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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第三章 再会の春、告げる桜
51/141

011 優の話し、現れた【化け物】

 二階をまわっていた蓮と紀菜も戻って来た。

「聞かせてください。あなたは人には言えない秘密を持っていますね。それは一体、何なんですか?」

 直球に物事を進めていく季流の言葉に、怖がっているのか下を向きながら彼女は黙り込んでいた。

 だが、人に合わせる事が嫌いである季流は、変わらぬ平坦な声音で威圧ある言葉を述べる。

「聞いているんですよ。ちゃんと答えてください」

「お兄さん、その言い方はちょっときついから、もっとソフトに優しく声をかけてあげてくださいよ」

「分かっていますよ。だから……そうしているじゃありませんか」

「え? それで? ほらいつものあれでいいですから。営業スマイルで、お願いします」

「仕方ないですね。頬が疲れるので無理やり表情を作りたくないのですが……」

 その後、ため息をこぼした彼は気を取りなおして優へと話しかけた。

「優さん、あなたにもう一度聞きますね。あなたは安奈さんとはどういう関係だったのですか? まずそこから話してくれますか?」

「安奈は私の大親友……少しはずれていて変わった子って周りから言われていたわ。だけど、私はそんなこと気にしなかった。ただ人より弱い子なんだって思ってた。でも違った……安奈が見てた世界は、今の私と同じように本物だった」

「あなたは今【化け物】が見えているんですか?」

「そうよ。【化け物】は私を襲ってきた。けど毎回私にだけ見える安奈が助けてくれるの」

「どういう事ですか?」

 季流の問いに雪野が答えた。

「彼女には安奈ちゃんの【霊】が見えるそうなんです。そんな事を先生に話しているのを聞きました」

「それは本当ですか? 我々の目には何も見えませんが……」

「本当よ! 安奈はあなた達を恐れて今は姿を消しているんです!」 

 彼女は雪野たちを嫌うようにとげとげしい物言いをする。

「それになぜか保健室では安奈は現れないわ。きっと私の事を気にしてくれているのよ。残だったわね!」

「それは不思議ですねー」

 そこで紀菜が声を発した。

「季流さん、それは先生が【変物】を寄せ付けない体質みたいでバリア的なものを保健室ぐらいの広さにはっているからだと思うわ。おそらくこの部屋にも届いている」

「そうなんですか? それはすごい先生もいたものですねぇ」

「私も昔はよく保健室に訪れていたわ」

「お姉さんも具合が悪くなったりしたの……?」

「いえ、具合は悪くはなかったけど、【変物】に追いかけられ、そこに逃げてきたの」

「お姉さん、安奈と同じだったんだね」

「まあね」

 優は話を続けた。

「私は安奈の親友でありながら、安奈の気持ちを知りながら、信じてあげる事ができなかった。だから安奈は……【化け物】に殺されたの」

「殺された?」

 紀菜は聞いた。

「本当よ。あの日、安奈は殺されるって、【化け物】が現れたって、〈桜〉が切られて逃げ場がないって私に泣きついてきた。私は大丈夫っていつもの様に言うだけで、何もしようとはしなかった。心の底から安奈の事を信じる事ができなかった。だから安奈が死んだ時、自分を呪った。私が守ってあげなかったから、全部私のせいで……」

優の目からは涙がにじみ出ていた。

 それには安奈に対する後悔、悲しみ、哀れみ、様々な気持ちが含まれているのだろう。

 紀菜はそんな優を慰めた。

「大丈夫。あなたのせいなんかじゃないわ。自分を責めないで」

「うん……」

「それであなたは、その後どうしたんですか?」

 季の問いに優は泣きながらも話を続けた。

「私は数日して安奈が〈【精霊の木】と呼んでいた〈桜〉の木に祈ったの。彼女が生き返ります様にって。そしたら……安奈が目の前に現れて言ってくれた。これからもずっと一緒だよって、友達だよって。私を許してくれたの。だから私はもう安奈を裏切らないって決めたの。【化け物】から守るって決めたの!」

「ちょっと待ってください!」

 先ほどから、何か言いたげにしていた花月がこう言葉をかける。

「私にもその安奈さんが見えています」

「え、それ本当? 花月」

「はい。雪野さん。私は安奈さんらしき女の子を確かに見えていました」

「いつからだよ」

「【変物】の大群が押し寄せていた時です」

「優さんの隣にいた安奈さんはその状況のなか……笑っていました」

「え……」

 優は茫然とする。

「花月、それは事実ですか?」

「はい、お兄さま。たぶんですけど三つ編みをした女の子でしたから、雪野さんが見た夢の子の特徴と同じです」

「それだと、優さんが見ている安奈さんは【悪霊】かまたは……」

 季流は考えをまとめる様に目を閉じてからやがて言葉を述べた。

「優さん、よく聞いてください。【化け物】が大量発生するようになったのはあなたに安奈さんが見えるようになってからです。その意味は分かりますか?」

「分かりません……」

「あなたが体調を崩す様になったのは、その頃からだそうですね」

「それがどうしたのよ、何がいいたいのよ!」

「安奈さんはあなたを脅かす存在かもしれません。そう、【化け物】と同じです」

「いや! そんなの聞きたくない! 安奈は【化け物】なんかじゃない。現に私を何度も助けてくれたんだよ? そんなはずがない!」

「いいえ、安奈さんはあなたを助けようとはしていない。むしろ逆の存在だと私は考えています」

「反対……えっ……?」

「安奈さんを襲った【化け物】、それが、今あなたが見ている安奈さんなのだとしたら、どうしますか?」

「え……」

「これは憶測にすぎませんが、【化け物】の中には殺した相手になりすまし、悲しむ相手の心のうちに忍び込むものもいます。それらは相手に取りつき、生気を奪いやがて死へと導きます。あなたはそんな【化け物】に取りつかれては、いませんか?」 

「そんな事ない。だって……安奈は安奈なんだもん!」

「意味が分かりませんよ。あなたは何を言いたいんですか? 今ならまだ間に合います。安奈さんの【化け物】を祓ってあげますから安心してください」

 季流が優へと手をかかげる。

「いや! 私には【桜の精】が付いているんだ! きっとそうだよ。【化け物】なんかじゃない。だって、【精霊の木】で祈って願いが叶ったんだよ。安奈だって桜の木には【精霊】がいるって、信じていたのに……」

「あなたは安奈さんが本当の安奈さんじゃない事は認めたという事ですか?」

「……」

「それで、人に害をなす【化け物】だという事は認めないという事ですか?」

「もう、放っておいてよ! あなた達には関係ないでしょ!」

「いえ、関係なくはありません。皆あなたのせいで【化け物】に脅かされています。具合を悪くする者だって出ているんですよ。全く関係なくなんてありません!」

「う、うう、うわあああああん!」

 優はその言葉に突然、声を荒げその目には涙をためたまま、その場から出て行く。

「あ、優ちゃん!」

 その後、彼女を慌てて追いかける雪野たちがいた。

「ちょっと、お兄さん! もっと言葉を選んでください! なに子供相手にあんなひどいこと言ってるんですか? そんな事しか言えないんですか!」

「そうよ。あんなこと言ったら、かわいそうでしょ!」

「はいはい! すみませんね! あんな事しか言えなくて!」

 季流がめんどくさ気にそんな言葉を吐く季流がいる中、優は玄関をうち履きのまま超え、外へと向かていく。そして、〈桜〉の方へと走っていく様で……

 雪野たちも急いでスリッパのまま外へとかけだしていった。

 やがて追いつき、彼女はもう何の効力もないただの切り株に向かって手を組んで必死に祈っていた。

「お願い【桜の精】、安奈を消させないで。誰にも消されないようにして! 安奈は私の友達なの! ずっと一緒なの! だから、お願いよ……うう……」

 雪野たちは叶わないそんな彼女の想いをただ聞いていた。

 ふいに後ろを向く優は睨みつけるように雪野たちを見て言った。

「お兄さん達は、安奈を消すのよね? 安奈がただの【精霊】さんが生み出したいい【霊】でも? 私の友達でも?」

「現状から言って、それはないかと思われます」

 季流はやはりためらいもなく、ただ思った事を……限りなく近い真実を口にする。

「なら、安奈を呼ぶわ。あなた達をこれ以上ここにいさせないために!」

「何をするつもりです?」

「こうするの! 安奈!」

 その時、雪野はただならぬ怖気を感じた。

 それは彼女と階段ですれ違った時にあった感覚と同じだった。

 これはヤバい……

そう思った時、花月は周りへと言葉を発していた。

「皆さん、後ろです!」

 後ろを見てみるとそこには……何も見えなかった。

 だが、恐怖の的になる何かがそこいる事だけは感じた。

「これは……」

 季流はそう声を漏らした。

「どういうこと……?」

「どうしたの、紀菜ちゃん?」

「見えないのよ、私にも……蓮くんも見えていないわよね?」

「うん、見えていないよ。でも、何かは感じるよね?」

「ええ、そうね……」

 紀菜も蓮も同じようで、安奈の姿は見えず何かの嫌な気配だけは感じ取っているようだ。

 だが横に立つ花月の視線はまっすぐ一点に向かれており、こう言葉を漏らしていた。

「います。皆さんには見えないんですか?」

「花月には見えている?」

 その声は

 その時、優と安奈の会話がなされ、雪野達にもその言葉だけは響いてきた。

ひどく歪な声で聞こえてきた。

「安奈、私のいう事聞いてくれる」

「ナニ? ユウ……?」

「この人たちを追い払って」

「ワカッタワ。オイハラウ……オイハラウワ」

 その瞬間、辺りには霧が生まれ始めた。

「ミンナアツマレ、ワタシノ、カワイイテシタ、ドモ……」

「安奈? ねえ……何を呼んでいるの?」

「ミテワカラ、ナイ?」

 遠くから【化け物】が向かって来ていることが雪野たちには分かった。

「安奈……? うぅ! ゲホゲホッ、なにこれ……」

 優の口からは血が流れ出ていた。

「優ちゃん、今すぐこの現象を止めるんだ。そうじゃないと、君は死んでしまう!」

「え、死ぬ……うそ……」

 そう言葉を漏らして、棒たちになっている優に雪野は必死に訴えかける。

「優ちゃん、今すぐ安奈ちゃんの事を祓わないといけない。それでもいい?」

「そんなこと聞いている暇はありません。今すぐ払いますよ」

 季流が事を急ぐように声を上げた、その時だった。

「サセルカァ!」

 安奈の【化け物】は、そう言った後、季流へと忍び寄る。

「お兄さま、危ない!」

 花月の声が響いた直後、季流の首はその安奈の【化け物】に締め上げられているのか、その場で首に両手をやる彼の姿があった。

「ぐぅ……」

「お兄さん!」

 雪野がそう叫ぶ中、季流はそこで笑みを浮かべる。

「ふふ、捕まえ、ましたよ……」

「ナニィ!」

 季流は安奈の腕を掴み、そして自らの力を放つ。

「ハッ!」

「グゥガァアアアアアアアアアア!」

 安奈の【化け物】はそこで姿を現した。

 その姿はとても人間と思える容姿ではなくて、まさに【化け物】と言った方がいい物だった。

「いやああああああ! 安奈が! 安奈が【化け物】に……」

 そしてすぐ霧にまぎれるようにして姿を消す。

 その時には外から押し寄せた【変物】たちが群れを成し、雪野たちに攻撃を加えていた。

 それを蓮と紀菜が対処していた。

雪野はというと、優の事を心配した様子で優の肩を掴んで言った。

「優ちゃん。よく聞いて。残念だけど、死んだ人間は生き返らない……それが現実だ」

 それはかつて、季流から言われた言葉であった。

雪野は記憶の糸を手繰る――


 これは夏川家に来てからの出来事、雪野は季流に独り言のように呟いた。

「僕は何で生きているんだろう?」

「またそれですか?」

「お兄さんは、僕が憎くないの。お姉ちゃんが死んで寂しくないの。生き返ってほしいと思わないの?」

「前にも言いましたが葉月は自分で決めてその選択をしました。人が死ぬ事はもちろん悲しいです。寂しいです。私も例外ではありません。怒りさえ葉月に感じている。私を置いて死んだ事に……」

 季流は眉をよせてそう言葉を漏らした。そして……

「それでも……いくら生き返ってほしいと思っていても、死んだ者はもう生き返りません。どんなに望んでも生き返る事はできません。私たちは生き返ってほしいとすら、思ってはいけないんです」

 そんな事を言う季流に疑問が溢れる。

「それは、なぜですか? なぜ、願う事すらいけないんですか?」

「私たちの様な者は特に、知っているから……この世界について知っているから……」

 季流は瞬きせず、雪野に言い聞かせるように真剣な目を向けていた。

「人の思いは強ければ強い程〈変物世界〉に影響を及ぼします。もし今、そこに葉月が現れたとしてそれはただの幻に過ぎないんです。私が望み、現れた肉体のない彼女はもう葉月じゃない。そう思わなければいけない。そのままにしておくのもいけない。寂しすぎるから、辛すぎるから……だからこそ死者には死者へと返すという言われごとがあるんですよ、雪野くん……」

 季流は辛そうに顔を背けていた……

 でも、雪野が味わった日々や祖父が放った言葉の意味が少しだけ理解できた。

 いない者……そう言いつけたのは、そう自分を扱ったのは誰のためだったのか。

 きっと皆の家族のためだったのだろう。

仕方なかったのだろう。それがいいと思ったのだろう。

しかし誰もそれでいいとも思えないのだ。

心がはれることはないのだ。

 死はそれだけ自分だけじゃなく周りに大きな傷を残してしまうから……

 だから自分の存在は家族の負担にしかなっていなかった。

 母の心を傷つける存在でしかなかった。

 雪野は、だから自分は消えるべきなんだと納得してしまった。

 でもそれは……消えてしまう事は……今はできそうにないのだ――

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