007 花子先生と人形
「人形め……」
雪野は心の中でそう呟く。
僕は人形が嫌いだ。
人形のせいで僕は体が弱くひどい毎日を過ごした。
人形のせいで僕の姉は亡くなった。
人形のせいで僕は無視される。
人形のせいで僕は友達を作れない。
人形のせいで僕に変な噂がたった。
人形のせいで僕は先生に今……人形を持ってきている事についてめんどくさく、注意される。
「雪野くん、だめでしょ。人形は学校に持ってきてはいけないって何度も言っているはずですよ。なんでいつも持ってくるの?」
いつも通り登校して廊下をまっすぐ進んだ先、教室の前に先生は立っていた。
雪野をみるなり担任の小林花子先生は、今日も僕が人形を持ってきている事に気づいて叱った。
雪野にもどうしようもできないので彼はどうすればいいのと不満の中、困ったように下を向いた。
「えっと……」
そしてその後に続く言葉は……
「実はこの人形は普通の人形とは違って、僕がどこにいても勝手についてくる不思議な人形なんです。おまけに僕意外の人が触れると、何かみんな……呪われてしまうらしいんです」
なんて、言えるわけがない!
だから雪野はしかたなくこう言ったのだ。どこか寂しそうな子供を装って、
「先生、僕一人じゃ寂しいんです」
「え、」
「まだ、友達一人も作れていないし……人形は僕の友達代わりなんです。この人形がないと僕は本当に一人ぼっちに……」
雪野はさらに下を向く。
十一歳にもなって、こういう事を口にするのはどうかと思うのだけれど、今は仕方がない。
花子先生は僕に関しての噂を知っているのだろうか? 知らないのだろうか?
どっちかは分からないが、雪野が言い放った言葉に対して慌てた様子で先生は、
「ああ、雪野くん。ごめんね、ごめんね。先生、雪野くんの気持ち分かっていなかったね」
軽く雪野の肩に慰めのように手を置いた。
どうやら自分はかわいそうな子供を見事演じきったようだ。よし!
これで上手くごまかせはしたのだが、先生の話はしつこく続けられる。
「でも雪野くん。人形は学校に持ってきてはいけない事になっているの。先生からのアドバイスを言うね。友達、一人も作れていないって言っていたけど、友達って気づけばいつのまにかなっているものだから心配しなくてもいいんだよ」
「はい……」
「それに雪野くんはもっと自分からみんなに声をかけたらいいんじゃないかなぁ? そうしたらきっと、みんなと仲良くなれると先生は思うよ」
花子先生は本当に僕を思ってそう言ってくれているんだと思うけど……自分にとってそれはありがた迷惑だ。人形がある限り僕は一人でいるしかないのだから。
例え、一人が寂しいやらつまらないやらいろいろ思ったとしても、そのままでいる事が一番いいのだろう。そう決めたし……
そんな風に考え込んでいた雪野は、花子先生に表向きはこう言っておくのだ。
「先生、ありがとうございます。僕頑張って友達作りたいです」
そう、嘘だ。
「そう、よかった。もしよかったら、先生が雪野くんの最初の友達になろうかな」
「ありがとう、先生」
雪野は笑顔でそう答える。
話は一件落着したと思ったのだが、先生は人形の事はやはり見逃してはくれなかった。
「でも、人形は預かっておく事にしますね。見たところ、かなり古い人形の様だけどうっかり壊したり、他の子たちに取られたりしたら困るでしょう」
「え、でも……」
「でもじゃ、ありません。さあ、人形を渡しなさい」
先生はとぉまえに掲げ人形を取り上げようとしてきている。こんな状況からも、ここまでの会話からもおそらく先生は、雪野の噂については知らないのだろう。
だが、そんなことはどうでもいいのだ。問題は……
「ああ、待って! その人形は……」
触ったらだめなのだ!
そう伝え様とするが、その前に先生は人形を手にしていた。
「あっ……」
「それじゃあ、先生は人形を職員室までもっていくから、雪野くんはもう教室に入ってもいいわよ」
先生は踵返し、職員室の方へと向かって行く。
それを眺めながら雪野は、
「どうなっても知らないですよ……」
何か悪いことをした気持ちになり雪野は、罪悪感を持ちながら小さくそう呟いた。
この後、雪野は仕方ないと言われた通り教室へと入った。
そして数時間後、人形はやはり雪野の前に現れた。
しばらくたっても戻ってこなかったので、珍しいと思っていたのだが……
「やっぱりこうなるよね。花子先生、大丈夫かな。この後……」
人形に触れてしまった先生は人形の呪いにかかる。
雪野はこの後、先生がどうなるか気にしながら一日を過ごした。
先生は、雪野がいつの間にか人形を持ってきていることに驚いた様子でいた。
だがなぜか何も言わず、雪野は不思議に思っていた。
もしかすると、何か呪いについて感づき始めたのだろうか?
次の日、花子先生は前の日と同じように教室の前に立ち雪野を待っていた。
「おはよう、雪野くん」
まったくもって元気なその声に呆気に取られてしまう雪野がいた。
「おはようございます。先生……」
人形の呪いにかからなかったのだろうか?
とりあえず花子先生が元気な事にほっとはしたが……それよりも今先生はどこか真剣な表情で自分を、いや人形を見ていている事に対して雪野は気になった。
ん、どうしたのだろうか……?
また今日も人形は取り上げられてしまうのだろうか?
雪野はそう気を張っていると……花子先生はそっと聞いてきた。
「少し聞きたいことがあるのだけど、いいかな?」
「聞きたい事? 何ですか……?」
「その人形の事なんだけど……」
何か言いたそうな花子先生の態度に雪野はこう思ってしまう。
もしかして人形について何か感じとったりしたのだろうか?
噂を知ってしまったのだろうか?
それとも昨日勝手に人形を持ち出したと思われて怒られるのだろうか?
直後、そんな考えは外れ花子先生はいきなり頭を下げてくるので彼は驚いた。
「ごめんね、雪野くん!」
何のことだか分からず雪野は頭を抱える。
「あの、なんで先生、謝っているんですか?」
先生は顔を上げると、口を開きこう言った。
「え、だって、気づいてないの? 人形の事!」
「気づくって、何をですか?」
「ほら、人形の着物の部分に……」
着物の部分?
彼女の言葉通りに雪野は人形を見て見る。しかし……
「なにもないですよ」
人形はいつもと変わらぬ様子に見える。
「そんなはずないでしょ。先生によく見せて」
先生は人形に顔を近づき、まじまじと見まわした。
「あれ、本当だ。でも昨日は確かに……どういう事?」
花子先生は首を傾げて雪野を見ている。
こっちに聞かれたって分からないのだけど……
「昨日、何があったんですか?」
すると、花子先生は少し申し訳ないような顔を見せていた。
「え~っと、ちょっとね……」
花子先生の話した内容はこんなものだった。
先生は昨日雪野の人形を取り上げた後、職員室へと向かった。
そして人形を机に置き授業の休みどきに一杯のコーヒーをいただいた。
だが、うっかり手を滑らせてそのコーヒーをこぼしてしまうが、さいわい量は少なかったためプリントとうには付かなかったものの、向かいにあった人形の着物の下あたりにコーヒーの黒いシミがついてしまったという。
この後、花子先生はふきんを取りに人形のそばを一度離れたが人形はいつのまにか無くなっておりすでに雪野の手にあったという話だった。
そんな惨事が起きていたとは知らない雪野に先生は、昨日の時点でそのことを伝えそびれたことについて謝っていた。
「本当にごめんね」
「いえ、いいんですけど……」
「ほんとにわざとじゃないんだけど……うっかりだったの」
「はい、もう大丈夫ですから。落ち着いてください!」
「はい……でも、なぜ汚れが消えているのかしら。不思議な事もあるものね」
「そ、そうですね」
「あ、もしかして、本当は雪野くんがとっておいてくれたんでしょう」
「え、えっと……」
「隠さなくてもいいんだからね。雪野くん」
「はあ……」
本当に自分は何もしていないんだけど……
花子先生はそう思っているみたいなのでそこは素直に……嘘をついた。
「実はそうなんですよ。汚れは僕がとっておきました。休み時間、寂しくなって人形に会いに来たら人形が汚れていたのでもしかしたら気づかないうちに自分が汚してしまったんじゃないかと思って親に怒られるのも嫌だったし。ごめんなさい勝手に持ち出してしまって」
そこでちょいと演じ、しゅんと落ち込んで見せた。
「あ、いいんだよ。本当にごめんね。いろいろ悩ませてしまったね。先生が悪かったのに」
「いえ、いいんです。この人形僕が生まれた時からある大事な人形で、結局きれいになったし、親にも気づかれなかったのでよかったです」
さらりと大事な人形である事を付け加えた。
「アハハ、そうなんだ。そんなに大事な人形なんだね。それ……」
先生はどこか青ざめた表情をしていた。
「はい。僕は体が弱くて家にいる間ずっと、この人形を友達代わりとして一緒にいました」
「そうなの?」
「だから……」
僕は花子先生を見つめて言った。
「これからも、この人形といさせてください。先生!」
これが一番の望みであった。あとはまあ、噂に関してはとりあえず置いておこう……
「でも、それは……」
「僕この人形が家族のように大事なんです。だからこそ一緒にいたんです。これがあればお守りのように一人でも安心できるんです!」
雪野は花子先生の顔を真剣な様子で覗き込んだ。
「先生!」
「うっ……」
雪野が花子先生から目を離さないでいると、先生はようやく口を開いて喋り出した。
「はぁ、分かりました。特別に人形を学校に持ってくる事を許します」
「本当ですかぁ……」
その言葉を待っていましたー
「今回の事もあるし、一つかしをつくちゃったし、これでチャラって事にしましょうか」
「いいんですか?」
「ええ、いいわよ。先生が他の先生たちにも言っておいてあげるから」
「あ、ありがとうございます!」
この日から人形について聞かれる事はなくなり、雪野は少しだけ人形による弊害を排除できた事に喜んでいた。まあ、それ以外の状況は全く喜ばしくはないのだけれど……
なぜなら、生徒の間で、雪野に関しての噂は新たに加わったからだ。
「雪野くんは人形が大好きで、人形を友達変わりにしているんだって……」
「ほんと、不気味だよね」
「ハハ。そうね。ほんと、かわいそうだねー」
「というか、まるで女の子みたい。女々しいー」
そんな噂はどこから伝わったのか?
これではまるで、僕がかわいそう=変人みたいじゃないか!
教室の前で話していれば誰かに聞かれていてもおかしくはないか……
先生はその噂については知っているのだろうか?
いくら何でも毎日こんな騒がしく自分の噂が立っているというのに、それで気づいていないのだったら、あまりにも鈍感すぎないだろうか?
そこで、ふと思った。
「そういえば、先生……人形に触ったのに相変わらず元気なままなのはなんでだ?」
今も人形に触った人たちは数人休んでしまっている。
幸い何日もたつと回復してくる子が少しずつ増えてきているのだが……
先生も人形に触ったのなら、今までのように呪いみたいな物がかかるはずなのに……
花子先生は今日も朝、教室の前に立っていた。
そして、登校してくる生徒に一人ひとりに清々しい挨拶をかわす。
そんな光景を席につき眺めてから、雪野は人形へと目を向けた。
見たところ何の言葉もかわしてくれないのだが……
「……まあ、いいか」
ちょっとした、疑問を残して雪野は今日も一人ライフを送る。
これからもずっと一人で……そう固く決めている。
どんな事があってもこの気持ちは揺るぎはしない!
ある転校生が雪野の目の前に現れるまでは彼はそう思っていた――
それは桜が咲き誇る春の時期だった。雪野が学校に入った時から三週間ほど遅れてある一人の男の子が転入してきたのだ。
「皆さん、今日は新しくこの六年一組に転校生を紹介します。自己紹介してくれる?」
花子先生に言われその転校生の男の子は挨拶をした。
「初めまして、泉谷蓮です。これからよろしくお願いします」
簡潔な言葉だったが一瞬に教室の中を明るくする様な、落ち着きを放ちながらもはっきりした声とさわやかな笑顔で、最初の印象はこれでもかってくらい好印象な彼は、周りの生徒たちからの目もくぎつけになった。
自分の時とは大違いだった。
「あぁ……木崎雪野です……? あ……えっと……ど、どうすれば……」
ふとその時の光景を思い出し、落ち込みそうになり雪野はすぐに考えを振り払った。
首を振る嫌われ者の雪野の行動には目もくれず、女の子達は蓮という男の子に夢中になっていた。
「きゃあ! 蓮くんってかっこいいよね」
「そうよね。そうよね、かっこいいよね」
「友達になれないかな?」
「ねえ、みんな話しかけて見なよ」
雪野はそんな声を聞きながら、自分には関係ない話だと受け流した。
そんな人気者な蓮と雪野がまさか親友と呼べる関係になるとは、この時の雪野には想像できなかった。これぽっちも……




