002 一人のエミリー
そこは日本という国にある親に捨てられた子供たちが集められた施設だった。
赤ん坊から十歳ほどの子供たちがおもちゃ屋本があるその孤児院の一室で、先生たちに見張られる中、たまに訪れる客人の姿を彼女は目にした。
「あら、まるで人形のように可愛らしい子がいるわね……」
「そうだな。でもあれは外国の子供じゃないか。だめだ。私たちには育てられないよ」
窓の枠から自分に向けられる視線に彼女は気づき、あまり、よく分からないその言語に聞き耳を立てていた。
「あら、そうかしら? あんな綺麗な子がいたら、私はそれだけであの子を愛せそうよ?」
「まあ、きれいだが、あの子はもうずいぶん成長しているではないか」
「それなら。なおさら私たちが引き取ればいいじゃない?」
「それはできないよ。そもそも私たちが引き取りたいのは、五歳前後の男の子のはずだろう」
「私は女の子がよかったわ。私は一番にあの子に目がいったの。あの金髪の長い髪とか一人でいるあの子の姿を見てなんだか引かれてしまったの。これは運命だなって思ったのよ」
年のいったある白髪の女の人は土色の帽子をかぶっている同じく年老いた男性へと近づき瞬間、手を握りしめていた。
笑みを浮かべる女性とは反対に、男性は困ったように頭をかいてから、やがて言葉を漏らしていた。
「分かったよ。そんなに言うなら……彼女の事をここの管理者に聞いてみようじゃないか。まず、それからだ……」
「本当に! ではさっそく行きましょう。あの子と話したいわ」
早口で喋る女性と一瞬だけ目があい手を振られ、彼女はよく分からないまま自分の手を小さく上げたのだ。その後、部屋の中にいた子供たちの世話をする女の先生に白髪のおばあさんは手招くように話しかけていた。
窓の外、廊下の方で少しの間、話し込んでいた三人がいた。
彼女の方に目を向けながら先生は、何か話していた。
「それでは、あの子を引き取りたいという話で進めていきますね。まずあの子の名前はエミリーと言います。あの子は五歳前の頃、外国人の両親を不慮の事故で亡くし一人身となりここに預けられてきました。
「それはまあ、かわいいそうね……」
「はい……今はもうこの施設には十年もいる子で、言葉もうまく話せない事が原因で彼女を諦めてしまう里親の方が多いんですよ。英語なら話せるようなんですが……」
「それなら私たちは問題ないわ。私たちは昔、アメリカに住んでいた事があるのよ? 今はこんな年で母国に戻って来たのだけど」
「そうだったんですね。それは好都合です。もしよければ前向きに彼女の事を考えてくれませんか。きっと彼女も喜ぶはずです」
「ええ、もちろんです。私は今日にでもあの子を引き取りたいと思っているのよ。ただ、後は主人ねぇ」
「おい……」
「ねえ、お願いよ……いいでしょう?」
「もう少し、時間をおいて考えてみたらどうだ……」
「だからあの子がいいのよ。私はあの子以外は愛せる気がしないわ。私が、好き嫌いが激しいの、知っているわよね? あなた」
「分かった、分かった……仕方ないな……」
顔引きつらせる男性が言葉を発した後、またしばらく女性と先生は話し込んでいた。
やがて彼らは、エミリーたちがいる捨てられた者たちの箱の中へと入り込んできた。
きっと、いつもの様に私の姿に目を付けてくれた大人……
きっと、彼らにとって都合のいい子を選んでしまう大人……
きっと、私を選ぶ事なく結局、他の子たちに目を向ける大人……
また見慣れた光景を繰り返すのだと、エミリーはこの状況に期待する事はなかった。
感動もなく向かてくる白髪おばさんと帽子のおじさんへと平坦な表情を向けた。
「エミリー、良かったわねー。この方たちがあなたを気に入ったようよ」
どうしたのだろう……よかった……?
いったい何が……
もしかして……
「今日から私たちがあなたを引き取ります。これからよろしくね」
手をかかげてくる女性の姿を捉え、彼女はどうしたらいいのだろうと考え込んだ。
「……」
本を読むにも字が読めず分からない。その辺のおもちゃで遊ぶにも周りの幼い子たちよりも育ち過ぎていた。そんなエミリーの手には今、何も持たれていない。
するとこれは……
「あっ……」
自分に向けられた握手なのだとそこでエミリーは理解し、自分がやっと誰かに拾われる事になったのだと悟った。
「ああ……あ、りがと、う……」
手をそっと握った彼女は自分の中に溢れてくる、今までの悲しさのような虚しさのような物を感じ、これからの不安や緊張感を持った。
そしてそれにまさる喜びがあふれかえた時、その彼女が唯一知っていた感謝の言葉を彼女へと伝えたのだ。
「私、を、見つけて、くれて……あり、がとう!」
「こちらこそ、ここにいてくれてありがとう。エミリー」
そっと抱きしめられたと同時にこぼれだす涙に驚いてエミリーは、ずっと張りつめていた緊張から解き放たれ、安心する事ができたのだ。
今日、この日から何かが変わっていく。私はこの孤独な世界から抜け出すのだ――




