006 自分に関わる者はみんな……
「雪野くんは春夢以外の全員を殺してしまった。惨劇はひどく古い家からはたちまちロウソクの火が周りに燃え移りました。それが雪野くんの過去であり、木崎家の〈赤ノ夜ノ悲劇〉と呼ばれた出来事です。あの日から雪野くんの日常は心はさらに普通とはかけ離れていった。苦痛の日々が重なっていくのです。悪夢は彼が生きている限り消えはしませんから……」
辺りは静まり返る。
ただ聞こえてくるのは雪野の悲痛な叫びで、蓮と紀菜は彼の様子を伺った。
「嫌だぁああ! 殺したくない、殺したくないよ……殺したくなかったんだぁああああ!」
雪野は花月の腕の中でそう呻いていた。
「雪野……」
「雪野くん……」
「これで〈あの日〉の事は話しました。後の事は雪野くんから聞いてください」
「はい……」
「分かったわ……」
話しを済ませた季流は花月へと視線を送った。
その時、ちょうど彼女は、雪野のある変化に彼の名前を呟いていた。
「雪野さん?」
「どうかしましたか?」
「お兄さま、雪野さんが……雪野さんしっかりしてください。雪野さん!」
今、雪野の目は薄く開かれていた。
だが、心ここにあらずの中、こう言葉を零していた。
「ご……な、さい……」
「雪野?」
「雪野くん?」
首を傾げる蓮と紀菜の後、雪野はこう言葉を繰り返した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん、なさい――」
誰に向かって言っているものだろうか?
それは続けられた。
「うわぁあああああ!」
彼の目からは涙があふれ出ていた。
「ああ……うぅ」
そんな雪野に花月は言葉をかけた。彼を癒せるような優しい言葉をかけた。
「雪野さん。大丈夫です。私がここにいますよ。大丈夫。大丈夫」
花月はしっかりと彼を抱きかかえる。
雪野は震えながら、次に言葉を発した。
「ぼ、ぼくは……ごめん、ごめんな、さい。ごめんなさい――許して……誰か助けて……」
「雪野さん、よしよし……泣かないで、雪野さん。ここはあの場所じゃないんですよー」
「うぅ……」
「早く現実に戻ってきてください……」
花月はそう呟いた。
こんな状況を彼は望んでいないはずだ……そして我々も、誰も望まない。
あなたが踏み込めないのであれば、そのままでいいです。
私は嫌われても別にいいです。
ただ、あなたはその結果に気づいてください。周りの想いに気づいてください。
だから早く目覚めなさい!
その時、季流は雪野のそばによった。
「それなら、手っ取り早くこうすればいいんですよ、花月」
そしてそのままいつもの様に手を振り上げだした。
瞬間、蓮と紀菜は茫然と眺めているが、寸前のところで季流がしようとしている事が分かって止めに入る。
「待って季流さん」
「それは、さすがに……」
だがその前に……紀菜の声が途切れた瞬間、パシーンというキレのいい音が部屋に響く。雪野は花月から離れ布団に叩きつけられた。
「もう、お兄さま。雪野さんに暴力はダメです!」
雪野をぶった後花月にそう怒鳴られる。
その事については少々、不愉快になるがそれによって彼は今、目覚めてくれそうだった。
「うう……」
そんなうめき声が鳴る。そして……
雪野は、何も考えていなかった。ただ何かにもう任せるように、あの日の様に思考を停止させていた。これが夢の中だという事も忘れかけていた。それでも僅かに聞こえる声や体の圧迫感、息苦しさが自分が自分だと認識できる感覚で……だが、それもどうでもいいとも思っていた。しかし、そんな時に、いつものあの衝撃が訪れたのだ――
「いったあああああ! 痛い! 何するんですか? お兄さん! 若干いつもよりも強い気が……」
雪野は訳が分からず目を開くとすぐ季流を見てにらんだ。すると季流は淡々として。
「あなたがみっともない姿を皆に見せているので、起こして差し上げただけですよ」
「え……」
雪野は辺りを見渡し、自分がさっきまでまた悪夢を見ていた事に気づく。
今まで自分は……なにを見ていたのだろう。あまり思い出せずふと頬を伝う、今も目からあふれだしてくる水滴を感じる。
「蓮……紀菜ちゃん……」
戸惑いを見せる雪野に、季流はそのまま単調な様子でこう告げた。
「大丈夫ですよ。雪野くん。あなたの事はあらかた説明しましたから」
えっ……
「それって……どういう事ですか、お兄さん? 嘘ですよね……そんな今してないですよね。いくらお兄さんでも、そんな……こと……」
そっと雪野は蓮と紀菜の表情を覗くように確かめた。その真実を。
「雪野、季流さんから〈あの日〉の事は聞いたよ」
「人形が悪夢を見せているのね」
「雪野、君がすごくうなされていて、心配したよ」
二人からそんな言葉をかけられ雪野は固まっていた。
瞬きせず、ただ一瞬、不快感の中で何も考えられなかった。
頭が回らなかった。
自分の中にある感情は、戸惑い、迷い、困惑、不安、恐怖、そして怒り……
季流への怒りだった。
「雪野くん、あなたには悪いと思っています。しかし、あなたは放っておけばいつまでもそのことについて言わなかったでしょう。だから私は……」
「黙れ! 黙れよ!」
「雪野くん……」
「そんなのいつ頼んだんだよ。お兄さん。自分の事は自分で話すよ。もう子供じゃないんだし。それくらいできるよ。なのに、なんでそんな大事なこと言っちゃうわけ。ほんとお兄さんって人の気持ち分からないよねぇ……」
雪野は完全に季流に怒りをあらわにしていた。
「雪野、落ち着て! 季流さんに話してとお願したのは、俺たちなんだ」
「そうよ。季流さんばかりを責めないで、雪野くん」
そんな彼らの言葉は雪野の思考をさらにぐちゃぐちゃにした。
もう……なんで、なんで、こんな……こんな気分にならなければいけないんだ!
雪野は二人を見ず、下を向いて口を開いた。
「もう、なんだよ! 二人とも俺が言わないと思っていたの? だから季流お兄さんに聞いたの?」
「そんな事ないよ。でも早く聞きたくて、雪野の力になりたくて……」
なんでこんな言葉を吐かなくてはいけないの……
「そんなこと言って、ただの興味本位だろ!」
黙り込む二人を見やって雪野は投げやりに言葉を吐きだした。
言いたくもないこんな言葉を吐きだした。
「ああ、そうさ。俺はお兄さんの言う通り放っておいたらいつまで言わなかっただろうな。それは認めるよ。言うつもりはなかった。だって、あんなこと人に言えるかよ。自分が人を殺したって、ふつう言えないだろう……」
頭を抱える雪野に蓮がそっと言葉をかけてくる。
「雪野、俺たちはそんなこと気にしないから」
「私も気にしないわ」
「だって、俺たちは友達だろう?」
「そうよ。友達でしょう?」
友達という言葉に雪野の心は揺らいだ。同時に、怖いと思ったのだ。
二人がそう言ってくれる事も、優しい言葉をかけてくれるのは分かっている。
でもそう思い込んでいる時に、裏切られないか。
その時の自分はその現実に耐えられるのかと思うのだ。
でも、その心の底から感じる恐怖はそんな気持ち寄ってだけじゃない!
それだけではないんだ!
――お前と関わる者はみんな死ぬ。
あの言葉を思い出して雪野は震える。怖い……
だから雪野はもうこう言うしかできなかった。一刻も早く二人と離れなければと思った。
あの悲劇がまた訪れないように……
いや、自分が苦しまないように。壊されないように……
「友達? ち……違う!」
「雪野……」
「雪野くん……」
「心の中ではこう思っているはずだ。俺といるのが嫌になっただろう。怖くなっただろう。どうせ俺はこの世にいなければいいそんな存在なんだ。みんなだってそう思ってるんだ!」
なんで、こんな事しか言えないんだ……いや、いいんだ、いいんだ、いいんだよ!
これで! なんでもいい! もう!
どうか、どうか、俺を一人にしてくれ! お願いだから!
「いい加減にしなさい!」
パシーンと音が鳴る。
季流は再び雪野に手をあげた。
その時、雪野の左頬は赤く腫れあがっていた。
「雪野くんを信じて、雪野くんを思っている友達にあなたは何をバカな事を言っているんですか? 彼らがそんなこと思うはずがないでしょ!」
何も分かっていない……なんで、なんで、こんな……
分からない、分からない、分からない! 何も分からない、あれ? 分からない……
「分からないですよ……だって俺は、人の心なんて読めませんから! お兄さんのバーカ! バーカ!」
このままではいけないと雪野は思った。あのままこんな状態で彼らと会うともっと自分がくるってしまいそうで、雪野はその場から……走り出した。
逃げなきゃ、逃げなきゃ……
「あ、待ちなさい! 雪野くん!」
そんな声が聞こえるけど、後で怒られると思うけど……今は一人にならないと……
雪野が部屋出て行った時、季流たちは雪野を追おうとしたがそれを拒むかのように足元にある黒い袋が落ちていた。
雪野は人形を置き去りしてその場から去った様で、季流は煮え切らない気持ちで言葉を吐いた。
「あの、バカ! 人形を忘れていきましたよ……」
「季流さん、雪野にバカって言われて怒っていますか?」
「いえ、雪野くんがああいってしまうのは仕方がない事だって理解できるんですが、自分がもう少し間にはいって、雪野くんの口から事を言わせることが出来たのではないかと後悔しています」
やはり、話すべきではなかったのでしょうか……
しかし……あの言葉は……
「でも、それとは別にあなた方の事を思うと腹が立って仕方がありません」
あの言葉は決して本心ではないでしょう! 雪野くん……
なぜ、自分の望みに答えようとしないんですか?
なぜ、周りの言葉を受け止める事ができないんですか?
きっと、それだけ……なんですね……それは見ていれば分かっているんですよ。
「雪野は恐れているんですよ。また、誰かを失ってしまう事を。それもまた自分のせいで殺してしまうんじゃないかって。だからこそ雪野の心に踏み込んでいくことはためらってはいけないと思うんだ。雪野を安心させるためにも紀菜ちゃん、俺たちはずっと仲間だよ」
「うん。そうね。仲間よ」
「それだけ、心配されているのに、当の本人はそんな事、分かっていない様子です。なんともはなはだしい。そんな雪野くんですが二人とも彼の事をよろしくお願いしますね」
きっと、分かっている。だが分かっているが、彼にはそれを受け止めるだけの自信がない。
根拠がないのだろう。
「はい、任せてください」
「彼が嫌だっていっても、また昔のように無理やり仲間にするつもりよ」
未来はどうなっているか分からない。呪いがある限りずっと彼は……
一人でいる事を望むんですか……?
「あはは、そうしてやってください」
しかし、私は彼を救えるのも花月や二人のような身近な存在だとも、期待しているんですよ。だから……勝手ですが彼らにあなたの事は任せますよ、雪野くん。
「さて、彼を追うとしましょうか。ね、花月?」
季流は後ろを振り返るが、その部屋に花月の姿は見受けられない。
「あれ……いませんね?」
「花月ちゃんなら俺たちと一緒に出ようとして、そのまま雪野を追って行ってしまいましたよ」
「それは、はぐれるとめんどうですね……」
「どっちにしろ、手分けして探しましょう。私は一階から四階を」
「なら、俺は五階から八階を探すよ」
「では、私は残りの階を見て回ります」
季流たちはこうしてこの後、雪野を探すべく旅館中を探し回った。




