012 互角の勝負
視線はどちらとも崩さない。
瞬き一つも許されない、緊迫状態。
その力はきっこうしている。
何十分ほどそうしていたことだろう。
自分の額に汗がへばり付く。
「いったい、いつまで続くんだ?」
裕次郎が両者を見ながらそう呟く。
美咲も近くで季流を見つめていた。
「季流……」
季流は、負ける気がしなかった。
力が同じぐらいならば、後は持久戦にもっていくだけである。
総一郎はさすが当主だけあって威厳ある。
そして多種の能力をお持ちのお方だけど、年でもあった。
ここは若い季流が有利だった。
「うう……」
そこで、総一郎が前かがみになりながら唸る。
しかし視線は季流に向けられたままだ。
まだ、勝負は互角に続けられている。
だが……
「どうしましたか? そろそろ限界ですか?」
「ぬかせ、若い門にはまだまだ負けんわい」
そう言いながらも彼の表情は苦々しく、この状況はもう長くは続かないと確信した。
「そうですか?」
季流はそこで笑みを浮かべた。
これは確実に勝てる、そう思った。
「何を笑っている、季流?」
「いえ、これは持久戦の勝負です。このままいけばあなたは持たないはずですよ。だからこれは、私の勝ちです」
「はは、そうだな。ならこれでどうだ!」
一瞬にして、総一郎の力がぐんと押し寄せた。
「うぐっ!」
まずい!
油断した……
「あ……」
体が動かない。
「どうした、季流。お前の力はこんなものだったか? 今は全く圧力が来てないぞ」
「そんなことは……」
「私は今、お前の言葉で持久戦はダメだと悟った、それで一気に勝負をつけようともう一段階、力を一気に拡大させた。これでお前の負けだ」
そんな力をまだ隠していたのか。
「うぅ……」
「ってことは、父上が勝ったのか?」
「そう、みたいだね」
裕次郎と稲実はそう言い出した。
このままでは本当に負けてしまう。
どうしたらいいい?
葉月との約束が果たされなくなってしまう。
どうしたらいい?
そんなこと……
そんなこと、あっていいはずがない!
それだけは、ダメなんだ!
「あぁあああああああ!」
季流はありったけの息を吐き叫んだ。
その瞬間、まるで自分を縛っていた頑丈な鎖がはじけるような感覚を持った。
「こ、これは……」
「だっれが、負けですか‼」
今は向こうからくる圧力は一切感じなかった。
総一郎の体は動きを止め、季流は自分が今彼の動きを封じたこと知った。
「やったぁ……」
「季流……お前、わしの《霊繰畏》を完全にくらっておきながら、それを跳ね返すことができるとはなかなかだのう。恐ろしい子だ」
その言葉に理解が追いついていなかった周りの人たりは、それぞれに怪訝な顔をした。
「え、父上が今、草路の息子に動きを封じられている? えっ!?」
分かりやすいほどの驚きを見せる裕次郎。
それに稲実は呟いた。
「この勝負、誰が勝ちなんだ? 先に季流を封じた総一郎さま? それとも最終的に自らの力で総一郎様の力をうちやぶり動きを封じた季流?」
そこで、そっと季流は力を解いた。
その途端、総一郎はよれよれとその場にしゃがみこんだ。
「おじいさん、大丈夫ですか?」
心配したように、先ほどから総一郎の後ろにいた時和はそう聞いた。
「ああ、大丈夫だ……」
この後どうなるかは分からなかった。
自分の強さへの信頼は得られたと思う。
ただ、ちょっとした敗北感と、少しの満足感が一緒にあわせ持っていた。
そんな気持ちのまま、季流は総一郎の言葉を待った。
みんなの決断を待った。
しかし……
「ねえ、どっちが勝ったのかな? 季流かい? それとも総一郎おじさん?」
草路は紫や周りに問いかけた。
「分からん! 緑姉さんはどう思いますか?」
紫は自分の姉である緑に話しかけた。
「そうだねぇ~。私は雪野ちゃんを生かしたいから、季流ちゃんが勝ってほしいなと思っているんだけど……それじゃダメかな? ね、あなた。あなたはどう思う?」
緑は時政に問いかけた。
「緑がそうしたいのであれば、それでいいんじゃないのか?」
「そう?」
「はい、はい、はい。私は父上が勝ったと思う。最初に季流の坊主の動きを止めたのはまさしく我が偉大な父、総一郎である」
「兄さんはそうやってまた、父上のことを持ち上げようとする。そんなに父上に気に入られたいの?」
「何を言っている。そんなことないぞ。私は最初から父上と同じ意見であったではないか。勝手なことを言うな、時政」
「そうですか……では、そういう事にしておきます」
「なんか、いちいち言葉に棘があるな。お前は私の事が嫌いなのか! え!」
「うるさいですよ。兄さん」
辺りは不穏な空気へと変わっていく。
皆が皆、決められないのだ。
それだけ両者は互角であるという事が伝わったことは季流としては言い兆候だ。
しかしこのまま決まらなければ、もしかすると当主の権限をもって総一郎の意見が優先されるかもしれなかった。
それだけは避けたい。
そこで季流は言った。
「父さん、それに紫さん、おじいちゃん、おばあちゃん。ちょっと、話があるんだけどいいですか?」
「なんだい季流? 言ってごらん?」
「父さんは、雪野くんが紅葉亭で暮らす事は反対ではないよね」
「うん」
「だけど、紫さんが反対している。私はどうすれば雪野くんを守る事ができるか考えてそういう処置をとる事にしたんですけれど、考えてみれば別に住む場所は紅葉亭じゃなくてもいいんです」
「いったい何を言いたいんだい、季流?」
「つまりです。雪野くんは今まで通り木崎家にいればいいんです。私が木崎家で雪野くんの保護者として一緒に住めば問題ありませんよね?」
「うん。お前の言いたい事は分かった。でも、もう木崎家は跡形もなく燃えてしまってないじゃないか。それじゃあ、季流が言う事は無理なんじゃ……」
そこで季流は得意な笑みを浮かべてこう言った。
「そこですが、私が木崎家を再築させたいと思います。もちろんそのためにはお金と時間が必要となって来るでしょう。そこでその日まで雪野くんを紅葉亭で預かるという形を取りたいのですが、それで納得してもらえないでしょうか。皆さん」
「本気かい、季流?」
「ええ、私は本気です」
「そうか。いろいろ大変だよ。お父さんはあまり力になってあげられないと思うよ。なにせ、夏川家から出られないからね……」
夏川家を無断で離れたこと、自分のような異国の者との子を作ったこと。
父は掟破りとして、夏川家の敷地内から出ることは許されなかった。
「大丈夫です、父さん。私はやると決めたらやってのける男です」
「そうだったね」
そこで父は紫の方を見た。
そして、祖父と祖母の顔を見た。
「紫……親父、お袋。季流のいう事に納得してくれないかな? ほんの何年かだけ預かるだけだから、ね」
「わしはかまわんが、ばあさんはどうだ?」
「私も紫さん同様、孫たちのことを考えると心配になるが、別に預かってもいいんじゃないかと思うよ」
「そうか、それはよかったよ。後は……」
草路は紫の方を見て言った。
「紫、君は最終的にどうする。雪野くんは紅葉亭で預かってもいいかい」
「それは……」
紫は決められない様子で言葉を濁す。
それに草路は、説得するように言った。
「たぶんだけど、雪野くんを他の分家や本家に預けるとなると、季流が言い出したことだし、反発もあるだろう。雪野くんをより幸せにできるのは、より安全に事が運ぶのはうちだけだと思うんだ。なにせうちは一番の幸せ家族だからね」
そんな草路の言葉を思案しながら聞いていた紫は次に言葉を漏らした。
「う~ん、いいか。うん、そこまでいうなら雪野と言う子供を預かります」
「紫~」
「紫さん、協力ありがとうございます」
季流はお礼を言った。
「ただし期限付きです。家が建ったしだいで雪野くんとお前には出て行ってもらうし、もし雪野くんに何かあればその時の状況でまた相談する。分かったか?」
「はい。分かりました」
季流は頷いた。
「そういうわけで紅葉亭で預かる準備はできたんですけど、勝負の方はどうしますか? 総一郎おじいさま」
先ほどから、口を閉ざしていた総一郎が季流に向けて言葉を喋る。
「お前の力は見事だった。その事は認めなくてはいけないな」
「おほめにいただきありがとうございます」
「それでだ。お前をあの木崎の子供の後見人として認める。そして彼の事をいっさい任せようと思う」
「本当ですか?」
思ってもいないで、季流はそれに驚いた。
「ああ。だがしかし、その代り全ての選択はお前に任せる。やがて、あの子供を殺さなくてはいけない日が来る事があっても、私は何もせず見守っていよう」
そんな言葉が総一郎から出てきて、季流は困惑する。
「それはどういう意味ですか?」
彼がそこまで雪野の死を望むのはなぜだろうかと思った。
何かそれなりの理由があるようにも思えるのだが、どんな理由にしても、自分の意見を通す覚悟だ。
そんな季流の気持ちを揺るがすように、総一郎はこう続けた。
「お前はやがて後悔するだろう。今、この時、私に彼を殺させなかったことを」
「だからそれは……」
季流の言葉をそれ以上は言わせないように、総一郎は手を前へとやって言った。
「私はなにも彼が憎くて、または恐怖して、木崎の子を殺そうとしたのではない。ちゃんとそこには理由がある。皆には話せぬ事情がな。それは当主だけが知ることを許される伝説に関する秘密だ。いずれお前にも時が来れば話してやろう。それまで木崎の子と家族ごっこでもしているんだな」
以前、夏川家と木崎家に伝わる伝説を聞かされたことがあったが、まだ、そこには秘密があるのかと季流は息をのむ。
たとえ何があるとも、自分は雪野くんを生かす。
それはもう決めてある。
だから季流は、総一郎に向けてこう言ってやった。
「……分かりました。後悔しないように家族ごっこではなく家族になって見せましょう」
「はは、では任せたぞ。途中で投げ出さぬようにな」
「分かっています。私がしっかり役目をやりとげるところをあなたは高見で見物でもしていてください」
「わっはっはっはっはー、これにて会議は終了だ」
総一郎は季流の皮肉を受け止め、豪快に笑った。
こうして夏川家の総会は終わった。
時刻は午前十二時を回っていた。
これで雪野を守れる、これで葉月との約束が守れる、季流はそのことに安堵し雪野が寝かされている紅葉亭へと戻った。




