014 葬式の夜に
姉の葬式が終わった夜の事、恐る恐る雪野は母親の前に立った。
「お母さん……」
母はその場にいるのが絶えられないという表情を見せ、雪野の前から急いで立ち去った。
一人残された雪野は、いつもは怖くて近づけなかった父親の元へ向く。
そこには祖父と祖母の姿があった。
「お父さん、どうしてお母さんは何も言ってくれないの? お父さんもなの? おじいちゃんも、おばあちゃんも!」
「……」
雪野はきょろきょろと相手の顔を見渡す。
否定してほしかった。
何か一言だけしゃべってほしかった。
しかし、誰も何も言わない。
父からの見下ろされる冷たい視線、ピクリとも動かないとがった口元からこれ以上はなにも聞いてはいけないのだと言っている様だった。
「なんでなの……? なんでなの? なんでなの?」
「……」
こんな理解できない変な状況はもう嫌で、怖くなって、雪野はやけくそに言葉を発した。
近くにいる祖父と祖母に近寄り、
「おじいちゃん、おばあちゃん、どうかしちゃったの? なんで無視するの? 答えてよ!」
返事はないままで……
「もう、やだ。やだやだやだやだよー」
雪野はいつもの駄々をこねる時のように言葉を吐く。
「うるさい。黙りなさい、雪野!」
しびれをきらしてか祖父が叱るように怒鳴った。
「うぅ……」
「いいかい、雪野。一度だけしか言わないからよく聞いておくんだ」
「う、うん……」
「お前はもう死んでおる。これからお前はいない者として皆から扱われる。死者には死者の行く場所へ返すのだ」
「え……どういう意味なの?」
わけがわからないままだった。
自分がもう死んでいる事は今日、季流お兄さんにも言われて自覚はしていた。
だからと言って、なぜこんな事になるのかが分からなかった。
「そのままの意味じゃ」
「分からないよ、そんなの。やだよ……やだよ……」
「では、聞くが、なぜおまえは生きておる。さあ大人しくあの世へ行くんだ雪野。さあ……」
もう何も言えなかった。
「これは、昔から伝わる風習なのだ。仕方ないと思ってあきらめろ雪野。それがお前の定めなのだ」
こうして祖父はこれ以上は何も言わず、雪野が納得できないまま彼から背を向けた。
そして祖母も父も何も語らず、祖父の背についていくように立ち去っていった。
一人残された雪野は立ち尽くす。
もう訳が分からず、ただただ悲しくて……寂しくて……
「うう……」
静かに涙を流したのであった。
さらに夜が深まるころ、雪野が眠れずにいると、突然大人たちが来て彼を抱き起した。
そして、彼はそのままどこかへと連れていかれる。
そこには使用人の姿もあり、雪野の腕を引いていたのは雪野が知らない親戚の者だった。
「僕をどうするの? ねぇ、おじさんたち! ねぇ!」
雪野は右側にいる背の高いおじさんに声をかけた。
「さっさと歩け! ガキ!」
「ちょっと、この子はいない者として扱うよう言われているでしょ。あんたはただこの子を総一郎様の所まで連れて行けばいいの」
そう声をかけたのはおじさんの横について歩いている髪の短いおばさんであった。
「なんだよ。そんな風習、どうでもいいだろ」
「そう思ってもだよ。特殊異能力家に属している私たちだからこそ、こういう事態には厳密に対処すべきだ」
「どう見てもこいつ生きているじゃないか。死んだとか言う話は何かの間違いじゃないのか? それなのにいない者扱いとかばかげている。というかこいつかわいそうだよな。父上も何考えている事やら」
「さあね。でも、総一郎様は当主なりにいろいろ考えがあるんだよ」
総一郎様? いったい誰なんだろう。
そう考えているうちに雪野は先ほど葬儀が行われた広い畳部屋へと連れてこられた。
「さあ、入れ。ガキ」
「ちょっと、あんた。だからこの子に話かけない!」
「はいはい、分かってるよ」
そこには先ほどの見かけた黒服の人達がたむろしていた。
母や父、祖父や祖母の姿もある。
「連れてきたか、裕次郎」
そう言葉を発したのは、部屋の中央に威風堂々と立ち、顎下に白い髭を生やしていた老人だった。
「はい、父上」
答えたのは雪野の横にいる自分をここまで連れてきた背の高いおじさんであり、どうやら裕次郎というらしい。
そして、髭を生やした老人とは親子の関係のようだ。
おそらく髭の老人は総一郎様と呼ばれていた者と雪野は推測した。
雪野は総次郎のすぐ目の前まで歩かされ、その威圧感におびえていた。
「しかし、この子供を連れてきたはいいが、この後、どうするつもりなんですか? 見たところ普通の子供にしか見えませんけど……」
「そうだな。普通の子供にしか見えんだろうが、その子供は危険だ」
「危険って、どう危険なんです?」
「今に見ていれば分かる。それを見極めるために皆を呼んだと言ってもいい。では……」
総一郎の目は雪野の方へと向けられ、それから指先は彼の方に刺された。
「皆、その子供が逃げない様しっかり押さえつけろ!」
突然と命令が下される。
「え……」
雪野がそう漏らす中、
「何をしておる。さっさとせんか!」
動きの悪い周りの者たちに、老人は声を荒げる。
「押さえつけるって、父上。そこまでしなくていいのでは?」
「その子供は葉月を殺した【化け物】だ。さあ、皆その子供を押さえつけろ!」
その言葉を聞いた者の一人が雪野の元へと向かい、それにつられて周りの者もしぶしぶ動き出した。
使用人はあくまで一族のいざこざは一族で扱い一切、彼らは関わってこなかった。
それがどんなに理不尽な物でも彼らはそれを見過ごすことを強いられる。
雪野は抵抗したが既に、裕次郎らに手を捕まれているため、なすすべもなく地面に抑え込まれた。
「やだ、やめて。お母さん、お父さん助けて。おじちゃん、おばあちゃん!」
雪野は一番信頼できる家族の名前を呼んだ。
しかし母は顔を背け、父は冷たい視線を送り、祖父と祖母も雪野を憐みの目で見ているだけだった。何もしてはくれなかった……
「今からその子供、木崎雪野を殺す」
辺りはザワザワと空気がよどみ皆一切の言葉も発さず、沈黙がその場になされた。
どういうこと?
今、このおじいさんは僕を殺すと言わなかっただろうか?
嘘だよね、そんなことするはずないよね……?
雪野は心の底から恐怖を感じた。
「い、いや……なに、なに?」
俯せになって抑え込まれた今の状況の中、雪野は顔を斜め上にねじるように視線を総一郎へと向けた。
すると蔑むような視線、耐えきれず目を逸らすと手に持たれた小刀がちらついていた。
「い、いやだ、いやだぁあああ!」
雪野は逃げようと渾身の力であらがう。
だが力及ばず、着物はもつれて胸元が見え隠れしていた。
その間にも、総一郎の持つ小刀はふり上げられ、そし手……
「いやだ、いやだぁあああ、いやぁああああああああ!」
それは何の抵抗もなくまっすぐ振り下ろされた。
それはひどく残酷な光景――血が飛ぶ、流れる。
「うがぁあああああああああ! あぁああああああああああああああ!」
雪野は背中から伝わる胸の痛みに悲鳴をあげた。
その時、雪野以外の悲鳴もそこにはあった。
「きゃあああああああ!」
雪野は刺される瞬間、ある女の子がこちらを襖の陰から見ている事に気づいた。
それは皆から視線が外れた後ろの方で、彼女は今の自分の光景を目にし、歪んだ表情で瞬時に口に手をあてていた。
その声に反応する人々の中で、肩ほど伸ばされたたれ目の男はすぐ振り返える。
その先の少しだけ開かれたへと彼は向かい、意識なく倒れ込む少女を確認した。
「花月……どうしてこんなところに……」
たれ目の男は、その少女を花月と呼んでいた。
その後、雪野はぼんやりとした視界の中、その場に現れた季流の姿を捉える。
「どうしたんですか、いったい……父さん、花月は? この状況は何ですか?」
声を張り上げて何か言っている季流はどうやらたった今、その場所に訪れたばかりのようで……
雪野は揺らぐ視界やノイズがかかる声……自分の体の様子がおかしくなるの感じながら、恐怖しながらも、体は動かないけれども、その自分の味方だと言ってくれた季流へと必死に助けを求めようとした。
頭はこんがらがり、言葉は痛みで叫ばずにはいられずうまく出てこない……
手は胸から動かせない、目だけを必死に向けた……
苦しい……痛い、痛い痛い、怖いよ――
「ああぁああああ! ううあああ!」
まずは辺りを見渡し、そして雪野の様子を見て、しばらく現状が分からない様に見つめたあと彼は自分に気づいてくれた。
「雪野くん……」
状況を把握した季流は睨みつけるような剣幕で総一郎の元へと向かっていく。
「総一郎様、これはあなたのしわざですか。あなたはなんて事を……」
周りの者はただ見ている。
「痛い、痛いよ。いた、い……し、死ぬ、死ぬよ。いや、だよ……」
驚愕している。
そのおぞましい光景に眼を逸らしている。
しばらくその光景を眺めて、
「あぁ……うぁ、誰か……」
雪野の意識は景色をまともに移さないほど途絶えだす。
母親は涙を流しながら膝をつく。声を漏らす。
「雪野……雪野……雪野ぉおおおお!」
そして季流という男が自分の名を呼ぶ力強い声が微かに聞こえた時……
「雪野くん、しっかりしてください。雪野くん!」
自分の体が揺さぶられている事を感じながら、雪野の意識は消え去った。




