016 選ばれた雪野
目覚めた時にはもう昼で、雪野は自分の部屋に寝かされていた。
よこを見ると人形が……
そしてなぜか季流の姿があった。
彼は雪野の目が覚めた事に気づくと声をかけた。
「雪野くん、起きましたか。昨日は辛い目にあいましたね」
そう言われて雪野は気づく。
自分が殺されかけた光景を思い出す。
しかし、自分はまだ生きていて……
死んだはずの自分が生きている。
二度もそんな出来事が起こって、雪野は自身の事を不気味に思うと同時に怖くなった。
「どうして僕は死んでいないの? また……」
うろたえた雪野に季流はすぐ説明する。
「それは葉月の願いがまだ有効という事でしょうか。あなたはこの人形に選ばれ、生かされる存在になったんです」
「生かされる存在……」
「そう、あなたは総一郎様に刺されたあと……一度、死にました。そして人形による何らかの力で生き返る事になった。それが証みたいなものでしょう。総一郎おじいさまはそれを確かめたかったのでしょうね……」
この後、雪野は葬式の夜にあった出来事を季流から教えられた。
雪野が亡くなった後、人形は彼を生かそうとした。
そして、傷がいえた雪野は意識がないまま周りの者を何らかの力で襲った。
総一郎は雪野の胸に霊力を抑える呪詛を施した。
「この、胸の痣はその時に?」
「はい、おそらく」
「……」
雪野は何を話そうか迷った。
そして昨日微かな意識の中、聞いてしまった季流と葉月との関係についてふと思い出し、口を開いた。
「季流お兄さんは、お姉ちゃんの婚約者だったって、本当ですか?」
「はい。本当です……その時には、意識があったんですね……」
静かにそう答えた季流は少し頼りない表情を見せた。
雪野はいたたまれない感覚になった。
その理由は……
「お姉ちゃんは、僕を生かすために人形に願ったって、人形の生贄になったって……」
雪野は声をかすめながら次に言った。
「季流お兄さんは、僕の事うらんでないの?」
すると季流は、説得するように諭すようにこう言葉を吐いた。
「昨日、私が行ったことをちゃんと聞いていましたか? 私はあなたのせいで葉月が死んだとは思っていません。あれは葉月が自分の意思で勝手にあなたにやった事なんです」
「でも……」
有無を言わせないように季流は続けた。
「正直私は葉月に怒っています。葉月を恨んでいます。あなたを大切に思う者がいるのにどうしてと、怒りや悲しみがこみあげてきます」
その時、季流の手は強く握られており、彼女に対する思いが強かった事が雪野にも感じ取れた。
「ただそれだけです。ただそれだけでなんですよ……」
「……」
季流は話を変える様に顔を上げてから、雪野へと顔を向けた。
「この話はもう置いておきましょう。それより、あなたは昔、葉月からこの家の昔話を聞いたそうですね」
「あ、はい」
「その続きをあなたに教えてあげます。あなたには知る必要がありますから」
雪野は気になった。
姉が昔はなしてくれた木崎家のあの伝説の話には、続きがあったのかと……
「はい。聞かせてください」
「これは、今日の朝、総一郎様が話された事なんですが……」
季流から聞いた話は確かに姉が昔教えてくれた話の続きのようで、彼の口から難しい言葉が、話しが述べられた。
昔、昔、木崎刹那という者は神を和人形に封じた。その神は獣神で名は月影夜白と言ったそうだ。夜白の力は強大で一族にはある呪いが残ったという。それは木崎家の男子は生きられないという呪いだった。夜白は生贄さえ指し出せば、願いを叶えるという性質を兼ね備えていた。夜白は人の想いからは生まれ、人の邪気を吸って生きていると言われていた。そのため、夜白は人を欲していた。夜白は主を選んだ。そして自らを守るため、主にしか姿を見せなくなったそうだ。刹那は夜白を封じたあと若くして亡くなり、夏川の娘との間に双子を生んでいた。その刹那の血を引く双子たちはそれぞれに木崎家、夏川家に預けられた。二つの一族の交流がここから始まった。呪いを受ける木崎家は衰退していき、呪いがない夏川家は繁栄していった。その危機に木崎家は夏川家にこう持ち掛ける。我々が滅んだ先に夏川家が呪いを受ける未来が来るであろう。そうならないために木崎家が滅ばないよう手をかしてほしい。夏川家の中から男子を木崎家の娘と婚姻させてほしい。そう言った。夏川家はそれを受け入れた。こうして長くの間、夏川家と木崎家は深い関係を築き、親戚同士となったそうだ。
「と、まあ、こんなこの家系の成り立ちが分かるお話ですね。呪いの始まりは刹那が神をその人形に封印した事が原因です。その和人形の中には神という大きな存在が眠っている事を忘れないでください。その人形は良くも悪くもあれ、一族にとって重要な物です。これからあなたはそんな人形と向き合わなければいけない。あなたはもう人形に選ばれてしまったんです」
雪野は季流の言葉を聞き呪いについて、自分の今までの事について少しだけ知る事が出来た。
だが疑問からはまだ抜け出す事はできず、これから自分はどうしたらいいのか分からなかった。
きっと、知ったところで自分にはどうする事もできないのだ。
「季流お兄さん、僕はこれからどうしたらいいの? 教えてください。僕に一体……どう生きてほしいの?」
そう聞いたのは、自分が姉を殺したという罪の意識があったからだった。
それに季流は、その意味を考えてから静かに答えた。
「どう生きるかはあなた次第です。私はあなたに何も望みません。ただ、生きていてほしい。葉月が守ったその命をこれから大事にして生きてほしい。そう願います」
ただ生きる? それだけでいいの?
でも、ただ生きるって……これからどうなるの?
これからどう生きていけばいいの?
分からない。分からないよ。
誰も見方がいない。怖い、怖いよ。
雪野はそんな弱音を飲み込んで言った。
「分かりました……これからどうなるのか全然分からないけど僕、生きるから。だからまたここに来て……」
もう雪野の中に信頼できる人は季流しかいなかった。
この人にまで見捨てられたくない!
言われた通りにするからどうか、僕を見捨てないで!
こんな恐ろしい場所に一人にしないで……
祖父から告げられた、これからいない者として扱われるというその言葉の意味。
雪野はもう理解してしまっていた。
いつも一緒にいた大好きな母は雪野に近寄らない。
父も祖父も祖母もみんな雪野の存在を否定するのだ。
「うぅ……」
「大丈夫です。私はあなたの味方です。これももう言ってあるはずです。あなたがどうしても困ったという時は、私に頼りなさい。分かりましたね」
季流は不安そうな雪野に向けてそう言葉をかけた。その言葉に雪野は顔を上げた。
どうしてお困ったとき……その時だけ……
それでも……
「季流お兄さん……ありがとう」
それでも、季流お兄さんは僕の味方でいてくれる。
だから……
「それでは雪野くん。また会いましょう」
また会いに来てくれるなら、僕はただ一人の中ででも生きなければ……
そう思った。
またいつか会える、その時まで……生きていなければ……
「はい……さようなら、季流お兄さん」
この後、季流は部屋を出て行った。
これでもうお別れだ。
残った雪野は一人孤独にそっと人形を見つめ、それを掴み取った。
神を封じてあるというこの人形、雪野を主として選んだこの人形……
自分を今まで苦しめてきた呪い、これからも自分を貶める呪い……
見つめたところで何も答えてはくれない、ただの呪いの和人形。
季流から聞いた先ほどの話が嘘の様であった。
「……」
雪野は縁側へと向かった。
そして、何も考えられずにぼうっとしているのであった。
こうして雪野は何日もそうしている事が増え、やっとのこと考えるのだ。
人形についての事、自分の事。
母の事、姉の事、そして季流の事を……
雪野はまた彼に会える日を希望の様にずっと待っていた。




