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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第一章 夜ノ月琥珀のその虫は
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020 託された願い

辺りは暗くなり満月が地を照らす中、巫女達によって語り歌が幻想的に響きわたる。

――裕子姉さん、昔話した約束の事、覚えている? 

――ええ、覚えてる。ずっとこの日になると思い出していた。

――そうだったの……同じだったんだね。篤志くんも覚えているかな?

――さあ、それは分からないけど篤志は今も昔も小羽に夢中だから絶対見に来るよ。あの爺さんに止められたとしても、もう夢中で小羽の事だけを見つめるんだ、きっと……

――ふふ、そうかもね……本当にこれはもう現実なんだね……

 一歩踏み出す前、口を開く前、彼女とした会話を思い出しながら小羽は、目の前の光景を見て自分は新しい世界へと歩き出したのだと認識した。

「夜ノ月琥珀のその虫は――夜ノ月琥珀のその虫は――――」

 ぼんやりとした灯篭の光が階段の左右に伸びて橙色に揺らめいている。その階段横の草の生えた所や祭り道の端から人々は静かに見守る様に見つめている。


赤と白の衣をまとった巫女達がその歌を静かに歌いながら、琥珀石を掲げる小羽の後ろに付いていく。蜂を連想する様な黄色の生地に黒色のしま模様が重なる羽織は皆とは違いひときわ神々しく、左右に連なる灯篭の光が小羽のこれから進む道を示している様だった。

「あ、小羽さんです」

そう呟いたのは自分の右横に立つ花月でその隣には季流もいた。雪野達は階段の端に立ち小羽が階段を降りてくる姿を見ていた。神道をまたいだ奥の方には二匹の姿もあり、なぜか黒いタオルを巻いたおじさんの横でちょこんと佇んでいた。

「夜ノ月琥珀のその虫は少女の帰りを待っている――」

繰り返される響き、幻想的な雰囲気に人々は吸い込まれていく。人々が小羽を見つめる。

「きれいだ……」

長い前髪をしっかり分けいつもより顔が開けた彼女はどこか凛々しい雰囲気を漂わせていた。まるで〈虫使いの少女〉、沙耶の様に――

そんな彼女の後ろには雪野達にしか見えていないであろう青白い魂の光を大気に漂わせた【虫】達の姿があり、彼らもこの光景の一部として相応しい物だと雪野は思ったのだ。

「そうですね……きれいです、とっても」

 花月がそう呟いた瞬間、小羽はこちらに視線を向け、そして……


小羽はその時、確かに見たのだ。花月を見てそれからその背後で彼女を守る様に漂う青白い魂を……花月とよく似た幼い少女が『よかったね』と笑い返してきたのを……

「あ……」 

何かがスーッと抜けていく感覚があり、その瞬間、伝説の〈虫使いの少女〉が解き放たれた光景が目に入ってきた。

「村の者達よ。私は沙耶。〈虫使いの少女〉と呼ばれる亡霊だ」

 小羽は足を止めたと同時に巫女達も動きを止め、語り歌も静かに治まっていく。

「皆、恐れる必要はない。確かに私はこの村の生贄として亡くなった。だが恨みなどはない。あれはもう過ぎ去った時代だ。もう伝説にとらわれなくていい、怖がらなくていい、もっと自由であればいい。私はただ取り残した者達に悲劇を繰り返してはいけないと伝えたかった。呪いではなく、これから夜ノ月村を見守る者として私は存在していくのです」

「私と似ている……」

ふふっと上品に笑う彼女は小羽に向けて言葉を送った。

「小羽、あなたに会えてよかった。巻き込んでしまったけどうまくいってよかった。私はあなたの勇気や奇跡を見てそれだけで未練はない、ありがとう。これからもこの日を忘れないで小羽。きっとあなたは大丈夫。どうか命尽きる日まで幸せに生きてほしい。私はそう願っている」

「あ……」

 言い終わると同時に透き通るように薄れていく沙耶へと小羽は手を伸ばしていた。

その時には完全に目の前にも自分の中からも消えてしまった彼女。その存在をぼんやりと思い浮かべ少し寂しいと感じてしまう。最後に自分に伝えた言葉はきっと自分にとって重要で、寿命を待たずに亡くなってしまった彼女の託された希望なのかもしれない。

 

今、そっと目をつぶり祈る様に手を合わせている小羽がいる。

「消えた……」

「なんだったんだ……」

「信じられん。あれは、伝説の……」

 村人達の目にも〈虫使いの少女〉が見えた様で、目を開き興奮した顔をして小羽の近くへと寄ってきていた田藤の婆さんの言葉に雪野は続いた。

「少女だ……沙耶さん、小羽ちゃんの事はもう大丈夫だと思ったんだ」

 こちらへと微笑んだ顔や小羽に向けた沙耶の言葉から雪野はそう感じた。もう安心だと。

「田藤のお婆さん、たぶんこういう事なんじゃないかな。この歌がお婆さんの家で知られた理由、それは今起きた出来事にように一瞬だけ皆の目に見えないはずのモノが映し出された。だから村の伝説は今まで振興深く守られてきたんじゃないかな?」

「そうかもしれんな。わしの家系はそれを伝承する役割を受け持ったのかもしれんなぁ」

 お婆さんは納得した面持ちで短く笑い小羽の姿を晴れやかに見ていた。

ふと、祭り通りの方に小羽に一直線に立つ篤志を見つける。その横には穏やかな顔をしているいつもは厳ついお爺さんの姿もあった。そこを向いて頷いた小羽は再び動き出した。

「主は友、主は神、我らを救う人の神――我らと遊ぶ幼き子――」

やがて地におり立ち琥珀石をある箱へと詰める小羽は、後ろにいた一人の巫女、裕子から鈴を渡され道の中央、人々の中で舞を踊った。雪野達は小羽や彼女が率いる巫女達が、再び宮の奥へと入っていくまでこの神聖な儀式を見送ったのだった――


祭りの後、雪野達は宮の裏側で着替えを終えた小羽に会った。

「小羽さん、きれいでした! すてきでした! 感動しました!」

 彼女へとかけていく花月は、巫女の歌が終わった後も興奮した様子を見せていた。

「きれいだった、きれいだった」

「よかったぞ。小羽」

「そうだ、見とれてしまったわい」

 階段を降りる時すれ違う村人達からの声に小羽は、慣れない様子で言葉を返していた。

「ありがとうございます」

 彼女はもうこの村でやっていけるだろう、雪野が微笑ましく感じた時、季流は呟いた。

「明日には小羽さんともこの村の人達ともお別れの様ですね」

「そうですね……」

「どうしたんですか? そんな落ち込んだ様子で……そんなにお別れが嫌なんですか?」

「そうじゃなくて! いや、それもありますけど……」

「あー、で、なんですか? さっさと言ってください。めんどくさいですよ」

「いや、いま思ったんですけどね。俺って対して役に立っていない様な……ほとんど小羽ちゃん自身の頑張りだったり、あと篤志という男のおかげだったりしていますよね」

 季流は呆れた様子でこちらを半眼で見ており、気にせず雪野は続けて不満を垂れた。

「花月は何だかんだで子供の治療をしたりお爺さん助けたりして、お兄さんは村の人達を何だかんだで無理やり説得させたし俺なんて役立たずです」

「雪野さん……」

 花月が一声漏らした。そしてその後……

「そんな事ありません!」

 その声の主は花月ではなく、小羽の強く否定する声である事に気づき雪野は驚く。

「小羽ちゃん……?」

「私が村人達に、自分の気持ちを伝える事ができたのは雪野さんの言葉があったからです。『やってみなければ分からない』、私はその言葉を思い出して信じる事にしたんです」

それもお兄さんの受け売りの言葉だったりするんだけどね……と思いつつも小羽が自分の行動で勇気が出せた事、役に立てた事に素直に嬉しく思ったんだ。

「そうかぁ。それなら、よかったよかったー」

「そして皆さんが諦めず私の味方になってくれたからです。本当にありがとうございます」

 小羽のその笑顔を見た時、雪野はこれ以上は何も言う事はなく、やがて階段を降りきった事で頃、季流は止まり小羽に向けて最後の質問をした。

「小羽さんの【虫】の心が分かるという能力ですけど、どうしますか?」

 一瞬考え込む様に、小羽は薄目になり下を向いていた。

「決めるのはあなた次第です。もしその力を失くしたいのならばその方法を考えてみますが、必要でなければこの問題はもう解決としこれで任務は完了とさせていただきます」

 小羽は首を横に振り言葉を紡いだ。

「虫達は少女と共に消えていきました。だけどそうじゃなくても能力はあっていいんです。この力のせいで大変な事がありましたが、そのせいだけにはできない事も分かっています。私が辛い時、傍にいてくれたのはまぎれもない彼らです。そんな私にとって虫達はやはり私の友であり家族です。だからまた会えるならこの力は残しておきたいです」

向けられる強い瞳を見て彼女の意思に偽りはない事は分かる。それを確認し雪野は嬉しく思うと同時に寂しくも感じた。任務はこれで終わりなんだ……

「小羽!」

「篤志くん。見てくれたんだね、ありがとう」

 少し離れた所からかけてくる元篤がいた。その後ろから元篤のお祖父さんが小羽の元へとやってきて、彼は篤志に促される様にして彼女に感謝の言葉を漏らし、そして……小羽の先頭巫女の姿に関しては「今までで一番素晴らしかった」と呟いていた。


祭りが終わり皆、疲れた様子ですぐ眠りについていた。雪野は睡魔と戦いながら夜の晴天の綺麗に映る満月を眺めていた。月はまるで自分や小羽の心を映している様で……

この世界は不思議な事だらけだ。人の願い、自分達の意思次第で変えられる世界ならばどんなにいいかと思う。もし本当にそうだとしたら色んな奇跡が起こりうるかもしれない。

自分の現状に関しても……変えられるかもしれない。

そこで雪野は腰ひもに引っかけてある人形へと目を向け、そっとため息を零したのだ。

「雪野さん!」

不意にガシッと腕を首に回してくる者がいて驚きつつ、雪野はその腕を思いっきり振り払う。

「うわぁ! なんだ急に! って、また花月か……」

「せっかくのこんないい日に辛気臭いのはやめたら雪のん。もったいないよ」

「お前……【月花】だったか……」

「あはは、そうだよー。だまされたね、雪のん。もう三日ぶりだっけ?」

雪野は黙り込みどうするか迷ったが結局、少し引き気味にだが彼女と短い会話をした。

「【月花】……なるべく話さない方がいいのかもしれないけいから、パパッと聞くけど小羽のお姉さん、裕子さんになんか余計なこと言わなかった?」

「えっとね、雪のん……うん、言ったかな?」

「お前、花月の事、心配しといてそういう事するなよ……」

「そうだねー。でも今回、私はあのお姉さんの気持の方が分かる気がしたから、放っておけなかったんだー。気持ちがあるのにそれを伝えられないのは、辛そうだった……」

彼女は自分と同じく妹を持つ裕子に共感したのだろう。姉が亡くなったのは自分のせいだと思っている妹に【月花】は違うと伝えたい筈だ。しかし今のままではそれは叶う事はないのだ。

「そういう事だったか……」

 小羽だけではなく裕子も苦しんでいた様に、花月と【月花】の関係は似ている。

いつも花月に目を向けられがちだが既に亡き者、いない者として扱われる【月花】は立場上、誰にも存在も自由も認められない。それは自分の立場とも似ていて、それを思うと……

「あ、なんか色々私の事について考えてくれた、今?」

 彼女を完全に無視する事は自分にはできないのだ。

「いや、別に……」

「またまた~、ほんとバカだね。私じゃなく雪のんは花月の事だけ見てあげて、分かった?」

「分かったけど……バカって……」

「さて、これ以上お人好しの雪のんがバカみたいに悩まない様、私はここで去りますか~」

 そんな風に自分の心を見透かした様子でバカにする様な発言をするが、その中にはちゃんと自分への気遣いも見える。気丈に振る舞う彼女は決して軽快な人ではないと雪野は思う。

人に弱音を見せない彼女のその落ち着いた笑顔、喋り……雪野は彼女のそんな見えない性格が苦手であった。

「うふふ、それじゃあね雪のん。さよならバイバイ~」

 さっと倒れ込む花月の体を支えた雪野。目覚めない彼女はどうやら眠っている様で……

「雪野さん……ご飯、むにゃむにゃ……私が助けますよぉ……」

「どんな夢を見ているんだか、こいつは分かりやすいな……」

雪野はこの後、小羽を起こしても悪いので彼女を自分の寝床に置いておく事にした。

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