005 呪いの和人形
時々、夢を見る。内容は毎回同じだ。
その夢はいつもあの部屋の景色から始まっていた。
姉が死んだあの部屋の景色から。
「雪ちゃんはまだ生きていたいよね。大人になりたいよね。幸せになりたいよね」
姉の声が響く。
自分はどうやら、姉に抱きしめられているようで。
姉はいつもの笑顔で、しかしどこか悲しそうな表情でこちらを見つめながらこう告げた。
「なら、私が変えてあげるよ。これからすることに雪ちゃんは何も心配しなくていいからね。私がどうなろうと何も気にする……」
そこで、聞き取れなくなる。
そんな夢をもう何回見ただろう。
現実に戻った彼はいつも思う。
あの夢はなんなのだろう?
見覚えのない、しかしどこかで聞いた事があるような言葉。
どこかへ失くしてしまった記憶の断片なのだろうか?
今はまだ分からない。
なぜ姉は突然の死を遂げたのか。
人形が姉を殺したのだろうか?
なぜ、あの時僕はあの場所に……
死んだ状態の僕がどうしてあの場所にいたのか分からない。
すべてがあやふやなままなのだ。
僕は生き続けている。
そして、成長もしている。
姉は何かをしたのだろうか?
僕を救うために何かを……
あの日から人形は僕を選んだ。
自分に取りついたかのように何度も手離したとしても人形はすぐ目の前に現れる。
それは時に自分を困らせる。
あの事件以来、弱かったはずの彼の体はまるで魔法にでもかかったかの様によくなった。
あれだけ、彼を殺そうと苦しめてきた人形が今度は彼を生かそうとしている。
雪野は自分の胸に手をあてて、自らの心臓が動いている事を何度も確かめ続けた。
何も変わらず家の中だけに閉じこもっていた沈黙の時間を破った、ある年の事。
雪野は学校に通える事になった。
体の弱かった彼には一生いけない、知ることもなかった一般の者が通う小学校に。
最初は、家に出ることすら前はできなかったのだから素直に嬉しいと雪野は思った。
姉と叶わなかった約束をこんな形で成してしまって虚しいとも思った。
叶わなかったからこそ、こんな状態になっても生きてしまったからこそ、何かを求めていいかなければと考えた。
ただ生きるのではなく、自分の存在に価値があると思える何かが欲しいと求めた。
母や父、祖父母たちがまた自分をいてくれればいいと雪野は新しい願いを持った。
次こそ叶えたい、そう思って雪野は新しい世界に飛び込んだのだ――
学校に入学して三日ほど経ち、彼は着慣れない男物の服とズボンを着て登校する。
今まで女物の着物を着ることは普通だと思っており、男用に変わってからも和服以外来た事がなく、一般の人が着る服装は初めてだったがすぐに慣れた。
彼は腰あたりまで伸ばされた長い髪を切らない代わりに、うしろに一つしばりそれから準備満タンで今日も学校へと向かう。
この三日間、外に出て人と触れ合い、雪野は改めて気づかされた事があった。
木崎家は普通の家とは違う。
家で和服を着ている事自体がまず珍しく、木崎家という家は古いしきたりを守る家。
家の中自体が和風であふれかえり、昔からの面影を残した作りになっている。
それはどこか暗く思い雰囲気を漂わせており、あの人形がさらにそれを強く思わせる。
六年生の教室に入った初日で人形の特質に困らせられた雪野はある事を思い沈み込んだ。
それはもちろん人形の事で、いつもその和人形は家に置いていくのだが……
「はぁ、ほんとどこへでもついてくるな。この人形……」
結局こうなるのだ。
通学路を歩いて道の角を曲がった先にその姿はあった。
人形は待っていましたよと言わんばかりに雪野の方を向いて、きれいに立っている。
彼はそのまま素通りし、まっすぐ一本道を進んでいく。
ふと、振り返ってみると人形はまださっきの位置にある。
もう五mほど進み、人形との距離が十mほどくらい差し掛かるところでもう一度振り返ってみると……
人形の姿は消えていた。
どこに行ったんだろうと思いながら、一応かまえて顔を前に戻すと……
「うわぁ……」
まるで不意打ちの様に目線のすぐ先に人形が現れ、雪野は小さく驚いた。
道沿いの塀の上に乗っかる人形を見つめもう仕方がないと思った雪野は、それを手に取り学校へと向かった。
そんなことの繰り返しで雪野は諦めて、最初から人形を持ち歩く事にしたのだ。
姉と同じように家でも学校でもどんな時だって、人形を傍に置く事が当たり前となっていくのだった。
雪野の事情も知らない学校のクラスメイト達は、新入生の雪野とその人形に注目する。
「雪野くん、なんで毎日、人形を持ってきているの?」
「その人形、触ってみてもいい?」
席に着く彼の周りに集まる人たちに雪野は、どう説明すればいいんか迷っていた。
そしてそれ以前にどう話せばいいのか分からなかった。
「え~と……」
木崎家に代々伝わってきたという、大事な人形。
それを家から持ち出している事さえあまりよくないのに、こんな形で見せびらかせたり、さわらせたりしても……
「いいのだろうか?」
雪野はあいまいにそう答えた。
「雪野くん、触っちゃうよ!」
一人の女の子がそう言って、人形を掴みあげた。
「あ!」
雪野はそう漏らすだけで、その後はどうする事もできなかった。
「こういうのおばあちゃんちにあったよ。でもこの方がなんか綺麗でいいね!」
一人が人形を手にすると、周りに集まっていた数人のクラスメイトたちが人形を中心に話を展開させていた。
雪野はほとんど話しに混じることはなかった。
「ちょっと私も触らせてくれる? 私んちにもこう言うのあるんだ」
「ぼくんちには妹がいるから、ひな人形ならあるよ」
「ちょっと、俺にも一回みさせろ!」
雪野は授業が始まるチャイムがなるまで人形を手放していた。
「じゃあ……返して、ね……」
と、掴み取り席へと着く。
彼は人慣れしていない事もあってか、あまり生徒たちと会話したりするのは苦手だと、初めて知った。
それもとても悩ましい問題であったが、何より人形に対しての声掛けが多く、色々と聞かれる事があり困っていた。
詳しくは話せないため、彼はいつも曖昧な返事を消してその場をやり過ごしていた。
だが、突然とそんな事は次第にしなくてもよくなった。
その理由はというと……気づけば皆が雪野を避ける様になっていったからだった。
彼は人形をいつも持ち歩いているが、それに周りの子たちは不思議に思ったり、気味悪がったりするかもしれないが、そういう事ではなかった。
人形は雪野を守っているといわれているが……
彼の意思とは関係がなく皆がどうなってもどうでもいいかの様に、人形は自分だけではなく周りにもある呪いをかけていたのだ。
一瞬間のうちに十人ほどの生徒たちが今、体調を崩し欠席するという事態に雪野は周りに言われるまでそれが人形のせいだとは思ってもみなかった。
「もしかして、雪野くんのせい……?」
「ほら、あの転校生のせい。あまり喋らない子のことなんだけど……」
「あの男の子が来てから、なんか急に休みの子増えたよねー」
「何か呪われてるんじゃない? あの子、人形とか持ってて気味が悪いもん……」
そんな噂を聞いてから雪野は、悩ましく周りの声に照らし合わせて考えた。
自分をよく思わなくて悪口を言ったり、嫌がらせしたりする人がいるとすると、その者たちには次々と災厄が起こる――そういう仕組みなのか?
だが、実際にそういう人はいたかは分からない。だって話しかけてきてくれた人は皆、自分を気遣ってくれた子だと思ったから、優しそうな子だったから、笑っていたから……
様々な理由が浮かび上がり、その者たちが皆、自分を嫌っていたとは思えなかった。
だから周りの噂は違うように思えた。
そして人形が原因だとは雪野は分かっていた。
なぜなら自分を今も呪い続けているそんないわくつきの人形だ。今、災厄という事態が起こっている原因として、人形が雪野以外に触れられる事を拒むから、それとも人形の何らかの力に充てられるだけなのかと彼は週の最後には推測していた。
間違っていたとしても自分に関わったせいで今こう事態が起こっているのも間違いはないと雪野は罪の意識を感じずにはいられなかった。
なんて言われようと言い返せはしなかった。
「みんな雪野くんがかわいそうだろ……」
「そうは言っても、雪野くんの周りに座っている子たちの多くが今欠席していて、噂がもし本当だったら怖いじゃない……」
「それに見事にあの子に話しかけてた人達が皆、同じ症状で倒れているらしいんだよ」
「インフルかなんかじゃないのか?」
「それがね……病院にいってもただの風邪だとか。高熱出している者たちがほとんどなのに、多田の風だって判断されたんだよ。おかしくない?」
「た、ただの偶然だろ。なぁ、雪野くんもそんな風に黙っていないで、何かいいなよ」
「あ……えっと……」
「君のせいじゃないんなら、ちゃんと否定しなよ。違うんだろ?」
「僕は……どっちでもいいよ……」
「なんだよ、それ……もう知らねぇから」
「どっちでもいいって……もしかして本人も気づいているのかな」
「だから、ああいったんじゃない?」
「もし、本当に雪野くんと関わると呪われたらどうしよう。私たちもう十分、あの子に関わっちゃったよね?」
「やだ、私もだよ。どうしよう……」
そういう事があり、僕に関わろうとするものは呪われるのだという噂が根強くこの後も広がっていった。
こんなうまいようにいかない自分の日常にうんざりしながら、雪野はこれからも一人でいる事を自ら決めた。
望んで裏切られることが辛いともう何度も経験してきて知っていたから。だから……
「一人でいいよ……これからも、ずっと……」
こうして一人ライフが日常として始まったのであった。
雪野はますます人形が不気味だと思うと同時に嫌いになった。




