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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第三章 再会の春、告げる桜
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004 いない者

あの時は、あんな別れをするなんて思ってもいなかった……

もし〈あの日〉さえこなければ、今頃蓮や紀菜ちゃんと〈怪奇団〉の活動やらふざけ合ったりして、楽しく過ごせていたのだと、雪野は思う。

けれど、〈あの日〉は訪れてしまった。

雪野にまとわりつく影が、呪いが、彼らとの別れを引き起こしてしまった。

〈あの日〉あの時、雪野は確かに幸せを感じていたのだ。

それなのに、雪野は闇にとらわれてしまった。

脅しのように誘惑する黒い声に雪野はとらわれてしまった。

もう〈あの日〉は戻ってくる事はない。

だから雪野はただ思い出す。

〈あの日〉の光景を。

夢にも出てくる〈あの日〉あった出来事を――

それは小学六年生の冬の事だった。

冬休みが終わり、雪野たちが学校へまた通うことになった時期の事。

雪野は蓮や紀菜と共に毎日の様に〈怪奇団〉の活動をしていた。

そしてその帰りはいつも一緒で雪が降り積もる中、雪玉をあてたりして戯れていた。

そんないつもの日常だった。

「そういえば、雪野」

蓮は上を向き、空から降ってくる雪をぼんやり眺めていた。

ふと何か思いだしたかのように雪野に呼びかける。

「なに、蓮くん?」

「君って、誕生日いつなの? 名前に雪が付くってことは、冬生まれだよね。たぶん」

「そうだけど……一月一四日だよ」

「今日が一月四日だって事は、もうすぐじゃん」

「そうだね」

 雪野は脱力した様子で答えた。

 それに蓮は不思議そうに言ってきた。

「そうだねって、うれしくないの?」

「だって、誕生日だからって、何もないし……」

「家で祝ったりしないの?」

「昔はしていたけど、今は……」

 雪野がいない者として扱われてから、誕生日を祝われた事はなかった。

 昔は家族全員でケーキなどを食べた記憶がある。

 豪華な洋風の料理が出てきて、珍しいと自分は大はしゃぎしていた。

 そして、母の膝の上に乗せてもらって、ケーキの上に付いたロウソクの火を思いっきり息を吸ってはいて消した。

 そんな思い出があった。

「あれ、どうかした?」

「聞いちゃいけない事だったんじゃない?」

 後ろで聞いていた紀菜も割って会話に入る。

「ううん、なんでもない」

「なんでもないって事はなさそうね。ねえ、あなたの家って、どんな所なの?」

 どんな所と聞かれると……

「普通、ではないよ。みんな着物来ているし、使用人とかいるし、とにかく型苦しいところだよ」

「そうなの……ずいぶんとすごい家のようね。まるでお金持ちの家のよう……」

「別に金持ちとかではないと思うよ。ただ昔からの風習とかに厳しい家……」

 雪野は家でいない者として扱われている。

 その事を二人に言えないのでそう言った。

「とにかく別に誕生日だからって特に浮かれる事はないし、別に祝われたいわけでもなくて……」

その場の空気がよどむ。

蓮と紀菜は、分かりやすいほどの落ち込んでいる雪野の姿を見て、顔を見合わせた。

「雪野、誕生会をしよう!」

「一緒にしましょう」

「え……」

「俺たちが雪野の家族の代わりに、雪野の誕生日祝ってあげるよ」

 それに雪野は手をブンブン振った。

「いいよ、蓮くんや紀菜ちゃんの誕生日は祝っていないのに、自分だけ祝われるのはちょっと申し訳ない気がする」

「もう雪野くんは、そんなこと気にして……それじゃあ、紀菜ちゃんや俺の分の誕生会でもあるって事でいい? もうまとめてやっちゃうんだよ」

「ええっ!?」

「そうだ。雪野んちで誕生会しようよ。一度どんな所かみてみたいし。紀菜ちゃんも行ってみたいよね?」

「そうね。気になるわ。使用人がいる家って……いったいどんな感じなのかしら……」

「では、さっそく今日、行ってみようか!」

「そうね。いきましょう」

 蓮と紀菜はどんどん話を進めていく。

 それに雪野は困った様子で二人を止めにかかった。

「ちょっと待って。ちょっと待って!」

蓮と紀菜の前に出て彼らの行く手をさえぎる。

「二人ともだめだよ、それは!」

「なんで、だめなの?」

「なんででも、うちは蓮くんの所の家族とは違って、フレンドリーじゃないし、紀菜ちゃんの所とは違って普通の家じゃないから……えっと、絶対引くよ!」

 もうやけくそに言った。

「引くって、そんな事ないよ~」

「とにかく、ダメなものはダメ!」

 雪野は強く念を押す。

「それじゃあ、誕生会出来ないじゃん!」

「今日、するつもりなの……?」

「違うよ。今度雪野の誕生日をできるように、今日は頼みに行くんだ」

「頼みに?」

「そう。雪野のお家で雪野&俺たちの誕生会を開かせてくれないかってね」

「……」

 蓮は本気のようだ。

 本当に木崎家へ、行くつもりだ。

「絶対ダメ‼」

 雪野はそう強く言った。

 どんな事でをしても、どんな初段を使おうとも、たとえ嫌われようともこの時、自分は二人を止める必要があった。なのに……結局、こうなってしまった。

自分は二人をどうこう言える程、あのしつこい蓮を引きはがせられる程、強気にはなれないのだった……

「ここが雪野の家か~」

「なかなかに広いわね」

 田んぼ道を通り、道を外れた草むらを途中から通る。

そして坂道を駆け上がった分かりづらい場所に木崎家はある。

 蓮たちは雪野の家の前までついてきた。

「もう、なんでついてくるの? ダメって言ってるじゃん!」

「あはは、ついてきてしまいました。という事で、家に入れて。雪野」

「だめ!」

「そうか、ダメか……雪野はわざわざここまで歩いてきてまで雪野の誕生日を祝おうとしている俺たちを追い返すの? そんな薄情な奴だったの?」

「それは……」

「そうじゃないよね? それは分かっているよ。なんせ俺たちは、友達だからね! だから家に入れてくれるくらい、いいよね? ね、雪野?」

 蓮の言葉に雪野はしぶしぶ答えた。

「お前……」

「はあ、いいよ……いやダメだとは思うけど今回だけだめもとで家に入れてあげる。俺、怒られる覚悟だけど……友達選べて紀菜子と言われかねなさそうだけど……その代りおとなしくしていてよね。特に蓮くん、べらべら家族や使用人に話しかけないように」

「はは、言い返してくるね。雪野……うん、分かったよ、決して雪野の普段のカッコ悪い姿の事なんて家族や使用人さんには言わないから。安心して」

「そういう意味で言ったんじゃないけど……その事も絶対言わないでよ!」

「はい、はい」

「それじゃあ、入るよ。二人とも静かに上がって。誰にも気づかれないように……は無理かもしれないけど、とにかくそっとね」

 雪野は玄関の戸をあけ二人を客間へと案内しようとする。

 その時点でもうさっそく使用人たちとすれ違う。

 すると、蓮と紀菜は挨拶を返す。

「どうも」

「おじゃまします」

 廊下を渡る使用人は突然の事に唖然として、それから何も言わず頭だけを垂れた。

 そして、ぼそっと聞こえる。

「あの子が友人を連れてきたわ。どうしましょう?」

「蒼さんや鈴奈さんに伝える?」

「鈴奈さんはあの子の事になると、気が……」

 その時、

「二人とももうすぐだよ! 僕の部屋はあそこの角を曲がったところにあるんだ!」

 雪野はあえて大きな声を出してその声を二人には聞こえない様にした。

 そして早足で向かう。

「うん。そんなに急がなくていいよ。雪野」

「なに、慌てているのよ」

「ううん、何でもないよ」

 人通りが少なくなったところで雪野は速度を落とした。

そして客間へと向かう廊下を通っている時だった。

 角を曲がった先にいた母親とばったり鉢合わせをしてしまった。

 うす暗い中でも見える。

まるで、幽霊でも見るような目。

「ひっ、雪野……」

 彼女は驚いた様子で雪野を見てそれから後ろにいる蓮と紀菜の姿に気づく。

「お母さん……ただいま……」

 雪野は一応、家族らしく、いつもはしない挨拶を交わした。

 母もその時ばかりは、雪野に言葉を返した。

「おかえり、なさい……」

 その時の彼女の表情はひどく怯えているように見えた。

 きょろきょろと動く目。

「その、学校の友達を連れてきたんだ」

「そう……」

 母はこちらを見ようとはしない。

 少しずつ彼女の手は強く握られ、身震いし出すのが目に見えた。

「それで……誕生会を今度ここで開きたいって……」

「そう……」

「ねえ、お母さん。お父さん達にも言っておいてくれないかな?」

「そう……」

 母は腕をクロスしまるで寒気が走ったかのように手を揺さぶり出した。

「ねえ、お母さん……聞いてる……?」

雪野が喋っている時、それを遮るようにして母親は言った。

「あ、あああ、しゃべりかけないで! 私にもうしゃべりかけないでぇ! うあぁあああ!」

 母は頭を抱える様にしてしゃがみこんだ。

「雪野はいない雪野はいない。雪野はもういない者! 消えて! 消えなさい!」

 雪野は戸惑う。

蓮と紀菜のいる前でこんな状況を見せてしまって、どうしたらいいか分からなかった。

「お願いだから消えて! 私の前から消えて! 消えて消えて消えて消えて!」

 雪野は二人をそっと見た。

 二人とも、訳の分からない顔をしている。

 こんな事が起こると思ったから、二人を連れてくることに反対していたんだ。

 少しでも何とかンるだろうとか、うまくごまかせる事ができると思った自分もきっと悪いんだ。彼らにとっては、自分を思っての行動なのだ。

 こんな状況を見られては、二人もきっと浮かばれない。困ってしまう……

 雪野がこの状況に困惑しながら顔を戻すと、母はふらふらになってその場から立ち去ろうとしていた。

「おい、どうした?」

 そう言ったのは、母の乱心にかけつけた祖父だった。

「雪野、お前のせいか!」

「違う、僕は……」

「言い訳は言い。お前がいるだけでお前の母は心乱れるのだ。それより、その二人は誰だ?」

「友達……学校の友達だよ」

「そうか。残念だが、その友達には帰ってもらいなさい。こんな見苦しい所は見せられない」

「えっと……」

 祖父はせかせかと事を進める。

「おい、誰か鈴奈を部屋へと連れて行っておくれ。安静にさせてほしい」

「はい、かしこまりました」

 そう言い雪野たちの背後にいた使用人が前へと通り、母をその場から連れ出していった。

母の姿が見えなくなっても彼女の泣き声はどこまでも響いてきた。

 二人は黙っている。

 こんな状況で何も言えないのかもしれない……

「雪野何をしている。二人を帰して来い!」

「ちょっと待って、今日は話があって来たんだ」

「話し? どんな話がある」

「もうすぐ、僕誕生日でしょ。それで今度二人が誕生会しようって。それでこの家でしたいなぁと思ってるんだけど、いいかな……?」

「いいわけないだろ」

「そうだよね。ここでは祝えないよね……」

「そうじゃない。そういう意味で言ったんじゃない。いないはずのお前の誕生日をなぜ祝わなければならぬと言っておるんじゃ。自分の立場をわきまえろ、雪野」

 そして次に告げられる。

「お前はもういない者なんじゃ」

 そして、二人に向かってこう言い放つ。

「雪野の友達か。そなたたちももう雪野につきまとうな」

『……』

「これは、そなた達のために言っているんだ。それはもう本当の雪野ではない。それに危険じゃぞ」

 その時、蓮はもう黙っていられないと言う様な怒り顔で口を開いた。

「どう危険なんです? 雪野は確かに人形に呪われています。しかし、雪野自体は何も……」

「そこまで知っているのか。教えたのか雪野」

「はい……」

「その呪いが危険なんじゃ。いわば呪いと雪野は一心同体、彼の意思次第で人をも殺せる。これは脅しじゃない。事実だ。そのことを踏まえて雪野と付き合えるか選ぶがよい」

 祖父は蓮たちから目線をずらすと雪野を見た。

「雪野お前は周りを不幸にする。お前の母がその犠牲者だ。そしてお前の姉もそのため死んだ。お前は死を運んでくる疫病神なんじゃ」

 そう言って祖父は踵返し、その場を去っていく。

「……」

 雪野はしばらくその場を動く事が出来なかった。

 その後、彼は祖父に言われた通り二人を外へと送る。

「二人とも、今日はごめん……」

「そのー、なんだろう。雪野にもいろいろ事情がありそうだね」

「うん……」

「ねえ、雪野くん、いない者っていったいどういう事?」

「それは……」

 言えなかった……自分がもう死んでいるなんてそんな恐ろしい事、二人には言えなかった。言ったらどうなるだろうと不安になってしまう。

怖がられはしないだろうか?

 自分から去って言ったりしないだろうか?

「まあ、言いにくいのならいいのだけど……」

 いつまでも黙り込んでいる雪野に紀菜は控えめにそう言った。

「うん、ごめん……」

 雪野は続けて二人に言った。

「二人とも今日のことはあまり気にしないで……」

「うん、分かった」

「気にしないわよ」

「それと、誕生会はしなくていいから! それじゃあ!」

 雪野そのまま急いで立ち去ろうと思った。

「ちょっと雪野、それはなし! 誕生会はするよ、絶対!」

 蓮が雪野の肩に手を伸ばして引きとめる。

「そうよ。これはもう決定事項なんだからね。そんな、いつまでも落ち込まないで!」

「雪野はいちいち気にしなくていいんだよ。こう言う事も、自分たちはこの世界にはおかしな事でも、何でもあり得る事を知っていて、雪野の問題くらいさらっと流せるんだ。いや、受け止められる。どんな事情があってもね」

「いや、でも……」

「それに誕生会はね。雪野の家でできないなら、俺ん家ですればいいことでしょ」

「そうよ。いちいちめんどくさい男ね。もっと機転を聞かせなさいよ!」

「いちいちめんどくさくて悪かったですね……どうせ僕は……」

 二人にはこの不安は分からないよ。

 言葉にした事が決して本心とは限らないだろ……

 本心だと思っていた事でも後になってその考えから遠ざかる事だってある。

 だから絶対なんてないんだ……

 それは二人を信用できないかの問題じゃなくて……自分がそれを知られるのがただ嫌なんだ。不安だから、怖いから……その先に待つ一人が、孤独が……

「ああもう、すねないで。もっとややこしい事になる」

「とにかく雪野、今日あった事は俺たちには関係がない。例え雪野のおじいさんが何言おうとも。雪野と俺たちはずっと仲間だよ」

「本当に?」

 心細そうに聞く雪野に蓮は堂々と言った。

「ああ、本当だよ」

 続いて紀菜も、

「今さら何言ってるのよ。私たちは友達でしょ。これからもずっと仲間だって決まっているでしょ。ばっかじゃないの」

 怒るようにして言った。

「蓮くん紀菜ちゃん……ありがとう」

 雪野はその言葉でひとまずほっとする事が出来た。今日はまだ落ち着くことができた。

 この楽な気持ちもずっととは限らない……

「それじゃあ雪野、さようなら」

「雪野くん、また明日ね」

 お互いに手を振りあり蓮たちはやがて帰っていく。

 二人の姿が見えなくなるまで、雪野は少しだけ心細い気持ちで見送っていた。

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