007 殺せるものなら……
雪野はただがむしゃらに回った。
そして、そのうちに自分の腕の腫れが広がっている事に気づいた。
また脱力感が押し寄せ、足を止めた。
「なんだ、これ……動けない」
そして、そんな時だった。
ゆらゆらと手が揺れる。
白い手がゆらゆらと揺れる。
手はまるでこちらに来いと言っているかのように手招きをする。
彼はなぜかその手に誘導されるがまま足を動かして、付いていく。
命の危機を感じながらも、雪野は叫ぶ事も出来なかった。
そして、どうせ死ねない事を悔やんだ。
恨んだ。呪った――
雪野はそっと、意識を途中で消してしまっていた。
そして再び夢を見る。
それは暗い世界で雪野の目の前には見知った人たちが立っていた。
蓮がいて、紀菜がいて、花月がいて、季流がいて……
それになぜか、死んだはずの姉や母、父、祖父、祖母の姿が見える。
そして言うのだ。
「雪ちゃんのせいよ。すべて雪ちゃんが悪いのよ」
「雪野、死んで。お願い」
「死んでくれ、雪野……」
「お願いだ……」
「お願いよ……」
そして、季流が言う。
「あなたの面倒を見るのは、もう疲れました。どうか葉月を返してください。もしそれができないのであれば今ここで死んでください。死んで償ってください」
そして、花月が言った。
「雪野さん、あなたといるのはもういやなんです。うんざりなんです。あなたは人を殺しすぎました。そんなあなたの事が本当は嫌いです」
そして、紀菜が言う。
「あなたの事は昔から嫌いだったわ。そして季流さんからの話を聞いてもっと嫌いになったわ」
そして蓮が言ってくる。
「そうだよ、雪野。俺は雪野友達になりたいって昔言ったけど、それ後悔しているんだよね」
雪野はそれを聞いて言葉もなかった。
『雪野、どうか死んで』
そんな言葉が彼らから飛びかい、雪野に向かって来ようとする。
その手には刃物が握られていた。
「そうか、俺は……」
殺されるのか。大切な者たちに……
蓮に紀菜に、それから花月、季流に……
「いいよ。殺されても……殺せるものなら殺してみろよ。殺してくれよ!」
雪野は彼らに向かってそう叫んだ。
彼は〈あの日〉からずっと、死にたがりだ――
刹那、声がする。
「もう死なせません!」
それはどこかで聞いた事がある声で雪野はその人物の名前を呟いた。
「花月……」
その時、雪野の意識は現実へと戻される。
暗闇から一瞬にして、光が差あいこんだ景色の中、最初に視界に移したのが花月だった。
「花月!? どうして」
「雪野さん、雪野さんは私が守りますからね」
彼女は真剣な表情をして一点を見ていた。
「え……?」
雪野は周りを見渡す。
そこは奥の階段の方のちょっとした物置スペースのようで、そこの壁には右手がない不気味な白い女性の一枚の絵が飾られていた。
その絵の中には他にも針がかけている時計、足がない机、黒い鍵盤だけがないピアノなどいろんな物が必ず一つ欠けていた。
その絵の題名は下の方に書かれており、〈失われたものたち〉と書かれていた。
そして二人の目の前には、白い手が揺らめいていて、花月がバリアを張って雪野を守っている様であった。
その白い腕は無理にこちらに襲って来ようとはせず、こちらがバリアを解く瞬間を狙っている様に見えた。
力を使い疲労を見え隠れさせる花月を見て雪野は心配になる。
「花月、お前いつから俺を庇っていたんだ?」
「少し、ほんの少しの間ですよ。雪野さんが倒れて、その白い腕が雪野さんに触れていたので追い払いました」
「そうなのか……」
「それと、治癒の力を使いました。雪野さんの腕に……でも、消えなくて……雪野さん、どうか死なないでください。生きてください」
花月は涙を浮かべながらにそう言う。
自分は死んでも死ぬ事はないのにそう言う。
こんな風にまた巻き込んでしまう……
「花月、大丈夫だ。お前の力で俺を庇い続けるのも限界があるだろう。もうバリアを解いていい」
雪野は、花月から離れようと半身を上げようとした。
花月のバリアの領域はとても狭い、もともと【月花】の力であるこの力を花月は使い慣れていないのだ。
そのため彼女は、起こした雪野の半身をしっかり自分の胸に引き寄せる。
「そんな事ないです! 確かに私はまだこの力に不慣れですが、雪野さんを守る事ぐらいはできます! 大丈夫です、雪野さん!」
花月はぎゅっと彼の事を抱きしめる。
それに彼は花月の胸に身を無理やりうずめられたまま顔を赤らめてこう言葉を吐く。
「何が大丈夫だ! こんなところ誰かに見られたらどうするんだよ!」
「今はそんな事よりも、雪野さんの命が大事です! どうか恥ずかしがらないでください」
雪野が花月をみると、彼女はひどく真剣な顔をしていた。
「お前……」
それで、本気で自分を守ろうとしていることは分かる。
「なら、こうしよう、花月。俺が今からその白い腕を……あれ…」
雪野は、腰ひもの部分を探る。しかし……
ない、ないないないないない! 人形がない!
ないじゃないかーこんちくしょ!
どこまでも無力な自分を恨んだ雪野だった。
ガクッと花月の胸のうちで脱力する雪野。
「どうやら、人形は寝ている間に、ずり落ちてしまったようですね」
「そうか……俺、本当に役立たずだな……こんな俺なんか守らなくてもいいのに……」
その瞬間、花月の腕の締め付けが増す。
「うおおおおおおい! ちょっと花月! お前! 苦しい! 苦しいから!」
「私が雪野さんを助けるのは雪野さんとずっと一緒にいたいからです。役立たずとか、そんな事どうでもいいんです。みんなだってそう思っているはずです。どうか私を信じてください。雪野さんを大切に思っているみんなを信じてあげてください、雪野さん」
信じる……?
「……」
それはひどく簡単のようで難しい。だって、人は相手の心のうちなんて読めないのだから。
だからと言って知りたくもない。
知ってしまったら余計、悲しくなる気がして……虚しくなる気がして……
答えない雪野に花月が言う。
「雪野さんにとってはそれは難しい事かもしれない。でも、みんな確かに雪野さんを思っているんです。友達とか、大切な人なんだって認めているんです。雪野さんはみんなの事が嫌いですか? そうじゃないでしょ。大切なのは自分がどうしたいかです。雪野さんはみんなの事が好きなはずです。私には分かります!」
雪野は自分から流れる水滴を隠すように下を向く。
そして唇を震わせ雪野は訴えた。
「何が分かりますだよ! 分からないから俺は怖いんだ!」
「雪野さん……」
「いや、違う。本当は分かっているんだ。みんな俺の事、考えてくれている事は、本当は分かっているんだ。でも怖いんだよ。嫌われるんじゃないかって、また人を傷つけるんじゃないかって、また俺に関わったせいで俺の大切な人が死ぬんじゃないかって……いろんな事が怖くてもう嫌なんだよ! こんなの! わけ分からない、よ……もう……」
と、その時だった。
「なら信じて、雪野。俺たちはいなくならないし。ずっと友達だ! 決して雪野を悲しませる事はしないよ」
「あなたは私たちの仲間よ。例え人形に呪われていようと、雪野くんがとんでもなくヘタレでバカだとしても」
「だそうですよ。雪野くん。いつまでも花月の胸で泣いていないで、顔を上げたらどうですか?」
雪野は聞きなれた、その声に顔を上げた。
すると、白い腕の後ろには季流、蓮、紀菜が立っていた。




