007 亡霊エミリーの願い
雪野は目覚めた。
そしてすぐそれが夢なのだと気付く。
周りの景色に色はない。しかし……目の前の彼女だけは色がついていた。
目の前には、天使とも思える金髪のきれいな女性が横になっている雪野の上にふわりと浮いている。
その長い髪はタンポポの花のように色んな所に広がり、空中でゆらりと揺れ動いていた。
雪野はその女性に見とれていた。
顔はなぜか影がかかっていて見えない。
しかし、その白い肌、ふっくらとしたピンクの唇、すっとした輪郭、妖艶な雰囲気からとても端麗な美女なのだろうと予想できてしまった。
「この人は、誰……」
だが、雪野がそう言ったその瞬間、彼女の鮮やかな色は失われる。
そして、彼女の肌は腐ったように褐色しだし、見るに堪えない姿へと変わっていく。
ついには周りの景色と一体化した。
「なっ……」
そんな彼女は声を漏らした。
「見ないで……気づいて、どうか私に気づいて……」
と、その時、彼女は泣きながら、雪野の首を絞めつけた。
「うぅ……」
苦しい。夢の中だと言うのに苦しい。
怖い、怖い、怖い、怖い――
「離して、くれ……」
ここは夢の中、蓮も誰も助け見来てくれない場所。
何とかしなければ、何とかしなければ……
落ち着けー、落ち着けー、自分。
雪野は彼女の顔をまじかで見た。
その女性の姿は左半分が、実態が消えたように黒ずんでいた。
もう半分はギョロと動く目があり、ただれた鼻や口がある事が分かった。
「お前は【悪霊】なのか……?」
彼女は首を振りながら、一瞬力を弱めた。
けれどまた、彼女の力は左手だけが強く雪野の首を絞めつける。
「うう、じゃあ、お前は何なんだ。もしかして……【悪霊】になりかけの【霊】?」
すると、彼女は雪野から手を離した。
どうやらあっていたようだ。
「あなたに、聞いてほしい……話があるの……」
この夢は彼女が生み出したもの、人形が生み出した者、それとも自分の能力が引き出したもの、そのどれかは分からない。
でも、ここで何か自分はしないと夢からでられないそんな気がした。
だから、雪野は彼女の話を聞く事にした。
それが今回の任務を解決するヒントにもなるかもしれないから。
彼女はもしかすると、今回の事件の元凶なのかもしれないのだから……
雪野は恐る恐るも彼女に聞いた。
「うん。それはなに?」
彼女は雪野の言葉に反応するとしばらく動きを止めた後、語り始めた。
「私の名前はエミリーというの。私は愛する者に殺された……」
「え……」
殺されたという言葉を聞いて雪野はぞっとする。
「まだ、私は屋敷の中にいる。ずっと、体は彼にとらわれている。誰も私を見つけてはくれない……」
つまり、あの屋敷は殺人事件が起こった場所で、その事実が今もまだ明らかになっていないという事だろうか?
「あなたはどうして殺されたんですか?」
雪野は彼女、エミリーに聞いた。
「分からない、分からないよ、彼の気持ちなんか。ただ愛しあうがゆえ殺された。死んでもなお剥製として愛された。そんなひどすぎる彼をずっと狂いそうな思いで見ていた」
剥製……?
彼女は……死んでもなおその身を土へと返されずにいる哀れな女性なんだと思った。
そして同時に彼女をこんな目に合わせた彼を異常な人間だと思った。
彼とはいったい誰の事だろう?
既にこの家には人は住んでいないはず、するとつい最近亡くなった老人というのが彼なのかもしれない。
「そうだったんだね。あなたは殺された【幽霊】だったんだね。だから【悪霊】になりかけているの? そしてここにきた人たちを襲っているの?」
「違う……私じゃない、元凶は彼、全ては彼の仕業。私はあなたがに気づいてほしかっただけ。だから扉を閉めたり、部屋を揺らしたり、あなたに触れたりした。人を殺せるのは彼だけ……私じゃない私じゃない私じゃない、私はそうなりたくない!」
彼女の話からするとシャンデリアが落ちてきたのは老朽化のためなのだろうか?
もしかすると自分を突き落とすつもりは彼女自身にはなかったのかもしれない。
【悪霊】になりかけている彼女には不可抗力が働いているのだろう。
雪野はそんな彼女の現状を理解しようとする。
「分かった、分かった、落ち着いて。つまり彼っていうのはあなたの愛する人……あなたを殺した人だね、たぶん」
「彼はもう死んでいる。私を殺した彼はもうすでに【悪霊】と成り果てた。彼は美しいものに心をとらわれた悪魔のような本性を持つ人間よ」
「それって、ここに住んでいた老人だよね。言いたくない話だと思うけど、あなたはいつ彼に殺されたの?」
「もう、六十年以上にもなるわ。彼は身寄りがないよそから来た外国人である私を拾ってくれた。彼は金持ちで私は何不自由なく暮らしていわ。彼は私に毎日のように言うの。美しい美しいと。それが彼の私に対する口癖だった。そして私たちはお互いに愛し合うようになっていった。でもそれが私の不幸の始まりだった」
彼女は続けて言った。
「彼は私の美しい姿をずっととどめておきたいと、言った。そして私に毒を飲ませて殺した。そして、剥製にして自分のコレクションにしたのよ。私はそんな彼が憎い、憎い、そんな気持ちが私を少しずつ狂わせる。どんどん私は醜くなる」
つまり、【悪霊】化が進むという事か。
「あなたは、どうしたら成仏できますか? 俺はあなたの力になれると思うけど、何したらいい?」
彼女はそれを求めて、自分に接触を図ったんだと雪野は思った。
だからもう一度彼女に聞く。
「あなたは何がしたいのですか?」
彼女はしばらく間をおいてから答えた。
「私は、彼をなんとかしてほしい。彼に今もとらわれ続けている私の肉体を開放してほしい。誰かに見つけてもらいたい。気づいてもらいたい。私はここにいるのだと……」
「分かった。あなたの願いを叶えるよ。俺たちが叶えてみせる。だから俺を現実に返してもらっていいかな?」
「いいわ。必ず、必ず私の願いを叶えて。お願いね……」
彼女のそんな声を捉えながら、意識は次第に現実と戻される。
すると自分を呼ぶ声が聞こえた。
「雪野、雪野……」
「雪野さん、起きてください」
「雪野くん、大丈夫? しっかりしなさい」
そして雪野はそっと、目を開いた。
そこには、蓮、花月、紀菜の姿があった。
「みんな……」
そして、彼らの頭上に浮いているエミリーの姿もあった。
現実なのにはっきりと見えるそのおぞましい姿に雪野は一瞬、まだ夢なのではと疑ったが、そんな考えは次に吹き飛ぶ。
「雪野さん、死んでいない……よかった!」
花月が思いっ切り抱きついてきて、体のあちこちがボキボキッという怖い音がなっている事に雪野はこのままじゃ骨が折れないかと心配になった。
だが、それにより痛みも伝わってきたのでこれは夢じゃない事がよーく分かったのだ。
「いたいたいたいた! 花月お前、階段から落ちて体が全身打撲中の俺の体に追い打ちをかけるんじゃありません! てか抱きつくな! 見られているぞ! 見られているから!」
「すみません! 嬉しすぎてつい……」
花月はさっと離れた。
そこで蓮が話しかける。
「でも、これだけ話せたら頭もそれほど異常はないみたいだね」
「あ、ああ……」
雪野はそっと起き上がる。
すると貧血の時みたいに、頭の奥がきゅうっと締め付ける感覚になって、ふらつきかける。
そして、目の前を流れる液体に嘘だろうと思った。
「蓮、どうやら頭には、異常はあったようだ。ほら……」
頭から流れでている血に皆気づく。
「あわわわ、雪野さん!」
「雪野くん、それ大変よ」
「すぐに止血しなきゃ」
「雪野さん、私の《治癒》の力を使います。私の膝の上に寝てください」
「えー」
「えーじゃないよ。早く!」
「雪野くん、早くしなさい!」
「雪野さん!」
そう言って慌てるように急かす蓮と紀菜は、雪野の頭を花月の膝に乗せようとしてくる。
「お、おう、分かったよ! 分かったからもう離せ! 痛い痛い……」
雪野はおとなしく花月の膝に横になろうと思ったが、それはやはりやめた。
「雪野さん……」
「起きたままでいい。お前の着物に血が付くだろう?」
「そうですね。ではこのまま治療します」
「ああ、そうしてくれ」
蓮と紀菜が手を離した後、花月は雪野の頭に手を乗せ、能力を発動する。
すると次第に、痛みも血も止まって言っている事が分かる。
「雪野さん、痛いところはないですか?」
まるで、かゆいところはないですかと美容院に行った時のような掛け声に、雪野は照れながらこう呟いた。
「別に、ない。大丈夫だ……」
「そうですか。よかったです」
そう言ってから花月は、
「もう終わりましたよ、雪野さん」
雪野にそう声をかけた。
「ああ、ありがとう」
雪野はさっと立ち上がり、蓮たちに聞いた。
「俺どれくらい気を失っていた?」
「大体、五分ほどだよ」
「やっぱり、それくらいか……」
雪野は次に、蓮たちにまだ気づかれていない天井にいるエミリーの【霊】を見上げる。
「雪野、なに上見て……」
「蓮くん、そのまま天井に向かって放って、【化け物】いるわ!」
「え、あ、確かに気配がするね」
そう言って、蓮はすぐ手を天井へとかざそうとする。
それに雪野は慌てて止めた。
「ちょっと待った、蓮! 彼女は……エミリーは、ただ俺らに頼みを聞いてほしいだけなんだ!」
その瞬間蓮は手を止める。
「え、雪野?」
「何言っているの? あなたあれの気持ちが分かるの?」
「やっぱり、頭どっかおかしいの?」
「失礼だな。頭は大丈夫だって、もう」
「そうなの?」
「そうだよ。実は夢で彼女と話をしたんだ。彼女の名前はエミリー」
雪野は詳しく蓮たちに説明した。
「彼女は【悪霊】になりかけの【霊】で俺たちを引き留めようとして俺をこんな目に合わせたりしたんだけど、これは悪気があったわけではなく彼女の不可抗力というか……」
「〈魂の浮遊〉だね、雪野。生前の思考が影響される場合にも使われるが、【悪霊】となり本人の意思が聞かなくなった場合にも使われる。彼女はまさにそんな感じなんでしょ?」
「そうそう、それが彼女にも起こりつつある。だから扉の件もシャンデリアの件も俺が階段からおきた件も悪気はないから許してやってほしい」
「うん。事情が分かれば、俺も何もしないよ」
「それで、そのエミリーいうあの女性はなにが目的なの?」
「どうしてこの屋敷にただよっているんですか? 雪野さん」
紀菜と花月が疑問を投げかけてくるので、雪野はそれに答える。
「彼女は六十年ほど前、最近までここに住んでいた老人に殺され、剥製として彼のコレクションにされたんだ。それ以来この屋敷に漂っている。そんな彼女の目的は、自分の遺体を誰かに見つけてほしい、ただそれだけなんだ」
雪野がそう言い終えた後、彼女はゆっくりと雪野たちの元へと落ちてくる。
「彼女がおりてきます……」
花月そう言った後、蓮はそっと手を下した。
「彼女は俺たちに助けを求めている。今回の任務は彼女をどうにかすれば解決する話ではない気がするんだ」
「それはどうゆう事、雪野?」
そして降りてきた彼女は言った。
「あなたたちはこの屋敷の奥に進もうとしている。それは危険だわ。彼は【悪霊】となり、ここに来る邪魔者たちを排除した。それが最初。私はもう彼のせいで人が傷つかないよう、この場所にもう人が来ないよう物を落としたり、部屋を揺らしたりして驚かせた」
「それがポルターガイストの原因なわけだね。それで老人の【霊】はどこにいるの、今?」
「分かりません。私は【悪霊】となった彼には近づけません。私の存在に気づかれたくありません。今も恐ろしいのです。自分を殺したあの人が……彼は毎回自分の部屋を変えていました。今はどの部屋にいるのでしょうか? あなた方に確かめてほしいのです」
「分かりました。あなたの願いを叶えるために、まずはその【悪霊】になった老人を排除します。それでいいですね?」
「はい、よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をするエミリ―がそこにいた。




