006 姉から聞いた昔話
これはまだ、姉、葉月が生きていた頃の話だ――
「ううっ……」
「お姉ちゃん?」
「どうか……生きて、死んじゃ……」
雪野が姉の部屋に行くと、姉はうなされるようにして眠っていた。
彼は、そんな彼女を起こそうと体を揺らす。
「お姉ちゃん、起きて! 起きて!」
すると、目を見開き呆然と固まっていた姉がいた。やがて周りを見渡すと、彼女は呟いた。
「んん、あれ、雪ちゃん……?」
「どうしたの? 怖い夢でも見てたの?」
「うん。ちょっとね……本当に怖かったよー、雪ちゃん」
そう言って彼女はそっと雪野を抱きかかえた。
「だから、ぎゅう~」
「苦しいよ、お姉ちゃん……」
「ごめん、ごめん、雪ちゃんがかわいいから、つい」
「もう」
雪野がそう言ったところで、姉は立ち上がり雪野に手を伸ばす。
「さあ、行こうか」
「行こうってどこに?」
「縁側の方」
優しくも悲しそうに微笑みかけられた。
そしてそのまま彼女に手を引かれて、雪野は廊下をとことこと進む。
開いている手には、姉の手にはいつもの様に人形が持たれていた。
「気分転換?」
姉のお気に入りの場所は縁側だってことは、彼は知っていた。
「うん、ちょっとね。ほんとに嫌な夢を見ちゃってね……」
一体どんな夢を見ていたのだろうか。
雪野はそう気になって、姉に聞いてみた。
「お姉ちゃんは、どうな怖い夢を見ていたの?」
「うん? 聞きたい?」
「うん。聞きたい」
「本当に聞きたい?」
「本当に聞きたい!」
「じゃあ、本当の本当に聞きたい?」
姉はなぜか同じ言葉を繰り返すので、雪野は声を張り上げてもう一度伝えた。
「本当の本当に聞きたいってば!」
「あはは、仕方がないなー」
からかい好きな姉の笑顔がこぼれた時、縁側につく。
丁度、大きな桜の木が見えるいつもの定位置に二人は座る。
といっても、今は春ではないので花は咲いてはおらず、葉すらも落としたその桜は少し見ていてつまらなかった。
地面に石段が置かれている板の上に腰かける姉はこちらに手をかざしてくる。
「さあ、おいで。雪ちゃん」
彼女は彼を膝の上へと手で招き座らせようとしているのだ。
「別に上じゃなくても……」
「お姉ちゃん、今、雪ちゃんとぎゅう~ってしたい気分なんだ~」
雪野は仕方なく、言われた通り彼女の膝の上に乗っかる。
「これでいい?」
「あと、ぎゅう~ね」
姉は言葉と同時に手を雪野の前へと組み抱きしめてきて、その際、姉の三つ編みされた長い髪が雪野の顔の横を擦れる。
「くすぐったいよ。髪が……」
「それでもぎゅう~」
その後に、姉はこんな言葉を漏らしていた。
「こうやってぎゅう~ってできる人が傍にいると幸せだな~」
そしてこう聞いてくる。
「雪ちゃんも苦しいときとか、ぎゅっとしてくれる人ができるといいね」
「僕には、お母さんとか、お姉ちゃんがいるじゃん」
「うん、そうだね。でもそういう意味で聞いたんじゃないんだな~。というかお父さんは?」
「お父さんは、なんか怖いからいい」
「あはは、そんなこと言っちゃ、お父さんがかわいそうだよ。ああ見えて不器用なだけだから気にしないであげて」
本当の親子である、姉にとってはよく彼の事が分かるのかもしれないが、実子ではない雪野にとって父親はよく分からない威厳ある怖い存在にうつっていた。
「私が聞いた事の意味、雪ちゃんには分かるかな? 好きな子ができたらっていう話だよ」
「好きな子……? よく分からない!」
「そうだね。雪ちゃんはまだ小さいからよく分からないよね。でもいずれ分かるよ」
「うん……」
「だから、今はお姉ちゃんがぎゅうってしてあげる」
姉は悪夢のせいかわからないがやはり少しだけ悲しそうで長い間、雪野を離さなかった。
「あははは、だから苦しいしくすぐったい。髪!」
そして、やっとのこと雪野を開放すると彼女は口を開き語り出したのだ。
「雪ちゃん、この家には〈七恵天授〉という七つの能力があるのは知ってる?」
「ううん、知らない! 何なのそれ? 七恵て、ん……ん?」
「それじゃあ、雪ちゃんに一つ昔話でも聞かせてあげましょうか。昔、昔――」
姉の話はこんなものだった。
昔、昔のことです。神様に気に入られたある一人の人間がいました。その人間は神様に七つの力をもらいました。それが私たち木崎家の一族で、木崎家の者はその代わりとして天災が起こるたび生贄を神様に捧げました。ある日、刹那という者が木崎家に生まれた。刹那は生まれつき体が弱く生贄として生かされてきました。だが、刹那は体が弱かったものの一族の中で一番の能力者でありました。なんと、七つの力を全て使えたそうです。力を決して誰にも見せなかった刹那は、ついに生贄へと捧げられる日が来ます。生贄へと捧げられた刹那は自分の死に場所となる石碑の前で皆に言います。この神は偽物だと。悪神がこの石碑には眠っていると。たちまち正体を現した神様を刹那は自らの力で封印しました。こうして一族は生贄をださなくなり木崎家の者は喜び刹那を救世主として称えたそうです。
話終えた姉は、静かにこう聞いてきた。
「雪ちゃんは私の能力って何か知っている?」
「知らないよ。どんなの? 本当にあるの?」
「あるよー。雪ちゃんにもやがてすごい力が使えるようになるよ、きっと」
「どうかな……」
未来の事、それは、不安だけしかなかった。
自分はこの先、はたして生き残る事ができるのだろうか?
「大丈夫きっとだよ。だから、どんなに先の事が心配でも生きようとしてね。生きてね」
「なに、いきなり……?」
自分の心の中を覗かれたようで、雪野は動揺した。
「お姉ちゃん、雪ちゃんの考えている事なんてお見通しなんだから。あ、これがお姉ちゃんの能力ね。いつでも雪ちゃんの心の中が分かっちゃうの~」
「もう、やっぱりふざけているでしょ。能力なんて絶対嘘だよ!」
「そう? 本当にそうかな~」
「もう、その手には乗らないから。お姉ちゃん、よく僕の事からかうから」
「あはは、やがて分かってくるよ。きっと。いろんな事が……」
その時には結局、どんな夢を見たかは聞けなかった。
でも笑っている姉の顔を見ると、大丈夫そうだなと思い聞くのをやめたのだ。
こうして人形が雪野を選んでから、彼は姉と過ごした時間を思い出すように縁側で一人腰かけるのであった。
もう、雪野には抱きしまてくれる人がいない。
雪野は人形を抱えながら悲しそうに、花のない寂しい桜の木を眺めていた。




