012 〈桜〉が舞う
死んだ者はもう生き返らない……
だから……だから……
「だから、優ちゃんが見ている安奈ちゃんは幻で、いつか天国に返さなければいけないんだ。それは優ちゃんの悲しみの証だから。払わないといけないんだ。どうかその事を分かって」
雪野は優に届くように説得を試みた。
「分かっているよ、そんなの……子ども扱いしないでよ」
「優ちゃん……」
「それでも、一緒にいたかったんだ。寂しいよ。もう死んじゃっているなんて悲しいよ!」
「そうだね……寂しいよね。だってもう会えないんだから」
雪野はふと姉の事を思い出していた。
「雪野さん……」
花月は雪野の事情を知り、何かを察してか名前をぽつりと呟いた。
「安奈ちゃんを祓っていい、優ちゃん?」
「うん……」
「じゃあ、ちょっと待っていてね。今、俺たち祓い屋が【化け物】を退治するから」
雪野はそういったあと、先ほどからある考えが浮かんでおり、それを花月に伝えた。
「花月! お前、安奈ちゃんの【化け物】が見えていたみたいだけど、今も見えてる?」
「はい! もう安奈ちゃんではないですが、見えています」
「そうか。ならお前も〈怪奇団〉に加わりな」
「え?」
雪野は交戦中の蓮と紀菜へと声を張り上げた。
「蓮、紀菜ちゃん! ちょっと聞いて、今からポジションを変えるよ。花月が蓮の目になって安奈ちゃんの【化け物】を祓うよ」
「それいいね!」
「えっと、紀菜ちゃんは……」
「私はしばらくこのお札でしのいでいるから、がんばってきなさい、蓮くん」
「分かったよ。気を付けてね、紀菜ちゃん」
花月や蓮はその場から動き出し、二人はお互いに近づき前方に立つ蓮は敵へと構え、いつでも彼女の言葉に反応できるようにしていた。
雪野は花月がちゃんと蓮に敵の動きを指示できるのか心配しながらその様子を見守っていた。
花月は標的を見つけようと霧の中を見つめる。
煙の中、渦を巻くような【化け物】の動きはやはり雪野には見えなかった。
一方、花月はこそこそと動き回る、それを捉えた様でその瞬間、蓮へと言葉を発した。
「蓮さん、お兄さまにすぐ近く、左側にいます」
「はい、ありがとう花月ちゃん! ハッ!」
「当たっていません。もう少しです。動きが速いので気を付けてください」
「分かったよ。ならこうするまでだ」
「蓮さん、そこです。すぐ右に移ろうとしてます!」
「それぇえ! それ、それ! はあっ!」
「ギッギャギャアアアアアアアア!」
その瞬間、【化け物】は姿を露にし、その場にうずくまる。
赤黒いしわくちゃな人間の形をした宇宙人の様に体毛がない【化け物】が姿を現した。
「倒せたか?」
「いや、もう少しだね。結構強いよー」
「優ちゃん、これが安奈ちゃんのふりをしていた【化け物】の正体だよ」
「こんなの……安奈じゃない……」
「そう。これは安奈ちゃんなんかじゃない。君はそれでも、優ちゃんを騙していたこんな【化け物】と一緒にいたいと思う?」
雪野がそう言うと【化け物】は優を誘惑する様に言葉をかける。
「ユウ、ワタシノコトヲミステルノ。マタミステルノ。コンナスガタニナッテモワタシハアンナダヨ。シンジテ!」
「優ちゃん、惑わされないで!」
「お兄さん、大丈夫だよ。優は子供じゃないんだから、惑わされないよ。これは……安奈じゃない!」
「じゃあ、祓ってもいいんだね」
「う、ん!」
雪野は腰に掛けてあった袋の中の人形を取りだし、それを【化け物】へと掲げた。
すると……火であぶっているかのように細かい黒い霧が立ち【化け物】は悲鳴をあげる。
「ヤダヤダ、ヤダヤダヤダァアアアアアアア!」
「安奈……」
みるみるうちに、その姿は小さくなり消え去っていくのであった。
優は泣きながら、その光景を見守った。
やがて優はひとりでに立ち上がり、その切り株となったはずの桜の木へと顔を上げていた。まるでそこに何かがあるかのようにただ一点を見ている。
やがてこぼれる涙をぬぐい振り返った彼女は、雪野へと強い目を向けた。
「もう大丈夫……私は、安奈に代わりに生きなきゃね。もう子供じゃないから」
きっと、大丈夫なはずはないのだろうと思う。
その誰かの死によってできた心の傷は一生残る物なのだと思う。
けれど、和らいでいくものだと、そして忘れなくてもいい物だと思ったから雪野は、必死に前に進もうとしている優にただ一言だけ呟いたのだ。
「うん、そうだね……」
「あは、は……」
辛そうに、だが、清々しく笑い返す優の姿を見て、雪野は安心する事ができた。
彼女はこれで安奈の呪いに縛られる事はないんだと、彼女の気持ちを察し思った。
その時、ふと頭によぎる。
――ありがとう。
雪野はまたあの声だと思いながら顔を上げた。
すると、そこには……
「すごい……きれいだ……」
風と共に桜が散る。
雪野の長い髪をなびかせるその風を感じ、今確かに咲いている〈桜〉を眺めて、自然ともれた言葉だった。
「わあ、〈桜〉が咲いています! 雪野さん、見てください、雪野さん!」
花月も振り向き、感動する。
「ああ、もう観てるって……」
「本当ですね、こんなこと初めてですよ」
「まだ、【桜の精】は生きていたんだね」
「ええ。本当、不思議なものね……この世界は……」
その〈桜〉はちゃんと春になると花を咲かせていた。
雪野たちの目には、切り株なんかじゃなく立派な〈桜〉の木が見えていた。
キーンコーンカーンコーン――
やがてチャイムが鳴ると同時に、〈桜〉は終わりを告げた。
そして優ちゃんは目をこすりながら、こう呟く。
「あれ……」
「どうしたの? 優ちゃん」
「もう【変な物】の世界、見えないや……」
「そうなの? お兄さんどういう事?」
「たぶんそれは、【化け物】が付いている時の一時的なものだったんでしょう。おそらく彼女のために【桜の精】は、今の光景を力を振り絞って見せたのでしょう」
「【桜の精】が? 本当に?」
優は首を傾げていた。それに雪野は、
「きっとそうだろうね。優ちゃんを助けてと頼んだのは、【桜の精】だったからね」
「そうなんだ……ありがとう。【桜の精】さん。それから、お兄さんたちもありがとうね」
「うん、どういたしまして。優ちゃん」
その時、彼女はたち暗みを起こしたようにふらつき、雪野は瞬時に彼女を受け止めた。
「優ちゃん、大丈夫? どうしたの?」
「なんか、体が重いの……でも大丈夫……」
「そういえば優ちゃん、長い間、あの【化け物】に取りつかれていていたんですよね?」
花月は心配そうに聞いた。
優の服には彼女が吐き出した血が飛び散っていた。
それを見て雪野は慌てて伺った。
「そういえば……血とか吐いていたけど、体何ともない? 本当に大丈夫?」
「ちょっと胸が苦しいけど、今は落ち着いているよ。だから心配しないで」
「あー、うん……」
「敵は倒したからもう大丈夫なはずですが、念のため花月、治癒の力で治してやりなさい」
「はい、お兄さま」
季流に言われ優の元へと移動した花月は、何らかの力を放出すかのように優の胸に手をかかげていた。
「すごい……息苦しさや、だるさが無くなっていく」
優はそう感想を述べた。
「これで、よしです」
花月が優から手を放した後、それを見やりながら季流は呟いた。
「それにしても今回の任務は手がかかりましたね。さすがDランクかCランクの【害物】でした。おそらくCランクでしょう」
季流が言ったランクとは、【変物】の強さを表すものでAからEがある中でランクがAに行くほど強い物になっている。
そして【害物】とは、人に害をなす【変物】の事を言う。
「そうですか? 絶対自分たち素人だけだとまずいBランクでしょ」
「いやいや、雪野くん。さすがにBランクまでいくと未成年者は【変物】退治はやってはいけないという決まりがありますから、私が上に注意されてしまいますよ。いつも皆さんに行かせている任務はCランクDランクEランクのどちらかです」
「そうだったの?」
そこで蓮が今日の任務について思い返す。
「今回の【変物】とか大群を呼べるし、人から見えないように透明にもなれて、同じCかDランクでもすごかった。危うくやられるところだったね。ね、雪野」
「なんで、そこで俺を見るの?」
「本当よね。でも、だからからこそ助人がいて今日はよかったんじゃないかしら。そこのメガネをかけた方には……」
紀菜のその言葉に、自分の事だと言われているとのだ察した季流は、苦笑いを浮かべた。
「はは、そうですね。いつも通り雪野くんと花月だけでは危なかった気がします。二人ともよく来てくれました」
「いえいえ、いいんですよ。季流さんと俺たちの仲じゃないですかー」
「また、雪野くんがいるのなら手伝ってあげる。彼一人だと頼りなさそうだから」
「そうですか。では、また呼ぶとしましょうか。雪野くんも喜んでいるようですし」
「うーん、そんな事より、お兄さんと蓮たちの関係が気になるんですが……ほんといつあっていたんだよ!」
「雪野くん、それは秘密です。という事でさあ、君たちの先生に報告しに行きましょうか。任務は無事解決です」
「はい……何かはぐらかされた……」
その後、季流は怪奇現象のもとになる【化け物】を退治したと事を校長先生に伝え、その間雪野たちはそのことを花子先生や育美先生に伝えた。
教室前の廊下で花子先生は安堵したような表情を見せていた。
「そう、よくやったわね」
「先生、これでお別れだね」
「よかったら、またここに来るといいわよ」
「うん、今度、うちの妹がこの学校に入学するんだ。その迎えとかに顔見せるよ」
「そうなんだ。妹さんがいたんだね」
「蓮くん、紀菜さんもまた遊びに来てくださいね」
『はい』
二人は同時に返事を返した。
そして保健室へ行き、育美先生に会って任務完了の知らせをする。
すると育美先生から彼女らしい言葉が返ってくる。
「おお、やったか。私はあまり【化け物】とか言われても実感ないけど、生徒の危険を守ったことには感謝するよ。ありがとうね」
「いえ、これも仕事なので」
「そうか」
「今度、うちの妹がこの学校に入学するんですよ。春夢って言うんですけど、何かあった時はお願いします」
「雪野くんの妹かー。体は弱い方か?」
「弱くはないですよ。たぶん」
「そうか。ならよかったなー」
「まあ、はい」
「またいつでもおいで、三人とも」
雪野の横に立つ、蓮と紀菜は静かに頷いていた。
「はい。お邪魔しました」
雪野はそう言った後、踵反しその場から動き出す。
三人が廊下まで出たところで、蓮と紀菜もお別れの挨拶をした。
「またね、育美先生!」
「また、いつか会いましょう」
その時、保健室にいた優もわざわざ駆け寄ってきて……
「さようなら、お兄さん、お姉さん。その……今日は、ありがとうね。また遊びに来てもいいよ! その時は遊んであげるから!」
照れくさそうにそう言う優の姿があった。
「それじゃあ、もうすぐ自分の妹がこの学校に入学するんだけど、会う機会があったら一緒に遊んであげてほしいな」
「そうなの? 別にいいけど……」
「それじゃあ、お願いしとくね。では、さようなら。優ちゃん」
「さようならー」
「またね」
蓮、雪野、紀菜の順に三人は返した。
「うん、バイバイ!」
こうして今日の任務は無事に終わり、学校を出た雪野は今回の事件について振り返った。
今回の事件は、亡くなった友達を思って会いたいと願っていた少女が【化け物】魅入られた事がきっかけで起こった事件だった。学校での様々なポルターガイストは起こったのはその【化け物】がした起こした現象で、生気を奪われている状態であった彼女は、雪野たちが【化け物】を倒した事によって無事救われた――
こんな感じだろう。
「あれぇ~? 雪野と花月ちゃん、一緒に帰るんだねー」
帰り際、校門前で蓮はそんな言葉を発してきて雪野は怪訝な表情をして彼を見つめる。
「もしかして、二人って一緒に暮らしているの?」
「……」
瞬間、顔を背け黙り込む雪野を見て彼は続けて言ってくる。
「雪野がそんな反応するって事はやっぱりそうなんだ。ね、花月ちゃん」
「はい。雪野さんは私の婚約者なので、いつも一緒にいます」
「へ……婚約者……」
「花月! 黙れ! お前また余計な事を……」
「だって本当の事じゃないですか 雪野さんは私の婚約者です! それは絶対です!」
「絶対って、俺にも選ぶ権利があるだろうが!」
「ないですよ。そんなものは……」
季流の思わぬ発言に雪野は唖然とする。
「え……ほんとに?」
「冗談です。でも、既に夏川家で決まった事を取り消しにするのは、大変ですねー」
「そんなー」
「なんせ、それを仕向けたのは私ですからねー」
「あー、そうだった……あーあ、お兄さんのせいでー。はあ……」
「雪野、なんだか知らないけど、いろいろ大変そうだね……」
「雪野くんの家は相変わらず堅苦しいところのようね。婚約者とか……すごいわね」
「うんうん。それもだけど雪野に婚約者がいたなんて驚きだよ~。なんで黙っていたの、雪野~」
蓮はおもしろい物を見つけたような顔をする。
「蓮には、関係ないだろ……」
雪野はそっぽむく。その反応を見ていた紀菜はふと気づいた様子で言葉を漏らした。
「そういえば、あなた蓮くんのこと蓮って……」
「【化け物】退治している時にも呼ばれたけど、それってやっぱり……」
蓮は言葉をためて言う。
「友達だっていう……」
「証とかじゃなから!」
雪野は蓮が言葉を言い切る前にそう言った。
そして、
「ただ、いつまでもくん付けだと、カッコ悪い気がして、子供みたいで……」
「雪野って変なところ気にするよね」
「聞いてみて、損したわ」
「なんでー?」
「そういえば、いつの間にか僕口調から俺、口調になっているからびっくりしたよ。いやー雪野も育ったね。でも、あまり変わっていなくて安心したよー」
「あ、ああ……ほめられてるのか、それは?」
アハハと笑う蓮がいた。
そして、それを何食わぬ顔で聞いている紀菜がいた。
「紀菜ちゃんには、ちゃんづけなんだね」
「紀菜……って、呼び捨てにすると、何だか馴れ馴れし過ぎて怒られそうな予感がする」
一瞬、紀菜はじろっと、雪野を見やる。
「そうね。一瞬、イラッとなりかけたわ」
「ほ、ほら!」
「冗談よ……」
『え……』
一間おいてから、蓮は話を変える様にこう言った。
「では、そろそろお別れだね。雪野」
「きっとまた、こういう機会があれば会えるわよ」
「ああ、その時を楽しみにしてるよ」
「花月ちゃんも、今日お疲れさま」
「お疲れさま、花月ちゃん」
蓮は花月に向けて挨拶をかわし、そして続いて紀菜も彼女へと声をかけた。
「はいお疲れ様です、二人とも」
蓮は次に季流へと顔を向けた。
「季流さんもさようなら」
「はい、またの機会があったら、二人ともまた助人をお願いしますね」
「はい。任せてください」
そして蓮は最後に、雪野へと視線をあわせた。
「雪野じゃあね」
「うん、じゃあな。紀菜ちゃんも」
「うん、またね。雪野くん」
こうして、蓮と紀菜と別れた雪野たちはすでに車に乗り込もうとしていた季流に続いて、車のドアノブに手をかける。そして乗り込んだ。
窓の外で蓮が手を振っていた。
紀菜は、手は振らなかったものの、こちらに笑いかけながら立っていた。
それを見ながら雪野は、車が走り出し二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
車の走行中、雪野は季流に聞いた。
大切な存在であった今は亡き姉の事について。
「あの、お兄さん」
「なんですか、雪野くん?」
「お兄さんは死んだ人が生き返ってほしいと、それか幽霊でもいいから会いたいとは思いませんか?」
「なんですか、いきなり……」
一瞬怪訝な表情を見せた季流はその後、こう言った。
「そんな事のぞみませんよ。決して望んではいけないんです」
季流の答えはきっぱりとしていた。
「そうじゃなくて、気持ちの問題ですよ。お兄さんもできる事ならば大切な人ならば生きていてほしいですよね?」
「……雪野くんは、そう望むんですか?」
「えっと、まあ……俺は時々思うんですよね。お姉ちゃんがいきていればと。俺のために死なずにすんでいれば今頃……」
「過ぎた事を後で何いっても仕方ありませんよ。これは葉月が選んだ事なんです。我々はそれをただ受け入れるしかないんですよ」
また季流はあの日と同じ事を口にした。
まるで、その結末を決して望んでいなかった自身に言い聞かせる様にそう言った。
「あなたが気にする必要はありません。前から言っているでしょう。いい加減何度も言わせないでください。めんどくさいので」
「はいはい……」
「それに分かっているはずです。亡くなった者はもう、生き返ったりはしません。どんなに望んだとしても絶対に」
「はい。そうですね……」
雪野はその後、何かを思いついた様に声を漏らした。
「あっ!」
「ん? 今度は何ですか?」
「そういえば、今思い出したんですが、なんで花月にだけみんなには見えないあの【化け物】を見る事ができたんだろう?」
それを聞き、花月も不思議そうな顔する。
「なぜでしょう? 私には普通に見えていたんですが……」
「雪野くん耳を貸してください」
季流はそこで目を細めて雪野の耳を近くに寄せさせ、運転中の中、こう呟いた。
「確かではないですが、花月の中には【月花】という【亡霊】がいます。そのせいで一般の人よりも〈変物世界〉のものが見えやすいのでは。【月花】が見る世界を共有しているとか?」
「ああ、そうですね。その可能性がありますね」
こそこそと話す雪野たちに花月は気になったのか声をかけてきて……
「二人とも、何を話しているんですか?」
二人はこう返していた。
「なんでもないよ」
「そうです。なんでもないですよ」
「むー、気になります」
花月の不満そうな顔を木崎家まで見つめていた雪野はそっと心の中で、ほんの少しの不安と嬉しさを感じていた。
雪野はこの春、大切な記憶だと思っていた小学校の時に出会った仲間と、そして……
「雪野お兄ちゃん、おかえり!」
妹との晴れやかな再会を果たしたのであった――




