002 [JHSA]の係り員たち
そこは、[JHSA]の中部支部。
任務終わりの季流は、明慎とモニター上で話していた。
「季流、今日も任務ご苦労!」
「はい……」
椅子に座りこむ彼は眠そうに目をこすり、その瞳は充血し赤くなっていた。
「お前疲れていそうだな」
「ええ、少しばかり睡眠が足りていないようです」
季流は今、深夜に任務を終え、車を走らせこの[JHSA]中部地方支部へとやってきた所だった。
「お前にもう一つ任務を頼もうと思っていたんだが、他に回すか……」
「いえ、大丈夫ですよ。今回は多少楽なものであれば、雪野くんたちも連れて行こうと思います。で、どんな任務ですか?」
淡々と答える季流。
気丈に持ち直そうとする彼に明慎は心配してか眉をひそめていた。
「本当に大丈夫か?」
「……」
そして、言ってもこちらのいう事は聞かないであろう季流に仕方ないというように、慣れた様子で彼は、ため息をついてから言葉を進めた。
「はあ……学校なんだが、お前も知っている場所だな、たぶん」
「学校ですか?」
「桜華山小学校、かつてお前のところの雪野くんが通っていた学校だよ」
「ああ、そうでしたか?」
季流は記憶をたどるように思案する。
確か、そんな名前の学校でしたっけ……
「それと――お前がちょくちょく目を配らせているあの二人の通っていた学校でもある」
「そういう事になりますね」
間をおいてから、明慎はこう言い出した。
「まだ、あの子たちに会わせてやらないのか? もう日は過ぎた。そろそろ三人を合わせてやってもいいんじゃないか?」
それは少し難しい話だと季流は思った。
「雪野くん次第ですね。状況次第では過去の惨劇に触れることになりますので、なるべくならまだそっとしておきたいものです」
「そうか? 家族の心配をするのはいいが、でもそれはお前が決める事ではないと思うぞ」
「あなた、が決める事でもないでしょう?」
「……そうだな。要するに俺が言いたいのは会わないと始まらない。何も分からないという事だ。だからそろそろいいんじゃないか? とそう聞いた」
一瞬の沈黙が流れた後、季流は答えた。
「考えておきます……」
同時に画面上から顔をそらして立ち上がった。
「季流、資料に今回の任務が書かれているから、後はお前に任せたぞ」
「はい、分かりました。今日の任務は一人で構いませんので、よろしくお願いします」
「ああ、分かった。一人な……」
明慎の言葉を最後まで聞きとった後、季流は部屋から出たのだった。
白い廊下を渡り階段を降りようとした時、
「あ、季流さん、お帰りになるのですか?」
ふと後ろから声をかけられ振り返ると、事務の休憩室へと続く扉から丁度でてきた女性がいた。
彼女の事は季流も一年ほど前からよく知っており、日々自分をサポートしてくれている織色舞というここの管理職員だった。
「はい、今日はこれで」
「また任務へ、ですか?」
「いえ、しばらく家で休もうかと思いまして」
支部の休憩、寝部屋室で泊まる事も出来るが、ここしばらく任務に出続けていたので、いったん休暇を取る事にしたのだ。
「ここ最近、ずっと任務を受けていましたものね。それがいいです。そうしてください顔色も悪いみたいですし……」
「あー、分かりますか?」
「こういう施設で泊まられるのもいいですけど、ちゃんと自分の家でリラックスしてお休みくださいね」
メンタルケアやカウンセリングなども一般向けに行っている、この[JHSA]という機関では、こんな風に気を払われる事も多かった。
「ここでも、十分リラックスできるんですが……」
「それでもです。家族の方もいられると思いますし、ずっと顔見せないのは心配されますよ」
「う~ん、そうですねぇ。では、あなたの言うことを聞いて家族に会いに帰るとします」
「それがいいです。ではお疲れ様です。季流さん」
「はい。花里さんもお疲れ様です。それでは」
爽やかな笑顔で見送る舞に、季流は挨拶を済ませ足を進めようとした。
だが丁度そこで、自分たちが立ち封じしていた入口から、四人の職員たちが出てきた。
その中の亜麻色の髪に左右に一部編み込みをした女性、浜崎くるみ子が声を漏らした。
「あれぇ~、舞。来るの遅いと思ったら、季流さん独り占めにして、ズル~イ。みんなも狙っているのにぃ~!」
「くるみ子、ちょっと、そんなんじゃないわよ! 私はただ……話していただけで……」
「そうよ、私は季流さん自体には興味はないわ! 違う意味では興味深いけど、イケメンだし……フフフ」
目は前髪に隠されがち、どこか暗さをまとった西江十萌という女性がそう囁いた。
「あなたは、ね。この陰気腐女子が!」
「うるさいですね、くるみ子。私の頭の中であなたをどん底、みじめなモブにしてあげます」
「やれるものならやってみなさい。そこにずいぶんと可憐な少女がいることかと、あなたの頭の中の人々が、いっせいに私を見つめ、心奪われることでしょうね。オ~ホッホッホッホ」
「いいえ。いっせいに、そのちんけなモブを叩きのめします。ヤンキー組の生徒会長タバスケくんらが」
「誰よ、それ……」
言い合いを始める二人に声がかけられる。
「はいはい、こんな所で妄想的、言い合いしないでくれる二人とも。季流さんも困るだろ」
今いる五人の中で唯一の男性、島田十五郎が彼女ら二人の言い合いを止めようとするのだが、しかし……
「十萌と同じにしないで。シマタのジュウゴロウ」
「女子の問題に割り込むな~。どこにでもいそうな一般人~」
「誰がジュウゴロウだ。何度も言うけど、俺の名前はトウゴロウだから。わざと昔の人風に間違えるな、くるみ子!」
「面白いからいいじゃん」
「よくない! あと十萌、なんだ! 地味に傷つくんだけど……どこにでもいそうな一般人?」
「不快に思われましたか? じゃあ、普通の人」
「え、」
「イコール、なんの面白みもない、つまらない人間」
「おい!」
「それが嫌なら、あとはモブかぁ……」
「あのな~!」
十五朗がそう漏らした後、
「あははははは、ハ! コマッタ、シマッタ! 十五郎だ~。あははは……」
と、かなりの棒読みでそう喋ったのは、個性的かつエコともいえる、継ぎ接ぎの服を着
た少女、八重部絆だった。
「おい、絆っちゃんまで……」
五人の中で一番の寡黙である彼女はその後、黙り込んでいた。
女性人に振り回されっぱなしの彼を見て、季流はねぎらいの言葉をかける。
「大変ですね……」
「はい~、もう慣れましたけどね」
「あはは……みんな悪気はないとは、思いますよ……」
半笑いを浮かべながら舞は、今も言い合っている二人とそれをじ~っと眺める一人の、仲間を見る。
(どうだろう……)
と内心、そんな事を考えているような、彼女の表情がそこにあった。
「舞ちゃんだけは、唯一、俺の言う事をちゃんと聞いてくれる、いい~後輩で、よかったよ。本当に……」
「あはは……」
彼らはいつもこんな感じだ。
その目の前の五人は[JHSA]に配属されて、ここ数年の若者組だった。
その中で一番の年長者が島田十五郎というわけである。
彼は言わば、この癖のある女性人のまとめ役的存在だろう。いたって普通、ゆえに……
「では、皆さん私はこれで失礼します」
「はい、お疲れ様です」
「季流さん、家族とごゆっくり」
十五郎と舞が季流に返す。
季流は騒がしく言い争っている二人の女性人をよそに、お別れの挨拶をきって、そのまま踵返し歩き出した。
すると後ろから、くるみ子と十萌の声が返ってきた。
「季流さん、またね」
「さようなら~」
一瞬、振り返ると、何も言わないがただ手を振る絆の姿もそこにあった。
季流は、慌ただしい若手職員とお別れをすまして四階から一階へとエレベーターを使い降りて行った。
そして木崎家へと向かった。はずだった……
「あ、学校と言えば……そろそろですね」
ある考えが浮かび、雪野たちがいる木崎家へと向かわず、また別の場所へと寄り道をしたのだった。




