミリーに伝えた。

「エミリーさん、もうあなたを縛り者はここにはありません。安心してあちらへ行ってください。俺たちはあなたを最後まで見届ける者です」

「そうです。一人じゃありません!」

「私たちがいるから、もう、自分の意思で旅立って」

 花月と紀菜に続き雪野は最後に告げた。

「あなたは人形ではないのよ、エミリーさん。ちゃんと人間だったんだ。だから自分で彼に会いたいと決めたんだ。その想いを俺たちはちゃんと受け取ったよ」

「そうか。そうだったんだ……」

その瞬間、彼女を覆っていた黒いさびのようなものははがれ落ちていく。

「雪野さん、皆さんありがとう。皆さんに会えてよかった。もう私はいくわね」

 言葉と同時に突風をまき散らすように一瞬にしてその闇ははがれ、そこには色白い肌にきれいな金髪の美しい女性の姿が現れていた。

「エミリーさん、さようなら」

「はい。さような、ら……」

 彼女はさっと透き通るように消えていった。

 風邪も光も落ち着き、員目がしばらくその場に流れた。

「行ったみたいだね……」

彼女は無事成仏する事ができたのだ。もし天国とかそう言う死後に世界があるのなら、彼にちゃんと会えたのならいいなと雪野は思ったのだ。

 こうして、後味は良くも悪くも今回の任務は終了した――

 

 いつもの事ながら、雪野はこういう【幽霊】関係の任務が苦手で少し気がめいっていた。

 彼らは様々な形で最終的に消える定めで、その死に向き合う雪野たちも祓い屋として、彼らの意思を踏みながらも、【悪霊】となってしまった彼らを時には自らの手で葬らないといけない。それを考えると辛い。

覚悟を持って任務にあたり、無事に成仏していった彼らの姿を捉えて雪野はまだほっとする事ができる。

ただやはり今日のエミリーの様に悲しげな顔がちらつき、自分も心が痛み、どうしても沈み込んでしまう。生きている自分達からして、この結末がいい物だと思えないからだ。

「はあ……」

 階段をおり蓮と紀菜たちから一歩遅れて、足を進める雪野のため息をきいて横にいる花月もこちらに顔を向け、彼らは振り返った。

「雪野さん、お疲れのようですね。私も今日は力を使い少し体が重いです」

「花月ちゃん、頑張っていたもんねー」

「しっかり雪野くんを守っていたわね」

「はい! もう必死でした! 雪野さんがあの【彼】によって、エミリーさんのような死体人形にされてしまわないかと思ってヒヤヒヤしました」

「おい、おい……」

「そういえば今回は雪野も、大活躍だったね!」

「まあ、雪野くんにしてはよかったんじゃない。エミリーさん、最後は救われてよかったわ」

「雪野さん、カッコ良かったです! 彼女が成仏できたのは雪野さんのおかげですねー」

「いや、その、みんなの力あったからだよ……なんか、珍しく俺褒められているけど……なんか裏がありそうで、怖い」

「あはは、そんな事ないってー」

「本当か?」

「うん。少し疲れていそうだから元気つけようと思って言っただけだから気にしないでー」

「えっと……」

「雪野は何でものめり込むというか、こういう事には特に真剣になってしまうから見ているこっちは心配なんだよね」

「そうなの……?」

「うん。でも、雪野なら大丈夫だよね。今までだって季流さんとこういう任務は、行ってきたんでしょ。その経験があれば大丈夫。俺たちだけでも大丈夫。俺たちがいればどんな困難だって乗り越えられるさー」

「あー、そうだけど……蓮、どうしたの?」

「雪野、今日は本当にいい働きだったよ。だから、その調子であと一六日間も頑張ろうね。ね、雪野」

「え……え!」

「あれ~、忘れたの? 季流さんは言っていたよね。今日から一七日間俺たちで任務をするように、ってね」

「えー、マジで? それ、放棄できない……?」

 あと一六日間も蓮たちとこんな今日みたいな怖い任務をこなさなくてはいけないわけ?

 え、マジで! えぇえええええ! 誰か嘘だと言ってぇえええええ!

 そんな雪野の内心とはい裏腹に蓮はこんな言葉をかけた。

「まじだよ。そのつもりで明日もがんばりましょうね。雪野」

「そんなのやだぁあああ!」

 雪野は暗闇の中、絶叫したのであった。

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