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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第三章 再会の春、告げる桜
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006 行われなかった誕生会

その夜、雪野はまた夢を見た。悪夢を見た。

 次の日も次の日も――

 雪野はその間、休みを挟んで四日間、蓮たちに会えなかった。

 雪野はどうにかして二人に会えないか考えた。

そして今日……悪夢にうなされないよう一睡もしなかったこの日だけは、学校に向かう事が出来た。

 雪野は登校中に、いつもの待ち合わせ場所で蓮と紀菜に会う。

 二人が雪野に気づいて、蓮がこちらを駆け寄ってきた。

「雪野くーん、おはよう!」

「おはよう……なんで今日、蓮くんは僕をくん付けで呼ぶの?」

「分からないかな? 俺、怒ってるんだよ」

「え? いたた、いたたたた!」

 蓮は雪野のお尻の肉を手でつまんでくる。

「おい、やめろーい!」

 雪野がその手を払った後、紀菜も怒っている事が丸わかりで言ってくる。

「私もよ、雪野くん。あなたこの四日間なにしていたの? 頭でもぶったのかしら?」

「その……えっと……」

「あなたの事だからどうせ、うじうじ悩んで家から出られなかったんでしょうけど、それがどれだけ私達を心配させたと思っているの?」

「そうだよ、雪野? 一人で抱え込まないで何でも言ってよ」

「どんな事でも、私たちは受け入れるから」

「人形の事だって受け入れたように、他にも何かあったら言いそびれている事があったら言って、今すぐ!」

「蓮くん、紀菜ちゃん。心配してくれた事は嬉しいけど……さすがに全部は……」

「あ、その様子だと、なにかあるんだ」

「観念して話しなさい」

 押し寄せてくる尋問に雪野は耐えれず……

「もう、逃げる!」

 と、走り出した。

「あ、待て!」

「待ちなさい! 雪野くん!」

 蓮と紀菜はすぐ追いかけてくる。

「俺より早く走れると思っているのかな、雪野は~」

 実に余裕のある蓮の悪魔のような囁きが聞こえた時、雪野の頭にはよぎっていた。

 その悪魔よりもたちの悪い響きが。

――お前と関わる者はみんな死ぬ。

「……」

 そんな事よりも……

そんな事よりも、現実の事に集中しようとした。

雪野は蓮と紀菜に追いかけられ、困惑した表情を見せない様、いつもの様に……

「ついてくるなぁあああああ!」

 そう声をあげていた。

 自分が思っていたがこう生活にはならなかったけど、今のこの時間は自分とって確かに幸せな時なのだ。

「雪野付いてくるなっていったって、学校は同じところだから無理だよ~。さあ、雪野は最後まで俺から逃げられるかな~」

 その言葉の後、長々持久走並みに走った結局、蓮に捕まってしまう。

 これは何の茶番だろう。こんなふざけ合いをこれからも……これからも……

「途中から、わざとスピード落としていたでしょ。どれだけ走らせる気だよ!」

 雪野は息をゼイゼイハーハー吐きながら蓮に文句を言う。

「捕まえられたくなかったんでしょ。だからご希望通りにしてあげたんじゃん」

「この鬼!」

「そうよ、蓮くん。女の私がいる事も忘れないでくれる?」

 紀菜は雪野や蓮の後をやっとのこと追っていた。

 蓮とは違い彼女の息は、雪野と同様乱れていた。

「なに、俺が悪いの?」

「いえ、違うわね。そもそもは雪野くんが悪い。おうじょうぎわが悪くて本当に見苦しい!」

「そうだよね。雪野が悪いよね」

「そんな怒らないで、紀菜ちゃん。悪かったって」

「俺も怒っているんだけど?」

「蓮くんも悪かったって、いろいろ事情があったんだよ」

「その事情って?」

「事情は……今度、話すから見逃してくれない?」

「今度って?」

「誕生会の日……」

 雪野は照れたようすでぼそっと言葉を呟いた。

「雪野来てくれるんだ!」

「まあ、蓮くんたちがどうしてもっていうんだったら、してもいいかなって」

「またまた、本当は祝ってほしいくせに」

「素直じゃないんだから」

 蓮と紀菜が笑い返した。

「それ紀菜ちゃんが言う?」

「ど、どういう意味よ?」

「あはは、二人とも素直じゃないんだから~」

 雪野は彼らになら打ち明けてもいい、そう思えた。

いつかこの二人には話さなければいけないと思っていたから。

 自分の味方だと当たり前のように口に出した彼ら、今、自分の友達でいてくれる事がとても嬉しかった。自分をこんな幸せな気持ちにさせる彼らには知っていてほしい。

受け止めてほしいと強く思ったんだ。

「二人とも、聞いてほしんだ……」

その気持ちには反して不安もついてくるけれど、自分は彼らを信じてみようと思った。

 そしていつものようにあっけなく自分の心の問題は解決してしまう、そんな気がした。

だからこの際、思い切って全て話そう。

「絶対、誕生会にはいく。だから……これから数日間、僕は休む事になるかもしれないけど気にしないで……」

 一瞬、曇るような表情をした蓮と紀菜を雪野は捉えていた。

 それでも、その言葉の意味を理解してほしい。約束は絶対守るから……

「二人とも、ちゃんと行くよ。だからそんな顔しないでよ……」

 悪夢がまだある。続いている。

 それをうち破りたいがそれができない。だから……

僕の言葉を信じて、二人とも……

「雪野……いったい何があったんだ?」

「そうよ。誕生会の日、本当に来れるの?」

二人をそんな心配そうな顔させたくないから、僕は頑張らなきゃ。

 耐えなきゃ、慣れなきゃ……そしてちゃんと二人に話さなきゃ。

「大丈夫、今日のように来られるようにするから」

「今日のように……?」

 蓮は雪野の言葉を深く読み取ろうとする。

「今日は眠たいんだ。寝不足。最近眠たい日が続いて学校にいけないんだ」

 雪野はそう言ってはぐらかした。

「それだけ?」

「うん。それだけ」

「それなら、いいけど……」

 この後、学校へと着き雪野はいつも通り授業を受けるが、昨日は寝ていないため、襲い掛かる睡魔に雪野は耐えた。

 学校で寝てしまえば、また悪夢を見て家での様に意識があいまいになりかねない。

そして大事となり、蓮や紀菜にその事を気づかれかねない。

 それを頭に入れ雪野は腕をつねったりしながら眠気に耐えた。

 こうして放課後……雪野はもう起きていられないと思い二人に伝えた。

「今日はちょっと、用事があるんだ。ごめん。〈怪奇団〉の活動はまた今度するから……」

「うん」

「それなら仕方ないわね……」

 二人とも、どこか自分の事を気にかけている様子で、短い言葉を返していた。

「誕生会は蓮くんのお家に行けばいいんだよね」

「うん、そうだよ」

「じゃあ……また、誕生会の日に会おうね」

「うん。またね、雪野」

「雪野くん、さようなら。絶対来るのよ!」

「はいはーい」

 彼らと別れを告げた。

 一人で家へと帰る道とても長く感じられ、まるで重りがついているように足はなかなか前に進んではくれなかった。

 思えばずっと、自分には彼らがついているのだ。

 二人がいない今の時間は、とても……寂しいと感じた。

「だから……絶対に、負けたらダメなんだ……」

 悪夢なんかに、ただの幻なんかに、今の現実を壊されるわけにはいかなかった。

雪野は家に着くと夕飯を食べ、部屋につくと深呼吸をした。

 その後、心の準備ができた様子で眠りについた。

 あと五日間悪夢に耐える。

「ううぅっ……うア……」

 それは泣き叫びたくなる程の心の苦痛だった。

 ひたすら沈んだように重苦しい目覚めを繰り返し、ひたすら何もかも放棄したい思考を彼らとの思い出で修繕して、ひたすら繰り返し返し、崩れて落ちて前を向こうとして……

誕生日の日を迎えた日、その時には彼はすっかり目も当てられない状態になっていた。

「うわあああああああ! あ、ああ。あぁあああああああ!」

 朝、雪野は夢にうなされ、目を覚ましてもなお悪夢の中をさまよっていた。

 ここは……今……

 そうだ……今日は……約束の、日……

 僕の、誕生日……

「あぁああ! うぁああああ! やあぁうがあああ!」

 床に爪を立て呻き、足掻き……

「がぁあああああ! うぁアアァアアアァ、アゥアアア――」

やがて自身痛みを与える様にしての腕や足や体中を引っかき、彼はやっとのこと意識を現実に戻していった。

 今日は誕生会なんだ……

 行かなきゃ……

 雪野はやがて歩き始めた。

 その間も声は反響する。

――皆、お前がいると邪魔だと思っている。家族も、それにあの二人も……

――お前は弱い。何もできない。ただのコドモだ。

――そんなお前は、これからも周りを苦しめ続ける。

――皆の平穏を壊していく。お前の母の様に、お前のせいで死んだ姉の様に……

「いくんだ……いくんだ!」

いかなきゃ……いけなきゃ……いか、なきゃ……い、か、ない、と……

「もう少しだ……あと、もう……」

蓮の家は途中、田んぼ道から外れ大きな道路を渡った先にある。雪野は青色に変わった信号を渡ろうとふらつきながらも、足を前に進めていった。

「雪野、どうしたの?」

 声が響いてきてそっと顔を上げると、すぐ前の方には蓮の姿が見えていた。

彼は家の方からこちらにかけてきていた。

「蓮……」

 だがその時、雪野は見えてしまった。

――お前のせいだよ……

 夢での光景が……蓮の皮膚がただれていく様に赤く染まり、溶けて骨になっていく姿が。

「いやぁああああ! あぁあ! あぁあああああ!」

 雪野はその場に立ち止まった。

 それに慌てたような蓮の声が聞こえた。

「雪野、大丈夫! 雪野!」

 雪野には……その声がひどくゆがんでその時、聞こえていた。

 信号が赤信号へと変わる。

「今、そっちに行くから。待っててね」

 蓮は雪野を歩道まで連れて行こうと、雪野の元に向かった。

 それに雪野は……こう思った。

 骨が来る――蓮の【化け物】が来る――

 半分まで横断歩道を渡り切っていた雪野はそこで体を翻し、蓮から逃げる様に走り出していた。

 蓮は後ろからこう叫んでいた。

「雪野。危ない!」

 雪野が走り出した先には、大きな塊が押し寄せてきていて、雪野はそれがトラックだという事すら認識していなかった。

 だが、その瞬間の視界に移されたものは決して夢などではなかった。

 それに気づいた時には遅かった。

 雪野は強い衝撃と瞬間の痛みと、ゆっくりと回転する周りの景色を訳が分からない様子で確かめていた。

 あれ、僕どうしたんだろう?

 浮いている?

 自分がトラックにはねられた事に気づいたのは、すでに雪野が吹き飛ばされて地面に体を強く打ち付けた後だった。痛みが現実へと戻した……

 その時、人形は雪野と共に宙を浮き、雪野の目線の前に転げ落ちる。

蓮が駆け寄ってくる様子が視界に映し出される。

見える、見える、見える……ちゃんと見えている……

 しっかりと幻なんかじゃない現実が見える。

「ああぁ……」

 なんだ……これは……もう、何なんだこれは!

「雪野、雪野、しっかりして!」

「蓮くん……うう……」

 痛み、流れ出る自分の血を見て、ひどく怖かった。

 自分は死ぬんだと思った。

 それは人形に選ばれる前、以来の事で、久しぶりな感覚だった。

 それを悟った雪野はそこで後悔や未練など旅立ち自分にはどうでもいい物を捨てた。

 最後まで持ち続けても意味がない考えを捨てた。

 すると思うのだ――

 死んでしまうこんなで状況でさえも昔とは違い、寂しさはなかった。

 だって、友達に出会えたんだから。

 自分はもう十分なほど幸せを感じたから。

 学校に通って蓮や紀菜ちゃんと出会えてよかった。

 自分が望んだことを……夢を初めて叶える事ができたんだ。

 だからこそ、もういいのだ。

 雪野は心からそう思った。

 そし手死骸に薄れていく意識は、蓮の言葉も姿も映され失くしていった。

 ぼやけていく現実がそこにあった。

 それが死なのだと、雪野はすでに知っていた――


 横たわる雪野を見つめる二人。

「雪野……雪野!」

 蓮は叫び、後で駆け付けた紀菜は泣いた。

 雪野はその後、救急車に乗せられ、病院へと連れられて行った。

 蓮はそれを見送った。

 だが、その後の事は知らない。

 その日以来、雪野は〈怪奇団〉から姿を消したのであった。

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