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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第四章 闇からの手招き
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010 葉月との最後の日

午後十一時ごろ、夏川家本家、菊ノ亭の一室では夏川家の本家分家の者たちほぼ全員が集まっていた。

 季流は総一郎が来るのを待っていた。

 緊張感を少し持ちながら、待っていた。

 何を言われるか分からない。

 雪野をまたあの日のように、殺そうとするかもしれない。

 それは何ともしても止めないといけない。

 そうじゃないと、葉月の命が無駄になってしまう。

 それだけは嫌だった。

 だめだった。

 あの雪野という子供にそれほど思いれはない。

 それなのに自分をここまで動かせるのは、やっぱり葉月と交わした約束が原因だった。

 それは一方的な口約束。

 葉月は死ぬ直前に自分と会っていた。

 季流はその時の事を思い出す。

 それは、セミの鳴き声がしつこく轟く、夏の季節。

「季流、葉月ちゃんが遊びに来たよ~」

 そんな声が自分の部屋の外から響く。

 最初は父の冗談かと思った。

 葉月は、あまりこちらに遊びに来たことがなかったせいだった。

 もともと、彼女は自分と一緒に過ごしていた。

 ある時を境に、彼女の父親、蒼が再婚をするそうで紅葉亭から木崎家へと出て行ったのだ。

 その背景には、大人たちの……夏川家と木崎家のいろんな事情が絡んでいた。

「葉月……」

 久しぶりの再会に季流は胸のうちで喜んだ。

「季流、久しぶりだね」

 玄関口で季流は見た。

 綺麗な亜麻色の髪を二つに分けて三つ編みにしている女の子。

 いや、今はすっかり育っているので、女性と呼ぶべきだろう。

 彼女は白いワンピースを着こんでいて、それはそよ風にゆらゆらと揺らめいていた。

 そんな彼女は昔と同じく笑顔が輝かしい。

 そして昔以上に美しくなっていて、季流は見とれてしまった。

「季流? どうしたの?」

「あ、いえ……久しぶりです、葉月。あまりにも葉月が美しいので見とれていたんですよ」

「あはは、季流は変わっていないみたいだね。思ったことを何でも口にしてしまう」

「はは、葉月にだけですよ。それに私もだいぶ変わりましたよ」

「え、どこが?」

「う~ん、どこがでしょうね。とにかくだいぶ大人になりましたよ」

「うふふ、そうだね。型ぐるしい言葉使うようになったし、それとメガネをかけたんだね」

 そう言って、葉月は季流のメガネを外す。

「はい、いろいろあって……」

 黙り込む季流に葉月は続けて、

「私はメガネをかけていない季流が好きだよ」

 そう言ってメガネを掴みあげた。

「え……」

 そして一見した後、メガネを戻す。

「そして、メガネをかけた季流も好き」

 彼女はこちらを見て薄く笑いかけていた。

「葉月……?」

 季流は葉月のその態度に違和感を覚えた。

 それは、ちょっとしたもの。

 後で思えば、それは彼女が伝えたかった気持ちだったのだろうか?

 と、その時、

「あらあら、若いね。僕はお邪魔虫かな?」

 季流の父親、草路が家の中からこちらの様子を伺っていた。

 そして、言葉を漏らすと奥の方へと引っ込んでいった。

 一瞬、お互いに言葉が出ず妙な沈黙が続く。

 それを静かに崩すように、葉月は言った。

「ちょっと、外に出ようか。今日は季流に会いたいなと思ってきたんだ。お話ししよう」

「はい」

 こうして家から離れ、森の中の木陰に二人で身を寄せた。

「なつかしいね。昔はよく私と季流、美咲と三人で遊んだりしたよね。森の中で鬼ごっこをしたり、隠れん坊をしたり、時には親たちに黙って敷地の境界線をこえたりしたことがあって怒られたりしたよね」

「そうですね。そんなこともありましたね……」

 昔、そんなことがあった。

 自分と葉月、そしてもう一人美咲という女の子を交えて一緒に遊んだ。

 なつかしい……

 季流が思い出に浸っていると、葉月が突然こんなことを言ってくる。

「あのね、季流。季流は誰と結婚するの?」

「なんですか? いきなり……」

「ほら、この年になると婚約の話とか出てくるでしょ。それで聞いたの……あなたの気持ちにはまだ私がいるのかな?」

「葉月……」

 葉月は自分を真剣に見つめていた。

「季流……」

 昔から自分は葉月を愛していた。

 初めてあった頃、夏川家に決して生まれてはいけなかった存在として、周りから煙たがられていた自分に葉月が励ましの言葉をかけてくれた時からその恋は始まっていた。

 その気持ちは葉月も知っている。

 そして自分だけが、彼女の気持ちが分からない。

 今、目の前にいる彼女の気持ちも分からない。

 季流は確かめたくなった。

 自分の気持ちと葉月の気持ちが一緒なのかを確かめたくなった。

 だから、そっと口を葉月の元へと運ぶ。

 葉月はそれに驚きはしなかった。

 だが、寸前のところで、

「私とはだめだよ、季流」

 自分の口元に葉月の手がそっと押し付けられた。

 そう言って首を振った葉月は自分を拒んだ。

 その事実に季流はただ唖然としていた。

「季流には、きっと素敵な人が見つかるよ」

「どうしてですか。葉月は私の事が……いえ、そうですね。私を拒んだという事は、言わなくても分かります。好きではないんですよね……」

 私には葉月しかいない。

 葉月に拒まれたら、どうしたらいいんだ。

 何とかできないのか? 

 間違いじゃないのか?

 そう思う自分がいる。

 でも、それは口にださない。

 そんな言葉を吐いたら、彼女を困らせてしまうからしない。

「季流、笑って」

 葉月はその途端、季流を抱きしめた。

 強く、強く抱きしめた。

 そこにはどんな思いが込められていたのだろう。

 今となっては分からない。

「葉月……なぜですか? 私はあなたの気持ちが分かりません」

「私は季流の気持ちが分かるよ。季流は昔から私の事が大好きで、仕方がなかったよね。それは今も変わらない。いつまでも私を思ってくれる。そんな季流が私も好きだよ」

「なら、なぜですか? 私ではだめなんですか?」

 葉月は首を振って言った。

「季流に私は似合わない。きっと季流にはいい女の人が見つかるよ。美咲なんてどう?」

「それはいやです!」

「きっぱり言うね」

「美咲はともかく他の女の人を好きになることはできません。あなただけです。葉月、私はあなただけを愛しているんです。あなたしか愛せないんです」

「季流……」

 葉月はそこで季流を拒むように後ろを向いた。

「季流、ごめんね」

 え……

 季流はその瞬間胸が苦しくなった。

 どうしても葉月は自分を受け入れることはできないようだ。

 この自分のこの気持ちはどこへやったらいいのだろうか?

 この大切な気持ちは捨てられない。

 絶対に捨てられない!

「もし私があるとき突然消えたとして、あなたはどうしますか?」

 唐突にそう問いかけられる。

「どういう意味ですか、それは?」

「季流、答えて!」

 強く問われ、季流はしぶしぶそれに答えた。

「私は……そんな決まっていますよ。あなたを想い続けます。例え年老いてもあなたの事を忘れたりしません!」

 そう言い切れる自信があった。

 自分には葉月しかいないのだから。

 葉月を愛している自分がここにいるのだから。

「そう。あなたは……本気なのね」

 葉月は背中を向けたまま、下を向いていた。

 そして、そのまま泣いているのか声が震えていた。

「季流、かわいそうに。あなたはこれから苦しむことになるわ。そんなこと私は嫌だけど、でも仕方がない事なの……」

「いったい何の話です。葉月……こっちを見てはなしてください」

 季流は葉月をこちらへと向き直させた。

 すると、彼女の目からはやはり涙が流れ落ちていた。

 そして、こんなことを言い出す。

「私が今住んでいる木崎家にね、体の弱い男の子がいるんだ。その子は四年間、自分の弟だった。雪ちゃんは今はもう意識がないの。いつ亡くなるか分からない」

「それで、なぜ葉月が消えると言う話になっているんですか?」

「季流、聞いて。私もうすぐ死ぬんだ。その時に残された雪ちゃんのこと頼めないかな? 力になってあげてほしいの」

 なぜいきなり、他人とも呼べる子供の世話を頼まれるのかと、戸惑いを隠せない季流がそこにいた。

 それよりも、葉月の死という言葉が頭の中にいっぱいあふれ、不安をあおっていた。

「意味が分かりません……葉月が死ぬなんて、嘘だ! そんなの嫌です。死なないでくださいよ!」

「落ち着いて、季流。それでも私は死ぬの。私は雪野ちゃんを生かしたい。そのためにできることならなんでもするわ」

 そんな言葉を聞いて思った。

 まさか……

「まさか、身代わりにでもなるつもりですか? その方法があるんですか?」

 そう聞くと葉月は一瞬、間を置いてから答えた。

「あるわ」

 季流はその時、怖いと思った。

 葉月が本気であることが分かるから、本当に彼女がこのままではいなくなってしまうと思ったから。

 何としてもその結末を阻止しなければと思った。

「葉月、ダメだ! ……ううっ!」

 だけど、その時突然と立ちくらみが起こり、みるみる意識が遠のいていく。

 視界には何かをこちらへと掲げてくる葉月の姿が映っていた。

「季流、季流にはこの人形は見えないと思う。でもいうね。この人形によって今、季流の意識を閉ざそうと私はしている。目覚めた時には私はもういない」

「葉月……」

 季流はぼやける意識の中、葉月に向けて必死に手を伸ばした。

「今日はね。季流にお別れをしに来たんだよ。もうさよならだね。本当にごめんね。私はいなくなるけど、季流は元気いてね」

「葉、月……」

「季流、大好きだったよ」

 自分の腕は彼女には届かなかった。

 届かなかった。

 届かなかった。

 届かなかった……

 彼女は最後、泣きながら微笑んでいた。

 それはまるで、自分に心配しないでというように伝えているようだった。

 目覚めた時にはもう夕方で、季流は立ち尽くしていた。

 心に深い穴が開いた気分だった。

 それは喪失感。

「葉月……葉月……葉月!」

 季流はうずくまり、おえつをもらした。

 あの日から季流は葉月の事が忘れられない。

 あの日、言ったように自分は葉月の事が忘れられない。

 忘れる事ができない。

 あの約束は絶対に守られなければいけない。

 そうでなかったら、葉月は何のために亡くなったんだ。

 季流は思い続ける。

 雪野は絶対に生かせる。

 そう思い続ける。

 それが葉月を止められなかった自分の責務なのだと、季流は思った。 

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