008 狂ってしまった男の真実
「では二階へと向かおうか、みんな」
こうして蓮は二階への階段をのぼり雪野たちは後に続いた。
その際、エミリーも怯えているのか雪野の背に隠れる様についてきた。
老人の姿を探してまず右側の列の部屋へと入り、次に左側の列の部屋をまわった。
そこには老人の姿は無く、ひたすら蝶の標本や動物のはく製だらけの部屋であったり、骨董品や宝石が台に並べてあったりとしていた。
「すごい部屋ばかりだな……」
「ほんとにね」
雪野と紀菜は言った。
「みんな、次は中央の部屋に入っていくからね。気をぬかないように」
「お、おう……」
もうすぐ、何か現れるだろうと雪野は思っていた。
なぜなら、奥に進めば進むほど中央にある部屋が連なる廊下は怖気が増していく。
「蓮、なんか寒気がするんだけど……」
雪野はそんな感覚になりながら、蓮の後についていく。
「うん。それは俺もだよ。もう近くまで来ているのかもね」
「そうか。あの部屋がなんかいやな感覚がするんだけど行ってみるか?」
雪野は一番奥にある一室を指さした。
「いや、その前に他の部屋も回っておこう。逃げ隠れるときに【変物】がいたら邪魔だろうし、彼女の死体も見つけないといけないからね」
「そうだったな」
隠されたエミリーの死体が財宝の中にまぎれて、どこかにあるはずだ。
雪野たちは一番奥の部屋を後にして、他の部屋を見て回った。
「ここにもない……」
エミリーはぼそりと呟いた。
「やはり、あの一番奥の方にあるのかな?」
「そうかもな」
そう言って蓮と雪野たちは、先ほど寒気が走った奥の部屋へと目を向ける。
「では、行こうか、みんな」
「おう……」
「行きましょう」
「はい、蓮さん」
いよいよ、一番奥の部屋の前に立った雪野たち。
すると、後ろから彼女はないかを言いたげに口をパクパクと動かした。
「み、なさん……彼が……彼がいる……」
恐怖にすくんでいる彼女に雪野は小声で言った。
「分かった。ここにいるんだね」
エミリーは静かに頷いた。
この部屋は危険だと感覚で分かる。
雪野は注意を払った、短刀を握りしめて警戒した……
それはみんなも同じようで顔の表情が固まる。
蓮は緊張をめぐらせながら皆に伝えた。
「みんなよく聞いて、今からこの部屋に入るけど、それにあたってみんなとの連携は大切だよ。敵の【悪霊】に注意してね」
「おう」
「わかったわ、蓮くん」
「分かりました」
それぞれに小声で答えた。
そして……手を払う蓮の合図とともに皆、部屋へと入った。
雪野は人形と護身用の小さな妖刀をしっかり前に構えた。部屋を見渡すが誰もそこにはいない様で……だが突然ガサガサという音がどこからかした。
「ん、なんだ?」
「今、音がしましたね。雪野さん」
「ああ……」
音の方向を見てみると、地面に這いつくばる【悪霊】と化した老人がいた。
その姿は黒くくすみ褐色した肌が見え、とても目が当てられない状態だった。
「な、なにあれ……」
そんな、老人の【化け物】は雪野たちの姿を捉えると……
「ワタシノイエニ、カッテニハイッテ、クルナァアアアアアア!」
真っ先に雪野に向かって四つん這いで襲ってきた。
その長い爪はまるで獣の詰めのようで引っかかれでもしたら、ひとたまりもなさそうだ。
「わあ! 俺の所に来たぁあああああ!」
雪野はとっさに刀を振るう。
しかし、それはおしくも老人の白い髪をかすめただけだった。
老人は雪野の目の前で止まる。
あまりのおぞましさに老人を直視できない雪野はがむしゃらに小刀を振り回した。
「い、いやぁああああ! 来るな、来るな!」
「雪野、しっかり老人を見て! それじゃあ、切り付けられないよ」
雪野を見ていた蓮が言ってくる。
「分かっているよ!」
「蓮くん、そのまま雪野くんが小刀を向けている方向に放って!」
「うん。は!」
「グガァアアアアア!」
「やったか?」
雪野は老人の姿を見た。
蓮の攻撃をくらった老人は一端後ろに戻ろうと不規則な動きを見せる。
「まだだよ。雪野」
一瞬だけ隠れた後、老人はしばらくしてから再び姿をあわわした。
不意を突くように物凄く素早く壁を這いずり回り、天井から彼に向かって降ってきた。
「え、うわぁあああ!」
雪野は思わず目を背けが、その瞬間……
「雪野さん、大丈夫です!」
花月が雪野の前に立ってバリアを張り、一時的に老人の手で引っかく様な攻撃が彼にあたる前に食い止めた。
蓮と紀菜はその瞬間にも老人に向かって攻撃する。
「蓮くん。花月ちゃんのすぐ前!」
「ハ! ハ! ハ! それ!」
老人は動き回った。
花月や紀菜それから雪野は目で老人を追った。
そして見えない蓮へと、老人が彼を襲おうとした時、雪野が飛び出していた。
「させるかよ!」
雪野は思いっきり、小刀を振るった。
そして、それが老人の胸へと突き刺さり、老人はその場で呻く。
「ウガァアアアアアアアアアア! クルシイ……クルシ、イ……」
老人の【悪霊】が倒れ込む中、先ほどまで部屋の外にいたエミリーが部屋に入ってきた。
「あなた、やっと会えたわね……なんて醜いのかしら……なぜ、私を殺したの? 私たちは愛し合っていたじゃないの? なのに、なぜ?」
「オマエハ、ダレダ……ミニクイノハ、オマエノホウダロウ……」
「私はエミリーよ。あなたのせいで私はこんなにも醜くなった。全部あなたのせいよ」
「ソンナハズガナイ。ワタシノエミリーハ、アノナカデズット、キレイナママ、ネムッテイルンダ」
老人はエミリーには目もくれず、端っこの方へとよろよろと動き出す。
そして、ただの机と思われたその木製の箱から、それを開くかのようにふたを持ち上げた。
そしてその中にいたのは……
「アア、ワタシノエミリー、ヤッパリココ二イタ」
エミリー木製の箱の中にいた。
彼女は棺桶の中にいるかのように横になっていた。
「ワタシノモットモアイスルキミハ、チャントココ二イルデハナイカ」
「私はエミリーよ。あなた! こんな姿になったけど私はエミリーなの!」
彼女は必死に老人に向かって訴えかける。
殺されてもなお、恐れを感じながらもなお、彼女はまだ彼を愛しているのだろうか?
「オマエガエミリー、ソンナハズガナイ……オマエノヨウナ、ミスボラシイヤツガ、ワタシノアイスルエミリーノハズガナイ」
「お願いよ。信じて……」
「モシ、オマエガホントウニエミリーダトシテモ、キレイジャナイ、オマエハモウ、ワタシノアイスル、ウツクシイ、コレクションジャナイ。ワタシ二トッテ、コレガエミリーナンダ」
そう言って、エミリーの剥製に顔を近づき口づけする老人の姿を見て、雪野は言った。
「狂っている……お前は狂っている」
「ワタシノドコガ、クルッテイルトイウンダ。タシカニ、ワタシハウツクシイモノヲアイシタ。ウツクシイモノ、ウバッタ。カノジョヲ、チニソメタ。ソシテ、カザッタ。ダイジニシマッタ。ドンナ、カノジョモ、ウツクシカッタ、カノジョハ、ハナノヨウニキレイナジョセイダッタ……」
そんな狂っているとしか言いようがない彼の彼女に対しての想いが、雪野たちに伝わってきて眉を寄せた。
「エミリーさん、あなたの願いはあなたの体を見つける事でしたよね。それなら、この老人を滅してもいいですよね」
雪野の質問にエミリーは答えた。
「はい。私はこんな彼の姿はもう見たくはありません。どうか【悪霊】となった彼を祓ってください。お願いします」
「分かりました」
雪野は老人に向かって動き出し、言った。
「人形よ、その老人を滅せよ!」
その瞬間、人形に黒い気が吸い込まれるようにして老人の姿は跡形もなく消えていく。
「ウギャァアアアアアアアアア――」
そこに残ったのは雪野が老人に刺した小刀と、開け放たれたエミリーの死体だった。
「きれいだね。エミリーさん」
雪野たちはエミリーの死体の場所に集まりそんな感想を彼女に呟いた。
すると、エミリーは静かに微笑んでいた。
「あの彼もそう言いました。だから私はこの私を苦しめてきた顔や髪、私の性格も全て嫌いなんです。もうなくなってしまいたい……」
「エミリーさん」
「あなた方のおかげで私は見つかりました。これで私も成仏できるかもれません。皆さんありがとうございます。私の願いを叶えてくれてありがとう」
彼女の黒ずんだ体が光を帯び出した。
「はい……」
雪野は正直これがいい結果なのかと疑問を持った。
幽霊となったもの、増して殺され何らかの未練を持つ彼らは、復讐を果たしたところで、目的を果たしたところでただ最後には消えていく。
それだけのために意識を残し苦しみ続けてきたのだ。
「さようなら、エミリーさん」
彼らの終わりを見るとどうしても虚しさや悲しさが胸のうちであふれ返ってくる。
雪野は俯きながらふと古びた机の下に隠れている日記のような物を目にし、無意識にしれを手に取った。
「これは……」
「どうしたの? 雪野?」
「それって日記? あの男性の……?」
「〈エミリーとの日々〉と書かれているね……」
それはこの家に住んでいた男が書いていた物らしく、最後のページから最初に戻っていくように読み進めていくとある事実に気づいてしまい雪野は消えようとするエミリーに声を張り上げた。
「エミリーさん! まだ消えたらいけません!」
「え、どうかしたんですか?」
「こんな事あるんでしょうか。これはあんまりにも……悲しすぎます」
引きとめてしまったものの、日記の内容を見た雪野は彼女にその真実を伝えるべきか迷ってた。
「雪野さん?」
「どうしたの、雪野くん?」
「日記にはなんて書いてあったの、雪野」
「エミリーさん、このまま成仏するのと……この日記に書かれている彼の想いを知るのとでは、どちらがいいですか?」
「その日記には、何かあるの……?」
「はい。あなたが辛くなる彼があなたを想っていた証がここに刻まれています」
「それは一体、何? 気になる。彼を恨んでいても私は気になってしまう……でも……それは後悔してしまう事、何でしょ?」
「はい、真実を知ればあなたは必ず彼を恨んだ事を後悔してしまう。俺はそれが心配です」
「それでも……私は最後に知っておきたい。彼がどんな思いで私を殺めたのか。私はあの人ことを愛していたのだから」
深い青の瞳が雪野へと向けられ、その覚悟や信念を受け止め彼は言葉を漏らした
「彼は……ちゃんと、あなたと一緒に暮らしていくつもりだったんです。望んであなたを殺したわけではないんです。ただ、彼は呪われただけだった……」
「それって、どういう事……? 呪いって? 彼は私を残しておきたくて殺した、残忍な人! そうじゃなかったの……?」
「はい。ここに書かれている事が本当であれば、あるガラス人形によって人格をむしばまれていたらしいです。ここを読んでみてください」
雪野はもっといた日記をエミリーへと向け、指で示した。
「僕がまだこの日記をかけているうちは、まだ僕は僕なのだろう。僕は自分に取りつくガラス人形が恐ろしい。やがてエミリーを響いてくる声のままこの手で殺してしまわないか。狂ってしまわないか怖い。どうか僕に愛する彼女を殺させないでくれ」
分の一部を雪野は読み上げた。
その後、髪をくしゃくしゃにして頭を抱える彼女は困惑した様子でその姿を再び真っ黒に染めながらこう言葉を吐いた。
「いつから、一体いつからなの? 全部読んで。知りたい。わたしはしらなければ気が済まない。読んで! 日記を読んで!」
「エミリーさん、落ち着いてください。今、読んでいきますから」
「このままじゃ、悪霊に近づいてしまうわ」
「やばいね。エミリーさん、彼とのいい思い出を浮かべてください。この日記を読むのはあなたにとって酷です。だから覚悟してください。自分が決して悪霊にならないと。悪い気にのみこまれないと、自分を見失わないように。これで最後ですから。意地を見せてください」
「あ、ああぁ……分かった、わ……私だけは、知らなければ。私だからこそ、逃げてはダメ!」
「はい、その調子です。エミリーさん。では……雪野、最初から読んであげて」
「ああ、分かった……」
雪野はエミリーの苦しそうな表情に少し戸惑いながらも、日記の最初のページへと手を動かした。彼とエミリーの出会いの文を口にした。
「僕は今日、いつもの様に街に出向き、目にとまったガラス人形を買って帰ろうとした。きっとそのガラス人形のおかげなのだろうか? 自分が望んだからか私はさっそく心が満たされる事ができたのだ――」




