012 保健室の不気味ちゃん
今日も蓮は僕に付きまとう。
これは、あの保健室での一件からある程度予想していた事だった。
だが……やはり、しつこすぎる。
「ねぇ雪野、君ひまじゃないの? 座ってばっかで」
ちゃっかりもう、呼び捨てで呼ばれているし……
「せっかくの昼休みなんだから遊んだらいいのに」
「遊ぶ友達もいないんで」
「俺がいるでしょ、俺が」
自分を指さす蓮を見て、答えるのも、うんざりするのに思わず言葉を返してしまう自分がいる。そのこと自体に雪野はもううんざりしていた。
「僕はなったつもりはない!」
「え~それじゃあ、俺の友達まだ一人も出来ていない事になるじゃん」
「その事なら心配いらないよねぇ~。お前は……蓮くんはクラスの中でとても人気者じゃないかぁ~。僕と違ってね!」
もう、この時点で蓮のペースにのらされているのだ。
周りを見渡してみるとそこには蓮に話しかけたい人、蓮の事を気になっている女の子たちが遠くからそっとこちらを見ている。
それと同時に自分に近づきすぎる蓮の心配をしているのだ。
「離れろ、人形やろう……」
どうやら僕がいる事で蓮に近づく事ができないようで、陰でボソッと聞こえた。
そこに今蓮に対しての視線と、圧倒的に突きつけられる自分に対しての痛い視線があった。特に女の子の視線が……
その事から自分は皆から嫌われているのだと実感できてしまうのだ。
はっきり言ってその非難の声を聞くたびに怖い。あと普通に傷ついている。
このままだと、いつか女の子たちの反撃にあうんじゃないかと思う。
あ、でも……みんな僕に近づけないから、わら人形に釘とかという呪い的なもので攻撃してくるかもしれないな。呪いはもう長年経験してきているんだけどね。アハハ……
と、そんなバカげた考えが浮かび上がり、雪野はそんな考えを打ち消す様に沈み込んだ。
とにかく蓮はそれだけ皆にモテてて、男女関係なくとても人気で自分とは立場も能力も何もかも違い過ぎる!
「いい加減、僕を諦めて他の子たちと友達になったらどう? きっと簡単にできるからさぁ~、というかできるでしょ? 分かっているでしょ?」
そんな蓮が僕の言葉にあいかわらず彼は……
「え~、そんな事ないよ~。俺には全然魅力なんてないもん。友達になってくれる人なんかいないよ~」
まさかのそんな発言をしてくる。
もうそれはわざとだと雪野は気づいている中で雪野は余計彼が腹立たしい。
「また、そんな事を……」
雪野はただただ蓮の発言は、周りの子たちにも失礼な気がしてならなかった。
その中には蓮に好意を持つ女の子もいるだろう。何だか、その気持ちを無下にされているようでかわいそうだ。
「だから俺は、いつも一人の雪野と友達になりたいんだ。そう決めたんだ。もう決定事項だからね!」
何かもう、そんなわざとらしい言葉を聞くだけで……蓮の顔を見るだけで、この場から去りたい。彼から離れたい。一刻もはやくこのイライラから解放されたいと本気で思った。
「ずるくない? 一人だけ」
「なんであんな奴が……」
「蓮くん、危ないよ。ここは私たちが何とかするべきじゃない?」
「そうね。でもどうするの? あの子は危険だよ……?」
蓮の言葉により、ますます周りからの風当たりが強くなっているのが分かっている。
彼らの自分を敵視したような視線がとても辛い。
(もう! 目立ちたくないのに……周りから睨まれているんだけど、ほんと怖い……)
そんな悪い空気が増しつつある教室にいるのがついに耐えられなくなって雪野は動き出した。きっと、このままこのしつこい蓮を放置していてもいい事はない気がした。
だから……雪野は、蓮から解放される為にある方法を試してみようと考えた。
「蓮くん、ちょっと外で遊ぼうかぁ~」
無理やり笑顔を作って蓮に伺う。
「うん。オッケー」
蓮は静かに微笑み返して雪野の後についてきた。
教室から出て廊下を渡る途中、
「内緒話ならあそこにしよう」
「え?」
立ち位置が変わるように僕が蓮に案内されていた。
昼休みが終わるまであと十五分。そこは校舎裏の人気のない場所だった。
近くには大きな桜の木が咲いていて、ちょうど保健室の前でもある。
「あの! 僕に近づかないでって、言っているでしょ! なんで僕に付きまと……」
次の瞬間、蓮は雪野の言葉を最後まで聞かず、遮るようにこう言葉を漏らす。
「うん。まるで俺、雪野のストーカーだね~。雪野が友達になってくれさえすればいいんだけどなぁ~」
「だからだめだって言っているだろ! 僕に近づいたら……」
あれ……そういえば、こいつは……
「その事なら、俺は人形に触っても大丈夫だったでしょ。何がそんなに嫌なの? 雪野は俺が嫌いなの?」
唐突にそんな事を聞かれる。蓮の表情はこの時には真剣だった。
「そんな事は……ない、よ?」
あれ、どっちなんだろう……?
雪野はあいまいな感じでそう言い、蓮の方へと顔を向ける。
「何で自信なさげに俺のこと見てるの? なんか傷つくんだけど……」
「だってよく分からないし……」
「俺も雪野の気持ちは分からないよ。確認求められたって困るって。……あえて聞くけど、俺のどこが嫌い?」
そう聞かれたので雪野は正直に答えた。
「嫌いじゃないけど、あえて言わせてもらうと、ずうずうしいところが嫌だ! イライラする。なるべく僕に近づかないでほしい!」
「あ、そこに戻るんだ」
「だって僕、みんなから嫌われているし、僕と一緒にいたら蓮くんまでみんなから避けられたり、色々噂されたりしない?」
蓮はそれを聞いた瞬間、やれやれといった様な表情で一端ため息をついた。
「えっ、なに? 僕なにか変なこと言った?」
蓮は少し呆れ気味に答えた。
「雪野はやっぱり優しいね。でもそれはだめだ。思ったけど雪野はもっと人と交流した方がいいよ。慣れていないからそういう考えに至るんだよ」
「そうかな……?」
自分では気づかなかったけど、僕は人とは少し考え方が違うのだろうか?
蓮の言葉からするとそういう事だろう。
「そうだ、きっとそう。って、ことで俺と友達になってみよう。決定!」
「ちょっと蓮くん、勝手に決めないでよ!」
「はい、その蓮くんというのもなし。ある程度仲良くなったら友達はみんな呼び捨てで言いあうものなんだよ、雪野、分かった?」
「分からないよ! というか、友達になった覚えないし、これからもならないし。絶対ありえないし! それに、みんながみんな友達に呼び捨てとは限らないだろ! この嘘つき!」
「あはは、まあね……ばれたか」
「ばれた……?」
「雪野が心配している事が、俺がみんなから嫌われないかなら大丈夫。俺にとってはどうでもいいことだし。むしろ嫌われた方が好都合なんだよね」
「え……なんで?」
一瞬、こいつはおかしいんじゃないかと思った。誰かに嫌われたい奴なんていないはずだから。自分も本当は皆から嫌われたくない。
できればみんなと仲良くしたいし、もっとうまくやっていきたい、いろいろ話してみたいと思うのだ。一緒に遊んだりしたい。
それができるはずの蓮がうらやましい。そうしない蓮が憎らしい。
自分の中にはそんな感情がずっとあった。
いろいろと考え込んでいた眉を寄せていた雪野に、蓮はそっと答えた。
「雪野……俺、やりたい事があるんだ。それをするにあたって、俺としては雪野に嫌われる方が大問題になりうるわけ」
「そ、それで?」
「って、ことで雪野には俺の為にも友達になってくれないといけないんだよ。そういう事で理解してくれた?」
「何でだよ! ぜんぜん理解も納得もできないままだよ。結局、蓮くんのやりたい事って何なの?」
それ結局、また秘密って事になるんだろけど……
「知りたい?」
「……だから聞いてるんだよ。早く、言うんだったら言って!」
「それは……まだ秘密ってことで言えないんだ。ごめんね」
やっぱりそうなるのかよ!
「何でだよ! 蓮くん、何でも秘密にし過ぎだよね!」
「だから蓮って呼んでって……まあ、今はいいや。俺のこと友達と認めたらちゃんと呼んでよね」
「それは絶対ない!」
「即答だなぁ~。あともう一人の仲間がそろったらちゃんと説明するよ。その時まで待っていてほしいんだよね」
「あと一人って……? まさか、この前保健室にいた女の子?」
「そう。名前は赤見紀菜と言って俺たちと同じ六年生だそうだ。隣のクラスの子だね」
この学校は一学年二クラスしかないので、僕たちが一組だから彼女は二組という事だ。
「彼女の事を調べてみると、俺の予想していた通りになったよ」
「予想通りって?」
「聞きたい?」
意地悪くそんな事を言う蓮に、雪野はムスッと怒りを顔に出したまま、こう言い返した。
「いや、やっぱりいい。僕はそろそろ……」
雪野が立ち去るそぶりを見せると、蓮はすぐに続ける。
「まあ、聞いてよ。雪野」
「どっちだよ! 聞いてほしいのかよ!」
「そうだよ。ここは聞きたがるところだよ」
「知るか!」
「まあ、真面目に言うとね、彼女にはいろいろ噂があって、クラスの中で一人孤立している。不気味ちゃんってあだ名まで付けられて、なんだかかわいそうな子で……ねぇ、誰かに似ていると思わない?」
蓮が言いたい事は少し分かってきた。
彼女には何かがあるそう言いたいのだろう。不気味ちゃんと呼ばれる何かがある……
つまり……
「それは、変なところが僕に似ていると言いたいの?」
「そう。当たり。彼女も……紀菜ちゃんも俺たちと同じ側の人間なんだよ」
「……えっと、紀菜ちゃん?」
「あー、だいぶ仲良くなってね。今、俺の友達になってくれないか、何度も誘っているところなんだよ」
「それ、絶対仲良しじゃないよね」
「え~、そんな事ないよ~。あの子素直じゃないから受け入れられないだけなんだよ、きっと。本当は友達になりたいはず。あ、それも雪野くんとそっくりだね~」
「そっくりじゃねぇよ!」
「雪野、俺に対する言葉使いが荒くなってきているよ。日に日に」
「誰のせいだ!」
「アハハー」
蓮はおどけたように微笑み、そんな蓮に雪野は呆れながら言った。
「お前、絶対嫌われているよ。もう確定。蓮くんまさかとは思うけど、その紀菜ちゃんという子にも僕と同じように追いかけ回したりとかしていないよね?」
「してるよ。お話しも何度もしたよ。もうほんと仲良し……」
「このストーカー! 腹黒天使め!」
「あはは、雪野からそんな言葉が聞けるとは、俺たちの仲もだいぶ深まってきたようだね」「どこが!」
「それより、腹黒天使って……?」
外面は笑顔爽やかでイケてて、万能野郎だが、内面はそうでもなく意地悪く、あざとい奴の略みたいなものだ。
そんな事どうでもよく、答えてやるつもりもない。
答えないでいると蓮がまた、わざとらしい嫌な笑みを浮かべてくる。
「雪野、そんなにやきもちやいてくれて俺はうれしいよ~」
「やいてない」
「心配しなくても俺は雪野とずっと……」
ふざけた口調でそう言ってくる蓮に、雪野は言葉をさえぎって質問した。
「あー、もうそんな冗談はいい! で、紀菜ちゃんが僕達と同じ側の人間ってどういう事?」
「彼女がクラスの子たちから不気味ちゃんって呼ばれる理由は何だと思う?」
雪野はそう聞かれ、自分と照らし合わせて考えてみた。
「……どこか普通とは違うから?」
「うん。そうだね。紀菜ちゃんはたぶん何か【変な物】が見えているんだと俺は思うんだ」
「【変な物】……?」
それは自分も幼い頃には見た事がある【化け物】の事だろうか?
今は見えなくなってしまったそれは、昔にはぼやける程の視覚で実体を確認できていた。
あの頃の光景は夢などではないはずだ。現実にあった事のはずだ……
だから紀菜ちゃんって子が【化け物】の姿を見る事ができたとしても、おかしくはないし、僕は信じる事ができる。
「人が言うには彼女は何もないところで突然悲鳴をあげたり、怖い物を見たかのようなそぶりで怯えたりして、教室から逃げるように出て行くんだって」
雪野は蓮の話に耳を傾けた。
「休み時間だけじゃなく、授業中にもそういう事があって、先生にもそういう子だって見放されているらしい。そんな感じで紀菜ちゃんは不気味ちゃんって呼ばれている」
そこまで話し終えると蓮は、ふと後ろにある保健室の壁に振り返り見上げ、突然、誰かに話しかける。
「って感じで、あっているかな?」
「えっ!?」
雪野は蓮の視線の先を追い、そこには窓がありそれは網戸がかけられた状態で開け放たれていた。窓は高い位置にあるため中までは見えない。
雪野はふとある事を予感した。
もしかして……
校舎裏の今、自分達がいるそこは丁度、保健室の前に当たる事は頭にはいっていた。
蓮はどこまで分かっていて、今の状況になるように仕向けたのだろうか?
自分は蓮という悪魔の事を侮っていた様だ……彼が話しかけている相手は、たぶん……
「そこから、ずっときいていたよね。紀菜ちゃん?」
返ってくる言葉はなかった。
すると蓮はもう一度、こんな言葉で彼女を誘い出そうとしていた。
「毎日のほとんどを保健室で過ごしている不気味ちゃんこと紀菜ちゃん、聞こえていますか~?」
「やめてくれない、その言い方!」
彼女はムスッとして窓からその怒り顔を現した。
「あ、やっぱりいたんだ。アハハ~、さっきまでの雪野くんの事情や俺の事情やらはまさか聞かれちゃったかなぁ~。いや~困った、困った、どうしよう!」
蓮のそんな言葉に二人は同時に反応した。
「絶対、わざとだよね!」
「絶対わざとよね!」
するとその後、蓮はへらへらして嬉しそうにこう言うのだ。
「二人とも本当に似ているよ。その分だと、すぐに仲良くなれるね。俺なんかよりも。よかった、よかった」
「何言っているんだよ。僕は友達なんかいらない!」
「そうよ。私は仲間なんて作るつもりはないわよ!」
「よし! 二人が仲良く俺の友達になってくれたってことで俺の秘密を教えるよ。まずは俺のやりたいことなんだけど……」
『話を聞け!』
無視して話を進める蓮に雪野は怒鳴る。
するとまたも彼女と言葉を合わせてしまった。今度は言葉もぴったりだ。
それに蓮は、面白い事のように笑みを浮かべてぽつりと言葉を漏らす。
「二人とも聞きたくないの?」
「聞きたいけどさぁ……」
「言うなら、早く言いなさいよ!」
うん、それそれ。
紀菜ちゃんは保健室で最初に会った時のように怖い顔をして、蓮の態度にとてもイライラしている様だった。
それは僕も同じわけで……
「う~ん、どうしようかな~」
いつまでもじらすような態度の蓮にイラつきながらも本題が気になった。
いったい蓮は何をやりたいんだ。
二人の視線を受け彼はやっと、口を開いた。
「なら言っちゃうよ。俺のやりたいことは、まず仲間を作る事だった。仲間っていっても普通の仲間じゃないんだよ。君たちみたいな特殊な人を探していたんだ。その理由は……」
キーンコーンカーンコーン――
直後、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、一番聞きたい部分を残して、蓮は言葉を止めた。
「あ、チャイムなっちゃったね。それじゃあ、この話はまた後で」
「ちょっと!」
そのまま教室に戻ろうとする蓮に雪野は、声をあげ急いで彼を追ってかけだす。
「そこまで言ったんなら、最後まで言いなさいよ!」
後ろから、分かりやすい程の、紀菜ちゃんの怒り声が聞こえてきていた。
「そうだ、そうだ! 絶対わざとそうしているだろ、お前!」
「あはは、そんな事ないんだけどなー」
こうして僕がした説得も何も解決しないまま昼休みを終えた。
むしろ蓮の思うように事を進まされたような気がするのは僕の気のせいか?
「……」
雪野は蓮と共に教室に戻りその後、机に突っ伏しながら前方の席に腰かける蓮を睨む。
気のせいであればいいが……




