001 なつかしい二人
雪野はなつかしい風景を目の前にし、立ち尽くす。
そこは学校、雪野がかつて通っていた桜華山小学校だ。
校門前に雪野たちはいた。
「どうですか? 久しぶりに母校を訪れて見て」
「何も変わっていませんね……」
校門を入ってすぐ、中央にある水場、その周りに設置してあるベンチ、左側にある大きなグラウンドが今、雪野の視界に入ってきていた。
校舎の裏側には子供たちの遊び場、はなまる広場というものがあって、木々が生い茂り、ブランコや滑り台、鯉が泳ぐ池がある事を知っていた。
また、その付近の保健室の裏に大きな桜の木があることも知っていた。
その桜には雪野があの日、小学生時代を過ごした思い出が詰まっていた。
「本当になつかしい……」
そして、一緒に怪奇団を組んだある二人の顔が脳裏にちらつく。
もう会う事がない蓮と紀菜の姿が……
今、あの二人はいったい何をしているのだろう?
爽やかな風が少し強めに吹いたその時だった。
「雪野?」
ふと、聞きなれない男性の声がして、雪野は顔にかかる長い髪を手で払いながら入口の方へと振り返った。
そこには、自分と同じ年程のメガネをかけた男と、その後ろに目つきが鋭い女性が立っていた。その顔立ちは遠い記憶の彼らとよく似ていて……
「もしかして……蓮、くん? それに紀菜ちゃん?」
雪野は二人をまじまじと見つめる。
「なんで……? なんでいるの!?」
雪野は二人から目を逸らし、即座に後ろを向く。
「お兄さん!」
そこには季流がいる。
彼はとぼけた様子でこう説明した。
「いや~、雪野くん。今日は助人が来てくれることになっていたんですよ。それがこの二人というわけです」
「え、ええぇ!?」
雪野はきょろきょろと蓮たちを見て、騒ぐ!
「本当にあの二人なの?」
雪野は蓮と紀菜と思われる二人に問いかけた。昔の面影はある。
「やあ、雪野……なんか思わぬ再会になっちゃたね」
「久しぶり。変わってないわね、雪野くん」
「……う、うん」
二人に話しかけられて、雪野は戸惑いを隠せない。
それは蓮たちも同じの様で、その矛先は季流へと向けられる。
「というか、私たちも雪野くんが来るなんて聞いてないんだけど。季流さんどういう事?」
「季流さん、俺たちに説明してくれますか?」
紀菜と蓮が季流へとそう問いかける姿を見て、彼と二人は面識がある事が分かった。
「説明ですか? それは雪野くんをなぜ今日連れてきたという事ですか?」
「そうです」
「今さら、今頃になって、何で私達に合わせようと思ったのよ。それが聞きたいわ」
雪野もそれが気にかかった。
「それは、時が来たからです。私も最初は雪野くんをあなた達と合わせるつもりはありませんでした」
それもなんでと聞きたい雪野であったが……今は黙って季流の言葉を聞く事にした。
「しかし、いろいろありまして本部長代理、明慎のはからいで今日会う事になったのです」
「なんで、本部長代理が関わって来るのよ」
役職名からしてたぶん明慎という人は偉い人なのだろう。
[JHSA]の事はあまり分からない雪野だがそれくらいは季流の話を聞いても分かっている。そして雪野が家を出る前に話していた電話の相手だという事も見えてくる。
季流はそんな偉いお方とやたら友達の様に仲がいいみたいなのだ。
「それは……私と明慎は上司と部下という関係ではありますが、同期で幼なじみでもあります。あなたたちの事も彼には話していました。だからこうなったんですけどね……今日はこのメンバーで任務だそうです」
「そうなんですね、季流さん。やっとこの時が来ましたか」
「あなたが何を考えているか知らないけど、もっと早くこの日が来ることができたのなら、あなたじゃなく、本部長代理の方に雪野くんの件について頼んでいたわよ」
「あはは、私もどんなにこの日を待っていたと思っているんですかー。彼と私の考えは同じみたいなものですよー」
お兄さんと蓮たちはいったい何の話をしているのだろう?
「明慎は、いつまでも秘密にしておくわけにもいかないと。雪野くんたちを合わせてやれ、彼らももう子供ではないと、私にしつこく言ってくるんですよ。とてもおせっかいですが、もっともな考えだとも思いました」
季流が電話で話していた事はそんな内容なのかも知れない……
「それで私たちを合わせたってわけね」
「いいえ、違いますよ。私はそれでも半分反対でした。彼のいう事に聞いてやる筋合いもなかったのでいつもの様に粘りずよく事あっていましたよ」
「えっ、じゃ、なんで……?」
「明慎は私にゆさぶりをかけたんです。あれがなければ私はあなたたちを、今日、無理に合わせなかったですよ。まったく迷惑極まりない人です」
この後、彼の話はどんどんおかしな方向へと進んでいく。
「明慎はいいました。未成年の【変物】退治、任務による監督者として、任務料金とは別に監督料金が出ると。つまり給料が上がるんです!」
「で、つられたってこと?」
「金に目がくらんだってこと?」
雪野と連が問いかけた後、紀菜は冷たい目をしてこう呟いた。
「最低……」
彼女の毒舌は相変わらずの様だ。
「あはは、まあ……会えたんだし、良かったじゃありませんか。ねっ、雪野くん?」
「まあ、それは……」
会えてよかった、とは思っている。
「もちろんですよ。何だか自分が知らない所で季流お兄さんがいろいろと手を回していたみたいな展開だという事が気がかりですが……」
〈あの日〉の悲劇さえなかったら、今頃、普通にもっと会えていたかもしれない。
もっと、怪奇団を続けられていたかもしれない。
あんな日がなければ……
あんな別れさえなければ……
雪野はふと、昔の事を思い出した。
それは小学六年の終わり頃、雪野は小学校を卒業せずに夏川家へと預けられた。
その背景には、雪野の心をえぐるような惨劇が関係していた――
「雪野くん、私はあなたにずっと隠し事をしていました。私は今まであなたに二人と合わないようにしてきました……」
「うん。そのようですね」
「二人と共に任務を行っていたりしてもいました……」
「え、そうなの?」
二人はうんうんと頷く。
雪野は蓮と紀菜が季流と任務をする光景を想像してみた。
自分と同じように季流に振り回されてきたのだろうか。
そもそも彼らの接点はどこからなのだろう?
「あなたに二人を合わせなかったかった理由ですが……あの時あなたはとてもつらい時期であった。あなたの心が癒える次第、私はいつかあなたたちを合わせるつもりでいたんです。そしてそれが今日叶った。私は今日あなたたちを合わせる事を決心したんです。だから、この件に関して私は謝ったりしませんよ?」
「とかなんとか言って、結局は金につられて決心したって話ですよね!」
「まあ、そうですね……」
黙り込む季流に、雪野は謝るとかそんな話はどうでもいいので、とりあえずこの質問に答えてほしかった。
「というか、季流お兄さんはいつから二人と接点あったんですか? ずっと気になっていたんだけど……」
それに季流は、はぐらかすようにこう言った。
「それは、また今度話しますよ。とりあえず今は任務へ行きましょうか~」
「えー」
雪野の声の後、
「お兄さま、あの……」
先ほどから季流の後ろで黙り込んでいる花月が、移動する彼に向けて話しかけた。
「どうしました? 花月」
彼女は人見知りがあるため、なかなかこの雰囲気の中では喋りづらいだろう。
まるで一人だけはじき出されたように先ほどまで存在が感じられなかった。
「その、二人は雪野さんの学校時代の友達だと、お兄さまとも知り合いだという事がなんとなく分かりました。私は初対面ですので二人の事を紹介してくれませんか?」
「あー、そうでしたね。二人とも、こちらは私の妹の花月です」
季流は花月の肩を掴み、前に引き出す。
「初めまして、夏川花月です。今日はよろしくお願いします」
花月は丁寧にお辞儀をする。
「あ、どうも」
それに合わせるように蓮と紀菜も頭を下げ、自分の事を彼女に紹介した。
「君が花月ちゃんか、季流さんからよく君の話は耳にするよ。俺は泉谷蓮、よろしくね」
「私は赤見紀菜。よろしく。花月ちゃん」
「はい」
花月は若干微笑むように唇を隠すようないつも通りの平坦な顔をしていた。
季流はこの後、話しを進めていく。
「さて、自己紹介もなされたところで、校舎へ向かいましょう」
先頭を切って歩き出した彼に雪野はまだ話があると、止めにはいるのだが、
「ちょっとまって季流お兄さん! まだ聞きたいことがたくさん……」
「ゆーきの、聞きたい事は俺らにだっていっぱいあるんだよ。季流さんが何言っても教えてくれないなら君に聞くしかないよね」
蓮は雪野の横にやって来る。
「え、なんの話……?」
「聞きたい事それはね。なぜ、〈あの日〉君は姿を消したの? 今まで何があったの?」
「それは……」
「答えられない事なの?」
「お兄さんに聞けばいいだろ?」
「その季流さんがなかなか教えてくれないんだよ。だからずっと俺たちは雪野の状況をつかむ為、雪野の事を知っている彼に今までついてきいてきたんだ」
季流お兄さんは、自分事を黙っていてくれていたのか……
そして蓮たちは、自分を探すために今まで季流についてきたという。
自分の事を忘れないでいてくれた。関わろうとしてくれた。
それが嬉しかった。
嬉しいのに彼らの気持ちに雪野は、今はまだ答えられなかった。
話す事が出来なかった。
「ごめん……今は……」
季流は今、立ち止まり三人の様子を眺めていた。
蓮はしばらくしてこう言ってきた。
「あの何でも思った事を言ってしまいそうな季流さんが、言わなかったって事はやっぱり言いにくい事なの?」
「うん……」
申し訳ないと思うと同時に、蓮たちもずいぶんお兄さんの性格を知っているようだと雪野は思った。
「なら、仕方ないね。今は聞かないでいてあげるよ」
蓮はそのまま歩き始めた。
「行こう」
「う、うん」
それに雪野もついていく。
その後から、紀菜と一番後ろに花月もついてくるのだった。
玄関前まで来て季流は雪野へと言葉をかけた。
「春夢も通う学校なので今回の任務も頑張りましょうね、雪野くん」
「はーい……」
雪野はしぶしぶ答えた。




