017 〈怪奇団〉の活動
雪野たちが〈怪奇団〉を作った日の下校中の事だった。
「へ~、雪野くん昔は【化け物】とかの姿、見えていたんだ」
「それ本当なの?」
「うん。でも今は本当に見えなくて」
「うらやましいわね。一度見えていた人が【化け物】を見なくなる方法でもあるの?」
見えなくなったのは姉の葬式の夜の日からだった。
季流お兄さんからの話によると、自分の胸には人形の呪いと霊力を抑える呪詛が入り混じっている様で、そのどちらかが影響して、今の【化け物】が見えない状況を作っているのだろう、そう雪野は思った。
「僕の場合はちょっと、複雑で……人形に選ばれた時点で見えなくなっていたんだ」
嘘は言っていない。
「へー、そういう事もあるんだ。人形が雪野くんの霊力を吸い取っているからかな」
「それは分からないけど……」
「とにかく、見えないのはいい事ね。うらやましいわ」
雪野から離れる様に蓮の後ろを歩く紀菜の姿に、雪野は複雑な気持ちだったのであった。
「【化け物】って実際どんなものなの? 人に襲い掛かって来るの? 子供の時はずっと【変な物】に触ってみたいとか思っていたんだけど、あれって実体とかあるの? 触れるの?」
そう聞く雪野に、蓮は意地悪な笑みを浮かべた。
「知りたい、雪野?」
それに雪野は怪訝な表情を彼に見せて伝えた。
「蓮にはあえて聞かない。紀菜ちゃんに聞くよ……というか、蓮くんは【化け物】見えないでしょ」
「もう、なんだよ~」
蓮がそう言った後、紀菜は答えた。
「あいつらは人を襲うときは容赦なく襲うわよ。普段はゆらゆらとそこら辺を漂う物ばかりだけれども、たまにそういうのがいるわ」
「そうなんだ……」
「それと、実際に足を捕まれた事もあったけど、変な感じで力を吸われる感覚があったわ」
「紀菜ちゃん、そのとき大丈夫だったの?」
「ええ、保健室の先生いるでしょ。その育美先生に触れたらその幽霊消えて行ったの。それっきりね。保健室を利用するようになったのは」
「育美先生って、いったい何者なんだ?」
雪野は保健室でのことを思い出した。
人形の話を聞かれたこと、そういう事に興味があるとかいっていた様な……
「たぶんだけど、たまにそういう人がいるんだよ。雪野に、前にも話したように【変な物】をはねのけてしまう人が」
「へー」
雪野は納得する。
そんな会話をした翌朝、蓮は雪野に手書きの紙を渡してきた。
「雪野。これ〈怪奇団〉の活動内容だから目を通してね」
それは紀菜にも渡された。
「はい、紀菜ちゃんも」
雪野は紙に目を通して見ると、そこにはこんなことが書かれていた。
1 できるだけ三人一緒にいよう。仲良く楽しくね。
2 誰か困っていたら助けてあげよう。【化け物】の影響を受ける人がいるかもしれないからね。【化け物】がらみじゃなくても相談にのってあげようね。それが優しさだよ。
3 休み時間や放課後は【化け物】を排除していこう。ある意味そうじみたいだね。きれ
いにした後は心もすっきり!
蓮から渡された紙には蓮まる分かりの文が書かれていた。
「なにこれ……」
雪野と同様に彼女はとても嫌そうな顔をしていた。
「……」
蓮はそんな様子を見てから、何気ない顔をしてこちらに言葉をかけた。
「あはは、これからよろしくね」
それから、数日間、何だかんだで〈怪奇団〉はその活動内容に従ってたんたんと……機能していった。何気なく日常が過ぎている……
周りの人から見たらそうなのだろう。
自分と蓮と紀菜の三人がほのぼのと仲良しやっている感じに見える事だろう。
または騒がしい、変わった奴らだと思われているかもしれない。
今のこの状況を見て……
「なんでこうなる!」
雪野は〈怪奇団〉に入った事をひどく後悔した。
その理由は……こうだった。
雪野は人形を手に持ち今廊下を全速力で走っていた。
後ろには、目には見えない何かが襲ってきている。そのため全然ほのぼのとした感じでは全くなかった。もう、命からがらだった。
よく分からない物に追われている雪野は、ひたすら風や音、自らの危機感を感じてその場から移動していた。
そのため蓮や紀菜の姿はもう見受けられない――
雪野は走りながら蓮はこんなことを言っていたとふと思い返した。
「雪野にも、ちゃんとやってもらう事はあるって言っていただろう。たぶんこれは人形に呪われている雪野だからできることだと思うんだ~」
「はい?」
「俺の推測だと雪野くんは常に人形に守られているんだ。本来、人形は人に害をなすだろう。実は僕が感じるところ人だけでなく【化け物】の事も払いのけようと……いや、吸収しようと自らの力にしているっぽいよ。だから雪野の身の安全は人形によって守られる」
それは季流の話していた人形の話と同じだった。
蓮にはその事が分かるのだろうか? 何かを感じるとはどういう事だろうか
「でも、とても大きい物だとそう簡単に吸収するのは無理で雪野からはじくだけで精一杯のようだ」
木崎家に伝わる人形についての話に、人形は持ち主の事を守っているという事が言われてきていたが、もしかして本当に身を守っているのかと雪野は疑問に思った。
今まで気づかなかったが、人形は人からではなく【化け物】から自分を守っていたのか?
だとしたらこの状況はどういう事……?
雪野はそこで回想を止め、現実へと意識を戻した。
「だから何でこんな、こと、に、なってるんだよ!」
何かがやってきている事だけは、後側で起きている異様な威圧感、例えば風などで分かる。
窓ガラスを思いっきり震わせて、ゴォオオオ! と音をたてている。
それも雪野が通った後に続いて、その箇所だけに。
これが僕にできる事?
そうだとしてもこれはただの……囮ではないか!
〈怪奇団〉結成から四日目のこと、蓮は雪野の方を見て言ってきた。
「とりあえず、雪野のその人形は俺が預かっておくね」
「何でだよ」
「それはね。雪野はその人形に守られてきた。しかしその人形が無くなると、どうなると思う?」
え……
「どうなるの……?」
雪野は恐る恐る聞いてみた。
「それは実際に試してみた方がいい。さあ、雪野人形を渡して」
「ちょっと待って蓮くん。なんか変なこと起きないよね。ちょっと怖いんだけど……」
「まあまあ、俺を信用してみてよ、雪野。雪野は知っていると思うけど俺のする事には必ず理由がある。だから、お願い」
神妙深く見つめてくる蓮に雪野はついいう事を聞いてしまう。
「分かったよ。はい……」
そして、雪野は人形を蓮に渡してしまった。それがまずいけなかった。
すると蓮は、雪野の腕を掴み誘導する。
「雪野ちょっとこっちまで来てくれない?」
廊下の端っこへと移動する。
「ちょっと蓮くん、それはちょっと……」
ずっと様子を伺っていた紀菜はどこか心配そうにそう言葉をかけた。
「え、何、何? 何かいるのそこに?」
「雪野、何か感じない? 雪野にも何か感じるはずだよ。例えば自分の身に振りかかる危険とか……」
瞬間、悪寒がした。
これは蓮が言う自分が本来受ける感覚なのだろうか?
それと同時に沸き起こるのは危機感だった……
「ちょっと蓮くん、なにこれ! 怖い……」
雪野は身震いしだす程の見えない何かが気になり蓮に聞いた。
「知ってた? 雪野はね、本来【化け物】たちを引き付けるんだ。だから人形を取り上げた途端【化け物】たちが雪野の方に集まってくる」
「え……」
何かが来るそう分かった。
「普段、人形の存在のせいで気づきにくかったと思うけど、雪野は俺や紀菜ちゃんより人形がなければ攻撃も出来ないうえに見えないから危険なんだよ」
「それじゃあ、早く人形返して、蓮くん!」
「だめだよ。それじゃあ、雪野は何もできない、役立たずだ」
「ちょっと蓮くん!」
紀菜は蓮に声をかける。
蓮のその言葉を聞いて、雪野はひどく恐怖が沸き上がった。
「やく立たずなんて雪野は嫌だよね……?」
蓮はまるで雪野の思考を呼んだかのような言葉だった。
「嫌だよ。でも……」
「これは雪野しかできない事だ。一回試してみない? 雪野も〈怪奇団〉の活動に参加するんだ」
【化け物】の恐怖を雪野は知らなかった。
蓮や紀菜ちゃんはいつもこんな感覚になっているのかと思った。
だから自分も彼らの仲間として、もっと知らなくてはと……自分は自分が重い以上にバカなのか蓮の言葉にそのまま従ってしまったのだ。
「何をすればいいの……?」
「人形が近くにある時点でまだ雪野は守られている。その守りをまずなくしてしまう。それ!」
蓮は人形を片手に走り出す。
「雪野、人形がほしかったら俺を捕まえてみてね~」
「え、ちょっと、待って!」
そこで蓮は振り返り、紀菜に向けて言う。
「紀菜ちゃんも【化け物】が怖かったら僕についてきてね。払ってあげるから」
「ちょっと、蓮くん。待ちなさいよ!」
こうして二人は蓮を追い走り出した。
「雪野くん、あなた蓮くんの性格考えてからあんなこと言ったの?」
「え、蓮の性格がどうしたの?」
「あなたまだ分かってないようね。あなたは騙されたの。蓮くんのあの物言いは全て何らかの状況に雪野くんを置きたいから。つまり、この状況を作りたかったわけ」
「また、なんで?」
「それは知らないわよ!」
雪野と紀菜が話していると、前方を走っていた蓮が言ってくる。
「二人とも、お話ししていると俺からはぐれちゃうよ」
「待ちなさい。というかと今すぐ止まらないと後で、許さないわよ!」
「そうだぞ。人形返せ!」
「それは怖い怖い。ってことで後でまた会おう。じゃあ!」
その時蓮は、角を曲がり、一階へと降りる階段を下りて行った。
そして一年生から三年生の教室が連なる廊下を渡っり、最初に蓮からはぐれてしまったのは雪野だった。
紀菜は先に前に進んでいき、やがて目の前から姿を消した。
遠くに見える、二階へ上がる階段を二人は上がっていったのだ。
こうして、今のこの状況が生まれた。
「ほんと、もう無理、もう無理、もう無理ぃいいいいい!」
後ろから付いてくるよく分からない物の気配が、どんどん強まっているように感じた。
もう少しでも、足を緩めたらその気に触れてしまうのではないかと思い、雪野は恐怖にかられた。
心臓はもうバクバクと脈を打っている。
それは走っている事によるものと、恐怖心からのものとが入り混じっていた。
そんな息を切らした状態で体力ももう無くなっている雪野は心の中でふと、落ち着いた思考で考え込んだ。
見えないという事はこんなにも不便だとは思わなかった……
同じく見えない蓮もこんな感じなんだろうか?
すると、自分は何も知らず、自分だけが人形のせいで辛いとか簡単に口にしていた気がして……彼らの事が本当に理解していなかったと雪野は反省した。
自分の事ばかりだった……
「ああ、でも……どうしろというんだ! これを! おーい!」
と、その時だった。
【化け物】は雪野の左足を捕まえられ身動きが取れなくなってしまう。
動けない!
「ああ! 蓮くん、どこ? 出てきて! もうだめ!」
雪野はちょうど六年生の教室前に戻り、倒れ込みながら叫んだ。
すると、意外にも近くで蓮の声がする。
「もう、雪野くんは本当に体力ないね。仕方ないなぁ」
蓮は雪野の後ろ、六年二組の教室から現れた。
そこには、紀菜ちゃんの姿もあるようで彼女はこんな事を蓮に向けて伝えた。
「蓮くん、雪野くんの頭左上にでかいのがいるわよ。もう壁にもへばり付く程だから周りから囲む様に打って」
「はい、ありがとう。紀菜ちゃん。ハッ! 八ッ、八ッ、ハァッ――――」
蓮は何かしらの攻撃を【化け物】へと加えている様だが、雪野にも僅かにその振動が響いてきていた。
すると著中から雪野を掴んでいた何かは外れ、雪野の体は軽くなる。
辺りはすっかり静まり返っていた。
聞こえてくるのは、教室の中や廊下に残っている子供たちの話声だけだった。
雪野たちの様子を見ていた者たちは、どこか引いている様子で口々に言葉を漏らしていた。
「なにあれ?」
「なにしてるんだろう?」
「頭おかしいの……?」
そんな声や不思議に見やる彼らの視線に今さら気にする様子もなく、紀菜は言葉を進めていた。
「蓮くん、あれは何だったの? 【化け物】の集まり?」
「なるほど、紀菜ちゃんにはそういう風に見えたんだ。雪野くんどうだった追いかけられてみて……」
雪野は身の危険が去った後も震えが止まらず、腰を落としていた。
「あらら……」
今もまだ息を切らしている雪野に、蓮はもう一度聞いてきた。
「雪野くん、感想をいってみて、今どういう気分?」
「もう知るかよ。蓮くんのせいだからな……死ぬかと思った……」
まず蓮に対する怒りをぶつける雪野に蓮はうんと静かに頷く。
「それから?」
それに雪野は一瞬、半眼で押し黙った後、そっと走っている時、ふと自然に浮かんだ考えを口に出した。
「僕……知らなかった。幼かったころ、見えていた時期は【化け物】がこんなに恐ろしいものだなんて思わなかった……」
「そうだね。君は知らなかった。それだよ。俺がいいたかった事はそれ」
「どういう、こと?」
「雪野は今まで【化け物】に対して危機感ってものがなかった。時に【化け物】は命をおびやかすほど危険な物なんだ。全く危機感がない状態で雪野が怪奇団の活動を行うのは、俺はダメだと思ったんだ。だから今回、俺は雪野に危険なまねをさせた」
「もし、襲われていたらどうなっていたんだよ!」
「ただでは済まなかっただろうね」
「蓮くん……」
雪野は唖然として蓮を見る。
するとにこっと笑って蓮は言った。
「でも雪野、今日の活動は終わりだよ。いつもと違って早く終わったね。お疲れさま」
「え、もう終わったの? いつもならもっと時間がかかっていたじゃん。なんで?」
いつもなら、紀菜が【化け物】の居場所を正確に教え、それを蓮がそれを倒すという感じで、雪野はただ見ているだけだった。
雪野はそれが嫌だった。
だから今日、蓮の言うことを聞いてみて、人形を手放してみたのだが……
「それは雪野が学校中を走り回って、【化け物】の塊を作ったから、一か所にまとめられ何回も滅する手間が省けたからだよ」
という事は、自分は今日役に立てたという事か……
「これは雪野だからできる事だよ。これからも怖いだろけどお願いできるかな。人形は持っていても普通に集まるだろうから」
ほんの少しの恐怖と不安と、そして……役に立てたと言う嬉しさが心の中で込みあがっていた。
「僕は……どうしたらいいの?」
「またそうやって聞くの、雪野?」
「だって……」
「まあいい。なら聞くよ。雪野は俺たちの役に立ちたい立ちたくないどっち?」
蓮は雪野へと手を差し伸べてくる。
それに彼は自分の気持ちに従って決めた。
「役に立ちたいよ。役立たずなんて嫌だ!」
雪野は蓮に手を引かれ立ち上がった。
「それじゃあ、決まりだね」
手を離した蓮は、雪野と紀菜に顔を向け言葉を放った。
「これから雪野くんは【化け物】を引きつける役、紀菜ちゃんは【化け物】の位置を俺に教える役、そして俺は【化け物】を倒す役だ! 二人とも、それでいいよね」
「私はかまわないわ」
「僕も大丈夫……なのか?」
雪野は考える。
という事は、これからも自分はあんな危険な目に合うという事で……
「どうしたの~? 雪野~」
「何か、今回も蓮くんの思うつぼみたいで腑に落ちないんだけど。それにやっぱり……」
「やっぱり?」
「怖いし、疲れるし、やだ!」
「雪野くん、男に二言はないよね。さっき役に立ちたいって言ったよね?」
それはそうだけど……
それよりもなんか……なんか……
「それに、何だかまた……気持ち悪い……」
雪野は腹から込み上げてくる不快感にそう言葉を漏らす。
「えっ!?」
「ちょっと、また、吐きそうなの?」
「うん……」
「とりあえず、保健室、保健室!」
そんな事があってから、雪野は毎日走りまわされている。
「だからもう! やだぁああああああああ!」
結局、毎回のようにこんな大変な日々は繰り返され、気持ち悪くなりながら雪野は蓮が企てた活動を行った。そして保健室へ通う事が増えたのだった。




