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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第四章 闇からの手招き
58/141

005 〈あの日〉の悲劇

「雪野! 雪野!」

 蓮が叫んでいる……

 トラックにはねられた雪野が最後に聞いた音は……

彼が必死に自分の名前を叫ぶ声だった……

 意識を失った後、雪野は救急車に運ばれていき、病院についた時には既に雪野は心肺停止よって亡くなり、すぐに木崎家へとその遺体は運ばれた。

本来なら、的確な治療を受けた後、木崎家へとその体は返されていたはずだろう。

 しかし遺族の者はその急な事態を危険だと判断した。

 雪野がかつて人形の力によって生き返り、親戚の者たちを襲った事を知っていたからだ。

 雪野の遺体は八時頃に木崎家につきその事態は、夏川家へと伝えられた。

「雪野がトラックに引かれて亡くなった」

祖父はある本家の総一郎へと雪野の死を伝え、電話の奥で彼はこう返していた。

「……そうか。では、またあの時のように人形は彼を生かすやもしれんな」

「ああ」

「また、あの人形が我々を襲うという惨事にもなるかもしれん。くれぐれも用心するんじゃ」

「今、雪野は救急車に運ばれて病院にいたんですが、すぐ家に連れてまいりました」

「うむ。それがよかろう。外で問題を生む事が一番厄介だ」

「はい」

「我々が木崎家へ出向こう。彼にはそれまで気を付けておれ」

「ああ、分かっている。それではな」

 電話を切った祖父は周りの光景を見渡していた。

「雪野……雪野が死んだの? やっと雪野が……」

 雪野の母親、鈴奈は彼の遺体のそばで涙を流していた。

 歪んだ笑いを浮かべていて、それはやっと死んだはずの我が子の亡霊から解放されたかのような安らぎの笑みなのだろう。

 雪野を囲むようにして、雪野の父、蒼と祖父が座っていた。

「これが最後か……」

 蒼はそう呟いた。

 そして、鈴奈に語り掛ける。

「鈴奈、お前は雪野を愛していたんだろう。こんな事がなければお前は気を病まずに済んだかもしれない。そして、雪野とも笑い合っていた事だろう。これは雪野が悪いわけではない。だから最後くらいは話しかけてやれ。雪野はもう完全に死んだんだ。もう避けたりしなくていいんだよ」

「……」

 鈴奈は泣きながら、蒼に顔を合わせた。

「この雪野は、ちゃんとお前の息子だ」

 その言葉を聞いて手で顔を追った彼女は雪野に目をやりそこでやっと言葉をかけのだ。

「雪野、今までごめんね。お母さんはそれしか言えないよ。あなたを恐れて、あなたを無視して……本当にごめんね。お母さんはあなたに何も与える事はできなかった。生きていて辛かったよね。もう大丈夫よ。あなたはもう……死んだんだから」

 鈴奈は雪野の頭を沢山なでながら、しばらく泣いた。

 泣きながら薄く笑っていた。

 その光景を雪野は眺めていた。

 意識がないまま、霊体だけがまるでその場にいるような感覚で……

「なにこれ……」

 それは自分が死んだ日、姉、葉月が亡くなった日にもあったような感覚だった。

 自分の死体を見ている。

 不思議な感覚だ。

「まただ……」

 だが、別に昔のように恐怖は感じなかった。

 死ぬ事に対してもすんなり受け入れられる。自分は死ぬんだ。やっとこの時がきたんだ。ついにみんなが望んでいた日が来るんだと……ただそう思うだけだった。

 思い残す事があるとすれば、蓮や紀菜たちと別れる事、約束を守れなかった事だ。

でもそれももう言えない、そう思うと悲しく感じた。

 今頃言っていたらどうなっていただろう。

 そう思うと言わなくてよかったかもしれないし、同時に早めに言っておけばこうも苦しまずに済んだのではないかとさえ思えてくる。

 彼らと共にいれば、辛い事にも負けないのではないかと雪野は日々の中で楽しさを知り、思っていた。

 それほど後悔がなかったのは蓮と紀菜のおかげだった。彼らがいたから幸せだった。

そう思えた事に雪野は満足げに笑みをこぼす。

 ただ雪野にとって不可解だったのが今のこの現象だった。

 自分は幽霊になって、みんなの前に立っているのであろうか?

 それとも死んだ者はみんなこんな状態で現実世界を眺めている物なのだろうかと考えた。

 雪野の近くには人形があの日と同じように、こちらを見ているかの様に横たわっている。

 だが、あの日から感じる人形のまがまがしい気は、今確かに膨れ上がり雪野へ伸びてきていて……

「人形……もしかして、また……」

 雪野がしばらく目を離さないでいると、次の瞬間人形は喋りかけてきた。

 先程から自分の声は家族には聞こえていない様で、姿も見えていない様で……雪野は再び訪れたこの現象に今さら驚いたりはしなかったのだ。

「オマエ、ハ――」

 最初はよく聞こえない。

「え、なに……聞こえない」

 けれど、何回も言ってくるその声はやっと確かな言葉として雪野に伝わった。

「オマエ、ハ……イキタイカ?」

 そんなことを聞いてくる。

 しかし雪野は、こう答える。

「別に……僕はもう満足だ。もうあの世にいっていいよ、人形さん」

 それは本心だった。

 雪野は蓮たちと出会い、そう思えたのだ。

 だが、

「オマエハ、ソウ、エラブカ……」

 人形は続けてこう言った。

「ダガ、オマエニハ、ソノ、センタクハ、デキナイ」

「え……」

「オマエハ、キザキノ、イケニエ。コンドコソハ、イカス。コロサセタリハシナイ」

「ちょっと待って、生け贄とかなにそれ? どういう事? それに僕をまた生かすつもり」

「アア、イカソウ。イカソウ。オマエノアネガ、ソウノゾンダヨウニ、オマエヲイカソウ」

「そんなことしなくていいよ。それじゃあまた、お母さんが悲しむことになる。これ以上は自分の事で苦しめたくはない」

「ナニ、ソンナコトキニシナクテイイ、ナニセ、オマエノカゾクハ、ミナゴロシダカラナ」

「え……」

 雪野は何も考えられなくなった。

 今この人形は何て言った? 皆殺し、だって……

「ワレハ、ツキカゲノヨハク。ワレハ、ヤミガヒツヨウダ。オマエノヤミガヒツヨウダ。ソノタメニ、オマエヲイキカエラセルタメニ、オマエノカゾクヲコロス」

と、その時だった。

視界にうつる人形が、黒い霧を出し雪野の体にその闇を覆っていく。

「いったい何をするつもりだ」

「オマエヲ、イキカエサセル」

 人形はそう言った。

 家族は皆、突然の黒い霧に驚いていた。

「え、何?」

 鈴奈は声が、続いて祖父の声が……聞こえる。

「なんだ、これは……」

「マズハ、オマエカラダ」


 その時、雪野は意識を引っ張られる様にして……目覚めた。

 これは自分の体、自分の肉体……だが……それを動かしていたのは……

 視界に入ってきたのは祖父の姿で、祖父は雪野の目の前で腹部から血を流し倒れた。

 その時にこう漏らす。

「雪野のやはりお前は……この化け物が……」

「うう、やだやだやだやだ! おじいちゃん!」

 雪野はその時、自分の腕が祖父の腹部に触れていた事に気づいた。

 この状況はいったい、なに……何なの……?

「い、や……あぁああああああああああ!」

 雪野には意識があった。

けれど、体は自分の物じゃないみたいにいう事を聞いてくれない。

「いやあああああああ!」

「早く逃げろ! 鈴奈」

「おじいさん……」

 それぞれに騒ぎ出す家族たちの姿があった。

 そして周りで見ていた使用人たちも恐ろしそうに顔を歪めて、その場から逃げ出した。

 まるでゾンビの様にゆらりと動きまわり、次に祖母をめがけて手を伸ばそうとする雪野を誰も止める事はできない。雪野にだってその夜白の力に対抗する事はできなかった。

「止まれ、止まれ止まれ止まれよ!」

 どんなに体を抑え込もうと足掻いても、声を張り上げてもやはり止まってくれない。

「いやだ、いやだ! 殺したくない、殺したくない! 殺したくない!」

 叫んだ瞬間、手から熱が突破していくような抜けていくような感覚の後、目を開けた時、移り込む光景に雪野はもうどうしようもなく怖く手逃げ出したくなった。

「おばあちゃん、そんな僕は、僕がぁあああああ!」

祖母の胸は見えない何かの力で撃たれていた。そして倒れこむ。

 それが、新たな悲鳴を生む。

使用人や母が叫ぶ。

このままでは……みんな死んじゃう。殺してしまう……

「お母さん逃げて、みんな逃げて、僕はどうしたらいいか……助けて、こんなのいやだ! いやだよ!」

 母はその場で座り込み嘆き声をあげた。

「雪野がまた生き返った……い、いや、いやぁああああああ!」

 その瞬間にも使用人が数名、雪野の手で殺されていく。

「きゃああああああ!」

「この化け物! 近づかないで、きゃあああああああ!」

「うう、助けてお願い助けて、どうか、い、命だけは……うぐがっ!」

 刹那のごとく、一つの命は次々と失われていく。

 不思議な力を放ちながら、まるで【変物】を滅していくかの様に、その衝撃波は人に伝う。

 そして辺りの物は破壊していきロウソクの火が揺らめく部屋、そこはたちまち火の海と化した。

「やめろ! もう、やめろよ、こんなこと。こんなこと……やめてよ!」

 雪野はそう人形に訴えかけるが、体はそのまま母の元へと傾き始めていた。

「おい鈴奈、お前はここから逃げるんだ。さあ、立て!」

 蒼はそう言うが母は逃げようとはしなかった。

「やぁあああああ! やだぁああ! やだやだ!」

 しかしその時、赤子の鳴き声がどこからか部屋まで響いてきた。

「……そうだ。春夢……春夢!」

「そうだ。お前は春夢を連れて出るんだ。ここは私がひきつける」

 母親は赤子の声に反応して、よろよろと動き出した。

 雪野は、踵反しまわりをみわたした。

「やめて、やめてよ……」 

 雪野は気が狂ってしまいそうだった。

 もう、こんなの夢だ。きっとそうだ。

 そう思いたかった。

 けど……現実は葬式の日と同じように雪野に辛い思いしか与えない。

 目の前に父親が現れた時、雪野は口にした。

「お父さん……」

 ゆらりと動く雪野は、そこで動きを止めた。

「雪野、どうやらお前は……この世に生まれてこなければよかったらしい……」

 そんな事を言われた……

 そんな事……自分でいくらでも思った事はあった。

 自分がいなければ、母は辛い思いをせず心を病む事もなかった。

 自分さえいなければ、姉が死ぬ事もなかった。

 今さら、そんな事を言われたって、悲しくもない。ただ虚しいだけ……だよ……

 雪野の目からはその瞬間、涙が流れ出た。

 その時、雪野は手をかかげる。歯を食いしばりそして放った。

「かわいそうに……お前は……」

 倒れ込む、蒼は雪野にまだ何かを言おうとして、彼の肩を掴んだ。

「誰にも、関わる事ができないのだ……」

「うわぁあああああああああ!」

 蒼は瞬間、どさっと力なく倒れ込んだ。

 その目にはもう精気は宿していなかった。

 雪野はあの夢を思い出す。

 ――お前と関わる者はみんな死ぬ。

 その通りだ。その通りになった。

 どうしよう……全部、僕のせいだ。

 僕のせいだ、僕のせいだ、僕のせいだ――

 雪野は心の中でそう言葉を吐きながらも、彼は赤子の鳴き声をたどって動き出していた。

「いやだ……いやだ……」

 その間にも使用人の姿を見かけては、雪野は襲っていった。

 そのつど雪野に返り血が飛ぶ。雪野の視界はもう真赤に染められていた。

 部屋をくぐり、また部屋をくぐり、赤子の声は次第に近づいていた。

 そして母の姿を見つける。

「雪野……この子はだめ! この子だけは誰にも死なせない。例え、あなたでも。雪野!」

 母は春夢を大事そうに抱きかかえて、そう言った。

「お母さん……やだ。やだよ。僕お母さんを殺したくなんかないんだよ! 僕は……」

「雪野どうか……私は殺されてもいいの。だから……この子だけは罪はない。あなたを無視してきたのは私たちだけだから。だからこの子だけは殺さないで。春夢だけは殺さないで」

 雪野は春夢がひどく羨ましく思えた。母に愛されている赤子が憎く感じられた。

 なぜ自分だけ……そう心に闇が溢れた頃、雪野は母に手をかざす。

「あっ……」

 母が漏らした声はそれだけで……

 そして……死んでいた。自分が殺した。

 倒れる瞬間まで、春夢を抱きかかえる母の姿がしばらく頭を離れない。

 そして雪野は一人闇に沈んだ。

 そして思う。

今日まで僕が生きたせいで――

 僕が生まれたせいで――

 みんな死んだ。姉も母も父も祖父も祖母も使用人たちもみんな死んだ!

 自分にはもう生きている価値すらないと思った。

 なのに、人形は僕を生かすと言う。こんなことをしてまでも僕を生かすと言う。

 雪野は人形がどれだけ危険なものであるか改めて痛感した。そして恐怖した、憎んだ!

 こんなものいらない! 呪いから早く……

「助けて、助けて、誰かぁああああああ!」

 母を殺した後、叫び嘆いた後、しばらくして……雪野は春夢を見ていた。

 母の遺体の中で血まみれになりながら、必死に誰かを求めているように鳴き叫んでいる。

 雪野の手が勝手に春夢へと動き出したとき、人形の声がどこからか響いていた。

「コノムスメヲ、ドウスルカハ、オマエシダイダ。サア、コロスカ? コロサナイカ?」

「そんなの殺さないに決まっているだろう……」

 雪野はその声に力なく答える。

 火の粉は春夢のすぐ近くまでやってきていた。

 このままでは雪野の身も危なくなる。

「ドウシタ、オマエハ、モウ、ジブンデウゴケルハズダロウ」

「え……」

 その瞬間、雪野は自分の意思で体を動かせる様になっていた。

 自分が殺していった手を動かしてみた。

 雪野がそうこうしている間に炎は春夢を覆いかぶさった。

「春夢…」

 雪野は茫然として立っていた。

 なぜか体が動かない……

 それは人形に何かされたわけではなく、雪野自体が動こうとしなかったからだ。

「あ……あ……」

 春夢の鳴き声はまるで叫び声のように強くなった。

まるで、熱いよ、熱いよ、と言っているように感じられて、雪野はたまらず火をはらうようにして春夢を抱きかかえた。

すでに春夢の左腕部分の服が燃え、布は消えていた。

そして、痛々しく赤く腫れた痕が出来上がっていたのだ。

雪野は火の中、一歩また一歩と歩き、やっとの思いで外へとはい出た。

焼きあがる木崎家。自分の家。

それを見て雪野はもう、なにも思わなかった。

何だか、もう……どうでもいい……どうでもいいよぉ……

春夢の鳴き声はいつまでも止む事はなく、雪野の頭の奥に響いていた。

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