002 訪れた旅館、迫る過去
時刻はお昼を過ぎた頃、季流は後部座席の雪野たちの方に顔を向け伝えた。
「さあ、付きましたよ」
雪野から車から降り、二時間ほどかけて訪れた目の前の景色を見渡した。
「では、クロたちは人に見えないよう」
「変化しますニャン」
クロとシロはかけ声と共に、この瞬間から……
『それ!』
猫の姿からまるで人間の姿へと変身した。
どうやら猫の姿では前方に見える旅館の中には入れないので、〈霊体変化〉をしたようだ。
「春夢ちゃん、起きてください。もう、付きましたよー」
車から皆が出てこなかったので雪野がおかしいと思い車の中を見てみると、よっぽど道中、暇だったのか春夢が奥の席で眠っていた。
「春夢ちゃーん?」
花月の声掛けと共にやがて起き出した春夢は車内できょろきょろ見渡し、それから嬉しそうに声を上げた。
「やっと、ついたぁー」
「はい、付きましたよ。おりましょうかー」
「うん!」
こうして皆、降りてきたところで雪野たちは前方に見える建物へと向かっていた。
いたって普通の和風な景観の旅館の姿で、辺りには自然が豊かに広がっていて、部屋の景色も期待できそうであった。
しかし……いややはり……
「ここは……」
旅館に入るなり、旅館の方がいらっしゃいませと出迎えてくれた。
見渡して、ロビーがありその奥の方に各部屋へと続く廊下があった。
雪野は驚愕した。
なぜなら、【変物】のたまり場のように多種多様な【化け物】たちがそこら中にうじゃうじゃしていたからだ。おぞましい光景がそこには広がっていた。
「なにこれ……気味が悪いわ」
「そうだね。紀菜ちゃん。大丈夫?」
「これは、大変な事になりそうですね。皆さん」
季流の声掛けの後、【変物】が見る事ができない春夢は、その言葉に首を傾げていた。
「んん?」
彼女にはまだ《霊視》が発現しておらず【変物】の姿は見えないのだろう。
きっと、いたって普通の旅館に見えている事だろう。
「お兄ちゃんたち、なんかすごいね。いいね。わくわくだね!」
改めて、自分たちが見る世界と見えない者たちが見る世界の差について思い知らされた。「そうですね、春夢。もっとわくわくできるよう我々も頑張らないとですねー、皆さん」
「はい」
「そのつもりよ」
「お兄さま、私も出来る事があれば全力で頑張りますね!」
「はい、頼みましたよ、花月。それから雪野くんも頑張りましょうかー」
「あー、やだけど、なんか嫌だけど……分かりましたよ……」
雪野は今回の任務でも自分の身が危険にさらされるかも知れない現実に、悲嘆した。
「アハハ……大丈夫かな、俺……」
春夢はそんな雪野たちの様子を観察し、不思議そうに言葉を吐いた。
「みんなどうしたの?」
「何でもないですよ、春夢。さあ、旅館の人に部屋を案内してもらいましょうか」
春夢は雪野たちとは反対できらきらしていた。
「わーい、春夢お部屋楽しみだよ」
「そうですね、春夢。お部屋、楽しみですねー」
春夢に言葉を返しながら季流はカウンターの方へ向かう。
「いらっしゃいませ。えっと、六名様ですね。ご予約はされていますか?」
「はい。今日は[JHSA]から来た者として予約していました。夏川季流です」
「それじゃあ、あなた方が祓い屋の方ですか?」
「はい。そうです」
「わざわざ、どうも。さあ今部屋を案内しますね」
「ありがとうございます」
季流は振り返り、雪野たちに言う。
「さあ、部屋に行きますよ、皆さん」
「はいはい」
「わーい。お部屋、お部屋!」
「クロが一番乗りだニャー」
「いいえ、シロが最初に部屋に入りますニャン!」
クロとシロは見えない事をいい事に旅館の人を追い越して、走り回る。
後ろでは季流を先頭に春夢、雪野、花月と続き、後ろの方で蓮と紀菜はこう話していた。
「蓮くん、右側は気を付けて、というかほぼ全体に【変物】が集まっているから適当に《破力》を使うといいわ」
「うん。そうだね。そこら中に気配がするよ。でも間違ってクロとシロに攻撃してしまわないようにしなきゃね」
そして蓮は自らの力を細々と放つ。
すると、全て小物のようであたりは小規模に【変物】は滅せられた。
「そういえば、こういう場合、危ないわね」
「でも、二匹の気の質は把握済みだから今、周りにいない事は分かるよ。だから大丈夫!」
「ええ、そのようね。あっているわ」
雪野が後ろを見てみると、きれいに【変物】が囲む通り道ができていた。
一階のロビーから階段を上がり、四階へとまっすぐ進んでいった。
「こちらと、こちらと、こちらがお部屋になります」
案内されたお部屋は、三つあった。
そのうちの一室に雪野たちは入る。
「ご自由におくつろぎください。後の事はあなた方に任せますので。質問がある場合は遠慮なく話しかけてください」
「はい。そうします」
「では、失礼します」
そう言って旅館の人は出て行った。
「雪野さん、お部屋きれいですね」
「おう、そうだな。家と同じぐらい広いしテレビ付きで景色もよさそうでいいな。でも……それにしても【変物】がうようよいて怖いんだけど……蓮、何とかできない?」
「今、なんとかしてみるよー」
「蓮くん、天井全体とそこと、そことそこ!」
紀菜は部屋の奥の台、右端に置かれているテレビ、中央のテーブルの下を指さす。
その時、クロとシロはビクッと、尾を立てる。
自分たちのいるところすれすれで蓮が《破力》を放つのを見て慌ててこう声を上げた。
「蓮! 間違ってクロたちを滅しないようにするんだニャ!」
「そうですニャン。気を付けてくださいニャン!」
「もしかして、あたりそうだった? ごめん、ごめん。俺二匹に〈霊体変化〉にされちゃうと姿が見えなくなっちゃうんだよね。一応、うまく避けているつもりだから、怖かったらいったん外に出てくれればいいから」
「そういえばたまに忘れてしまいますが、蓮くんは【変物】全般の姿が見えなかったですね」
季流が説明した。
「声や気配ぐらいなら感じられるんだけどね。今の様に見えないと正確には打ちにくいから、やっぱり俺には紀菜ちゃんが必要なんだよ。今回の任務も指示よろしくね、紀菜ちゃん」
「そ、そんな事分かっているわよ! 私も同じよ! 私の代わりに【変物】を倒すのよろしくね」
「うん、任せて!」
そんな信頼が深そうな蓮と紀菜の会話の後、雪野は
「二人ともそんな前向きというか、任務やる気満々でほんとすごいね。俺、いろんな意味で気乗りしないんだけど……こんなに【変物】がいる場所で二日間も泊まるのかぁ。先が思いやられる」
それに花月が相づちしてこんな事を口にした。
「そうですね。そうかもしれません……でも、今日はここで雪野さんと一緒にねれるんですよね。私はとっても楽しみです!」
「いやいやいや、お前は別の部屋で寝るんだぞ?」
「えー嫌です! せっかく楽しみにしていたのに!」
「花月、今日は女性と男性と別れて寝てもらうために三つ部屋を用意してもらったんです。だから、春夢と紀菜さんと一緒に寝る事になりますね」
季流のその言葉を聞いて、花月はしゅんとした面持ちで聞き分けよくこう答えた。
「はい、お兄さま……分かりました」
「花月ちゃん、いくら婚約者だとしても男はみんな狼なんだから気を付けないとだめよ。雪野くんだって危ないんだからね」
「えっと……はい? 狼?」
花月は紀菜の言葉によく分からないという表情を見せる。
それに春夢も食いつく。
「ん? 雪野お兄ちゃんは狼なの?」
「春夢ちゃんにはちょっと難しい話かな? 大きくなれば分かるから大丈夫だよ」
「そうか。春夢、早く大きくなりたいなぁー」
蓮の言葉の後、そう言葉を漏らす春夢がいて雪野は思った。
早く大きくならなくていいから、ずっと何も知らないままでいてくれてもいい……
「とにかく、雪野くんにむやみに近づくのは、やめておきなさい」
「紀菜ちゃん、まともな事を花月に言ってくれている事は、こっちの説明が省けてありがたいんだけど、なんか……なんか……」
「まあ、雪野、これも男の定めだよ」
「何の定め?」
蓮は何も答えず、雪野の肩に手を置いて首を振るばかりであった。
「というか、お兄さん、気になったんだけどなんで部屋が三つあるの? 別に二つでもいいんじゃ……」
「俺もそれ気になっていたんだよね。どうしてですか、季流さん?」
「ああ、それは、私が寝る部屋を別に用意してもらったんですよ」
「え、どうしてですか」
蓮の疑問に季流は淡々とこう答えた。
「私、人前で自分の寝顔見せるのはいやなんですよね。絶対嫌なんですよね」
「それは、それは……お兄さんだけずるいですよ! 俺だって一人部屋でできれば寝たいのに……」
「それは俺と一緒に寝るのがいやってこと、雪野?」
「そうだよ。何かいろいろいじられそうで、やだ!」
「そんなことしないよー。雪野を襲ったりするわけないじゃないかー」
「気色悪い事、言うのやめてくれない!」
「あはは。冗談だよ、雪野……狼の話題が出たからね~」
「何も知らない春夢や無知で鈍感な花月の前で、そういう事いうのやめれーい」
「ムムム……今、雪野さんにさらりと失礼な事を言われた気がします!」
花月が雪野の言葉にそう反応する中、その後、紀菜は雪野にさっと伝えた。
「もうすでにいじられているわよ、雪野くん。蓮くんのペースに乗せられないで」
「うん。分かってはいるけど、それは無理そうだ……」
雪野は小学生時代、蓮の言動に自分が振り回されっぱなしだった事を思い出した。
「だから、一緒の部屋だと嫌なんだ。こいつとは!」
「ひどいな……雪野がそんな事を思っていたなんて……」
蓮はあからさまにわざとっぽく落ち込んだ表情を見せていた。
「蓮……お前……絶対わざとだって分かって……」
と、言いかけたところで、二人の様子を見ていた春夢がいきなり会話に割って入ってきた。
「雪野お兄ちゃん、蓮お兄ちゃんを嫌いになっちゃだめだよ!」
「え、春夢? これは嫌いとか嫌いじゃないとかそういう事じゃなくて……」
「ケンカはダメなんだよ。二人とも仲直りしなきゃ。草路おじさんがそう言っていたんだからね!」
草路おじさんとは、季流や花月の父親の事だ。
言っている事はもっともな彼の言いつけは、今の状況では自分には納得できません!
「えー」
「えー、じゃありません!」
言葉を突き詰める春夢に雪野は仕方なくその言葉を言った。
別に悪い事もしていないのに蓮に謝りたくなかったのだが……ここは春夢に言われたため潔く……
「蓮、その一緒の部屋じゃ嫌だって言った事は謝るよ。ごめん。けど絶対わざとだろ! それだけは言わせろ!」
「雪野、君はやはり成長しているみたいだね。そうわざとだよ。ごめん。謝るよ。しかし……これには気づかなかった様だね。俺が春夢ちゃんの行動を見越してわざと演技していた事に!」
「お前これもわざとだったかぁあああああ!」
「お兄ちゃん、ケンカはいけません!」
そんな様子に花月は不思議なことを呟いた。
「二人は仲良しですね」
「ただ一方が遊ばれている感じね」
紀菜は半眼で見たままの事実を述べていた。
「えっと、皆さんいいですか……?」
季流は考えるようにしてその後言った。
「とにかく、ここの部屋には雪野くんと蓮くん。それからクロとシロ。そして、中央の部屋には花月と春夢と紀菜さん、最後に一番左の部屋には私が行くことにします。それでは荷物の整理をしてきます」
「はーい……」
雪野はやはり部屋割りに不服でしぶしぶ返事をし、花月もどこか落ち着いた様子で言葉を返していた。
「はい、お兄さま」
季流はその時にはすでに廊下へと続く入り口まで歩いていた。
「その後ですが、この部屋に集まっていてください。私はその間に旅館の方々に話を伺ってきますので」
「分かりました、お兄さま」
季流の去り際、花月は季流に声をかけたのだった。
「って事は、ここで待っていればいいのか?」
「そうだね……二人っきりだね、雪野」
蓮はわざと癖のある口調で笑いかけてきた。
「だから、お前は……」
雪野が蓮へと難しい顔をしてそう呟いた時、花月から声がかかる。
「それでは雪野さん、私たちは荷物を置いてきますね」
「あっちの部屋行ってくるねー、お兄ちゃん」
「雪野くん、蓮くんに遊ばれないように、なるべく。じゃあ」
三人は出て行き、その後も……
「クロたちは何も準備することないから、そこらへんを探検してくるニャ、雪野」
「ああ……」
「では、行ってきますニャン」
「行ってらっしゃい……」
クロとシロも部屋を出て行った。
雪野は蓮と二人だけとなりため息をつく。
「はあ……」
そして、蓮はこう話を持ち出してきた。
「雪野、あのさ」
「ん? 今度は何を言うつもりだ?」
「そうじゃなくて、ちょっといい?」
蓮は真剣な顔つきで雪野に視線を向けており、雪野は何か悪い予感がした。
そして、それは当たってしまうのだ。
「雪野は、〈あの日〉どうしたの?」
「え……?」
「〈あの日〉何があったの?」
「えっと、蓮、〈あの日〉っていつの事かな~」
「答えられない? でも〈あの日〉に言うはずだったことは言ってよ。約束していただろ。誕生日はもうとっくの昔にすぎているよ、雪野」
「ごめん、蓮。今は……」
話すことはできなくて雪野は、そのまま俯くしかなかった。
「そうか、言ってくれないんだ」
そんな言葉が漏れ、雪野はふと悩ましく昔の記憶について思い返してしまう。
確か〈あの日〉も言うつもりで結局、いえなかったんだ。
蓮や紀菜ちゃんとの約束……守れなかったんだ……
でも……今回も……今は……まだ……
「あ……蓮……」
下を向いたまま顔を青ざめた彼は、間ばさみの様な今の状況の中、ある葛藤をしていた。
自分は、もうあの時、伝えるはずだった言葉も話せないんだ。
だからもう……失望しても……二人とも離れて行っても、いい……わけがない!
「いや、まだ……」
まだ、話せないんだ……と、そう嘘の言葉を続けてしまいそうになる雪野は、自分がどれだけ意思も何もかも弱い人間なんだと自分を責めたてた。
どうして……いったい、どうすれば……どうしたらいい?
と、その時だった。
「準備ができました」
花月が声をかけ部屋に入ってきて、それに続き紀菜や春夢も戻って来た。
震えそうな程、蒼白になり表情を歪んでいると自分の様子に気づいている雪野は、その顔を上げる事も出来なくてさらに皆から目線をそらすように体ごと後ろへと向けた。
だが……
「雪野さん……」
「どうしたの、雪野くん? 二人とも。また何かあった?」
明らかに様子がおかしい雪野に花月はもちろん紀菜まで雪野を心配するような言葉をかけてくるのだ。
「あ、いや……その……」
「雪野が昔、俺たちとした約束について聞いていたんだ」
「約束……それって……」
「そう、誕生日の日の約束だよ」
「それは……今は言えない……」
「雪野、納得できないよ。〈あの日〉の雪野は何かあった。それを言わないであの日トラックに引かれたよね。記憶喪失にでもなっていない限り覚えているよね」
「ああ、覚えているよ。俺は〈あの日〉おかしかった! そしてトラックにはねられた! そして……」
「そして、どうなったの?」
「いいたくない」
「なんで?」
「いやだ! いやだやだやだやだやだ!」
「雪野さん……」
花月は心配するように雪野に寄り添う。
「雪野! じゃあ、せめて約束の日にし様としていた話だけしてよ。君は一体何を悩んで何を伝えう様としていたの? 俺たち仲間だろ。言ってくれよ」
「言いたくないんだよ! 言ったら絶対おかしいって思われるし、俺の事普通として見れなくなる。俺はこの世にいてはいけない人間なんだよ!」
「そういえば、君の家に言った時、君のおじいさんが雪野のことをいない者とかいっていたよね。それと関係あるの? それとも人形の呪いも関係してる?」
「もう何も聞くな!」
「それと、こうも言っていたよね。雪野は人を殺せてしまうのだと」
「ちょっと蓮くん……」
――お前と関わる者はみんな死ぬ。
「うぅ……」
雪野はふと昔の夢の事を思い出した。
その時の彼の表情はひどく恐怖にゆがんでいた。
あの日から今に至るまでの過去――そこには彼が夏川家に行く事になったある出来事があった。決して口に出きる様な事じゃない悲劇があった……
「雪野?」
「もう、やめろ! 聞くな! 俺に関わるな!」
雪野はその場から逃げるように立ち去った。
花月は雪野の後を追おうとしていた二人に話しかけた。
「蓮さん、雪野さんにはとてもつらい過去があるんです。私はそれを知っています。しかしそれを言うには雪野さんの事を思うと、酷く辛いです」
「うん、分かっている。言わなくていいよ。俺は直接雪野から聞きたいんだ。例えそれがいつになろうとも……」
「それにしても、蓮くん。言い過ぎよ! 後で雪野くんに謝る事ね」
「分かっているよ、紀菜ちゃん」
その後蓮はそっと呟く。
「それでも一応聞いておきたかったんだ。〈あの日〉あった事を確かめるためにも……」
雪野が出て行った後もずっと黙って今の光景をただ大人しく眺めていた春夢は、そこでそっと言葉を発した。
「ねえ、蓮お兄ちゃん、また雪野お兄ちゃんと喧嘩したの? 春夢、よく分からなかったけど……雪野お兄ちゃん、なんだか辛そうだったよ」
「そうだね。後であったら謝らないとね」
「うん。それがいいよ」




