005 始まりの悪夢
その夜の事だった。
あの光景が夢に出てくる。
それは姉の死から始まる記憶。
「お姉ちゃん……」
そして、誰かの死。
誰か見知らぬ人が死んでいく夢へと変化する。
その誰かの死を自分は見ている。
死体の山、そこに雪野は立っていた。
「なにこれ……」
死体を踏む感触はまるで本物の様で、雪野はひどく嫌だった。
辺り一面は赤い景色が広がっていた。
流れ出る、血液が空や空気と交るかのように。
おぞましい風景が広がった。
しみわたった。
にじみわたった。
「……」
雪野は誰かの死を見ている。
それは母、父、祖父、祖母。
それから……蓮、紀菜。
「うう……あ、ああ……」
それを見て、雪野は言葉を失う。
その時、生えている腕が雪野の足を掴む。
雪野は腕に倒され、すぐ近くにいた蓮と紀菜の死体をすぐ近くで見る。
するとそれは、二人は……
「雪野、これは君のせいだ」
「雪野くん、あなたのせいよ」
雪野に向かってそんな事を言ってくる。
言葉と同時にギョロッと目が開いた時に、雪野は思わずあとずさる。
「うわぁああああああ!」
そして、逃げた。
「なんだよ、これ……」
雪野は逃げた。
「痛い、痛いよ。雪野!」
ふんづけた死体がそう言ってくる。
「いやだ……いやだいやだいやだいやだ!」
空から地面から空気から、全体から響いてくる声に雪野は耳をふさいだ。
しかし、夢の中はそれを許してはくれない。
声は響く。
自分の中に入って来る。
「お前の存在そのものが悪い」
「お前はいない者だ」
「いない者のお前が悪い」
「いいえ、お前が生まれたせいでこうなった」
「全てはお前だ。お前が元凶なのだ」
「お前が周りを不幸にするんだ」
雪野はその声を受け流す。
雪野はそんな声も揺れうごめく腕も気にしない様に、ただ奥の方に走り続けた。
ただただ、怖かった。
地獄のようだった。
これが現実なのか分からなくぐらい、その夢を漂った。
息が上がる。
疲れる。
苦しい。体が、心が……
祖父は言っていた。
自分は危険だと。
自分は人を殺してしまえると……
もしかするとこの夢は近いうちに起こる未来の出来事?
そんなばかな事を雪野は考えた。
すると声が雪野の考えを読むようにして言ってくる。
彼の心に反映して言葉の針が雪野自身を突き刺す。
「そう、これは未来のお前が招いた悲劇だ」
「もうやめて、もうやめて、もうやめて!」
彼は夢から逃げ続けた。
逃げたところで、誰も雪野を助けてくれない。
だって、雪野は一人なのだから。
「お前は一人だ。みんなお前の前からいなくなる」
そんな事はない!
二人とも友達だって言ってくれた。
これからもそうだって言ってくれた。だから……
「お前と関わる者はみんな……死ぬ……」
突然と耳元でささやかれる声。
死体はその時、動き出し雪野に向かって覆いかぶさろうとしてくる。
「いやぁあああああああああああああああああああ!」
たくさんの赤い腕は雪野の足を奪う。
手を掴む。
体にまとわりつく。
雪野を引きずり込む。
真っ暗な世界へと……
それでも声は鳴りやまない。
夢の中で一人、雪野は声に苦しんだ。
その悪夢は雪野の不安を掻き立てるものだった。
自分がいつか人を殺してしまわないか、と。
雪野が目覚めた時には、もうすでに学校へ行く時刻が過ぎていた。
近くには数名の使用人の姿があった。
「蒼さま、雪野様がお目覚めになられました」
使用人は自分が異常なまでにうなされている事に気づき、心配したのだ。
廊下の方に立つ父は、さっとこう言う。
「これは独り言だ……人形の悪夢を見たんだな。寝ている間も休まらぬ地獄を見せると言われている」
人形が見せる夢はもう何度も見てきていた。
しかし、今回のような心をまるで潰されるような夢は初めて見た。
「あれが……夢……?」
現実に自分がそこへ立っているような感覚だった。
あの手の感覚。
まとわりつかれる感覚。
確かにあった。
雪野は自分の腕を確認する。
別にそれといった赤痣もなく、いつもの自分の腕だった。
それに少しだけ安堵する。
夢が現実にならなくてよかったと雪野は思った。
「今日は、学校は休みにしておいた」
「え……」
「そんな様子でいくつもりだったのか? 今日は休め」
「分かりました……」
雪野はしぶしぶ答え、その後、蒼はその場から去っていった。
こうして雪野は一日を家で過ごした。
そして縁側に腰を掛けて呟く。
「二人とも、心配するだろうな」
学校では、朝、花子先生による出席確認がなされた。
一人ずつ、名前を呼ばれていく。
そして、
「木崎雪野くん」
雪野の名前が呼ばれた。
「木崎雪野くん。いますか?」
先生は教室を見渡し、雪野の席に目を向ける。
「どうしたんでしょうね。いないみたいです」
席に雪野がいない。
それを見て、
「雪野……」
蓮は雪野が欠席したことを心配するように雪野の席を眺めていた。
そして隣のクラスで紀菜は、
「どうしたのかしら?」
机の上でそう呟いた。




